大天狗令嬢 vs シャーマンスープレックスホールド 作:いぶりがっこ
鐘が鳴る。
学生達の解放を告げる
ゴリィ=アントワネット=ギロチンドロップは、ひとり満開の白百合が広がる丘の園で、活気に満ちた学園の様子を見下ろしていた。
百合の香気を孕んだ淡いそよ風が、学生時代よりも伸びたブロンドの巻き毛をたなびかせる。
だが幻想的な花園の中心にあって、乙女の表情はやや険しい。
可憐なるギロチンドロップ家公爵令嬢。
学園始まって以来の才媛。
ビッグフォール皇国の姫百合。
二年前、ゴリィはあの学園の中心であった。
栄光と称賛、惜しみなき喝采、憧憬と敬慕の眼差しを一身に集め。
そして、卒業の最期の日、ゴリィはこの白百合の園に『彼女』の姿を探し求めた。
季節は巡る。
今はゴリィがその郷愁の地で、彼女を待つ身となっていた。
――風が、変わった。
ザ、と頬を撫ぜる向かい風を睨み据える。
待ち人は、既に風上まで来ていた。
長身のゴリィに比して背が低く、浅黒い肌をした、痩せっぽちの少女。
瞳には、どこか余人を寄せ付けぬような強い意志が宿る。
丘陵を吹き上げる追い風に乗って、真紅の髪が炎のように燃え上がる。
「カルラ」
ゴリィは口中で少女の名を呟き、ややあって、今度ははっきりとその名を呼んだ。
「カルラ=クラウザー」
ゴリィの呼びかけに応じ、カルラと呼ばれた赤髪の少女がぴたりと足を止めた。
一面の白百合の絨毯を挟んで、因縁の乙女が二人、向かい合う。
一陣の風が、少女の胸の水色のタイをそよがせた。
聖クロックアップ学園、最上級生の色である。
本来なら、カルラは眼下の学園で、卒業生たちの歓喜の輪の中にあらねばならぬ刻限であった。
「今日、わざわざこのような場所に呼び出した事、まずは謝罪させていただきますわ」
「ビッグフォール皇国の
ギロチンドロップ公爵家令嬢。
クロックアップの気高き徒花、ゴリィ=アントワネット。
請われれば、応じずに済ませられる名ではありません」
久方ぶりに顔を合わせた二人。
そのやり取りに、かつて姉妹のようだった少女たちの柔らかさは無い。
しばし、無言。
やがて、意を決したようにカルラが再び口を開いた。
「――明日、皇都を発ちます」
「…………」
「
きっぱりとしたカルラ物言いに、ゴリィの視線が一層険しさを増した。
【
千年に一度、皇国の遥か北方にある【
大いなる
未だ皇国も貴族も存在しない暗黒時代より、朧げに伝え記された御伽噺の類である。
ほんの半年前、学園の末席に名を連ねていたに過ぎない赤毛の貧乏貴族が、その『奇跡』を顕現するまでは、だ……。
「他ならぬ貴方が、自らの意志で決断したこと……。
そこに私が口出しなど、出来よう筈もありません」
決意に満ちたカルラの言葉に対し、ゴリイは静かに瞑目し……。
次の瞬間、カッと両眼を押し開いて宣言した!
「私たちの間に、最早、言葉は不要ッ!
ただ一死、このゴリイ=アントワネットの屍を超えて征きなさい!」
「なれば、【
「その意気や由ッ」
言うが早いか、バッ、と両者が同時に上衣を脱ぎ捨て、鮮やかに
白百合の園に凄まじい闘気が渦巻き、立ちどころに暗雲が立ち込める。
「じゃっ」
「シャオ!」
気勢と共に独特の詠唱を吐き出し、すぐさま両雄が風を巻いて走り出した。
純白の花弁が舞い上がり、瞬く間に必殺の間合いが迫る。
「ぎゃらァ」
「ヒョウ」
詠唱が完成し、振り被るカルラの右腕に、その髪の色にも似た紅蓮の炎が宿る。
相対するゴリイの右肘から先に、透き通る氷蒼が螺旋を描く。
ぶつかりあう拳と拳の先で、巨大な蒸気が爆裂し、両者の姿がたちまち白煙の中へと消える。
むせっ返る高熱、視界を奪う蒸気の中、次の手を狙い、空いた両者の左手に、更なる
――古来、魔術は兵器であった。
大気に満ちた膨大な
高位の魔術師の放つその奇跡は、時に夥しい火矢と化して天空を焦がし、時に破城槌の一撃となって城門を砕いた。
旧来の戦争とは、強力な魔術を以て、如何に効率よく敵軍を叩くかという方法論であり、兵士とは、詠唱の時間を稼ぐ為の捨て石か、あるいは貴重な術者を護る為の肉壁に他ならなかった。
血統によって遺伝する魔術の資質は、人々を持つ者と持たざる者に分け、やがて地上に貴族と言う特権階級を生み出す事となっていく。
「クワッ」
そんな旧来の支配体制に公然と異を唱えたのが、彼女たちギロチンドロップ公爵家の偉大なる太祖、グリコローゲンⅠ世である。
『貴種とは即ち、力無き人々の盾たらんとする高貴なる魂の器である。
守るべき人々の壁に隠れ、その富を攫うだけの卑劣漢が、
皇国の大胸筋と謳われた男の、あまりにも
たちまち歴史の逆流が始まり、戦争が、戦略が、戦術が、雄々しき石器時代の栄光へ回帰する。
「ヌン!」
かつて
「セィア!!」
詠唱は、軽く、短く、最小の怒気と重なるほどに圧縮され。
「ギョムッ」
「ちぇりおっ」
偉大なる
男の血潮は、魔と武と肉を融合せしめ。
いつしか戦場に
「じゃっオラァッッッ」
烈帛の詠唱と共に撃ち出された灼熱の右ストレートが唸りを上げる。
ごう、と熱風が右頰の脇を抜け、ブロンドの髪を微かに焦がす。
(よくぞここまで……!)
