ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

75 / 99

【挿絵表示】

な、なんと……


ワタシハ

夕方・近くの空き地

 

風が涼しく吹き抜ける。

どこか寂しげな空気が漂うその場所には、ぽつんと2人の影。

小咲の手には鍵がぎゅっと握られていた。

 

楽「なぁ、小野寺……。たった1日、小野寺と恋人じゃなくなるだけで、こんなに違う世界になるんだな」

 

楽は、夕日を見ながら続けた。

 

楽「朝起きた時、まずLINEを開かなくなった。『おはよう』って送りたい相手が、もう送っちゃいけない存在になってた」

 

楽「学校に向かう時も、いつもより街が色褪せて見えた。なんでもない道が、やけに遠く感じたよ」

 

楽「教室でも……小野寺の声が聞こえないだけで、静かすぎてさ。無音が耳に刺さるって初めて思った」

 

楽「廊下ですれ違っても、目が合っても、声をかけられない。手も伸ばせない。そんなの、辛すぎるって」

 

楽「夜になっても……小野寺が隣にいる夢を見て、目が覚めて後悔して。……世界が、全部違って見えたんだ。小野寺がいないってだけで。ほんと、それだけで……全部が変わるんだよ」

 

小咲「……そっか」

 

言葉にできない想いが、胸の奥で小さく鳴った。

小咲は俯いて、ぎゅっと胸元の鍵を握りしめたまま、ゆっくりと顔を上げる。

 

小咲「……一条くん。そんなふうに……思ってくれてたんだね……」

 

声はかすれていて、でも、しっかりと届く温度があった。

 

楽「小野寺、俺……本当に、好きなんだ。中学の頃から、いや、5歳からずっと。この想い、軽いもんじゃないんだぜ」

 

楽「だからこそ、小野寺が辛そうにしてたのに気づけなかったこと、悔しくて仕方ない。海のこと、文化祭のこと、千棘のこと……ぜんぶ。俺がもっと早く気づけてたらって……」

 

楽の拳が震える。

悔しさと情けなさと、どうしようもない想いのすべてが、言葉とともにこぼれ落ちる。

 

楽「……でも、もう逃げない。ちゃんと努力する。ちゃんと、小野寺だけを見て、守って、支えてく。だから……頼む。もう一度、考え直してくれないか?」

 

小咲「……」

 

小咲はしばらく何も言わず、手の中の鍵を握りしめた。

 

小咲(わたしは……)

 

空き地に立つ2人。

風の音だけが静かに鳴っている。

そんな中、小咲の手の中で固く握られていた鍵がーーほのかに光を放ち始める。

 

小咲「……っ?」

 

微かに眉をひそめたその瞬間。

まぶたの裏に、ふいにあの懐かしい景色がよぎる。

 

視界が歪み、映像が流れ込んでくる。

 

ーー天駒高原。

ーー少し霞んだ夕焼け。

ーーその中に、二人の姿。

 

楽(映像)「さっき、小野寺に告白された。そんで俺、そいつを断ってきちまった」

 

千棘(映像)「……っ……?!」

 

楽(映像)「俺、ずっと小野寺が好きだった。本当にずっと…。でも……それでも、他に一緒にいたい奴ができちまった」

 

千棘の顔は映らない。

だけど、彼女の肩が震えている。

ぎゅっと握られた拳が、それを雄弁に語っていた。

 

楽(映像)「そいつは最初、大嫌いだった。捻くれてて、うるさくて、喧嘩っ早くて。でも実は、誰よりも優しくて、まっすぐで……俺のこと、本気で想ってくれてるのがわかって」

 

楽(映像)「……気づいたら、好きになってた。

小野寺のことも好きだったけど……でも、もう決めた。お前がいいんだ、千棘」

 

その言葉で、映像は唐突に終わった。

 

ーー静寂。

 

まるで、雷に打たれたような感覚だった。

 

小咲「…………っ……!」

 

両手が小刻みに震える。

足元が、急に崩れていくような錯覚。

色が戻りかけた世界がまた、一気にモノクロに戻る。

 

大好きな一条楽が「目の前にいる」のに。

耳に届く彼の声が「今この場所のもの」なのに。

 

小咲の意識は、完全に崩れかけていた。

彼女の胸には、ただひとつの問い。

 

ーーこれは、未来?

ーーもう決まっている“運命”?

ーー別の世界の結果?

 

答えは、分からない。

しかし、確かなことがある。

 

【挿絵表示】

 

小咲(……わたし、選ばれなかったんだ……)

 

楽の言葉が、必死に響く。

 

楽「……だからさ、小野寺……俺と、もう一回やり直してーー」

 

小咲「一条くん、ありがとう……」

 

震える声。

でも、必死に飲み込んだ感情の奥から、彼女は一言ひとこと、絞り出す。

 

小咲「でも……」

 

小咲「でも、無理、なんだ。もう……」

 

喉の奥で、涙がせき止められる。

けれど、次の瞬間には溢れそうだった。

 

小咲「ごめんなさい…………!!」

 

そう叫ぶと、小咲はくるりと背を向け、走り出した。

残された楽は、一歩も動けないまま、立ち尽くしていた。

 

空き地に残るのは、秋の風と、ふたりの交わらなかった想いだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。