大天狗令嬢 vs シャーマンスープレックスホールド   作:いぶりがっこ

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第十一話「大天狗見参!!」

 

 ビッグフォール皇国の遥か北。

 通常の航路から外れた海域に突如として姿を見せるこの群島は、一般に『北辺』と呼ばれている。

 

 島々には各所に廃墟と化した遺跡があり、かつてこの群島一帯に高度な文明を持った海洋国家が存在していた事を示唆している。

 だが、それらの遺跡の数々の詳細を調査しようという者は未だおらず、群島には個別の名称も与えられぬまま、ただ一まとめに『北辺』として人々の口に上るのみである。

 太古の昔、列島の中心部にある大地の裂け目……大虎峡(タイガーホール)より、かの大魔王率いる地獄の軍団が現れて以来、これら列島群は一種の不可侵領域(アンタッチャブル)と見做され、長らく歴史より黙殺され続けてきた。

 

 皇国の統治が乱れ、民衆の平和が脅かされる時、人々は『北辺』を思い出し、大魔王復活の噂をまことしやかに囁きあった。

 一年前、巷を襲う魔物たちの凶暴化に端を発した政情不安は、ついに太陽神(ゴッチ)の巫女の再来という形で具現化した。

 人々の希望を一身に背負った現代の巫女、カルラ=クラウザーとその一行は、かつての伝説をなぞるように数々の苦難を乗り越え、ついに今日、北辺の入口たる名もなき島へと降り立ったのであった。

 

 

「……どうやら、一雨来そうでござるな」

 

 長刀の柄に手をかけながら、漆黒の髪の少女が忌々しげに呟いた。

 天を仰いだその額には、巫女を守護する力の証明たる『武』の聖痕が刻まれていた。

 

 皇国随一の剣聖、『閃光(シャイニング)』ブードゥー。

 魔術国家たる皇国にあって、己が剣技一つで身を立てた異色の天才剣士であり、東方由来の曲刀から放たれる抜刀術は「その冴え、閃光の如し」とまで畏れられる技量の持ち主でる。

 

「巫女様、十分にご注意くださいまし。

 今は周囲に魔物の気配はありませんが、雨天になれば、我が蝶の感知も万全とは言えません」

 

 傍らを行く長身の乙女が、そう一向に促した。

 大胆な衣装から覗いた豊満な胸元には、巫女の癒やし手なる証『蝶』の聖痕が刻まれていた。

 

 幻術と探索魔術のエキスパート、『胡蝶夫人(マダム)』パピヨン。

 一行の中では最年長の淑女で、卓越した補助魔法と冷静沈着な判断でパーティーを支える知の要である。

 

「あうぅ……、

 こ、この北辺は大虎峡(タイガーホール)を十字に囲うように、五つの島で構成されているんですぅ。

 北辺の周囲は時計回りに海流が渦を巻いていて、

 周囲の四島を一つずつ踏破していかなければ、大虎峡(タイガーホール)には辿り着けません」

 

 分厚い古文書をわたわたと広げ、ずり落ちそうな眼鏡を必死で抑えながら少女が言った。

 少女の大きな臀部(ヒップ)には、巫女を導く知髄の証たる『橋』の聖痕が布地(スカート)ごしに輝いていた。

 

破壊王(デストロイヤー)』ホンブリッヂ。

 若くして破壊魔術の全てを極めたという人間兵器であり、皇国図書館を頭脳に収めたとまで謳われる本の虫としても知られていた。

 

 聖痕三従士……

 

 太古の時代、大虎峡(タイガーホール)に向かう巫女に付き従い、その血路を切り開いたと伝えられる、三人の従者たちの総称である。

 彼らは太陽神(ゴッチ)の巫女に仕える従者の証として、体の一部に聖痕を刻んで生を受け、長い時を経て世界が再び乱れる時、次代の巫女と共に再び人々の前に姿を現す、と伝承は語る。

 まさしく太古の伝承に導かれるように、数奇な運命によって少女たちは出会い、そして今宵、ついに伝説の始まりたる北辺の地に辿り着いたのであった。

 

