ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
午後の天駒高原
空は抜けるような青さで、ひとつだけ流れる雲が、どこか寂しげに形を変えていく。
高原の草は風にそよぎ、カサカサと揺れる葉音が、辺りに柔らかいリズムを刻んでいた。
人の気配はどこにもない。
自然の音だけが、まるで時間の針の代わりのように、ゆるやかに流れていた。
その丘の上ーー
スカートの裾を風になびかせながら、小咲が立ち尽くしていた。
その額には汗がにじみ、息は少し荒れていた。
小咲「はぁ〜……遠かった……」
小咲「新幹線乗って、バスに揺られて、それから歩いて……もうクタクタだよ……」
手で額を拭うと、指先に土の匂いが微かに混じった風が触れた。
ここまでの道のりは、決して平坦じゃなかった。
けれど、足が止まらなかったのは、“この場所で全て手を終えたい”という信念があったから。
ふと、スカートの裾を揺らす風に身を任せながら、
小咲は一歩、足を踏み出す。
足元の草がサラサラと擦れ合い、膝下をくすぐってくる。
目を細めてあたりを見渡せば、そこに広がっていたのはーー子供の頃に見たままの、高原の風景だった。
遠くに見える丘の丸み、風でしなだれる背の高い草、
そしてーーその奥に、ぽつんと存在感を放つ、大きな岩。
小咲「……ふふ、懐かしい。すごいや、来たら本当にぜんぶ、今、思い出したよ……」
その一言には、驚きと喜びと、そして、少しの切なさが混じっていた。
岩のそばまでゆっくりと歩み寄る。
スニーカーのソールが、小石をカリッと踏む乾いた音が、どこかくすぐったい。
彼女の指先が、そっと岩の表面に触れる。
ひんやりとした感触。
ザラザラとした、風雨で削られた年輪のような凹凸。
小咲「一条くん……いつもこの岩の上にいたよね。わたし、一人で登れなくって、手を引っ張ってもらって……」
思い出した瞬間、視界の奥が滲んだ。
少年の楽が笑っていた。
ちょっと照れた顔で、手を伸ばしてくれた。
「こさき! ほら! 手をつかんで!」と言いながら、自分を引き上げてくれた、あの小さな手の温度。
一瞬、風がそよぎ、彼女の髪をふわりと撫でた。
小咲「どうして今まで忘れてたのかな……。ついこの間のことのように、ぜんぶ思い出す。不思議だね」
小咲「あっ、そうだ。確か、このへんに……」
そして、視線を落とした先、岩のふもとに、小さな刻み文字が刻まれているのを見つけた。
「らく」「こさき」
少しずつ崩れかけた文字。
でも、確かに残っていた。
その間には、雨に擦れながらもなお残っている、小さな相合傘。
小咲「ほら、あった……///」
誰も見てないのに一人で照れる。
小咲「……そっか。わたし、この頃からずっと……ずっと……一条くんのこと、好きだったんだ」
風がまた一度、優しく吹いた。
まるでその言葉を、空が受け止めてくれたかのようだった。
涙は、出なかった。
それよりも、胸の奥に残っていた“答え”が、ようやく形になったような気がした。
小咲がそっと取り出したのはーーあの銀色の鍵。
相変わらず鈍い光を放っているように見える。
それは、彼女の“想い”そのものだった。
捨てられなくて、手放せなくて、ずっと、胸の近くで温めてきたから。
小咲「……すごいね、やっぱりこの鍵。なんで光るんだろう……? わたしの気持ちが長年こもってるから? ……な〜んてねww ファンタジーすぎるかなぁ?ww」
小さく笑った。
その笑顔はどこか無理やりで、でもそれでも、優しかった。
そして、決意を新たにする。
小咲「……この“好き”って気持ち……これ以上、悲しみで汚したくないの。だから、ここで終わらせようって決めたんだ」
その瞳は、まっすぐで、穏やかで、ほんの少しだけ、寂しかった。
ふと鍵を見る。
「握りしめて」ーーそう言わんばかりに、鈍い光を放ち続ける。
小咲「ふふ、わかった、わかったよ」
鍵を両手で包み込むようにして、そっと握る。
草の匂い、太陽の暖かさ、空の青さーー
すべてが、彼女の決意を見守っていた。
小咲「さあ……わたしに見せて? 物語の結末をーー」
その言葉が放たれた瞬間。
辺りから音が、ふっと消えた。
風の音も、草の擦れる音も、世界から一度だけ失われた。
銀色の鍵が、確かな光を放つ。
そして、小咲の頭には少しずつ映像が浮かんできたーー