ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

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小野寺さんは単身で天駒高原へ向かいます。


ケツダン

小咲、自室にて

 

金曜日の夜。

夜が静かに降りていた。

窓の外にはかすかな街灯の明かり。

風も音を立てず、ただーーすべてが沈黙の中にあった。

 

部屋の中はきちんと整っていた。

クッションも、化粧水も、整然と置かれていて、無駄なものは何一つない。

だが、どこか異様なまでの“整いすぎ”が、その空間に冷たさを生んでいた。

いつも机の上に置いていた、楽とのツーショット写真。

林間学校でみんなとふざけていた中、たった一瞬だけ二人で撮れた、奇跡のような一枚。

いま、その写真はーー裏返しに伏せられている。

 

小咲(……わたしの部屋、こんなに静かだったっけ……?)

 

空調の音すら遠く、ただ時計の針の音だけが、規則的に響く。

 

あまりに静かで、耳の奥が詰まるような感覚。

それは、まるで今この部屋にいる自分が、本物ではないかのようだった。

ベッドの端に腰を下ろし、ひざを抱える。

 

小咲「……だめだ……やっぱり……忘れられない……」

 

自分で選んだ別れだった。

泣きながら、それでも笑って言った“彼女”としての最後の言葉だった。

 

小咲『一条くん、大好きだよ。本当にありがとう』

 

ーーあれは、嘘じゃなかった。

だけど。

 

小咲(でも……本当にそれだけで良かったの? あれで、終わらせて良かったの……?)

 

“決断”と“感情”が、いつまでも噛み合わない。

言葉では区切ったのに、心はまだ終わってくれない。

最近はずっと休んでいるが、別れた翌日だけ、小咲は学校に行った。

きちんと別れた。そのはずだったのに。

 

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頭が楽のことを考えてしまう。

耳が楽の声を探してしまう。

目で楽の姿を追ってしまう。

なによりーー心が楽を求めてしまう。

 

その気持ちを整理するため、小咲は次の日から学校を休んでいた。

しかし、一向に気持ちが変わることがない。

むしろ、禁断症状のようにーー楽に会いたくてたまらなくなってくる。

 

小咲(一条くん……。どうして、今でも……こんなに、好きなんだろう……)

 

手を伸ばして、机の引き出しを開けた。

中には、ぴたりと横たわった銀色の鍵。

小咲の指先が、震えながらそれに触れる。

冷たい。

けれど、どこか懐かしい――ずっと、肌の一部のように感じていた“約束の証”。

 

小咲「……っ」

 

ギュッと握ると、金属の冷たさが皮膚を刺す。

でも、それが“自分が今、生きている”ことを証明してくれるような、そんな感覚だった。

 

小咲「何度も捨てようと思った……。だって、この鍵さえなければ、こんなに苦しまなくて済んだかもしれない……。でも、できなかった……」

 

小咲「……だって、この鍵が……わたしの、全てだったから」

 

ーーずっと“約束の女の子”だった。

 

楽に出会ったのも、惹かれたのも、勇気を出せたのも、想いが通じたのも。

全部、この鍵が“導いてくれた奇跡”ーー

少なくとも、小咲はそう信じていた。

 

小咲(でも……今のわたしの居場所は、一条くんの隣じゃない)

 

小咲(一条くんの隣にいたかったのに……わたしの心はもう、“幸せ”じゃなかった)

 

それでも、鍵は手離せなかった。

 

小咲「でも……もう、終わらせなくちゃいけないの」

 

ゆっくりと、机の上に鍵を置き直す。

その指はわずかに震えていたけれど、目だけは逸らさなかった。

そして、そっと目を閉じ、新たな決意を口にした。

子供の頃、小咲と楽が初めて会った場所。

記憶はほとんどないが、場所ははっきりと知っている。

 

小咲「わたしたちが最初に出会った約束の地ーー天駒高原に……この鍵を埋めてこよう」

 

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決意の言葉は、空気を震わせるように響いた。

その時、机の上の鍵が、ぼんやり青白く光っているように見えた。

一瞬、目を見開いた小咲だったが、触れようとしたその手を引っ込める。

 

小咲(ありがとう……でも、もう、いいんだ……)

 

ーーーーー

朝は、静かにやってきた。

時計の針が午前6時を指している。

窓の外にはまだ薄い靄がかかり、鳥のさえずりさえも、まだ遠慮がちだった。

小咲はパジャマを脱ぎ、一度だけ、伏せていた楽とのツーショット写真立てを手に取った。

 

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小咲(ふふ……一条くん、かっこいい。やっぱり、好きだなぁ。でも……この写真も見るのもーーこれで最後にしなきゃ)

 

鏡の前で、一瞬立ち止まる。

そこに映る自分は、少しだけ痩せた気がした。

けれど、どこか表情は引き締まっていた。

覚悟を決めた者の顔だ。

服を着て、最低限の荷物を用意し、軽く髪を整えると、玄関に立つ。

 

小咲「……いってきます」

 

母親には昨日の夜、既に行き先は伝えておいた。

無人の玄関で、誰にでもなくそう呟き、扉を開けた。

 

いつもより冷たい朝の空気が、頬を撫でた。

でも、今日はなぜか、その冷たさが心地よかった。

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