其は人類最後の/   作:血中ウィルキンソン濃度

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馬鹿馬鹿しいくらいに

「おじゃましまーす……」

 

 ギイ、と軋んだ音をたてて、家のドアが空く。

 建物の中には人気がなく、暗い室内には微かな生活感が残留していた。

 

 

 

 

 

 

 

 オレが見知らぬ雪原の中央で目覚めてから、既に数時間が経った。

 日が落ちる前に一時の寝床を得ようと、取り敢えず目についた建物に近づいてみる。雪原にぽつんと建った一軒家だ。

 サーヴァントの身なのだ、野宿したって風邪を引きもしないだろうが、こういうのは気分だ。

 夜間魔獣に襲われないとも限らないし、もし人が居れば状況を教えてもらえるかもしれない。

 

 遠くから見たらよくわからなかったが、近くに寄ってみればそれは一般の家屋のようだった。

 日本風ではないその見た目は、ムーンドバイの町並みにあったものに似ている。

 白いコンクリートの壁面、大きなバルコニー。雪の中から飛び出ているのは、枯れたヤシの木だろうか。豪邸とは言わずとも大きな家だ。

 アラブ風の家が雪の中に埋もれているのは、言いようもない奇妙な感じ。

 

 ここは現代なのだろうか。場所は中東か。

 いや、もしオレが特異点の中にいるなら、こんな考察に意味はないのだろう。

 

 大きな窓のカーテンは全て締め切られている。

 タイヤを雪に埋めているのは近未来的なデザインの自動車だ。

 玄関口には屋根が張り出しており、雪は薄くしか積もっていない。

 

 漏れ出る灯りは無く、人の気配はない。

 ……そういえば、目を冷ましてから人間を一人も見ていないな。

 

「もしもーし?誰かいませんか?」

 

 コンコン、とドアをノックしてみる。応えはない。

 少し躊躇してドアノブを握ると──回った。鍵は、掛かっていない。

 

 ええい、鍵を掛けていないほうが悪い。

 オレは思い切ってドアを引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 扉の後ろに怪物がいる……なんてことはなく、普通の家の、普通の玄関が広がっていた。

 いや、日本風の玄関ではないから靴を脱ぐ場所も下駄箱もないのだが。それが若干の違和感……日本式住宅に住んでいたのって何年前のことだたっけ……。

 

 しかし暗い。開かれたドアから入ってくる夕焼けの光で、何とか物の輪郭が見える程度だ。

 床にはペルシャ風と云うのだろうか、厚手のカーペットが敷かれ、廊下が奥へと続いている。

 左右に幾つか扉があるが、暗くてよく見えない。

 微かに鼻を突くのは埃と()()()臭い。

 

 壁にスイッチがる。押してみても灯りは点かない。停電しているのか、電気系統が死んでいるのか。

 

 

 ならば。

 かつての記憶を思い起こす。

 脳裏に描くは、ツルハシを握った花の芸術家。

 闇を照らす、頑丈で消えざる灯火。

 

 

 目を開ければ、オレは手にランタンを握っていた。

 

「使わせてもらうね」

 

 呟き、明かりを掲げる。

 室内全体がぼんやりと、暖かく照らされる。

 

 少し警戒しながら、一歩ずつ廊下を歩いていく。

 始めに開けたドアの先には、洗面台とシャワールーム。

 次のドアの先は応接室だろうか、埃を被った机とソファー、止まった壁掛け時計。机の上の花瓶は空……否、側に落ちているのは枯れ切った花の残骸か。

 

 ふと、記憶がチクチクと刺される感覚がした。

 いつかこんな風に、人気のない家を歩いた気がする。

 

 

 

 暗い廊下。

 

 倒れ伏す人影。

 

 止め処無く溢れる血の匂い。

 

 鳴りなまない電子音。

 

 

 

 どっ、と沸き上がってくる焦燥感に胸が締め付けられた。

 あの廃棄孔での光景がフラッシュバックする。

 

 取り乱すな。

 ソレはもう過ぎ去ったものだ。

 思い出すな、思い出すな。

 

 ドアを開け、確認するその動きが速まる。食料庫。トイレ。用途不明の部屋。

 

 早く「そうでない」事を確信したい。

 

 廊下の突き当たり。リビングに通じるドア。

 微かな光に照らされたソレ。

 その先には────。

 

 生唾を飲み込む。

 じとっと湿った手でノブを回し、扉を開ければ。

 

