ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
駅前のカフェ・15時過ぎ
木のテーブルに反射する陽の光が、キラキラと窓辺を彩っていた。
楽は、窓側の席で、手元のペンダントを指でなぞるように見つめていた。
カラン。
風鈴のようなベルの音。
楽が顔を上げると、黒いTシャツとデニムパンツという、ラフな格好の千棘が現れた。
そのシンプルな服装が、かえって彼女のスタイルの良さを際立たせている。
千棘「ごめん、待った?」
楽「いや、ちょうどきたとこ。急に呼び出して悪かったな」
千棘「まったく……わざわざ外に呼び出すとか、よっぽどな話なんでしょうね?」
千棘は、ため息ひとつ。
でも、悪い顔はしていなかった。
椅子に軽やかに座ると、
控えめに置かれたグラスの水を一口含む。
楽「……まあな。そっちの家だと、親父さんもいるし。話しづらくて」
千棘「……それで? 話って?」
ストレートな問い。
楽は、一呼吸置いて、少しだけ視線を下げた。
楽「“約束の女の子”が誰だかわかったんだ」
千棘「……え? そ、そうなんだ……」
一瞬だけ、千棘の肩がぴくりと揺れた。
けれど、すぐに表情を整えて、また水を一口飲む。
千棘「誰、だったの?」
楽「……小野寺だ。小野寺小咲」
千棘の目に明らかな動揺の色が浮かぶ。
楽「小野寺が……あの鍵を持っててさ。俺の記憶も一致してる。話もぴったりだった。そして、錠に鍵を試したら――ペンダントが、開いたんだ」
千棘「…………そう」
グラスの底に沈んだ氷が、かすかにカランと鳴った。
彼女の手は、そこで止まる。
楽「中には手紙と指輪。俺が書いたやつもあった。
『大人になったら結婚しよう』ってな。……ずっと探してた約束の子が、まさかの小野寺だったんだよ。何このドラマって感じじゃね?」
千棘「そうね……さすがにビックリ。完璧な答え合わせね。で、それをわざわざ私に報告したってことは……」
楽は、少し照れくさそうに笑った。
「ああ。小野寺と正式に付き合うことになった」
一方、千棘はほんのわずかに、口角を上げた。
千棘「ーーじゃん」
楽「え?」
千棘「“良かったじゃん”って言ったの。大好きな小咲ちゃんが約束の女の子で、再会して、鍵が開いて、付き合うなんて……ロマンチックの極みじゃない」
明るい口調だった。
だが、その言葉の下に隠された“重さ”は、テーブルの上にじわりと滲んでいた。
楽「……いや、意外だわ。お前がそこまで、祝福してくれるなんてさ。……てっきり、ちょっとは複雑な気持ちになるかと思ってた」
千棘「……ん? え? はぁ!? なんで私が!?w ちょっと待って、私がアンタに気があるとでも!? ふざけないでよ!? だって私たち“偽の恋人”なんだから!!」
その声には、少しだけ尖りが混ざった。
楽「……いや、それはそうだけどw そんなムキになることか?」
千棘「いやいや、なるでしょ? 気持ち悪いこと言われてんだから。っていうかさ? むしろ、これで集中できるってもんよ。演技にね。変な感情、抱かずにすむし?w」
笑い飛ばすように言うが、その瞳はほんの少しだけ揺れていた。
楽は、ニヤニヤしながらツッコんだ。
楽「おいおいw ……それ、つまりさ? 小野寺と付き合わなかったら、変な感情、抱いてたかもってこと?w」
千棘「……はぁあ!?」
千棘の声が、裏返った。
テーブルに肘をついて、バンッと身を乗り出す。
千棘「なんなのそれww 気持ち悪すぎて鳥肌たったんだけどw 自意識過剰にもほどがあるでしょ!? ハーレム漫画の主人公にでもなったつもり!? 誰がアンタなんかww 世界に男がアンタしかいなくてもお断りだからね?!」
怒鳴りながら、顔がほんのり赤くなる。
楽「はいはい、わーったわーったw あんまり言われるとさすがに悲しくなるからやめてww」
千棘は、はあ……と深く息を吐いた。
千棘「……まったく……ほんと、しょうもない」
椅子に寄りかかり、
水のグラスを指先でくるくる回す。
千棘の視線は、テーブルの向こう、どこか遠い場所を見つめていた。
楽「……で、戦争は?組の件、どうするのよ」
千棘の問いかけに、楽は真面目な顔に戻る。
楽「小野寺には事情を説明した。“偽の恋人関係”を続けるってことも、全部。……そしたら、受け入れてくれたよ」
千棘「……へえ、そう」
千棘は、グラスを見つめたまま答えた。
でも、心の中では別の言葉がぐるぐると渦を巻いていた。
千棘(……そう。やっぱり、小咲ちゃんは優しい。あんなに一途でまっすぐで、誰よりも楽のことを思ってて……)
千棘(……それに比べて、私は……何?)
千棘(演技に集中できる? 変な感情抱かずに済む?)
千棘(……ウソばっか。そんなわけ、ないじゃん)
千棘(だって――)
あの時。
楽が「偽の恋人は続ける」と言ったとき。
心のどこかで、ほっとしてしまった自分が、確かにいた。
千棘(……やだ。きっも……。きもい、自分が)
千棘(なんでそんなこと思う? あーもう、気持ち悪すぎる。死にたい。死んで生まれ変わってウサギになって無心でニンジン食べ続けたい……)
楽「だから、まあ……これからも偽の恋人は続くってこと。改めてよろしくな、ハニー」
楽が冗談めかして、軽く手を伸ばす。
千棘は、しょうがなさそうに作り笑いを浮かべる。
千棘「……はぁ……はいはい。わかったわ、ダーリン」
いつもの返し。だがその奥に宿った影に、楽は気づかなかった。
そして千棘自身も、まだきちんとその気持ちに向き合うことができなかった。
だが。
小さな違和感は、確かに芽生えていた。
それはこれから、少しずつ大きな波となって、ふたりの「偽り」を脅かしていくことになる。