大天狗令嬢 vs シャーマンスープレックスホールド   作:いぶりがっこ

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第十四話「令嬢、宇宙へ……」

 

 鐘が鳴る。

 学生達の解放を告げる(セント)クロックアップ学園の鐘の音が、高らかと蒼穹に鳴り響いていた。

 

 カルラ=クラウザーは、ひとり満開の白百合が広がる丘の園で、活気に満ちた学園の様子を遠目に見下ろしていた。

 百合の香気を孕んだ淡いそよ風が、入学当初よりも伸びた赤色のクセッ毛をそよがせる。

 

 本来ならば、彼女は聖クロックアップ学園一号生の筆頭として、今日学園を巣立って行く卒業生たちに送辞を述べるべき立場にあった。

 ともすれば人の輪から距離を置きたがる少女の心理を、その外見から伺い知る事は出来ない。

 

 ザ、と一陣の風が吹いて、足元の花弁が鮮やかに舞い上がった。

 空気の変化に待ち人の気配を感じとり、カルラがゆっくりと顔を上げる。

 

「待たせたわね、カルラ!」

 

 満開の白百合の園に、溌剌とした乙女の声が響き渡った。

 舞い散る花弁に彩られ、息せき切って一人の乙女がやって来る。

 柔らかなブロンドの巻き毛に乗った、しかめっ面しい四角帽。

 艶やかなジャケットの上から羽織った法服(ローブ)には、学園の百合の刺繍がきらめく。

 

 ギロチンドロップ公爵家令嬢、ゴリィ=アントワネット。

 破天荒で知られた奔放なる徒花も、今日ばかりは学園の伝統に沿った卒業生らしい出で立ちに身を包んでいた。

 

「フフ……、よりによって今日、この刻限に私を呼び出すとは良い度胸をしているわね。

 あの数の方々の視線をすり抜けるのは、さすがに骨が折れましたわ」

 

 今日、成人を迎えた乙女が、まるで悪戯でも誇る不良のように、年甲斐もなく微笑する。

 学園からの解放という高揚感が、この超常の乙女の心すらも、どこかはやらせていたのかもしれない。

 

 もっとも、彼女の言葉は傲慢ではない。

 国一番の大貴族の令嬢にして、入学以来あらゆる学術、武芸の頂点を極め続けてきた才女。

 (セント)クロックアップ学園の三年間は、彼女を中心とした舞台劇のようなものであったと言っても過言ではない。

 その最高潮(クライマックス)に主演が消えたとあれば、今頃学園は蜂の巣を突いたような大騒ぎであろう。

 

 一方、声を弾ませるゴリィに対し、カルラの表情はなお険しい。

 胸の内を抑えるように両腕を抱いて視線を外す。

 

「カ――」

 

「……ギロチンドロップ流闘法(スタイル)、カルラ=クラウザー」

 

 ゴリィの呼び声を遮って、意を決したようにカルラが顔を上げた。

 その声色の暗さに、駆け寄る足が止まる。

 戦士としての本能が、これ以上、彼女の下に寄れぬ事を告げていた。  

 

(セント)クロックアップ学園、三郷生筆頭、

 ゴリィ=アントワネットに……、立ち合いを所望する!」

 

「随分と古風な物言いね」

 

 言いながら、慣れた手付きで法衣を緩め、四角帽を花園に落とす。

 に、と知らず乙女の口元に微笑が浮かぶ。

 何となく、こうなるような予感はあった。

 簡潔な呼び出し状の文言一つを取っても、書き手の不穏な心中を隠し通す事は出来ない。

 

「なれば、こちらも【 爆 肉 魔 闘 礼 法(グリコローゲン・スタイル) 】にて、受けて立ちますわ!」

 

「いざ、仕る!」

 

「見せてごらんなさい! カルラ=クラウザー!」

 

 言うが早いか、バッ、と両者が同時に上衣を脱ぎ捨て、鮮やかに闘衣(レオタード)一枚となった。

 白百合の園に凄まじい闘気が渦巻き、立ちどころに暗雲が立ち込める。

 

「じゃあっ!」

 

 気勢と共に、勢いよくカルラが大地を蹴った。

 花弁が舞い、瞬く間に両者の間合いが詰まる。

 対し、ゴリィは不動。

 アップライトに構えてやや後方に重心を置き、開手に備えた両腕で対主との距離を測る。

 

