ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

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やはり譲れない!


コンガン

翌日・放課後 教室

 

夕方の教室に差し込む光は、もう昼間の明るさではなかった。

窓の外にはオレンジが滲み始め、蝉の鳴き声もどこか遠ざかっている。

 

バタバタバターー

 

廊下を駆ける足音とともに、教室の扉が勢いよく開いた。

 

小咲「ご、ごめんね、橘さん! 委員会がちょっと長引いちゃって……!」

 

額に少し汗を浮かべた小咲が、申し訳なさそうに息を整える。

その前で、万里花はすでに椅子から立ち上がっていた。

姿勢は端正で、まるで今にも演説でも始めそうなほど優雅に。

 

万里花「いえいえ、とんでもございませんわ。こちらこそ、急な呼び出しにわざわざ足を運んでいただいて感謝しておりますの」

 

その口調はいつものもの。

しかし、どこか緊張を帯びていた。

 

万里花「……小野寺さん。今日は、ひとつお願いがあってお呼びしたのです。わたくしとあなたの深い深い“友情”に免じて、どうかひとつ……」

 

小咲「う、うん?」

 

少しきょとんとした小咲の前でーー万里花は突然深々と頭を下げる。

 

万里花「譲ってくださいまし!!!」

 

小咲「えええっ!? ジュリエットの役を!?」

 

小咲の声がひときわ教室に響く。

日直の黒板がカタッと揺れたほどだった。

 

万里花「そうですわ! わたくしは、楽様と“主役”を演じたいのです! この文化祭でーー彼と心を通わせる、最初で最後のチャンスかもしれないんですの!」

 

小咲「え、えっと……」

 

戸惑いながらも、小咲は万里花の顔をじっと見た。

その視線は真っ直ぐで、責めるでも笑うでもなく、ただ、まっすぐだった。

 

万里花「どうか、どうか! わたくしに最後のチャンスをお与えくださいまし〜〜!!!」

 

バサァッ!

 

万里花は床に膝をつき、両手を突いて懇願。

まるで王政復古の演劇でも始まるかのような、全身全霊の土下座。

 

小咲「ちょ、ちょっと橘さん!? 顔、床についちゃってるよ! そんな、やめて! そんなことしなくても、ちゃんと話は聞くからぁ……!」

 

小咲は慌てて万里花の肩を支え起こそうとするが、万里花は抗うように押し返す。

 

万里花「小野寺さん。どうか……! どうか、哀れな恋する乙女の最期の望みに、手を差し伸べてはいただけませんの……!?」

 

小咲「……うぅ」

 

だが、ほんの一拍の沈黙のあと。

小咲は、ゆっくりと首を横に振った。

 

小咲「……ごめんなさい。わたし、やってみたいんだ」

 

その声は震えていない。

芯のある、はっきりとした声だった。

 

小咲「橘さんみたいに上手にできるか分からないけど……でも、一条くんと、学校のみんなの前で“恋人”を演じられる唯一の機会だから……」

 

小さく握りしめた両手が、膝の前でぎゅっと重なる。

まるで、その想いがこぼれ落ちないようにしているかのように。

 

万里花は、床についた両手をゆっくりと引き寄せるようにして、立ち上がった。

頬に朱が差し、ほんの少しーー悔しさが混ざった笑みを浮かべながら。

 

万里花「……でも小野寺さん。あなた、演じるまでもなく、すでに“本物の”恋人ではございませんの?」

 

その一言に、小咲の肩がピクリと揺れた。

 

小咲「う、うん……それは、そうなんだけど……」

 

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言葉に詰まりながらも、視線だけは逸らさない。

もじもじと指先を絡めながら、それでも彼女はちゃんと向き合っていた。

 

万里花の瞳が、鋭くなる。

まるで、胸の奥の“何か”を刺すような問いを探しながら。

 

万里花「ならばなおのこと。わたくしがこの文化祭の舞台でジュリエットを演じたところで、楽様の心が揺らぐなど――ありえませんわよね? ……そう、揺らぐはずなど! だったら……!」

 

その言葉には、どこか“確認”にも似た期待と、不安が入り混じっていた。

 

……だが。

 

小咲「……ねえ、橘さん」

 

その言葉を遮るように、小咲が静かに口を開いた。

 

小咲「“本物”とか、“偽物”とか……そういうの、関係ないと思うんだ」

 

万里花「……!」

 

小咲「わたし、一条くんが好き。好きだから、一緒にいられるなら、ずっと一緒にいたい。笑って、泣いて、思い出を作って……たくさん、手を繋いで、前を向いて歩きたい」

 

その声は静かだった。

でも、それ以上に強かった。

“本物の恋”の熱は、いつだって小さな声の中にある。

 

小咲「それが高校の文化祭でも、どんな小さなイベントでも、私にとっては……すごく、大切な時間なの」

 

彼女はふっと微笑む。

 

小咲「……それだけじゃ、だめかな?」

 

万里花「……っ」

 

万里花は何も言えなかった。

ただ、微かに肩を震わせて、唇を噛みしめる。

 

万里花「……なるほど……」

 

呟くように口にしたあと、数秒の静寂が教室を包んだ。

 

万里花「……ええ、もう結構ですわ。小野寺さんの想い、しかと胸に刻ませていただきました」

 

静かに、でもどこかふてくされたように言いながら、万里花はくるりと背を向けて歩き出す。

 

小咲「橘さん……」

 

万里花「ご安心を? わたくし、これでも“負けを認める”ことくらいはできますの。でも、“諦める”こととは別ですけれど♪」

 

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小咲「え……?」

 

万里花「この舞台、ジュリエットとして出るのはあなたですわ。でも、わたくしは別の形で“楽様の隣”を狙いますの♪ ヒロインの座は……配役だけでは決まりませんもの♪」

 

そう言ってウインクをひとつ。

“敗北”ではなく、“次の一手”を感じさせるような笑みを残し、万里花は軽やかに踵を返した。

 

小咲「橘さんって、ほんとすごいなぁ……」

 

その背を見送りながら、小咲はふわりと、微笑んでいた。

 

小咲「橘さんのためにも、千棘ちゃんのためにも、わたし、頑張らないとね……」

 

こうして、ジュリエット役をめぐる舞台裏の戦いも、静かに幕を下ろした。

だが恋の火種はまだ消えていない。

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