ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
数字後・朝の教室
チャイムが鳴ってもなお、小咲の席は空のままだった。
その席は、あまりにも整然としていて、まるで誰かがそこにいた証を消そうとしているように、ぴたりと静まり返っていた。
楽は、机に頬杖をつきながら、その空席をぼんやりと見つめていた。
楽(……今日も、来てねぇか)
小さく、ため息が漏れる。
黒板に書かれた今日の日付が、彼の中でひときわ重くのしかかる。
空き地で決別した日からすでに何日も経っていた。
けれど、小咲はそれ以降一度も学校に姿を見せなかった。
楽(……小野寺……)
屋上での別れの言葉が、今でも耳の奥で反響していた。
小咲『ごめんね。わたしたち、別れよ?』
何度思い出しても、それは夢でも幻でもなかった。
確かに小咲が口にした“さよなら”だった。
その時、背後から軽快な声がかかった。
千棘「……ねえ、あれから少しは元気出た?」
振り返ると、千棘が教室の後ろからひょいと現れた。いつもより少し無理したような笑顔を浮かべている。
楽は苦笑したまま、肩をすくめる。
楽「ん……ああ、うん。なんとも言えないけど、お前や橘のおかげで気が紛れてるのは確かだ。ありがとな」
千棘「ん……そっか」
そこへ、万里花もスッと入ってきた。
彼女の顔には微かな不安と、それ以上に強い決意が浮かんでいた。
万里花「……小野寺さん、今日もお休みですのね」
楽は目を伏せて、小さく頷いた。
楽「……ああ。とことん嫌われたもんだな、俺も」
その一言に、二人ともそれ以上言葉を続けることができなかった。
ーーーーー
放課後
沈んだ空気のまま帰ろうとする楽の背中を、千棘がぽんっと叩いた。
千棘「……ねぇ、ゲーセンでも寄ってかない?」
楽「……は? 唐突だなww」
千棘「気晴らしにと思って。アンタ、最近ずっと沈んでるからさ。少しは笑ってみなよ。気持ち、少しは浮き上がるかもよ?」
楽はその誘いに少し迷ったが、千棘の言葉とその笑顔が、胸の重石をわずかに揺らした。
楽「……まぁ、そうだな」
楽はようやく小さく頷いたのだった。
夕焼けに染まるアーケード街の一角。
人通りはまばらだったが、店内からはゲーセン特有の電子音と歓声が漏れ出していた。
千棘「ほら、着いた着いた。懐かしいでしょ、ここ」
楽「……ああ。来るの、久しぶりだ。……この前、小野寺と来たのが最後だったな」
その名前を口にした瞬間、楽の声がふと陰る。
千棘「……そっか。でも今日はさ、小咲ちゃんのこと、ちょっとだけ、置いといてよ。私が楽しませるからさ!」
千棘は振り返りざまに、強くも優しい瞳で楽を見つめてきた。
千棘「アンタが笑わないとさ、見てるこっちまでツラくなんのよ。ね、少しくらいは楽しんでよ」
楽はその言葉に苦笑しながら、無言で頷いた。
二人が向かったのは、アイスホッケーの台。
千棘「さあ! いざ勝負よ!! ボコボコにしてあげるわ!」
楽「……はは、上等。このゲームはパワー押しだけじゃ勝てないぜ?」
ゲームが始まると、2人は一気にテンションを上げた。
千棘「うぉぉぉぉおお!!!」
楽「よっしゃ来いっ!!」
千棘「うひゃああ! その打ち方反則でしょーがっ!!」
白熱するアイスホッケー。
スコアは9-9の同点。次の一点が勝敗を決める。
千棘「さあ、ラスト一本! 気合い入れてきな!」
楽「よし……こっちは“秘技・ジグザグアタック”!!」
千棘「な、なに?!」(ノリノリw)
楽「ーーからの……フェイントシュゥゥゥーーットッ!!」
千棘「え、えぇ?! フェイント?!」
その瞬間、楽のマレットは迷いに満ちた軌道を描きーー
カコンッ!
円盤は、無情にも自分のゴールに吸い込まれていった。
千棘「ぷっ……ちょ、なにそれwww オウンゴールとかあるぅ?ww やばいお腹痛いwwwwwww」
楽「ぐはっ……。俺、だっさwwww」
ふたりはしばらく笑い続けた。
笑いながら、少しずつ、心の淀みがほぐれていった。
千棘「……やっぱさ、アンタは笑ってる方が似合うよ」
楽「……ありがとな、千棘。……素直に救われたわ」
千棘「……でしょ? ふふ〜ん。あたし、案外使える女じゃん?」
楽「いや、それは、うーん……どうかなwww」
千棘「はぁあ!?www そこ悩む?!?!ww ちょっと、今のは褒めとくとこでしょーがっww」
軽口を交わしながら、2人はダンスゲームの筐体の前に立つ。
千棘「これ、やってみない? いちばん難しいやつね」
楽「おい、これ無理ゲーだろ。クリアしてる人見たことねぇぞ」
千棘「だからこそ、じゃん。私とアンタなら、やれる気がするんだよね」
楽「はぁ……もう、こうなったら付き合うしかねぇか」
リズムが鳴り始め、パネルが光り、足が動き出す。
千棘「いっち、にーっ! ほら、そこステップステップ!!www」
楽「うるせぇ! お前もミスってんじゃねーか!www」
全力で踊る2人。額に汗がにじみ、呼吸が荒くなる。
それでもーー
クリア判定のランプが、画面に眩しく灯る。
ゲーム画面『★CLEAR!!★』
二人「いえーーーい!!!」
バシンッとハイタッチ。
千棘の笑顔が、夕焼けよりもまぶしく映った。
千棘「……ありがとね、楽。アンタを元気付けようとしたはずなのに、なんか私が元気になっちゃったww」
楽は、ハイタッチした手をそっと下ろしながら、しばらく黙って千棘を見ていた。
ーー心が、揺れていた。
楽(……なんだ、この感じ。なんだ、これ……。おかしいだろ、俺。俺は小野寺のこと……好きなはずなのに)
けれど、笑う千棘の横顔を見たとき。
楽(……これは……)
楽(俺は、これがどういう気持ちか分からないーー)
楽(ーーなんて言うほど、さすがに鈍感じゃない……)
戸惑いと、確かな自覚。
けれどそれは、確かに「何か」の始まりだった。