「ヌン」

「!」

 

 接敵の瞬間、以外にもゴリィが先手を取った。

 詠唱に移ろうとしたカルラの意識に差し込むように、長い左足を真っ直ぐに突き出してきた。

 こちらに向かってくる相手の膝を、斜め上から最短距離で押さえつけるように繰り出される、えげつない正面蹴りである。 

 

「セィッ」

 

 グラリ、カルラの右膝が傾いだ瞬間、すかさず右の連携(コンビネーション)が飛んできた。

 古式の前蹴りから一転、しなる鞭のような鮮やかなミドルが、カルラの左脇腹に突き刺さる。

 

 本来、爆肉魔闘礼法(グリコローゲン・スタイル)とは、魔術と格闘術の融合技術である。

 体内の魔素(ヴィスコ)を両掌から放つ戦形(スタイル)ゆえに、足技(キック)主菜(メイン)と成り得ない。

 ただし、一撃必殺の力を持った達人同士の立ち合いにおいては、両腕の大砲を相手に叩き込むまでの駆け引きの一つとして、決して無視できない要因(ファクター)を占めていた。 

 足技への対処法を知らないというのは、纏い布(ムレータ)を持たず剣一本で猛牛に立ち向かうにも等しい無謀である。

 

「ギ……、ぎゃらァ!」

 

 みしみしと競り上がってくる激痛を堪えながら、無理矢理に詠唱を完成させ、カルラが強引に前に出た。

 灼熱の拳がごうっ、と唸りを上げ、のけぞるゴリィの鼻先を通過する。

 

「リャア! じァッ! ザイヤ! ジャルァ!」

 

 間を置かず、返しの左拳、更なる右拳を打ち込んでいく。

 体ごと飛び込むようなロングフックで対手の正面を外し、視覚の外から返しの次弾を打ち込んでいく。

 連携(コンビネーション)でも、ましてや短期決戦狙いなどでもない。

 

 魔闘家(メイジ)としてのカルラの経歴(キャリア)は、この学園に来てからの一年が全てである。

 体格、魔力、経験、技術……。

 どれ一つをとっても、ゴリィ=アントワネットはまともに立ち向かえる相手ではない。

 

 カルラに出来る事があるとすれば、この接近戦(クロスレンジ)

 自分の拳が届くこの距離で、ひたすらに全力の一撃を放ち続けるのみである。

 一撃一撃が、全身全霊、必殺必倒。

 いつまで、とか、どうすれば、とか、迷いが生じた瞬間に自分は死ぬ。

 今はただ、この燃え盛る拳の如く、魂まで炎であればいい。

 

「チィッ」

 

 必殺の拳を捌きながら、ゴリィの口より珍しくも舌打ちが漏れた。

 今のゴリィは一見、猛牛の暴走を優雅にあしらう闘牛士(マタドーラ)のようにすら見える。

 だがその実、彼女はかつてないほどに追い詰められていた。

 

 右、左、そして右――

 死角から間断なく迫る高速の拳、全てが必殺。

 一手見誤れば立ちどころに勝敗が決し、その重圧が更に肉体を強張らせる。

 もっとも、そのような破れかぶれの連打、いつまでも続くものではない。

 冷静に凌げば息切れし、相手は勝手に自滅する……、などと言う者は、カルラ=クラウザーという少女をあまりにも知らな過ぎる。

 

 初志を貫徹する頑ななまでの精神力。

 苦痛に対する驚異的な耐性。

 たとえ息が切れようと、あるいは心の臓が止まろうとも、こちらの息の根が止まるまで、この暴風は止まぬかもしれない。

 陳腐な言い方をするなら、ド根性。

 かつてゴリィがこよなく愛したカルラの全てが、今、ゴリィ自身を追い詰めている。

 

 加えて、この間合い。

 上背の低いカルラだけが、一方的に肘の伸びた拳を浴びせられる超接近戦(クロスレンジ)

 半端な打撃でこの少女は止まらない、止められない。

 一度、無理矢理にでも突き放すか、自ら飛び退いて、こちらも必殺のカウンターを打てる間合いを作る。

 あるいは腹をくくって組み打ち(グラップリング)に持ち込み打撃自体を封殺する。

 速やかにいずれかを選び、反撃に移る機を掴まねばならない。

 その行動に移る(タイミング)を、今は測りかねている。

 

 まっすぐに此方目掛けて飛び込んでくる灼熱の拳。

 まさしく全身全霊、無念無想、一切の不純物の無い淀みない動き。

 あの拳を、今の自分は放てるのか?