 居並ぶ三者を見渡しながら、カルラ=クラウザーは無言で頷いた。

 我が事ながら、よくぞこれほどの勇者たちが自分の旅に付き従ってくれたものだと思う。

 

 太陽神(ゴッチ)の巫女としての天啓を授かり、皇都を発って、はや一年。

 過酷な旅路に弱音一つ吐かず同行してくれた彼女たちへ感謝すると共に、大いなる伝説に裏打ちされた運命の実在を思わずにはいられない。

 

 ……ただ一つ、心残りがあるとすれば。

 

 本来ならば、この一行の中心に居て然るべき、()()の姿が無い事か……。

 

「……しかし、これは一体、いかなる状況であるものか?」

 

 前を行くブードゥーの疑念の声が、カルラの意識を現実へと引き戻す。

 一行は上陸した桟橋を離れ、既に島の中心に近い旧市街にまで足を運んでいたが、周囲には未だ魔物どころか、動く者の気配一つ感じられない。

 

「ここが敵の本拠であるならば、この廃墟一帯は待ち伏せに格好の要地の筈。

 それがこうももぬけの殻とは……

 これならば、本土で日に日に凶暴さを増す魔物たちの方がよっぽどの脅威でござろう」

 

「え、えっと……、

 文献によれば北辺の四島は、四天王、と呼ばれる配下の将に預けられたとあります。

 本来ならばこの第一の島は、魔王軍四天王の一人、シトロンの領域のハズです!」

 

「『終末公(ウィークエンド)』シトロン……

 獅子の頭を持った、魔王軍きっての剛力無双と謳われる怪物ね」

 

「彼奴ほどの武辺で通った名が、小賢しい罠を張るとも思えぬが。

 四天王……、いや、そもそも魔王とその軍勢は、本当に地上に甦ったのでござろうか?」

 

「…………」

 

 言葉にし難い違和感の棘が、カルラの胸中をざわめかせる。

 一年前、日に日に凶暴化していく魔物たちの脅威が人々の不安を煽り始めた頃、カルラは太陽神(ゴッチ)の巫女としての力に目覚め、人の世の災いを祓うべく、住み慣れた皇都を後にした。

 その後の一年に及ぶ苦難と旅路と、道中で巡り会った、自らと同じ使命を受けた仲間たち。

 

 過ちは、何一つ無かった。

 魔術の資質という分不相応の才覚と、その才によって開かれた、聖クロックアップ学園での修行の日々。

 それら全てが今日の、巫女としての使命を果たすための導きであったのだと、今なら確信が持てる。

 

 それなのにこの地には、討ち果たすべき魔物がいない。

 一体、何が起こっていると言うのだろうか?

 

 伝説の再来を予見した魔王の罠に、まんまと踏み入ってしまったとでもいうのだろうか?

 あるいは――。

 

 

『――ただ一死、このゴリイ=アントワネットの屍を超えて征きなさい!』

 

 

 あるいは、自分や魔王すらも与り知らぬ所で。

 神と魔の、数千年にも及ぶ因縁すらをも打ち砕く、不確定要素が動き出しているとでもいうのだろうか……?

 

 

「ウギャオォオオオォォ――ッッ!!」

 

「!?」

 

 不意に彼方より、静寂を打ち破る魔物の咆哮が轟いた。

 反射的に絶叫の聞こえた方角へと振り返る。

 

 一行の視線が重なる丘の上には、古の先人たちが築いたであろう、石造りの円形闘技場(コロッセオ)がそびえていた。

 

 

 円形闘技場(コロッセオ)

 数千年の時をも凌いだ堅牢な闘技場の存在は、太古の時代、この北辺に存在したであろう海洋国家の建築技術の確かさを現在に伝え、同時にこの地に残る凄惨な風習の名残を匂わせる。

 戦勝地から連れてきた奴隷戦士を用いた祝賀祭(パフォーマンス)か、あるいは隠し切れぬ戦闘民族の儀式の名残か?

