ガチコイ 〜もし小野寺小咲が先に一条楽と付き合ったら?〜 作:nemu1116
風が静かに吹く天駒高原。
太陽はゆっくりと山の端に傾き、草原全体を柔らかなオレンジ色に染めていた。
万里花と千棘は、ヘリポートのある(というか施設の人にお金払って無理やりそういう扱いにしてるww)天駒荘の裏手まで歩いてきていた。
空には雲ひとつなく、まるで今日という一日を見届けてくれていたかのようだった。
千棘はまだほんの少しだけ、目元を赤くしていたが、表情はすでに前を向いていた。
風に揺れる金髪と、万里花のふわりとした艶のある長い栗色の髪が並んで歩く姿は、どこか絵画のようでさえあった。
千棘「……ねえ、万里花」
万里花「はい?」
千棘「さっき言ってた“橘スペシャルご飯”って、どんなの?」
万里花「“橘特製・元気の出るスペシャル弁当”……のことですわね?」
千棘「あっ、うん……」
千棘(名前にこだわりあるのか……ww)
万里花「ん〜〜とですねぇ……卵焼きに、鶏のトマト煮込み、オムライス、牛肉100%のハンバーグ、野菜のポタージュに、わたくし特製のティラミスですわ。もちろん、すべて手作りですのよ♪」
千棘「すごっ……普通にレストランのフルコースじゃん。料理上手な淑女かぁ〜……いいね。私と結婚してよww」
万里花「絶対にイヤですわ♪」
千棘「ああ、そうでしょうねww ……って、あんたヘリでそんなの全部持ってきたの? 朝作ったんでしょ? 大丈夫なの?」
万里花「ええ、保温容器も完璧です。全てのオカズがほかほかのままですわ。あ、もちろんティラミスだけは2-8℃の最適温度をキープして冷蔵保存しておりますけれど♪」
千棘「……アンタのヘリの設備、どうなってんのよ……」
万里花はふっと微笑んで、言った。
万里花「ふふふ、桐崎さん。僭越ながらここで一句読ませていただきます♪」
千棘「随分と急ねww」
万里花「“何事も、妥協をせずに、全力で”……by 橘万里花♪」
千棘「お、おぉ……なんか、カッコいい……」
万里花「ありがとうございます♪ 心をこめるって、こういうことかなって思いまして。常に何事も、妥協しないで、自分ができる限界まで追求する……それで、大好きな相手が驚いてくれて、褒めてくれて、喜んでくれたら……最高じゃないですか。それまでの苦労なんて全部ふっ飛びますし♪」
万里花「……本当は、楽様に食べていただきたかったんですがね……」
千棘は一瞬だけ目を見開き、口を噤んだ。
千棘「……大丈夫! 私があいつより美味しく食べてあげるから!」
万里花「ふふ、そう言っていただけると、少し報われます♪」
千棘「食べることに関してはマジで任せてww」
万里花「食費がかさみそうなかたですわね♪ ……あっ、そうそう。ひとつ、言い忘れておりました」
千棘「ん……?」
万里花、目の前にある天駒荘を指指す。
万里花「こちら、天駒荘という宿泊施設なのですが……宿舎の方に頼み込んで、楽様と小野寺さんのために、今夜一晩泊まれる部屋をご用意いたしましたの。お食事も、暖かいまま届けられるように、手配済みですわ」
千棘「……え、マジ?」
万里花「はい、大マジです♪ しかも、【1日1組限定】3大特典付★天駒の膳de記念日プラン……〜大切な方へ贈るとっておきのサプライズを〜 という最高級のものを用意しましたわ♪」
千棘「うぉぉ……凄すぎww よく、そんないいプランの部屋が空いてたね。1日1組限定なんでしょ?」
万里花「……。……」
千棘「……」
万里花「……」
千棘「……?」
万里花「……。すごいですよね、偶然って♪ こんないいお部屋がたまたまこのタイミングで空いてるなんて♪」
千棘「いやいやいやいやww なに、今の“間”はww 絶対なんか圧力かけたでしょww よくないわぁそういうのww」
万里花「そんなことはさておき♪」
千棘「さておくなww」
万里花「きっと、お二人は、このあとすぐに帰ろうとするでしょう。でも、あの場所で再び出会って、あんな気持ちを交わした二人が……たった数時間で日常に戻るなんて、あまりに味気ないでしょう?」
千棘「……うん、たしかに」
万里花「今夜くらい、ゆっくりと、ふたりきりで余韻を味わっていただきたくて。お互いの言葉を、もっと交わして、もっと深く確かめてほしくて。……それが、わたくしなりの祝福ですわ」
千棘「万里花……アンタ、なんて、いい奴なの……」
万里花「ちなみに、一条家と小野寺家には既に連絡済みです。さすがに親御さんが心配しますからね♪」
千棘「段取り良すぎない?w」
万里花「ふふ……ありがとうございます。それに、ほら、見てください、この空」
万里花は薄暗くなってきた空を見上げた。
千棘もあとから同じように見上げる。
千棘「綺麗だね……」
万里花「ええ、ここはよく星が見えますの♪ これから本格的に夜になると、さらにたくさんのお星様が顔を出し、満天の星空となるのです♪ はぁ……ロマンチックの極みですわ♡」
千棘は立ち止まり、万里花の横顔を見つめた。
薄暗い夜空と草原が広がる中、彼女の横顔は、あまりにも切なく、美しかった。
千棘「……ほんと、万里花には敵わないわ」
万里花「いいえ、わたくしだって……本当は、胸が張り裂けそうですのよ? つらい気持ちもございますが、祝福したい気持ちも、また本物なのです♪」
千棘「……なるほど。ここも万里花の言う、“何事も、妥協をせずに、全力で”ってことね!」
万里花「ええ、その通りです♪」
二人は顔を見合わせて笑う。
ほどなくして、ヘリコプターの前までやってきた。
千棘は別れを惜しむように一度振り返り、陽が落ちてきて色が変わり始めた天駒高原を見渡した。
そして、ふと笑うと、万里花に向き直る。
千棘「……万里花、ひとつだけ言わせて」
万里花「なんですの?」
千棘「今日は本当にありがとう……声をかけてくれて、本当に救われたよ」
万里花「ええ、どういたしまして♪」
千棘「万里花がもし来てくれなかったら、私……今頃……どうなっていたことやら……。樹海に行ってたりして……はは」
千棘のその言葉に、万里花はふっと笑った。
万里花「……桐崎さん。今日という日をプラスにするのか、マイナスにするのか……それは貴女次第です。ですが、わたくしは、貴女ならば必ず、プラスにできると信じておりますわ」
千棘「……うん……!」
そして、二人はヘリに乗り込んだ。
夕暮れの空に、プロペラの音が静かに重なり始めていた。
千棘(ありがとう、天駒高原)
千棘(そして、ありがとう……楽)
千棘「……いや、この弁当うんまぁぁぁあ?!ww」
万里花「ふふ、よかった。たんとお食べになってくださいまし♪」
その頃ーー
天駒荘の一室には、すでに夕食の温かな香りが漂いはじめていた。
テーブルの上には、丁寧に並べられたお皿と、万里花の手紙。
《Dear 楽様
これはわたくしからの、ささやかな祝福です。
どうか、心ゆくまで。
心からの愛と感謝をこめて。
〜橘 万里花〜》
窓の外、夜が静かに降りてきた。
そして、天駒高原にはまた、優しい風が吹き始めていた。
物語は、ここからまた始まるのかもしれない。
でも、今日という一日は、確かに誰かの恋の結末であり、そしてまた、未来への“鍵”となる夜だった。