 無我夢中の拳を殺す一撃必殺のカウンターを、カルラ相手に迷い無く打ち抜けるのか?

 

 今の自分の肉体には濁りがある。

 共に心を第一に置くギロチンドロップ流の魔闘家(メイジ)がふたり。

 立ち合えば技量や戦術を超えて、魂に曇りなき方が勝つのは明白である。

 ならば、呼び出し状の裏にこうなる予感を感じ取っておきながら、なおも浮かれた心地でこの百合の園を訪れた、己の不明は死を持って償うべきか――

 

「キャオラァ!」

 

 パァン!という乾いた音と共に、束の間の思考が打ち破られた。

 気が付けば完全に捌いたハズの右拳に、受け手を弾き返されてしまっていた。

 

 どくり、と一つ心臓がうねる。

 カルラの体は既に眼下には無い。

 次の瞬間、右脇の死角から死の一撃が飛んでくる。

 防御(ウケ)は不可能。

 回避(サケ)るか?

 回避(サケ)うるのか?

 いや

 あるいは――

 

「オオッ」

 

 ズン、と一つ大地が揺れて、二人の肉体が初めて制止した。

 曇りなき少女の拳が、高慢なる令嬢のど真ん中に深々と突き刺さり……

 

「な……!」

 

 ずぶり、と右腕が底なし沼にでも吞み込まれていくような手応えに、初めてカルラは戦慄した!

 

「グビュ……、ックッグググ」

 

 邪悪な笑いを浮かべ、ゆっくりとゴリィが顔を上げた。

 カルラの右拳は、確かに乙女の肉体の中心を捉えたハズだ。

 体の中心……、そう、ゴリィはカルラの拳に対し、自らの()()を合わせたのだ。

 

 黄金橋(ブリッジワーク)はヘソで支える。

 カルラ自身、他ならぬゴリィから口を酸っぱくして言い聞かされた魔闘家(メイジ)の基礎である。

 魔素(ヴィスコ)の集積地である臍を肉体の中心と捉え、肉体の中心を起点に置いて渾身の投げを放つ。

 ゴリィのような投げ師にとっては、臍先こそが肉体において最も頼りになる最高の盾であると言って過言ではない。

 

 だが、だからといってこの受け(バンプ)が出来る狂人がどれほど居るものか?

 わずかでも打点がズレれば、必殺の拳は無防備な水月か丹田に突き刺さる。

 鍛え抜いた肉体と、磨き上げた技術への信頼を前提にした心の強さ。

 ギロチンドロップの正道を継ぐ異端者が、少女の暴風をその肉体で凌ぎ切った。

 

「シャババァ――!」

 

 カルラの肉体が止まった瞬間、ゴリィは迷わず前に出た。

 詠唱の完成と同時に微弱な電流が疾り抜け、たちまち人間磁石(マイナス)と化したカルラの体を、ゴリィの長い右脚(プラス)が吸い寄せ、雷刃の如く一息に刈り取った!

 

 超電磁大外刈り(スペース・トルネード・ゴリィ)

 

 勢いのまま、ゴリィは渾身の体を浴びせ、惹かれあう二つの肉体が宙に浮いた。

 一瞬の間を置いて、どさり、と二人は花園に沈み、純白の花弁が一斉に宙に舞った。

 

「……!」

 

 気が付けば、カルラは大地に押し倒され、逆光を負ったゴリィの瞳が鼻先にあった。

 鼓動が絡み、吐息が耳に籠もるような距離。

 

 決着。

 自分が口にしたワケでも、ゴリィに宣言されたワケでもないが、心は既に敗北を認めていた。

 寝技(グラウンド)での攻防とは、実戦に裏打ちされた膨大な学術記録であり、執念や根性といった曖昧な概念の介入を許容しない。

 打つも自由、極めるも自由。

 一度この体勢になってしまえば、肉体、技量共に劣るカルラが再び逆襲に転ずる事は不可能であった。

 