 

「GGggaaaaarrrrrrRR…………!」

 

 死体が、いた。

 厳密には、生ける屍(リビング・デッド)が。

 

 

「ウワァァアア!?」

 

 扉の裏に潜んでいたのか、突然ゾンビが両腕を振りかざして襲いかかってきた。

 慌てて飛びのく。

 ──目覚めたときより体が良く動く。巌窟王のマントのお陰か。

 

 ゾンビ。

 意思無き腐肉。

 特異点で何度も対峙してきたが、ここまではっきり直面したのは初めてかもしれない。

 

 所々が抉れた痛々しい身体から、酸っぱい臭いを撒き散らしている。

 落ち窪んだ眼窩には光がなく。外れた顎からは断続的な唸り声が漏れる。

 生理的な嫌悪感を抱かせる歪んだ姿。

 

「uuuuurrrraaaaaAAA!!」

 

「────ッ」

 

 眼前の生者の存在が許せないとでも宣うように、唸りながら攻撃してくる。

 右腕の降り下ろし。

 左腕の降り下ろし。

 

 オレは半身になり、後ろに跳躍しながら攻撃圏から逃れる。体が軽い。

 いなした。

 そう思った瞬間、体当たりが迫り来る。ギリギリで脇に飛び退き、避ける。

 

 直接の戦い、一対一での命のやり取りは初めてではないが、しかし慣れない。

 自分が今までどれだけ仲間に頼ってきたかを痛感する。

 

 屍体とはいえ、この手でヒトガタを壊す。その事実に気後れしている暇は────もう、無い。

 さあ、藤丸立香。目の前の敵はお前を殺そうとしているぞ。

 

 

 脳裏に描くは、焔鍛える稀代の刀匠。

 その刄、宿業を断つ。

 

 

 右手に握るは抜き身の刀。

 柄は無く。鍔は無く。

 灯りを映す刃文こそ、不世出たる「無銘村正」────!!

 

 生ける屍が跳び掛かる。

 同時、足に渾身を込め跳躍する。

 

 今度は、後ろではなく前へ。

 壊すために…………生きるために。

 

 交錯は一瞬。

 敵は最下級の不死者。されど生死の淵は此処に在り。

 果たしてゾンビは胴を横に分断され──音をたてて床に倒れこんだ。

 

 

──ちったぁ成仏していきな──

 

 

 声が聞こえた、気がした。

 

 握りしめた刀が、役目を終えて音もなく消える。

 そうだ。この刀は決して振るわれない筈だったモノ。

 刀匠が思い出に遺した、縁のカタチ。

 ああ、彼はどの様な顔をするだろうか。

 いつか、話さなきゃ。

 

 それにしても、戦うのは───。

 

「────疲れる、な」

 

 

 

 

 

「これでよし、と」

 

 地面に空いた穴に、遺体を横たえる。

 判別の難しいゾンビの顔でも、こうやって安置すると安らかそうに見えるのは目の錯覚か。

 

 これは自己満足だとは分かっている。

 それでもやっぱり、そのままにしておくわけにはいかなかった。

 

 上から雪混じりの土を被せれば、即席のお墓になった。

 大したものを供えられないのが申し訳ないけれど。

 

 

 一度手を合わせて、家に入る。

 戦闘の後に肉体労働をして、体がずんと思い。

 しかしサーヴァントになったからか、それとも巌窟王のマントのお陰か。

 肉体的な疲労感は直ぐに抜けた。多分魔力も回復したのだろう、分からないけど。

 でもこの疲労感のうち半分は巌窟王のせいなので、感謝はしないでおこう。

 

 この家を一通り見て回った感じ、ここの住人はゾンビ氏(仮称)だけだったようだ。

 内装はアラブ風半分、近未来風半分。見たことがないような、どこかアトラス院のデザインに似た機械が多い。しかし電気系統は死んでいる様で、どこを押しても叩いてもうんともすんとも言わない。

 

 テレビらしきモノも、パソコンらしきモノも動かない。

 これではこれ以上情報が手に入らないではないか。

 

 往生際悪く部屋を見渡すと、座椅子の上、クッションの下から褐色がかった何かが飛び出しているのが見えた。

 引っ張り出してみればそれは、新聞だった。

 

 