 文明が魔王の襲来と共に崩壊した現在、この闘技場の歴史的意味を知る者は存在しない。

 だが今、その闘技場が、かつての熱狂の記憶を一行の前に呼び起こそうとしていた。

 

「うっ!?」

 

 立ち込める酸鼻な匂いが、一行の足を止めた。

 折よく降り注いだ雷光が、一瞬、血塗られた大地を白色で染め上げた。

 

 一泊遅れの雷鳴が鼓膜から全身を揺さぶる。

 会場(アリーナ)の砂地を紅一色で染め上げんばかりに折り重なった、魔物たちの、影、影、影。

 そして、四角く切り取られた石畳(キャンパス)と茨仕立ての縄柵(ロープ)で区切られた舞台(リング)の上では、今、まさに惨劇(メインイベント)の決着を迎えようとしている最中であった。

 

「うぅ……うぎゃぎゃギャっつ!!」

 

 舞台(リング)の中心には、並みの魔物たちを遥かに凌駕する屈強の肉体があった。

 はち切れんばかりの大胸筋、丸太のように膨れ上がった大腿筋、なだらかな山裾のように頸、肩を一体化させた僧帽筋。

 そして唸りを上げる頸から上には、立派な(たてがみ)を揺する雄々しき獅子の貌があった。

 

 終末公(ウィークエンド)、シトロン――。

 居合わせた一同が、咄嗟にその名を想起した。

 雷鳴が露わにした屈強なる筋肉は、その存在感だけで魔王軍四天王の名を呼び起こさせるに十分な肉体的説得力を有していた。

 

「があァアアァァ———ッ」

 

 その四天王きっての筋肉(マッスル)が、哭いていた。

 見えざる中空の十字架に、その身を磔にでもされたかのように。

 太い四肢を大の字に広げ、苦悶に震える表情が、次第に前へ前へのめり、いや――!

 

「き……、極められて、いる?」

 

「バ、バカな!?

 あの四天王最強とも目される筋肉の塊に、

 真正面から関節技(サブミッション)を仕掛けられる生物などあるものか!!」

 

 目の前の光景を打ち消すように、ブードゥーが声を張って叫んだ。

 だが、たとえ脳が理解を拒んだとしても、目に映る事実は変わらない。

 

 何者かが魔物の巨躯に背後から取り縋り、四天王屈指の怪力の五体を手品のように極めている。

 二つの影が一個の生物のように絡み合い、太い四肢が不自然に伸び、捻じれ、ギリギリとたわみ、そして――!

 

「う、うぎゃあアァあああぁあぁぁ~~っ!!」

 

 そして、最強の獅子が、哭いた。

 同時に再び降り注いだ雷光が舞台(リング)を再び白色で染め、爆音が四天王の断末魔を掻き消していく。

 

 閃光が潰え、円形闘技場(コロッセオ)に再び静寂が戻った。

 死闘が終わり、最強の名を欲しいままにする怪物の躯が、糸の切れた人形のように、ずしゃり、と石畳(キャンパス)に沈んだ。

 

 誰一人、声を上げる事が出来なかった。

 物音の絶えた舞台(リング)の上で、何者かがぬうっ、と顔を上げた。

 

 鼻だ。

 薄闇の中、影の頭部から不自然に伸びた太い鼻が、ぬうっ、とこちらを見上げている。

 

「魔王軍四天王が一人、終末公(ウィークエンド)のシトロン。

 極真大山の大天狗(レイブン)が打ち取りましたわ」

 

 凛とした声で『鼻』が高らかと宣言した。

 意外な事に、声の主はうら若き乙女であった。

 その顔は憤怒を刻んだ深紅の面に遮られ、長身を漆黒の外套(マント)ですっぽりと覆い、金色の髪が血腥い風を孕んでわずかに揺れる。

 

「極真の、天狗……?」

 

 三従士が止める暇もなく、魅入られたようにカルラが動き出した。

 ようやく舞台(リング)の淵まで辿り着いた当代の巫女に、面の奥から鋭い眼光が突き付けられる。

 

「私は、この西方の神話とはまったくの無縁なる者。

 今日の若獅子との一戦は、神の思惑も、悪魔の企ても、一切与り知らぬ事ですわ」

 

「そんな、あなたは、一体……?」

 

「そして太陽神(ゴッチ)の御使いよ。

 私が再び世に現れた以上、貴方の行く道に主の恩寵(ブック)は無いと知りなさい!」

 