「……強くなったわね、カルラ」

 

 ふっ、とゴリィの体から硬さが抜け、しなやかな指先が、カルラの頬に乗った花弁をそっと払った。

 事実、勝者であるハズのゴリィの笑顔は、敗者であるカルラの表情よりも遥かに悲愴であった。

 今日、乙女が試した受け(バンプ)は、それほどに紙一重の技だったのだ。

 

「ゴリィが……、そうしてくれたんじゃないか」

 

 ゴリィの悲愴な笑顔を前に、少女の言葉がたまらず、解けた。

 

「君が……、キミがボクに全てをくれたんじゃないかッ!

 鉄梃(バール)の振るい方も! 魔素(ヴィスコ)を集める呼吸も!

 正拳突きも! テーブルマナーも! 関節技(サブミッション)も! 高貴なる者の責務(ノブレス・オブ・リージュ)も!

 何もかも……、全部、全部全部ぜんぶ!

 キミが、ゴリィ=アントワネットが、ボクを魔闘家(メイジ)にしてくれたんだ!」

 

「カルラ……」

 

「なンでだよゴリィ?

 どうしてキミは、ボクの事を見過ごさないんだ……?」

 

 見過ごす……?

 どういう意味か、と聞き返そうとした唇を、はたとつぐむ。

 問い返すまでもなく、その言葉の意味はゴリィ自身が痛感する所であった。

 

 ゴリィ=アントワネットは学園の徒花と謳われるように、必ずしも(セント)クロックアップ学園にとって善き生徒とは呼べない人間である。

 他者に対する興味の度合いの差が酷く、まともに名前も覚えていない後輩も多い一方で、お気に入りのカルラ=クラウザーに対しては、まさしく寵愛と言われても仕方がないほど世話を焼いた。

 一時期はその度を過ぎた依怙贔屓が生徒たちの嫉妬を煽り、カルラに対する風当たりを強くするほどであった。

 カルラがゴリィの期待に応えるように急成長を遂げ、一号生たちの筆頭となった現在では、さすが公爵令嬢のご慧眼、などと称賛されるようになったものの、ゴリィ自身は勿論、そのような俗っぽい打算の為にカルラの傍に居たわけではない。

 

「……貴方が特別だからよ、カルラ」

 

「特別?」

 

 ゴリィからの回答を受け、激していたカルラの表情がたちまち強張った。

 

「それは、ボクの中にある、何か得体の知れない力の事を言っているの?

 ボクの中に、ボク自身にも制御できない力があって……

 だからそれが溢れ出さないよう、キミは、あなたはボクを……!」

 

「そのような下らない話はしていませんわ」

 

 再び激しさを増しかけたカルラの唇を、そっと指先で塞ぐ。

 ここに来てゴリィは、ようやく全てがわかり始めていた。

 カルラが孤独を好む理由。

 自身の中に宿る超常の力への自覚と、それが制御できない事への不安。

 自身の力が、いつか他者を傷つけてしまうのではないかという潜在的な恐怖。

 自分を導き、同時に振り回す、ゴリィ=アントワネットという女に対する、愛憎半ばする苛立ち。

 

 そして、今のゴリィ自身の素直な気持ちも……。

 

「ゴリィ=アントワネットはね、カルラ=クラウザーを愛してしまったの。

 貴方の傍らで咲く事が、今の私の全てだから。

 だから、貴方の全てが欲しいのよ、カルラ……」  

 

「……!」

 

 思いもよらぬ言葉に、どきり、と少女の体が腕の中で跳ねた。

 酸欠の金魚のようにぱくぱくと口を開け、真っ白になった頭を必死で振るう。

 

「そ、そんな、何をいって……!

