ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
桐崎家・夜
静まり返った洋室に、わずかな照明だけが灯っていた。
天井近くのライトは、オレンジにも白にも振れきれない、ぼんやりとした温度をたたえ、広い部屋の隅々を優しく満たしている。
壁一面を埋め尽くす洋書の棚、カーテンに包まれた大きな窓、ビロードのような質感の絨毯。
どれもが高級で完璧なインテリアだったけれど、今、その空間に漂っているのは、ただひとりの少女の孤独な体温だけだった。
ーーばふっ。
ベッドに飛び込んだ千棘の体が、ふわりとシーツを揺らした。
顔を深く枕にうずめて、
わざとらしく大きなため息をつく。
千棘「はぁ……疲れた〜」
誰に向けるでもない呟きが、
静かな部屋にぽつりと落ちる。
枕に片頬を押しつけながら、
手のひらでぎゅっとシーツを掴んだ。
千棘「……大体なんで、あんな報告、わざわざ面と向かってするわけ?
メールでチャチャっと送ればよかったのに……“付き合うことになりました〜テヘ”くらいでさぁ……」
吐き捨てるような言葉。
しかし、その語尾はどこか力なく震えていた。
千棘はうつ伏せのまま枕をぎゅうっと抱きしめた。
千棘「……違う。違うでしょ。楽にとっても、この関係に区切りをつける意味があったんだよね。私たちは偽物だったけど、そこにだって“ちゃんとした区切り”をつける……そういう誠意。……呼び出して、話してくれて、ありがと…って思わないと、ね」
シーツに顔を押しつけながら、
小さな声で自分に言い聞かせる。
千棘「私ってば大人〜! 謙虚〜! えらいえらい!」
くすっと無理やり笑って、ぱたんと腕を広げた。
仰向けになって天井を見上げる。
けれど、その視界はすぐに滲んで、ぼやけた。
千棘「小咲ちゃんが“約束の女の子”だったんだ。
勇気出して、告白して……あのペンダントを開けた。もし開かなかったら……とか、考えなかったのかな?
……かっこいいな、小咲ちゃん」
声に滲むのは、羨ましさと、ほんの少しの憧れだった。
千棘(私には……無理だな)
そんな弱音が、心の中でぼそりと生まれる。
千棘「まっ、本物の彼女ができたってことは、これで私と楽が、うっかり偽物から本物になっちゃう可能性……0.000001パーセントの“奇跡の芽”も、きっっっちり潰えたってことでしょ。願ったり叶ったり、だよね?」
自嘲気味に笑った。
でも、そのあとすぐ。
ーーズキン。
胸の奥で、鈍い痛みが走った。
さっきまで見上げていた天井が、ぼやけて揺れる。
千棘「……え? なに? この感じ……。なんで……なんで、泣きそうになってるの? 言葉と心が矛盾してるでしょ!! 楽に振回れすぎてバグったの私?!?!」
無意識に、手の甲で目を拭う。
千棘「違うって……違う! 私は、なんとも思ってないし! ……これは……そう、親心!!」
両手をばっと広げて、大袈裟に微笑む。
千棘「ああ、楽……アンタのような自己中で思いやりゼロのクソガキに、あんな素敵な彼女ができるなんて……感涙だわ〜! 親心〜! オーヨシヨシ!…………的な?ww ね?ww そういうやつ?wwww」
空元気の言葉。
でも言えば言うほど、
胸の奥がぎゅうっと締めつけられる。
乾いた笑いが、喉の奥で引っかかった。
千棘「……はぁ。何言ってんだろ、私」
声にすらならない吐息が、静かな部屋に溶けていく。
カーテンの隙間から覗く夜の光。
遠くに見えるビルの灯り。
その冷たさが、今夜はやけに遠かった。
ふと見たシーツには、
いくつも小さな染みができていた。
千棘「……もう、寝よ……」
誰に言うでもなく呟き、毛布をぎゅっと胸に抱きしめる。
そのまま、くるまるように小さく縮こまった。
音も、色も、温度も、すべてが遠ざかっていく。
胸のどこかで、静かに壊れそうな感情だけが軋んでいた。