ゴリィが内心で臍を噛む。
生まれついての大貴族たるゴリィに対し、カルラはその才によって学園に組み上げられた庶流の出である。
国内最高峰と謳われし公爵令嬢の爆肉魔術に、一介のみなし子の拳が喰らいついていく。
この事実が、カルラ=クラウザーという少女が積み重ねた三年の月日の重さを証明している。
……いや。
あるいは、この研鑽の確かさまでもが、神に選ばれし巫女の『兆し』であったというのか?
「チィヤッ」
束の間の思考の壁を突き破り、ゴリィがカルラの懐に潜り込んだ。
カルラもまた左腕を畳み、次なる打撃に備える。
だが、その選択の裏をかき、ゴリィのしなやかな指先が、差し出されたカルラの左手首を絡め取った。
「ズババババッ!」
「ジィギャッッ」
刹那、交錯した左手を通し、バヂン、と一筋の稲光が走った。
激しい打撃戦から一転、立ち関節と電光魔術の
洗練された令嬢の業が、カルラ必死の防御陣の上を行き、堪らずビグン、と小さな体が跳ね上がった。
(カルラ――!)
尚も逃れようとする少女の手首を捩じり上げ、空いた右の手刀を掲げる。
ピンと伸ばした乙女の指先に、再び蒼き電光が走る。
「ジョイヤァッッ!!」
裂帛の詠唱と共に、紫電の一閃を袈裟懸けに撃ち下ろす。
完璧なるタイミング、回避の余地は無い。
「があァアアァァ———ッ」
「ッ」
刹那、信じ難い事が起こった。
まるで原初の咆哮のような未知なる詠唱と共に、カルラの身体が眩い閃光に包まれた。
同時に、ゴリィの左手の内でみちみちと何かが力強く膨れ上がり、その瞬間、完全に極めていた筈の手首を振り解かれた。
(馬鹿な)
思いながらも、躊躇う事なく加速する右腕に魔力を込める。
どれほどに視界を灼かれようと、絡めた指を弾かれようとも、彼女は確かに眼前に居る。
逃れ得る猶予は、寸毫たりとも与えはしない。
その会心の一太刀が、今、虚しく空を切った――!
「~~~~~ッッ」
たとえ電光石火の一撃であっても、光明を切り裂く事など叶わない。
超常の閃光の中にあって、尚も必死に敵を探し続ける勇気こそが、ゴリィの戦士としての資質を証明している。
だが無意味だ。
この光明が、大いなる神の導きに依るものならば、人の仔の運命はやがて、収るべき場所へと収束する。
「……ッ」
グッ、と背後から腰元を抱きかかえられた。
信じ難い、だが、確かに光源は背後から感じられる。
ならばやはり、カルラはそこにいるのだろう。
思う間もなく、腰骨に凄まじい力がかかり、ゴリィの五体がたちまち重力を失った。
「ド ォ ウ リ ャ あ ア ァ あ ぁ ァ―――ッッッ!!!!」
花園に、およそ少女のものとは思えぬ独特の詠唱が轟き渡った。
ぞっ、とゴリィの背筋に悪寒が走った。
地の底より響くような慟哭に合わせ、大地が、大気が鳴動する。
これが、これこそが
思う間もなく、乙女の長身が人知を超えた何かにぶっこ抜かれる!
(黄金、橋――)
大古の時代、地上には寧猛なる天魔外道が溢れ、暴力と混沌が支配する世界が続いていた。
慈悲深き
少女は光明で編んだ金色の衣を身に纏い、その黄金の軌跡で邪なる魔物たちを次々と
【
神話の終焉と人の時代を繋ぐ、大いなる奇跡の架け橋である。
――ドワォ!!
凄まじい爆音が、たちまち天地を激動させた。
人の子の反撃も抵抗すらも許さない、まさしく閃光の如き一撃。
美しい白百合の園は、爆撃でも浴びたかのように蹴散らされ、無残な
濛々と砂塵の立ち込める大陥没の中心では、小さな巫女が完全なる
ピンと伸びた爪先、しなやかに弧を描く背筋、高らかと天を仰ぐ臍。
一切非の打ち所が無い、神話の姿を体現したかのような、神々しいばかりの黄金橋であった。
対し、少女に抱えられた気高き公爵令嬢の姿は、今や半ばまで大地に陥没し。
両足は天空へ向け、前衛的なオブジェのように突き立っていた。
1。
2。
3。
心の中でゆっくりと3カウントを数えた後、カルラは緩やかに橋から人へと変形した。
それでもゴリィは、真っ直ぐに前衛芸術の姿を保っていた。
「これが、
力無き人の仔に向け、振るうべき力ではありません」
「…………」
「……さよなら、ゴリィ=アントワネット」
そっと口中と呟いて、クルリとカルラがかつての花園に背を向けた。
来た時と同じような悠然とした歩みで、少女は大陥没を後にした。
やがて人間杭を中心に、ピシリと大地に亀裂が走り、大陥没が更なる大穴へと砕け散った。
誇り高きクロックアップの徒花は、降り注ぐ土砂の中へと消え失せた……