 おかしいよ、ゴリィ、ボクたちは、女の子同士なのに……」

 

「……貴方の中に眠る、得体の知れない力とやらの正体に、私が気が付いていたとして。

 その力の監視と抑止力の強化を兼ね、この一年、貴方をずっと鍛え続けてきた……。

 そんなもっともらしい理由を付けたなら、私が貴方の側に在る事を許してくださるかしら?」

 

「それは……」

 

「常識だの体裁だの、くだらないわ。

 私はいつだって、自分の心の求めに従い行動しているの。

 世間様の目を気に出来るようなまっとうな女ならば『徒花』などと呼ばれたりしないわ」

 

「だ、だけどゴリィは、ビッグフォール皇国随一の大貴族の令嬢で……

 それにキミには、第一皇子の許嫁という未来まであるじゃないか!?」

 

「捨てられるわ」

 

 きっぱりと、迷う事無くゴリィが言い放った。

 その言葉の強さに、口にしたゴリィ自身が内心驚きを隠せなかった。

 だが、声にしてみて初めて分かる事もある。

 

 ギロチンドロップ公爵家の一員として生を受け、武門に連なる者として、生涯を賭け力無き人々を守り続ける盾となる。

 貴族として、魔闘家(メイジ)としての自分の背負った宿命に疑念を持った事など、これまで一度も無かったし、大切な家族の事を誇りと思って生きてきた。

 それでも自分は、それまでの十七年よりも、カルラと出会ってからのこの一年を選ぶのだ、と。

 

 春、少女は無人の馬小屋で、箒を刃に見立て孤独の牙を研いでいた。

 夏、少女は命の瀬戸際で、己に秘められた可能性の階に瞳を輝かせていた。

 秋、少女は花無き花園で、星々の海に己の行く道を問うていた。

 冬、少女は学園の中庭で、古井戸の主に己を重ねていた。

 

 絶対の孤独の中で、黙々とひたむきに、己の魂を磨き続ける一人の少女。

 その潔さに惹かれ、その不器用さを畏れ、その危うさを誰より愛した。

 たとえ彼女に身を護る盾など必要無くとも、雨風を凌ぐ廂くらいはあるべきと考えた。

 

 それで分かった。

 鍛えた肉体も、磨き続けた技も、困難に臨む魂すらも、千万を数える皇国の民ではなく、たったひとりの少女の為にあったのだ、と。

 

「もしも、貴方が望んでくれるなら……

 私は、地位も、名誉も投げうって、ただ一人、カルラ=クラウザーの為に咲く事を選ぶわ」

 

 ゴリィはそこで言葉を切って、じっとカルラを見下ろしてきた。

 先の立ち合いの時にも等しい、触れれば斬れる鋭さを孕んだ、刃紋のような清澄な瞳。

 その煌きがゴリィ=アントワネットの真剣さを物語る。

 いや、初めから、彼女の言葉の真剣さには気が付いていた。

 如何に傲慢なる令嬢の仮面を装おうとも、互いの吐息が重なりあうこの距離で、早鐘のように高鳴る鼓動の乱れは隠しようがない。

 

「……望まない、よ……」

 

 どれほどの時間が流れたであろうか?

 長い長い沈黙の後、カルラは消え入りそうな声で、絞り出すようにそう答えた。

 

「貴族の生き方を……、弛まず己の力を磨き続ける意味を。

 力無き人々の盾となる使命を、ボクに教えてくれたのは、

 ゴリィ、他ならぬキミじゃないか?

 もしも貴方を、公国の人々の心から奪ってしまったならば、

 ボクは多分、一生、自分の事を許せなくなる」

 

「…………」

 

「貴方は、ずっと、ビッグフォール皇国の、人々の胸に咲く希望で居てください……。

 キミが公爵家の令嬢としての重責を全うしてみせてくれるなら。

 それだけでボクは、もう何も怖くない。

 これから先、どんな事が待ち受けていたとしても、一人で生きて行けるから……」

 

「……そう、残念」

 

 か細くも、はっきりと意志を示したカルラの言葉に、ゴリィは小さく微笑した。

 

「けれどカルラ、未練がましい女と思うかもしれないけれど……

 たった一つだけ、私の我儘を赦してほしい」

 

()()()?」

 

「もしもこの先、万が一にも、貴方と世界、どちらかを選ばねばならない日が訪れたならば……

 その時はカルラ、私が迷わず、貴方を選ぶ事を」

 

「…………」

 

「ささやかな、おまじないみたいな話よ」

 

「……ぁ」

 

