ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
舞台の空気は張り詰めていた。
笑いの中に、凍るような緊張が混じる。
ジョセフィーヌとジュリエット――名も役柄も交差する女たちの、ただならぬ対峙。
小咲(いける……アドリブでも、素直に想いを伝えるだけ……!!)
静かに目を閉じた小咲が、一歩、舞台中央へと進み出る。
小咲(ジュリエット)「……そう、貴女がジョセフィーヌ様……なのですね?」
万里花(ジョセフィーヌ)「ええ、そうでございますわ、ジュリエット様。まさか……まだこのお方と結ばれるつもりでいらっしゃるの?」
その口ぶりは柔らかで、微笑すら浮かべていたが――
その奥には、鋭い刃のようなプライドが潜んでいた。
小咲「はい。わたしは、心からロミオ様を愛しております」
会場がざわめく。
あまりにも堂々とした宣言。
震えた声ではない。
凛とした、まさに“ジュリエット”のそれだった。
万里花「まぁ……貴女のその気持ち、どこまでも澄んでいて……まるで花の雫のよう。でも残念ですわ。それでは、このわたくしの炎のような愛には、敵いませんことよ?」
観客「うぉっ……こっちも言うなあ……!」
楽(ロミオ)は未だ、どう介入すべきか測りかねている様子。
だが彼の視線は、舞台の中央ーーまるで火花を散らす二人に釘付けだった。
小咲は少し頬を染めながらも、目を逸らさずに続ける。
小咲「ロミオ様を想う気持ちに、炎も露も関係ありません。わたしは……ただ静かに、でも確かに、この胸に恋を宿しているのです」
その言葉には、照れと、覚悟と、長い片想いの年月が込められていた。
会場から「すげえ……これ演技……?」という囁きも漏れる。
万里花「“静かに”とはよく言ったものですわ。だからこそ、ロミオ様は気づかない。気づかないから、わたくしのような女が出てきてしまうのですのよ?」
小咲「……それでも。わたしは、ロミオ様を信じています。言葉だけじゃなく、行動でも……心でも、気持ちを、ずっと伝えてきました」
万里花、優雅にその場を旋回する。
万里花「まぁまぁ、随分とご立派なことでございますわね。ならば伺いますが、ロミオ様は、何度その名を貴女のために呼びましたか? どれほどの愛を、貴女に詠まれましたか?」
その問いは、“私のほうが愛されている”というアピールだった。
だが、小咲はそのまま口元を柔らかく綻ばせる。
小咲「数など、数えません。愛は、数で測るものではございません。どんな時、どんな瞬間であっても……ロミオ様がそばにいてくださる。それだけで、わたしは充分なのです」
観客1「うおおおお……」
観客2「もう、告白だろあれ……!」
舞台上の万里花が、少しだけ頬を染めた。
それでも、負けを認める気など、毛ほどもない。
万里花「……ジュリエット様。貴女がそう言うなら……この場は、愛を訴える決闘の場ですわ!」
小咲、さらに万里花に歩み寄る。
小咲「ジョセフィーヌ様、貴女がロミオ様を想っておられるお気持ち、痛いほど伝わってまいります」
万里花「ならば、お引きなさいませ! 貴女が立っておられるその場所は、わたくしのものであるはずです……!」
瞬間、小咲の目から涙が溢れた。
万里花「……?!」
小咲「けれど、わたくしもまた、ロミオ様を……命よりも大切に想っております。たとえ夜の闇に遮られようとも、炎に焼かれようとも……この想いは、決して消えはいたしません。そう、決して……!」
万里花「……っ」
体育館は、張り詰めた沈黙に包まれていた。
ロミオ役の楽を中心に、ジョセフィーヌ(万里花)とジュリエット(小咲)が対峙する構図。
まさに舞台のクライマックスのような場面。
そして、その“決断”は、誰にも逃れられない空気として、舞台上の楽を包み込んでいた。
楽(くっそ……! なんなんだこの流れ……! 俺もアドリブで、どこかで合流しないとダメな感じじゃねえか!)
楽(でも……小野寺の言葉も、橘の言葉も、どっちも――どう見ても“本気”……だよな、あれ……)
楽の視線が自然と、小咲のほうへと向く。
彼女は震えていた。
でも、怯えてはいなかった。
その眼差しは強く、まっすぐで、確かに“誰か”を見ていた。
楽(……そうだ。俺はーー)
舞台中央へ、一歩進む。
観客の視線が、一斉に彼へと注がれる。
万里花も、小咲も、息を止める。
楽(ロミオ)「我が心の声が、導くのならば……答えは、ただ一つ」
楽は、小咲のもとへと歩み寄りーーそっと、小咲の手を取った。
楽「……我がジュリエット。この命が尽きるその日まで、君を愛し抜くことを、ここに誓おう」
その手に、そっと跪き、唇を近づける。
楽「君こそが、私の魂を震わせる唯一の人だ。どうかこの手を……取ってくれないか?」
小咲「……はい。ロミオ様」
ロミオ、ジュリエットの手にそっと口づけを交わす。
その瞬間、客席から爆発のような拍手と歓声が巻き起こった。
男子生徒「ロミジュリじゃなくてガチ恋じゃんこれ!!」
女子生徒「うわぁぁぁ〜!リアルすぎて泣ける〜〜!!」
教師たちも目を潤ませ、PTAもカメラを構えながら拍手を送り続ける。
万里花「……ッッッくぅぅぅぅ……!!!!」
万里花はその場に崩れ落ち、膝をついて拳で舞台をドンドンと叩く。
万里花「こんなはずではありませんでしたのにぃぃぃぃぃぃぃ!!!! ぐぬぬぬぬぬぬ……ッ!!!」
楽「おいおい、まだ舞台終わってないぞ……」
観客は爆笑の渦。
万里花はふと顔を上げる。
万里花「……ふふ……そうですわね……。まだ、終わったわけではありませんもの……。この舞台ではジュリエットに譲りましたが……本物の愛の舞台は、まだ始まったばかり……ふふふふふ……」
その目に宿る光は、まさに終わらない挑戦者のそれだった。
女子生徒「ジョセフィーヌのせいでジュリエットの良さが余計に際立っていたね……」
男子生徒「第二幕・ジョセフィーヌ復讐篇、待ってるからな!」
こうして、文化祭のロミオとジュリエットは、爆笑と喝采とほんの少しの感動を交えて、予想外の即興恋愛バトル劇として、大盛況のまま幕を閉じた。
このまま大団円ーー
誰もがそう思っていた。