ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
放課後・教室
夕日が、街並みと校舎を金色に染めていた。
西の空には薄く雲がかかり、時折、風に揺れる木々の影が地面に優しく落ちている。
そんな穏やかな時間の中ーー
風にたなびく長い髪をそっとかきあげながら、橘万里花が現れた。
その足取りは静かで、まるで舞台へと上がるバレリーナのように優雅。
けれどその目だけは、どこまでも真剣だった。
楽は、無言で空を仰いでいた。
その背中には、昨日から続く“答えの出ない問い”がべったりと張り付いているようだった。
万里花「楽さま? 少し、お時間よろしいでしょうか?」
その声に、楽はふと顔を上げる。
楽「……ん? なんだ、橘。今日はやけにまともじゃん。珍しくデートの誘いじゃないのかよ?」
万里花は、微笑んだ。
万里花「まぁ、いつものように『ねぇねぇ楽さまぁ♪ 今度の日曜空いてますの?』と言いたい気持ちは山々ですが……今日は違いますの」
楽の表情に、少し緊張が走る。
からかいのように笑ってみせたが、心のどこかで“何かが来る”と予感していた。
楽「……ああ、なんか大事な話って感じだな。小野寺のこと、なにか知ってるのか?」
万里花は、ふっと視線を落とし、そしてゆっくりと首を振った。
万里花「いえ。知っているわけではありません。ただ……今日のあの子の目を見れば、わかりますもの。
あの子が……もう、笑えなくなっているってことぐらい」
その言葉に、楽の喉がごくりと鳴った。
言い返そうとしたが、できなかった。
小咲の笑顔が、頭に浮かんでしまった。
あの、決して泣かず、優しく笑いーーだけど、どこか“最後”のようだったあの微笑みが。
万里花「楽さま、ひとつだけお聞きします。あなたが、小野寺さんを本当に好きだという気持ちに、嘘はありませんのね?」
楽は、ほんの一拍の沈黙の後――力強く、頷いた。
楽「……ねぇよ。むしろ、初めて“本気で誰かを好きになる”って感覚を教えてくれたのが小野寺だ。
それだけは、絶対に嘘じゃない」
万里花は、まぶたを伏せ、小さく息を吸い――そして、目を開くと、そのまま静かに問うた。
万里花「ならば……どうして、あんなことをなさいましたの?」
楽の肩がピクリと動いた。
その問いが、自分でも目を逸らしてきた“核心”を、容赦なく突いた。
万里花「千棘さんへの“偽の告白”、それが演技だったというのは、わたくしも信じております。ですがーーそれを、彼女の目に触れさせてしまったことが問題なのです」
楽「……でも、あれは、千棘が……急に変なお願いしてきたから、勢いで応えただけで……!」
言い訳のように漏らすその声に、万里花の目が細くなる。
万里花「それでも、ですわ」
ふいに、その声音が静かに、だが深く鋭く変わった。
万里花「“優しさ”で動いたつもりでも、“誰か”にとっては刃になることがあるんですのよ。ましてや、楽様の優しさは……とても、罪深い。それが“誤解”であっても、“現実”として小野寺さんの目に映ったものが、彼女の心を壊してしまったのですわ」
楽は、返す言葉を探すように口を開きかけては、閉じた。
彼女の言葉は正論だった。
そして何より、それが「本当に起こったこと」だった。
楽「………………」
万里花「あなたは、彼女を傷つけるつもりなどなかった。でも、結果として、彼女は“自分の大切なもの”を守るために、あなたから離れる選択をした。その事実だけは、どうか、真っ直ぐに見て差し上げてくださいまし」
その語り口には、嘲りも駆け引きもなかった。ただ、静かな願いーー「彼女の痛みを、どうか理解してあげて」と。
しばしの沈黙。
やがて、楽は目を伏せたまま、小さく頷いた。
楽「……わかった。俺……もう一度、ちゃんと向き合う。全部、言葉で伝える」
その言葉に、万里花の唇がふわりと綻んだ。
万里花「……それでこそ、わたくしが愛する男ですわ」
楽「……え?」
万里花「はい♪」
思わず顔を上げる楽に、万里花はいたずらっぽくウィンクを投げる。
万里花「わたくし、こんなに恋敵と楽様の関係にアドバイスしてるのにも関わらず、未だに楽様のことが大好きですの。矛盾……しているのです。自分でもよく分からない感情ですわ。ま、どんな紆余曲折があろうと、わたくしと楽様が最終的に結ばれればそれで良いわけですし♪ 」
楽は一瞬きょとんとしたあと、苦笑しながら頭をかく。
楽「……はは、まったくお前は……どこまでいってもブレねぇな」
万里花「ブレないのが、わたくしの取り柄ですもの♪」
そして、くるりと背を向けた万里花は、夕日を背に、優雅に校門をあとにする。
その背中は、どこまでも真っ直ぐで、風になびく髪が金色に輝いていた。
楽はその後ろ姿をしばらく見送ってから、少しだけ目を細め、ぽつりと呟く。
楽「……ありがとな、橘」
その声は小さかったが、確かに届いていた。
万里花の背中が、ふっと揺れたのは、きっと風のせいだけではなかった。
ーー放課後の校門に残るのは、夕焼けの静寂と、少しだけ、優しくなった風の音だった。