 不意にゴリィの顔が、ゆっくりと近づいて来た。

 乙女の腕の中で身動き一つとれぬまま、思わずカルラはぎゅっ、と瞳を閉じた。

 ゴリィはカルラの震える前髪を優しく掻き分け、白い額に、そっと唇を重ねた。

 

「……たとえ貴方が、それを望まなかったとしても、ね」

 

「ゴリィ……」

 

 やがて唇が離れ、横髪を掻き分けゴリィが再び微笑した。

 どう答えればよいのか分からぬまま、カルラはただ茫然と、ゴリィの鼓動を感じていた。

 

 

 

「ガハッ!」

 

 濛々と立ち込める粉塵の中、カルラ=クラウザーはようやく、自らが作り出した瓦礫の海から這い出す事に成功した。

 悲鳴を上げる全身に活を入れ、震える体を辛うじて起こす。

 太陽神(ゴッチ)の巫女の奇跡など、もはや欠片たりとも残っていない。

 精も根も尽き果てた体の上に、大小の瓦礫が容赦無く降り注ぐ。

 

 ……これで、全てが終わった。

 

 凄惨な光景を見下ろしながら、ワヤになった頭でぼんやりとそう思った。

 時間にすればおそらくは十分やそこら、だが、まさしくこの身に宿った奇跡の全てを燃やし尽くすかのような死闘であった。

 仮に本来の目的である魔王を相手にしていたとしても、これほどの覚悟を絞り出す闘いにはならなかったであろう。

 

 まさに大天狗(レイヴン)

 太陽神(ゴッチ)の伝説の埒外にある異端者そのものであった。

 

 不思議とカルラは、ゴリィの生死に関してはなんら不安を抱いていなかった。

 いや、不思議と言うならば、そもそも一度、神の奇跡(スープレックス)の直撃を受けた女が、生きて再び自分の前に立ちはだかったこと自体がおかしい。

 大貴族の令嬢だとか、学園最強の魔闘家(メイジ)だとか、極真の大天狗(レイヴン)だとかいう前に、ゴリィはやはりゴリィ=アントワネットだと言うだけで特別な存在なのだ。

 

 大いなる太陽神(ゴッチ)奇跡(スープレックス)は、人の世を脅かす天魔外道を滅しはすれど、力なき人々の切なる願いまでをも打ち砕いたりはしない。

 いずれ彼女も、この瓦礫の中から這い上がり、再び自らの足で歩き出す時が来るだろう。

 要はその前に、自分が彼女の手の届かぬ所に行けば、それで済む話だ。

 

「……さようなら、ゴリィ=アントワネット」

 

 万感の想いを籠め、もう何度目かになるその言葉をそっと呟いた。

 瓦礫に背を向け、よろめく足を引きずるように歩き出す。

 

 これから先、どこに行けば良いのかもわからない。

 その道筋は、自分と同じ運命を辿った、先代の巫女が知っていよう。

 太陽神(ゴッチ)の恩寵が、きっと自分を導いてくれる事だろう……。

 

 

 ――がしゃり。

 

 

 降り注ぐ瓦礫の中に、ほんのわずかに異音が混じった気がした。

 知らず、進みかけた歩みが止まる。

 とくん、と心臓がざわめく。

 

 馬鹿な。

 そんなハズがない。

 彼女は確かに、死んではいないとは思った。

 だが、その戦意を折るのに十分な一撃であったハズだ。

 貴族だろうと、魔闘家(メイジ)だろうと、魔王だろう、天狗だろうと耐えられるハズがない。

 立ち上がれるハズがない。

 たとえ彼女が、ゴリィ=アントワネットであったとしても――

 

「……!」

 

 ぞくり、と戦慄が走り抜けた。

 振り向いた視界の先、立ち込める粉塵の奥に、ゆらりと黒い影が蠢いた。

 肩をすぼめ、力なく、だらりと垂れ下がった両腕。

 血と埃を被り、ほつれるにまかせた乱れ髪。

 鼻が折れ、片目が割れて剝き出しとなった半面。

 鮮血に染まり、汚れ、破れた胴着姿。

 

 ゴリィ=アントワネットであった。

 死闘を経て、全身ボロ雑巾のようになり、もはや天狗と呼べない有様となりながら、それでも乙女は大地に踏み止まり、割れた半面の奥から、傷ついたカルラの姿を真っすぐに見つめていた。

 

(鼻で……!)

