ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
夕暮れが夜へと溶けていく時間。
ネオンの灯りがちらほらと街を彩りはじめ、ゲーセンを出た2人は並んで歩いていた。
賑やかな電子音から離れ、日常の静けさに戻った道。
けれど、そこに漂う空気はどこか柔らかく、温かかった。
千棘「あー、めっちゃ楽しかったぁ!」
両手を大きく伸ばして、千棘は満足げに空を仰ぐ。
千棘「……ごめんね? 最初はアンタを元気づけるつもりだったんだけど、途中から完全に自分が楽しんでたわww」
楽「いや、それが一番だろ。お前が楽しそうだったから、俺も楽しかったよ。……ありがとな」
千棘「いーえっ! ……で、どう? 少しは気が晴れた?」
楽「……ああ」
一言だけ。
けれどその声は、少し柔らかくなっていた。
千棘「そっか。よかった。またさ、今度行けたらいいね」
楽「そう……だな」
一拍おいて、楽が小さく答える。
だがその返事は、どこか歯切れが悪かった。
千棘「ん? どしたの、さっきからww まさか……つまんなかった?!」
冗談めかして覗き込んでくる千棘の顔に、楽は苦笑を浮かべた。
楽「いや……違うんだ。……なあ、前にさ、海に行った時のこと、覚えてるか?」
千棘「……え? そりゃ最近の話だし普通にめっちゃ覚えてるけどww」
楽「お前が、溺れる前。俺に聞いたよな。“もし俺たちが本物の恋人だったら、うまくいってたと思うか”って」
千棘「……え……うん」
声のトーンが少し落ちる。足取りも自然と緩やかになった。
千棘「え、待って、なに? 今さらその話?」
楽「……ああ、ふと思ってさ。その時は、ちゃんと考えてなかった。でも、今になってずっと引っかかっててさ。あれーーなんであんなこと聞いたんだ?」
歩いていた千棘の足が、ぴたりと止まる。
風が、街路樹の葉をゆらし、カサリと音を立てた。
沈黙が、ほんの一瞬、間延びして流れる。
千棘「……それは」
楽「……ああ」
千棘「それは……ね?」
途端、千棘はスッと横に逸れて、近くのビルの壁に、べたぁっと張り付いた。
まるで“背景と同化してます”と言わんばかりの不自然な体勢に、楽が吹き出しそうになる。
楽「……は? 何やってんだよww」
千棘「り、理由なんて……ないしっ! ないってばっ!!」
千棘(ーーホントは違う。違うのに。あの時、楽が“うん”って言ってくれたら……私……私はーー)
声は強がりで満ちていたが、その背中はどこか不器用に震えていた。
楽は少しだけ困ったように微笑んだあと、小さく息をつく。
楽「……ないのか。……そっか。俺はてっきり……お前が、俺のことを、ほんの少しでも、男として意識してくれたのかと思ってたわ」
千棘「……え?」
楽「はは、もしあのとき俺が“うん”って答えてたら、どうなってたのかなー……なんて。いやあ、俺、思い上がってたわ。すまん、マジで」
千棘「……いや、あの……っ」
楽「ん?」
千棘、息をのむ。
ほんの一瞬、葛藤するように唇をかんだ後ーー
千棘「……アンタと仮に本物の恋人だったとしても……なんか……悪くないかなって。あの時、ちょっとだけ、ふと、そう思った。それだけよ」
その声は、かすかに震えていた。
けれど、それは確かな“本音”だった。
楽「……それは、“あの時だけ”の話なのか?」
千棘「……」
楽「……」
千棘「……ぶっ」
次の瞬間、千棘が吹き出した。
それにつられるように、楽も、ぷっと吹いてーー
二人「「っははははっっ!!」」
笑い声が、静かな路地に響いた。
千棘「マジウケるwwww なに私たち、超ガチシリアスモードで語り合ってんの?! ないわー、ないわーっ! マジ恥ずかしっ!」
楽「いや、マジでなww 俺らがシリアスになんか語るとか似合わな過ぎてwww しかも、どっちが先に吹き出すか我慢してたのに、まさかの同時とはww」
千棘「あーお腹痛いww ほんとタイミング最悪ww」
楽「無駄に息ピッタリ問題www」
そのまま2人は、笑いながら歩き出す。
空気が少しだけ軽くなった。
楽「……じゃ、今日は金曜日だから……また来週な。色々あったけど、明日からは、少しは前向きに話せると思う」
千棘「うん、そっか。よかった。また来週ね、楽」
彼らを偽物と呼ぶには、あまりにも自然すぎた。
橙に染まった帰り道。
そこには確かに、ほんの少しだけ芽吹いた“何か”があった。