ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
文化祭ステージ裏
演劇のカーテンコールが終わり、会場は徐々に片付けモードへと移行していた。
ステージにはまだ数名の生徒たちが残り、装飾のパネルや照明機材の撤収が始まっている。
喧騒の中、楽はなにかを思い立ったように視線を走らせた。
楽(そういえば……あいつ、どこいった?)
周囲をぐるりと見渡すと、少し離れた舞台袖。
そこにーーひとり、無言で木製のパネルを運ぶ金髪の少女の姿があった。
千棘。
その背中はどこか小さく、いつもよりずっと遠く感じられた。
楽「……はぁ。ったく、小野寺、橘、ちょっと外すわ」
小咲「あっ、うん」
万里花「まぁ……」
楽はため息をひとつ落とし、そのままスタスタと千棘のほうへと歩いていく。
片付けに集中していた千棘は、その足音にすぐ気づいたが、顔は向けなかった。
視線は器具へ、手は黙々と仕事をこなしていた。
楽「……お疲れさん」
千棘「……うん、お疲れ」
短い言葉の応酬。
楽は彼女の斜め後ろに立ち、しばし無言でその横顔を眺めた。
楽「なんだよ、随分と静かじゃねえか。まだ、この間のこと不貞腐れてんの?」
千棘「別に。劇、盛り上がってたみたいで良かったね。そこ、片付けの邪魔だからどいてくれる?」
語気が鋭い。
目は一切合わせない。
まるで無関心を装うように、淡々と道具を重ねていくその手元は、しかしわずかに震えていた。
楽「……お前、変わったな」
千棘「……は?」
楽「少し前まで、普通に話せてたのに。最近はそういう態度ばっか。マジで話してて疲れるわ」
千棘「……なら話すのやめたら? 別に頼んでないし」
その言葉に、楽の眉が僅かに動く。
楽「この前の海での人工呼吸……気にしてんのか?」
千棘「……は?」
楽「好きでもない男と、不本意な形でファーストキスみたいになったから、俺にムカついてんのか?」
千棘の指が、手に持った木製フレームを強く握りしめる。
千棘「……何故そんな話になるのか理解に苦しむわ。発想がキモ過ぎるんだけど……?」
楽「だってそうだろ。赤の他人とか、仲良くしたくないとか、そんなこと言うくらい俺のことがイヤなんだろ? そのこと以外、他に思い当たらねえわ」
千棘の表情が、ピクリと歪む。
千棘「……あんた、マジで……」
千棘「本当に頭おかしいよ……! もう私に話しかけないで!! 関わらないで!!」
その一言を残して、彼女はフレームを雑に置き、駆け出した。
スカートの裾がひるがえり、音もなく体育館の外へ消えていく。
楽「あ、おいっ……! 逃げんなって!」
楽「くそっ……世話の焼ける奴!」
彼もすぐさまその背を追い、音を立てて舞台裏のドアを蹴るように開けた。
楽が体育館の扉を押し開け、千棘のあとを追って飛び出していく。
その場に残されたジュリエットとジョセフィーヌは、まるで舞台の静寂がそのまま降りかかったように、しばらく何も言えずに立ち尽くしていた。
万里花「……ふぅん?」
しばしの沈黙のあと、口を開いたのは万里花だった。
彼女は腕を組んで、真っ直ぐ扉の向こうを見つめていた。
万里花「……楽様とあのメスゴリラ、ただならぬご様子」
小咲「えっ……」
万里花「特に楽様。あのメスゴリラは素直じゃないバカですけれどーーそれを、ああまでして追いかけるのは……放っておけない“何か”が、確かにあるからですわ」
小咲「……それは……」
小咲の声が、か細く震える。
彼女はぎゅっと衣装の胸元を握り、先ほどまでの笑顔を保てずに、そっと視線を落とす。
万里花「小野寺さん?」
万里花はふと、優しげな笑みを見せながら小咲の方を向いた。
だがその目の奥には、鋭く光る観察者の冷静な輝きが宿っていた。
万里花「……あなた、気づいていらっしゃるのでしょう?」
小咲「……な、なにに?」
万里花「楽様の桐崎さんへの優しさが、ただの優しさではないことに」
小咲「……!」
その言葉は、突き刺さった。
彼女が見ないようにしていた、心の隅のもやもやを一瞬であらわにする。
万里花「ふふふ……小野寺さんは、お優しい方。信じることも、待つこともできる。……でも、気づかないフリを続けるのは、あまり賢いとは言えませんわ」
小咲「……わたしは……」
万里花はふわりと歩を進め、彼女の隣で並んで立つ。
そして、そっと囁くように――甘く、意地悪く。
万里花「……というわけで、様子を見に行った方がよろしいのではないかしら? ジュリエット」
小咲「え……でも、そんな……わたしが行ったら、邪魔になるかもしれないし……」
万里花「……もしかしたらーーですけれど」
彼女は目を細めて、唇をわずかに曲げる。
万里花「……今ごろ、楽様から禁断の告白が見られるかもしれませんわよ? ……な〜んてww」
小咲「……っ!」
その瞬間、小咲の足が動いた。
まるで意識より先に、体が反応していた。
白いスカートの裾が翻り、舞台の袖を駆け抜けていく。
万里花「……あら? 小野寺さん?」
小咲、走りながら楽たちの後を追う。
小咲(……コクハク……!? そんな、そんなはずないよ……!)
小咲(だって……一条くんは、ちゃんと、わたしのことを……わたしだけを……!)
小咲(好きだって言ってくれた……!!)
万里花は一人、舞台中央に取り残されていた。
扉が閉まり、足音が遠ざかっていくと、彼女はふっと瞳を細め、空になったステージを見つめた。
万里花「……ふふふ……これで、役者は全員、舞台の上に」
万里花「さあーー幕を下ろすのは、誰のセリフになるのかしら?」
舞台の光は落ちていたが、そこにはまだ、物語の余韻が色濃く残っていた。