 

 血に染まる乙女の姿を見た瞬間、カルラは直感的に理解した。

 通常、背後から裏投げを受けた場合、受け手は後頭部を守り、亀のように首をすくめ、上体を丸めて衝撃に備えなければならない。

 いかに分厚い頭骨と言えど、直に大地に叩き付けられればひとたまりもない。

 一片の石に一人分の体重が重なれば、それだけでも十分に人は死ぬ。

 仮に頭部の損壊を免れとしても、頚椎、脊椎をわずかにでも損傷すれば、それで終わりだ。

 頭を、首を守り、神に祈るように、肩と背中の筋肉で衝撃を受け止める以外に術はない。

 尋常を超えた高度から、神の速度で大地に叩きつけられようとしているのならば尚更である。

 

 だが、ゴリィ=アントワネットは先の瞬間、()()()()()()()()()()()()()!!

 

 神の神秘が、臍に宿るのだとしたら、天狗の魔性の正体は、やはり、鼻。

 激突の瞬間、ゴリィは大地を睨み据えるほど弓なりに体を反らし、その太い鼻で体を支えたに違いない。

 

 結果、神の奇跡は天狗の傲慢を見事にへし折りながら、ついに乙女の闘争心をねじ伏せることは叶わなかった。

 

「…………」

 

 もごもごと、割れた半面の奥で、乙女の紅い唇が動いた。

 何を言ったのか、この距離では分からない、聞き取れない。

 だが、乙女の言葉が耳元まで届く事を少女は恐れた。

 

 もう、身に宿る太陽神(ゴッチ)の奇跡は、すべて燃やし尽くしてしまっていた。

 今のカルラには、その身を守る神秘が無い。

 乙女の声から、視線から逃れる術が無い。

 

「~~~~~~ッッ

 うっわあァあああああああああああぁああぁぁ――!」

 

 身に迫る恐怖から逃れるように、カルラが吠え、一直線に走り出した。

 軋みを上げる体を無理やり動かし、瓦礫に取られる足を跳ね上げ、死に体の乙女の下に風を巻いて迫る。

 

「こォなクソォーッ!」

 

 一声吠え、高らかと掲げた拳を、反面目掛けて叩きつけた。

 ガツン、と仮面が軋み、乙女の体が大きく泳ぐ。

 神の奇跡も、ましてや魔闘家(メイジ)としての修練の欠片すら残っていない、癇癪を起した子供(ガキ)の拳。

 だが、今のゴリィにとっては、これまで受けたどれほどの技よりも危険な一撃であった。

 

「なんでッ なンで追ってくるんだよォ!」

 

 叩いた。

 

「ボクが、ボクがキミをこンなにして……、ホントに平気だと思ってるのかよッ!!」

 

 叩いた。

 

「こんな光景! おかしいだろ!

 おかしいッてわかってるだろ! わかれよッ!」

 

 叩いた。

 

「こンな力はッ人の世界にあっちゃいけないンだ、いけないんだよ!」

 

 叩いた。

 

「君が……、キミがいなくなったら、誰があの世界を救うンだ!?」

 

 叩いた。

 

「もう、キミとボクは、同じ世界にはいられないンだッ居られないんだよッ!!

 うぅっ、うあぁあああああぁぁあ―――ッ

 うわあぁああああぁああァああああああああ~~~~~~~~ん!!」

 

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 

 為す術が無い。

 分かっている。

 カルラが、カルラが泣いている。

 カルラを泣かせた。

 自分が泣かせた。

 初めからわかっていた。

 彼女が正しい。

 自分のは、全てただの我儘だと。

 世界の花である事を、カルラが望んでくれていると。

 お前が教えた貴族の使命を果たせと。

 カルラ=クラウザーの愛した、聖クロックアップ学園の徒花であれと。

 お前以外の誰が、カルラの愛した世界を守るのか、と。

 けれど。

 だけれども。

 だったら。

 それならば。

 

「だったら――」

 

 為す術も泣く打ちのめされながら、呻くように口を開いた。

 ぶぅん、拳が空を切り、つんのめったカルラの方が、どっ、とゴリィの胸を叩いた。

 