 次の瞬間、天狗が鮮やかに外套を広げ、漆黒の空に飛びあがった。

 同時に雷光が視界を染め、天狗の姿が閃光に消える。

 

「……ッ」

 

 カルラは声を上げる事も出来ず、天狗の去った暗雲の彼方を見つめていた。

 遅まきに降り始めた黒い雨が、巫女の細い体を濡らし始める。

 

 正直、ここで来たのか、という実感があった。

 自分でも意外な感情ではあったが、そういう小さな違和感は前々からあった。

 伏兵。

 峻厳なる神の試練とも、狡猾な魔王の罠とも異なる、自分の行く道を阻む者。

 どくん、どくんと心臓が鳴る。

  

 東洋の魔拳(カイザーナックル)

 神と魔王の伝説の埒外から飛んで来たあの怪異に、自分は何を望んでいるのだろうか?

 恐怖か? 渇望か?

 ぐちゃぐちゃに掻き回された感情の正体を、自身でも突き止める事が出来ないでいた。

 

「ウ、うがが……、遅かったな、当代の巫女よ」

 

 不意に足元から聞こえた声に、カルラの思考が現実へと引き戻される。

 足元を見れば、驚くべき事に、シトロンはまだかろうじて息をしていた。

 不自然に折れ曲がった体を前のめりに崩し、ただ首だけを反転させてカルラを見ていた。

 

「ウガ、こ、この終末公(ウィークエンド)と畏れられたワレが、

 このような無様を晒す事になろうとはな……」

 

「…………」

 

「ウガガ! 無念、無念よのう……!

 五百年! 貴様と相目見え、大虎峡(タイガーホール)の果てに追いやられた同胞の無念を晴らすべく、

 今日までひたすらに武を積み上げて来たというのに……!

 ワレは所詮、ここで果てるが運命であったとはなあ!」

 

 きらり、と厳つい獅子の眼から、一筋の涙が流れ落ちた。

 その獅子頭の述懐を聞く内に、ぐちゃぐちゃに波立っていた乙女の胸が収まり、ひどく冷酷な感情が湧き上がってくる。

 乙女はわずかに目を細めると、膝を屈し、獅子頭の立派な鬣をむんずと掴んで引き起こした。

 向かい合う終末公の貌に、かすかな笑みが浮かび上がる。

 

「……かたじけな」

 

 

「ド ォ ウ リ ャ あ ア ァ あ ぁ ァ―――ッッッ!!!!」

 

 

 瞬間、乙女の姿は獅子の視界から消えていた。

 渾身の雄叫びとともに、背後をとった巫女の肢体が反り返り、獅子の巨体が黄金橋(ブリッヂ)を描く!!

 

 

 ――ドワォ!!

 

 

 凄まじい爆音が、たちまち天地を激動させた。

 石畳(キャンパス)が木っ端微塵に砕け、 亀裂が会場(アリーナ)を真っ二つに引き裂き、分厚い暗雲を吹き飛ばして光明が世界を満たす。

 

「オオッ!?」

 

 三従士が驚声を上げ、慌てて観客席から飛びのいた。

 間を置かず、広がる亀裂が 円形闘技場(コロッセオ)を真下から崩し、数年の歴史が瓦礫と共に崩壊していく。

 

 本物の巫女の祈り(シャーマン・スープレックス)を前に三従士たちは、声一つ上げる事が出来なかった。

 そうだ。

 あの天狗とやらが、素手で魔物と渡り合える力を持っていたとして、この絶対的な奇跡を前にして、一体何が出来るものか。

 

 同時に、言い表しようのない不安も込み上げる。

 

 これほどの奇跡を体現してしまった彼女は、果たして自分たちの知っている、カルラ=クラウザーなのであろうか?

 全てが終わった時、彼女は元の少女に還れるのであろうか、と――。

 

 崩壊した遺跡の中心で、乙女の黄金橋(ブリッヂ)はいささかも崩れる事なく、降り注ぐ陽光の許に照らされた。

 綺麗に反った乙女の顔は、大地に突き立つ終末公の巨躯に遮られ、その表情を読み取る事は誰にも出来なかった。

 

 

 

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