ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜   作:nemu1116

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ついに10年ぶりの天駒高原に足を踏み入れた楽と千棘だが……?


コウゲン

バスの車窓に映る景色は、時間とともに静かに姿を変えていた。

 

山間を縫うように走る道の両脇には、赤や黄に染まった木々が続き、どこまでもどこまでも秋の気配を連れてくる。

雲ひとつない高知の空は青く高く、光の粒が窓から差し込んで千棘の金髪をやさしく照らしていた。

 

車内は静かだった。運転席の無線と、エンジンの音。

それと楽と千棘の他愛もない会話だけが、ゆるやかに時間を刻んでいた。

 

千棘「そしたらさ、パパなんて言ったと思う? 千棘はかわいくて目立つから、迷子になってもすぐ見つかるし大丈夫ってwww んでその直後、本当に迷子になって、しばらく見つからなかったっていうwww」

 

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楽「はは、そりゃ面白いなww」

 

楽は、笑った。

いや、笑ってみせた。

 

けれどーー胸の中は、相変わらず“重い沈黙”で埋まっていた。

 

楽(……結局、言い出せないまま、2時間近く。もう着いちまう……)

 

楽はずっと考えていた。

小咲のことを、千棘に言うべきかどうかを。

 

ここへ来た目的。

“本当は小咲を追いかけて来た”という事実。

 

けれど千棘の無邪気な笑顔を見るたび、その決意が、喉の奥で凍りつくように消えていった。

 

楽(それと……さっきから違和感がある……)

 

楽は目線を横に流し、隣の席で話す千棘の横顔をちらりと見つめる。

澄んだ瞳、リズミカルに動く口元。

けれどーー

 

楽(……小野寺の話が、出てこない)

 

千棘はいつも、何かあれば聞いてきた。

 

『ねえ……まだ小咲ちゃんのこと、好きなの?』

『小咲ちゃんとは、あれからどう?』

 

けれど、今日だけは、一度もその名前を口にしていない。

 

楽(なんだろう……千棘が“あえて”小野寺の話を避けてるようにも見える)

 

それは、気遣い?

それとも……彼女自身の、なにか覚悟のようなもの?

分からない。

けれど、分からないからこそ、楽の胸にじわりとした不安と罪悪感が広がっていく。

そこに、車内スピーカーがゆるやかな声で告げる。

 

バス運転手「まもなく、天駒荘……天駒荘。天駒高原へお越しの方は、こちらでお降りください」

 

千棘「お、おおぉぉ、本当に着いたーーー!!」

 

ついさっきまで穏やかだった声が、跳ね上がった。

窓の向こうに広がる雄大な景色に、千棘は文字通り“飛び跳ねる”ような勢いで顔を輝かせる。

 

楽「はしゃぐなwww」

 

千棘「はしゃぐでしょwww めちゃくちゃ遠かったんだから達成感ハンパないよww」

 

その笑顔に、少しだけ救われる自分がいる。

でも、それ以上に――心のどこかが締め付けられる。

 

楽「……ま、それもそうだな」

 

ほんの一瞬の翳りを見せる楽。

千棘はその様子に気付いた様子を見せないまま、座席に座った状態で、ゆっくりと身体をひねる。

そして楽のほうを見やり、わずかに目を伏せながら、ぽつりとつぶやいた。

 

千棘「……ねえ、楽?」

 

楽「ん?」

 

千棘「一緒に……天駒高原、回ってくれる……よね?」

 

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一拍の間。

そして、まっすぐな瞳。

迷いのない瞳だった。

 

楽「……え? あ、ああ……そりゃもちろん断る理由が……」

 

口が、勝手に動いた。

 

心はーー

「断る理由は、ある」と言っているのに。

 

楽(……俺はバカか?)

 

千棘「やたぁぁぁ♪」

 

飛び跳ねるように喜ぶ千棘。

その姿は無邪気で、眩しくて、そして――少しだけ遠かった。

 

楽(……小野寺……俺は……)

 

ーーそして、バスのドアが開いた。

 

吹き抜ける風は高原の匂いを纏い、2人の足元に、静かに影を落とした。

楽と千棘は、小咲より少し遅れて、天駒高原の大地を踏みしめた。

 

風は、やさしく吹いていた。

 

天駒高原。

標高1,200メートルを超えるその台地は、まるで空に浮かぶ庭園のようだった。

空の青さは、どこまでも深く澄み、雲はゆったりと流れている。

黄金に染まったススキが、太陽を浴びながら波打ち、視界の端から端までを覆っていた。

草の匂い、風の温度、そして足元に広がる土の感触。

それらすべてが、言葉よりも雄弁に語りかけてくる。

 

ーーようこそ、思い出の場所へ。

 

楽「うわあ、めちゃくちゃ広いな。……すげえ。なんでかわかんねぇけど、懐かしい気持ちが止まらないわ」

 

そう言って、高原の空を見上げる楽の目は、どこか遠くを見つめていた。

千棘もまた、草の波を見下ろしながら、ゆっくりとつぶやいた。

 

千棘「うん、すごい……。記憶は曖昧なのに、私、ここを絶対に知ってる……ここに来たことがある。そんな感覚……」

 

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2人の足取りは、自然と重なりながら、ある方向へと導かれていく。

まるでこの地が、2人の記憶を呼び起こそうとしているかのように。

 

楽「……懐かしい。俺も、小さい頃の思い出、いろいろ思い出してきた……ような気がするわ」

 

そのときだった。

 

千棘「…………っ!!」

 

ふと、千棘が立ち止まる。

視線はどこか宙を見ていて、表情が急に凍りついた。

 

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楽「……千棘?」

 

彼女は何も答えない。

ただその場に立ち尽くし、遠い記憶の断片に引きずり込まれるように、まぶたを閉じる。

 

そして。

封印されていた記憶が、映像が、声が、想いがーー洪水のように流れ込んできた。

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