ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
放課後・食堂
小咲と万里花がジュリエットの件で一悶着あったタイミングと同刻。
放課後の食堂は、いつものように部活帰りの生徒たちでにぎわっていた。
ジュースの缶が開く音。誰かの笑い声。ざわめきの中にも、どこか一日を終えた心地よい疲労感が漂っている。
西日が斜めに差し込む窓辺のテーブル。
その片隅で、千棘は無言で頬杖をつき、紙パックのいちごミルクを無造作に吸っていた。
いつもなら華やかな存在感で周囲の視線をさらう彼女も、今日は妙に影を落としている。
楽はそんな千棘の前に腰かけて、片肘をついた姿勢で彼女を見ていた。
千棘「くやじい〜……」
ぼそっ、と呟いたその声は、まるで別人のようにか細くて弱々しい。
楽「ニコ・ロビンみたいに言うなよw」
千棘「別にさ、ジュリエットの役なんてこだわってなかったけど……橘万里花と小咲ちゃんに負けた感がハンパないし……」
もう一度、いちごミルクを吸う。
「プシュッ」っと空になりかけた紙パックが鳴るたびに、千棘のテンションも目に見えてしぼんでいく。
楽「ははっ、そんな悔しがるなんてお前らしくないな。しょうがないだろ、人には向き不向きがあるんだから」
千棘「……なにそれ、全然フォローになってないし!」
声に張りが戻るも、それでも元気のない反応。
千棘は苛立ちを隠すように、クシャッと紙パックを握りつぶした。
楽「ま、でも……確かに小野寺はすごかったな。あんな本気の小野寺、俺も初めて見たかも」
千棘「……(また小咲ちゃんの話か。なによ、オノデラオノデラってさぁ……今、アンタが話してるのは私でしょ?)」
ふいに沈黙が落ちる。
楽の目線が、すっと壁の時計へ動いた。
それに呼応するように、千棘の視線も、ちらと同じ方向を見る。
千棘「……ねえ、さっきから何度も時計見てない?」
楽「ああ。そろそろ、小野寺の委員会が終わる頃かなって」
その一言に、千棘の眉がぴくりと動いた。
でも、笑って返すことはできなかった。
千棘「……ふーん。ラブラブ下校の待ち合わせ中? はぁ〜、幸せそうでなによりです、とでも言って欲しいわけ?」
楽「……は?w なにその捻くれた解釈ww」
千棘「別に。事実を言っただけ。んじゃ、おじゃま虫な私はそろそろ去りますね? お疲れさま〜」
その口調は明らかに皮肉っぽく、そしてほんの少しだけ、悲しげだった。
しかし、楽はそんな千棘に対して小声で制する。
楽「……なぁ、最近さ。小野寺の話になると、お前すぐイラついてない?」
千棘「……は?」
楽「もしかして……嫉妬してる?ww ははっ、まさかお前がな~ww かわいいとこあんじゃん?ww」
それは、言ってはいけない言葉だった。
千棘「……。うるさい」
楽「いやいや、冗談だって。わかるだろ、普通。ムキになるなよ、つまんねーやつだな」
千棘「……うるさいって言ってんのよ!!!」
その叫びは食堂の空気を一変させた。
近くのテーブルにいた生徒たちがハッと振り向き、数秒間の静寂が走る。
楽「……なんだよ、いきなり怒鳴って。マジでどうしたんだよ、お前」
千棘の指先は白くなるほどに握りしめられ、机に押し付けられていた。
千棘「……もう……アンタと“仲のいい恋人のフリ”なんて、できない!」
楽「……はぁ?」
呆気にとられたような顔をする楽の瞳に、戸惑いと怒りが少しずつ混ざり始める。
まるで何かの冗談を聞かされたかのように、楽は千棘を見つめた。
だが千棘の瞳は、笑っていなかった。
むしろ、どこか泣き出しそうな光を宿していた。
千棘「だから……“仲良しごっこ”は、もう無理。いくらアンタと会話をしようが定期デートをしようが、偽物だって分かってるから、すればするほど余計にきつくなる。アンタには“本物”がいるでしょ。小咲ちゃんが。なのに……なんでまだ、私とこうして一緒にいるのよ。意味わかんないじゃん、普通に考えて」
机の上で握りつぶされた紙パックが、パキッと音を立てた。
楽はしばらく言葉を探して、ようやく口を開いた。
楽「……お前と俺だけの問題じゃないだろ。家のこととか、抗争とか、組織の関係とか、いろいろあるわけで。その辺はお前も重々理解してるだろうし、改めて俺が説明しなきゃいけないことでもないだろ。何言ってんだよ、今更」
千棘「知らないよ、そんなの。もう、関係ない。だって、アンタと私は……ただの“赤の他人”じゃん……」
その言葉は、まるで自分の胸にナイフを突き立てるような強がりだった。
だけど、千棘は言い切った。口を閉ざして、うつむいた。
楽の表情が変わる。
しばらく無言だった彼は、やがて肩を揺らし、ゆっくりと、口を開いた。
楽「……赤の他人、ね。ああ、そうかい、そうかい」
その声音には、乾いた怒りが混じっていた。
楽「だったら、はっきり言わせてもらうわ。お前と一緒にいて楽しかったことなんて、一度もねぇし。毎日ケンカばっか。口うるさいし、暴力的で女の子らしさゼロだし。お前といると、ほんっと疲れるんだよ、俺は!!」
千棘「……っ」
目を見開く千棘。
その言葉が、どれほど胸に突き刺さったか、彼女の震える瞳が物語っていた。
楽「思い出も、笑った顔も、全部“偽物”だったってわけだ。な? それで満足かよ!!」
千棘「……ええ、大満足ね!!」
千棘の声は怒りと悔しさと、そして悲しみでぐしゃぐしゃに濁っていた。
それでも彼女は、叫ばずにいられなかった。
楽は立ち上がりかけていた。
テーブルの脚が軋み、椅子がわずかに引きずられる音が響く。
楽「……もう、やめようぜ。こんな茶番。偽物の恋人なんて、やってられるかよ」
その瞬間だった。
ガラガラッ!
食堂の扉が開く。
夕焼けの光の中から、小咲が笑顔で姿を現した。
小咲「ごめんね、一条くん! 遅くなっーー」
その言葉が言い終わるより早くーー
パシンッ!!!
鋭く乾いた音が、食堂に響いた。
千棘の右手が、楽の頬を叩いていた。
時が止まる。
その場にいた誰もが、瞬きさえ忘れたかのように動けなかった。
楽は頬を押さえ、ただじっと千棘を見ていた。
千棘の手は震えていた。
でも、目は逸らさなかった。
千棘「……最低」
それだけを言い残すと、千棘は背を向け、乱れた呼吸のまま食堂を出ていった。
残された空間に、言葉はひとつもなかった。
夕日だけが、静かに揺れていた。