ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
夕方・近くの空き地
風が涼しく吹き抜ける。
どこか寂しげな空気が漂うその場所には、ぽつんと2人の影。
小咲の手には鍵がぎゅっと握られていた。
楽「なぁ、小野寺……。たった1日、小野寺と恋人じゃなくなるだけで、こんなに違う世界になるんだな」
楽は、夕日を見ながら続けた。
楽「朝起きた時、まずLINEを開かなくなった。『おはよう』って送りたい相手が、もう送っちゃいけない存在になってた」
楽「学校に向かう時も、いつもより街が色褪せて見えた。なんでもない道が、やけに遠く感じたよ」
楽「教室でも……小野寺の声が聞こえないだけで、静かすぎてさ。無音が耳に刺さるって初めて思った」
楽「廊下ですれ違っても、目が合っても、声をかけられない。手も伸ばせない。そんなの、辛すぎるって」
楽「夜になっても……小野寺が隣にいる夢を見て、目が覚めて後悔して。……世界が、全部違って見えたんだ。小野寺がいないってだけで。ほんと、それだけで……全部が変わるんだよ」
小咲「……そっか」
言葉にできない想いが、胸の奥で小さく鳴った。
小咲は俯いて、ぎゅっと胸元の鍵を握りしめたまま、ゆっくりと顔を上げる。
小咲「……一条くん。そんなふうに……思ってくれてたんだね……」
声はかすれていて、でも、しっかりと届く温度があった。
楽「小野寺、俺……本当に、好きなんだ。中学の頃から、いや、5歳からずっと。この想い、軽いもんじゃないんだぜ」
楽「だからこそ、小野寺が辛そうにしてたのに気づけなかったこと、悔しくて仕方ない。海のこと、文化祭のこと、千棘のこと……ぜんぶ。俺がもっと早く気づけてたらって……」
楽の拳が震える。
悔しさと情けなさと、どうしようもない想いのすべてが、言葉とともにこぼれ落ちる。
楽「……でも、もう逃げない。ちゃんと努力する。ちゃんと、小野寺だけを見て、守って、支えてく。だから……頼む。もう一度、考え直してくれないか?」
小咲「……」
小咲はしばらく何も言わず、手の中の鍵を握りしめた。
小咲(わたしは……)
空き地に立つ2人。
風の音だけが静かに鳴っている。
そんな中、小咲の手の中で固く握られていた鍵がーーほのかに光を放ち始める。
小咲「……っ?」
微かに眉をひそめたその瞬間。
まぶたの裏に、ふいにあの懐かしい景色がよぎる。
視界が歪み、映像が流れ込んでくる。
ーー天駒高原。
ーー少し霞んだ夕焼け。
ーーその中に、二人の姿。
楽(映像)「さっき、小野寺に告白された。そんで俺、そいつを断ってきちまった」
千棘(映像)「……っ……?!」
楽(映像)「俺、ずっと小野寺が好きだった。本当にずっと…。でも……それでも、他に一緒にいたい奴ができちまった」
千棘の顔は映らない。
だけど、彼女の肩が震えている。
ぎゅっと握られた拳が、それを雄弁に語っていた。
楽(映像)「そいつは最初、大嫌いだった。捻くれてて、うるさくて、喧嘩っ早くて。でも実は、誰よりも優しくて、まっすぐで……俺のこと、本気で想ってくれてるのがわかって」
楽(映像)「……気づいたら、好きになってた。
小野寺のことも好きだったけど……でも、もう決めた。お前がいいんだ、千棘」
その言葉で、映像は唐突に終わった。
ーー静寂。
まるで、雷に打たれたような感覚だった。
小咲「…………っ……!」
両手が小刻みに震える。
足元が、急に崩れていくような錯覚。
色が戻りかけた世界がまた、一気にモノクロに戻る。
大好きな一条楽が「目の前にいる」のに。
耳に届く彼の声が「今この場所のもの」なのに。
小咲の意識は、完全に崩れかけていた。
彼女の胸には、ただひとつの問い。
ーーこれは、未来?
ーーもう決まっている“運命”?
ーー別の世界の結果?
答えは、分からない。
しかし、確かなことがある。
小咲(……わたし、選ばれなかったんだ……)
楽の言葉が、必死に響く。
楽「……だからさ、小野寺……俺と、もう一回やり直してーー」
小咲「一条くん、ありがとう……」
震える声。
でも、必死に飲み込んだ感情の奥から、彼女は一言ひとこと、絞り出す。
小咲「でも……」
小咲「でも、無理、なんだ。もう……」
喉の奥で、涙がせき止められる。
けれど、次の瞬間には溢れそうだった。
小咲「ごめんなさい…………!!」
そう叫ぶと、小咲はくるりと背を向け、走り出した。
残された楽は、一歩も動けないまま、立ち尽くしていた。
空き地に残るのは、秋の風と、ふたりの交わらなかった想いだけだった。