ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
まだ小咲が天駒高原の地を踏むより少し前のこと。
高知県と愛媛県の県境に広がる四国カルスト。
その東端、標高の高い台地に位置する天駒高原は、まさに秋色に染まっていた。
ススキがなびく草原は黄金の絨毯のように広がり、空にはうっすらと一筋の飛行機雲。
風は澄み渡り、遠くの木々も赤く色づきはじめている。
まだ観光客も少ないその場所に、これから“ひとつの物語の終点”へ向かう者がいた。
【午前13時半/JR須崎駅前】
楽「はぁぁぁ……ようやく着いた……!」
楽は肩で息をしながら駅前に立った。
東京から特急と新幹線を乗り継ぎ、かれこれ5時間以上。
ろくに休まずやって来た彼は、辺りの静けさに思わず目を細める。
楽「くぅ……ここまで特急や新幹線で5時間……さらにここからバスで2時間……!? くそっ、飛行機にすりゃよかった……!」
苦笑しつつ、スマホでルートを再確認。
楽「えーと、須崎駅から梼原行きのバスに乗って、新田まで65分。そこから天駒高原行きのバスに乗り換えて、終点の天駒荘まで40分か……」
呆れたように息を吐きながらも、口元にはどこか微かな笑み。
楽「うぉぉぉ……遠すぎるww どんな秘境だよ、ここ……」
だが、次の瞬間にはその顔がふと真剣になる。
楽「でもな……距離なんて関係ねぇよ。小野寺がその先にいるなら、どこだって行く。最北端だろうと、最南端だろうと、外国だろうと。俺は追うぜ?」
拳を握りしめ、背筋を伸ばす。
その時だった。
背後から、少しだけ戸惑い混じりの、でもどこか聞き馴染みのある声が響いた。
??「すみません……あの〜、梼原行きのバス停って、どちらにあるか知ってますか?」
楽「ああ、それなら自分もちょうど探してて…………って……えっ?」
楽は反射的に声の主を振り返る。
格好こそいつもと違う黒いカーディガンに全身真っ白なワンピースだったが、その声、その匂い、その髪、その顔、全てに覚えがあった。
千棘「……え?」
楽「……は?」
楽と千棘、視線が合ったその瞬間、駅前の時間が止まった。
楽「なんでお前がここに!?!?」
千棘「なんでアンタがここにいるのよぉぉぉっ!?」
見事なハモりで叫び合う2人。
観光客の数人が振り向くが、当人たちはそれどころではない。
唖然としたまま立ち尽くす楽と、手にした観光マップを握りしめる千棘。
ーー偶然?
ーー必然?
澄み渡る秋空の下、JR須崎駅のロータリーに漂うのは、静かな空気とほんのり潮の匂い。
都会の喧騒から一転、時間の流れそのものがゆるやかに感じられる午後1時半。
偶然の再会を果たした楽と千棘。
しかしその衝撃は、2人の表情を固まらせるには十分すぎるものだった。
楽「いやいやいや!! マジでなんで?! えっ?? 俺、誰にもここ来るなんて言ってねぇぞ!?」
千棘「いやいやいや!! こっちのセリフなんだけど!? 私もそうだからね!? 昨日の夜、寝る直前に急に思いついただけなんだから!」
駅前で、お互いのバッグを抱えたまま、叫び合うふたり。
まるで口喧嘩寸前。
だが、そこにはいつもの“喧嘩コント”のような絶妙な間合いがある。
楽「マジかよ……お前、なんでまたこんなとこ来ようと思ったんだ?」
千棘「わ……私は……」
一瞬、視線をそらす千棘。
その金髪が風に揺れ、ワンピースがふわりと舞った。
千棘「天駒高原に行けば……子供の頃の記憶とか、蘇るかなって、思ったの……うん。そしたら、自分の気持ちも、もっとはっきりする気がして。なんか、いろんな区切りを迎えられるんじゃないかって……そんな感じ?」
風が、ススキを撫でる音だけが、一瞬ふたりの間を満たした。
楽「……へぇ、なるほど。天駒高原……ね」
楽は小さくうなずきながら、どこか柔らかい声で問い返す。
楽「ちなみに、“自分の気持ち”とか“区切り”とかって……どういう意味?」
その瞬間、千棘はビクッと肩をすくめた。、
千棘「……。いや、内緒!! 内緒です!!! はいっ、この話終了ぉー!」
楽「ははっwww なんだよそれww 隠すようなことなのかよ〜」
千棘「そ、そりゃそうでしょ!? 私だって何でもオープンにしてるわけじゃないし!///」
千棘(バカでしょ!? そんなの言えるわけないじゃん……)
千棘(子供の頃の記憶や想い……)
千棘(それをちゃんと全部思い出して、過去と今ーー点と点を線できちんと繋げたその先で……)
千棘(アンタに告白しようとしてるなんてさぁぁぁぁ///)
千棘の耳まで真っ赤に染まっていく。
楽「へぇ〜? 案外乙女なとこもあるんだな。かわいいじゃんwww」
千棘「へ!? はっ!? かわいい!?///」
一気に顔が沸騰したように紅潮する千棘。
楽「な、なんだよ……」
千棘「や、やめて、そういうの///// じゃ、じゃあ! アンタはなんでここに?! アンタも、子供の頃の記憶とか想いを振りかえりにきたの?」
楽「……」
楽(……違う)
楽(俺は小野寺を追ってきた。過去のことを思い出そうとしてきたわけじゃない)
楽(素直にそう言えばいい。「小野寺を追いかけてきた」、って)
楽「……」
楽(……なあ、俺)
楽(なんで、言えないんだ……?)
楽(小野寺を追いかけてきたと素直に言ったら、千棘が傷付くから? 俺、こいつを意識して……?)
ちらりと千棘を見る。
駅前の風景に溶けるように立つ彼女は、どこか静かに、彼の言葉を待っている。
千棘(……)
千棘「……ねぇ、なに黙ってんの?」
楽「……。ああ。俺も、お前と同じ目的だよ」
――その瞬間、楽の中で何かが、静かに揺れた。