 こんな近未来に囲まれて紙の新聞はなんだかミスマッチだが、正直有難い。

 やはりと言うか、紙面の言語はアラビア語で読めないが──ハサン達に教えてもらえばよかった──、枠外にある日付はアラビア数字。オレにも読めるその値は、

 

 21/07/2238

 

 おっと予想外。少なくとも21世紀以降とは思っていたが、近未来と言えないほど未来じゃないか。オレの生まれた時代から200年も後なら、科学技術は遥かに進歩していそうなものだし、そもそも紙の新聞なんて残ってないようなものだけど。

 何か理由はあるのだろうか。

 

 

 そんなことを考えながら紙面をめくる。

 そこに写っていたのは。

 

 飛び交うミサイル。荒れ狂う機銃の嵐。砲塔から火を吹く戦艦。イナゴのように戦闘機を吐き出す空母。何に使われるかも分からない兵器、兵器、兵器。

 海の向こうに見えるのは、燃え盛る大地。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………へ?」

 

 いや、百歩譲って戦争はいい。良くないが、いい。理解はできる。

 だけどこの富士山はなんだ。孔と言うのは、単に穴ぼこが空いているという話ではない。

 巨大な円が、富士山の中腹を貫通し、向こう側が見ている。

 脳が理解を拒む。

 戦禍は沢山見てきたつもりだったけど、これ程酷い物が未だあったとは。

 …………ビジュアル的にも。

 

 生まれ育った故郷が戦禍に見舞われている。

 あの富士山が大変な事になっている。

 その事実にショックは受けたが、それでも意識は冷めた反応だった。もっと取り乱すものだと思っていたけれど。

 事実を受け止めきるには頭が疲れすぎているのかもしれない。

 

「…………寝ようか」

 

 

 

 

 

 

 

 埃まみれのソファーの上で意識が浮上した。

 目覚めとともに、軽い違和感。変な夢でも見たのだろうかと記憶を探っても、思い浮かぶものは何も無い。

 

 ベッドで寝るのも気が進まなくて応接室で寝たけれど、案外ぐっすり眠れるものなのか。

 

 一つ伸びをしてカーテンを開ける。

 外はまだ夜明け前。

 玄関から外に出れば、冷たい風が頬を撫ぜた。

 東の地平線からは太陽が昇り、雪原にオレンジの影を落としていた。

 

 ハロー、ワールド。

 オレという獣が目を覚ましたぞ!

 ……このノリは気が滅入るから止めよう。

 

 

 さて、結局なぜ自分がここに居るのか、という一番最初の問題の答えは出ていない。

 そしてこの後オレはどうすれば良いのか。

 すでに答えは心の内に在る。

 

 実は、ここがどこかというのは昨日の時点で分かっていた。

 と言うのも、寝室らしき部屋の棚の中に地図が入っていたのだ。

 2200年代なら殆ど使わないだろう紙の地図、その表紙だけは英語で書いてあった。

 

 CAIRO CITY

 

 正しくエジプトの首都。

 どうしてオレはここに召喚されたのか。どうして熱砂の国でこれ程雪が積もっているのか。そもそもこの家が具体的にカイロのどこに位置しているか。

 分からない事だらけだが、オレにはこの情報だけで十分だ。

 

 

 エジプト。

 ファラオの治めた大地。

 

 アブ・シンベル神殿に行ってオジマンディアスに挨拶するのも良いと思ったけれど。

 

 手のひらに持つのは羅針盤と鍵。

 ファラオ・プトレマイオス一世からの贈り物。

 

 あの旅が終わった後に、新たな道行きを見つけられるように。

 彼の、彼らの言葉を思い出す。

 

 プトレマイオスの望んだ形とは異なるかもしれないけれど、オレはこれを道標にしよう。

 また笑顔で旅をできるように──そう、どのような終わりでも、笑顔でおの「先」へ行けるように。

 聖杯探索が終わっても、人生は続いていく。続くんだから、足掻かなくちゃいけない。

 もう死んだかもしれないオレだけど、ここに「いる」限りは歩み続けようと。

 

「…………お邪魔しました」

 

 目指すはアレクサンドリア、「もう一つの大図書館」。

 この世界に何が起こったのか。

 オレは何故ここに居るのか。

 あらゆる叡智の集積たる其処でなら、きっと分かるだろう。

 

 陽光を映して、手にした輝きか一層強く燦めいた。




うちのグランドセイバーは蘭陵王です。ちょっとイケメンが過ぎる…………。

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