ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
放課後・特別教室
夏の午後、空気は少し湿り気を帯びていたが、教室内は熱気に包まれていた。
黒板の中央に、チョークで大きく書かれた文字ーー
《文化祭演劇ヒロイン・ジュリエット争奪戦》
パイプ椅子がびっしり並べられ、生徒たちがぎゅうぎゅうに詰めかける中。
ざわつく空気を切り裂くように、壇上に立ったのはーー
橘万里花!
万里花「皆様、ご静聴願いますわ!」
キリッとした声が響くと同時に、教室の照明がスッと落ちる。
カツン、とヒールの音が響き、万里花が一歩前に出る。
楽(上履きじゃねえのか、あいつ……)
プロジェクターが起動し、白布のスクリーンに映し出された最初のスライド。
『なぜ橘万里花こそがジュリエットなのか?』
小咲「え、すごい……本格的!」
千棘「……本気出しすぎでしょ!」
万里花「まず第一に、わたくしは現実でも一途な愛を貫く“ジュリエット気質”であることを、この10年間、行動で証明してきました!」
画面が切り替わる。
『楽様一筋・浮気ゼロ・告白拒否リスト(一部抜粋)』
万里花「楽様一筋・浮気ゼロ! 告白歴100人超の中から楽様しか見えていないという、奇跡の純愛ヒロインですわ!」
教室「マジかよ」「すげぇ一途……」「ってか告白されすぎじゃない!?」
一部から拍手が起こる。
万里花「続いて、実績!」
スライドが切り替わるたび、タイミングよく効果音が鳴る。
もはやプレゼンというより企業の新作発表会。
万里花「過去の文化祭では演劇部のジュリエット役を務め、その演技力は顧問の教師から“プロ顔負け”とのお墨付き! さらに! 私が主演した自主映画『眠れる森の橘』は、視聴者から感動の嵐を巻き起こしーー」
スライド:『橘フィルム公式レビュー(自作)「泣いた」「非公式とは思えない出来栄え」など(全3件)』
生徒たち「え、自主映画?」「すげー!」「やりすぎて逆に尊敬するわ…」
万里花「……とにかく!」
クルッと振り向き、決めポーズで片手を掲げる。
万里花「情熱、実力、愛情、三拍子そろったジュリエットは、わたくしをおいて他にありませんわーーッ!!!」
ビシィィィッ!!!
拍手・歓声・一部ざわつき。
男子生徒「俺……橘さんのこと、見直した……!」
女子生徒「完ッ全に仕上げてきたじゃん……!」
楽(準備力と気合いが尋常じゃねぇ……こいつ、何かの社長やってんのか?)
千棘(うぅ、第一走者がこれだと……プレッシャーが……!)
小咲(……す、すごい。こんな全力アピール、勝てる気がしないよぉ……)
万里花は満足げに会釈すると、静かにスライドを閉じた。
その余韻すらも計算され尽くしたように、完璧だった。
万里花「では、次の方。どうぞ?」
その視線の先には、膝の上で手をきゅっと握りしめる小咲の姿が。
小咲(落ち着いて、わたし! 昨日お風呂でたくさん練習したんだから!) ※やり過ぎてのぼせました
壇上に向かって、ゆっくりと歩を進める少女の姿。
手のひらは汗ばんでいて、喉の奥はカラカラ。
それでも、小咲は一歩一歩、まっすぐに前を向いていた。
小咲「え、えっと……」
教室内が、シンと静まり返る。
さっきまでの賑やかさが、まるで嘘のようだった。
小咲「わたしには、橘さんみたいにすごい資料も、演技の経験もありません……」
語尾は少し震えていたけど、それでも声は教室の隅々まで届いていた。
小咲「でも、私は、一条くんのことを……中学の頃からずっと見てきて……誰よりも、彼のことを知ってるつもりです」
一斉に、生徒たちの視線が集まる。
見守る楽の手が、無意識に拳を握った。
小咲「何に取り組む時も一生懸命なところとか、落ち込んでる時に明るく励ましてくれるところとか、困ってる人を放っておけないところとか……自分には厳しくて、他人には優しいところも。たくさんの人に好かれてる彼だけど……私は、その全部を、誰よりも知っているから……」
言葉を重ねるたびに、彼女の瞳にまっすぐな光が宿っていく。
小咲「だから、もしジュリエットをやらせてもらえるなら……ただ“演じる”だけじゃなくて、ちゃんと、“気持ち”を込めて、あの人を見つめられる。きっと、ジュリエットになりきれると思います」
最後の言葉を言い切ったあと、彼女はそっと頭を下げた。
小咲(うぅ……恥ずかしい……わたし、変なこと言ってないかな?)
頬は真っ赤、背中には冷や汗。
でも、その一言ひとことには、彼女の“好き”のすべてが詰まっていた。
万里花(くっ……小野寺小咲の儚くも尊い要素をふんだんに詰め込んだ良いアピールですわ……! 中学からの関係性も上手く利用されている……。さすが、わたくしのライバルだけのことはありますわね……!)
教室の空気が柔らかくなる。
静かな拍手がぽつぽつと起こり、次第に大きな輪になっていく。
「なんか……じーんときた」
「泣きそうになったんだけど……」
「リアルすぎてやばい……!」
楽(……小野寺……マジで愛してるぜ……)
見つめる彼の目に、わずかな潤みが浮かんでいた。
彼女がどれだけ想ってくれていたか、その言葉が胸を打った。
小咲が壇上を降りるのと入れ替わるように、最後の発表者、千棘が舞台へと上がる。
足取りはいつもより重く、少しだけためらいを帯びていたが、壇上に立った千棘の表情は、真剣そのものだった。
千棘「……私は、ダーリン……いえ、一条楽に、命を救われました」
――ザワッ!!
教室中が、どよめきに包まれる。
千棘「みんなニュースで見て知ってると思うけど、夏の海で、私は溺れて……ほんとに死にかけてた。でも、あの人が助けてくれた。あの人がいなきゃ、今ここに私はいなかった」
言葉を選びながら、千棘は自分の胸に手を当てる。
ほんの少し、指先が震えていた。
千棘「それって……“運命”……なのかなって。少なくとも、私はそう思ってる。あのとき、私が見たのは、彼の本気の顔だった。誰かを、心から守ろうとする目。……あんな顔、見たことなかった」
千棘はそう言って、楽の方を向き少しだけ優しく微笑む。
楽(……千棘)
千棘「だから。ジュリエットをやるなら、私が一番自然に、あの人と心でつながれると思います」
――沈黙。
ピン、と張りつめた空気の中で、千棘は少しだけ目を伏せた。
千棘(やばい、クソはずい……しにそう///////)
それでも、一歩も引かず、堂々とした姿勢で視線を前に向ける。
その言葉は、いつもの演技ではなく、本音だった。
万里花(くっ……! 命を救われたという既成事実を勝負に持ち込んでくるとは……! 奇跡と感動のダブルパンチ……やりますわね、桐崎さん)
小咲(うう……本当に命を救われた話には、何も言えないよぉ……!)
女子生徒「ロマンチック……」
男子生徒「桐崎さん……俺は絶対投票するぜ……」
拍手が自然と起こる。
生徒たちは誰一人、笑わなかった。
本音だけが並べられたこの場に、冗談の入り込む余地はなかった。
そして!!
生徒代表「それでは、投票の集計が終わりましたので、結果を発表します!」
誰もが息を呑んだ。
ガタリ、と誰かの椅子がわずかに鳴る。
生徒代表「文化祭演劇『ロミオとジュリエット』、ジュリエット役の投票結果は……!」
【橘万里花 12票】
【小野寺小咲 12票】
【桐崎千棘 12票】
教室「おおおおおお!?」「マジで?!」「三つ巴!?」
楽「うぉぉぉ……こ、これは……! 完全に割れてる!!」
千棘「……え、ちょっと……こんなことありえるの?」
万里花「ふふん♪ 同数1位ですわ♪ 皆さま、やりますわね。これでこそやりごたえがありますわぁ♪」
小咲「う、うん……え、えっと……じゃあ、これは、どうなるの……?」
生徒代表「えー、最終決定はーー」
間を取ってから、ずばりと言い放った。
生徒代表「ロミオ役である一条楽くんの、一票で決めてもらいます!!」
楽「う、うそぉ?!」
一斉に視線が集中する。
男子生徒「まさかのラストジャッジ!?」
女子生徒「えぐいプレッシャー……!」
生徒A「ド修羅場じゃん……」
生徒B「これは何を選んでも誰かが泣くぞ……」
万里花「楽様ぁ♪ わたくし、心よりお待ちしておりますわ♪」
千棘「……ふん」
小咲「……う、うぅ……一条くん……!」
楽(待て待て待て、地獄の三択すぎるだろこれ!!)
まさかの運命の一票。
楽の選択はーー!?