「だったら……、私の事は、誰が救ってくださるの……?」

「……!」

 

 思わずカルラは、はっ、と瞳を丸くして、咄嗟にゴリィを突き飛ばしていた。

 よろよろと、大きく体を泳がせて、それでもゴリィは、かろうじて大地に踏み止まった。

 

 どくどくと、心臓が嫌な音を立てる。

 信じられなかった。

 そんなのが、ゴリィの言葉であるハズもない。

 

 ゴリィ=アントワネットは、生まれついての強者である。

 プライドが高く、奔放で行動力と反骨心に溢れ、義侠心に富み、したたかで打たれ強く、己が道を阻む者には、たとえ太陽神(ゴッチ)であったとしてもニヤリと笑って立ち向かう女。

 そんな徒花が、自分以外の何かを頼りとするハズがない。

 自分以外の何かを、人生の中心に据えるハズがない。

 

 幽鬼の如く儚げな、大天狗(レイヴン)の面立ち。

 割れた半面から覗いた血濡れの瞳が、まっすぐにカルラを捉えている。

 紅い唇が、睦言のように微かに震える。

 

 ……カ…… 

 

 ……ル…… 

 

 ……ラ…… 

 

「くッ うおあぁああぁぁーっ」

 

 残響を打ち消すように、カルラが大地を蹴った。

 既に死に体となった大天狗には、この最後の突進に抗う術が無い。

 だが、元よりゴリィ自身には、太陽神(ゴッチ)の恩寵が潰えた巫女と闘う意志など有ろうはずがない。

 ただ、迫りくる旧友の姿に対し、緩やかに諸手を広げて見せた。

 

「……ッ」

 

 堪らずカルラは視線を落とした。

 棒立ちのゴリィの抱擁をくぐり、鮮やかに背後を取る。

 これ以上、今の彼女の姿は見るに堪えない。

 次の一投げに、総身に残る、ありったけの力を、奇跡を、神秘を燃やし尽くす。

 

「オオ!」

 

 惜別の想いを込め、ぐっ、とゴリィの腰に両腕を回した。

 その瞬間、不意に更に後背より、何者かにぐっと腰元を捕らえられた!

 

「……!」

 

 どくり、と心臓がうねる。

 馬鹿な。

 今、この場には自分とゴリィの二人しかいない。

 いったい誰が、この二人だけの世界に立ち入る事が出来るというのだ?

 いや、そんな事よりも――

 

 

 ――ゴリィ=アントワネットは、今、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 どくり、と再び心臓がうねった。

 気が付いた時、カルラ=クラウザーはゴリィの腕の中にあった。

 ゴリィの腕に抱かれながら、ゴリィの背後に取りついたカルラの姿を肩越しに見下ろしていた。

 そうだ。

 太陽神(ゴッチ)の巫女としてのカルラならばそうするだろう。

 だが、神の奇跡から取り残されたただのカルラは、傷ついた旧友の姿を見過ごす事など出来なかった。

 

 今、カルラ=クラウザーは重なり合う可能性の狭間にいる。

 ゴリィの腕に抱かれた自分の姿を見上げながら、最後の一撃(スープレックス)を放とうとしている。

 ゴリィの息遣いを感じながら、最後の一撃(スープレックス)を放つ神の子の姿を見下ろしている……!

 

 

「「ド ォ ウ リ ャ あ ア ァ あ ぁ ァ―――ッッッ!!!!」」

 

 

 心の迷いを掻き消すように、身の内に残る全身全霊を解き放った。

 その瞬間、カルラの雄叫びが、ゴリィの咆哮と重なり合った!

 

 カルラの筋肉が、ゴリィの長身をぶっこ抜く!

 ゴリィの長身が、カルラの筋肉をぶっこ抜く!

 カルラの肉体が、細胞のひとかけらまで燃焼する!

 ゴリィの肉体が、細胞のひとかけらまで爆発する!

 カルラの雄叫びが、ゴリィの肉体を加速させる!

 ゴリィの咆哮が、カルラの肉体を加速させる!

 カルラの大腿筋が、巨木のように大地に根を張る!

 ゴリィの広背筋が、天空へ向けて弓なりに反り返る!

 ゴリィの大腿筋が、巨木のように大地に根を張る!

 カルラの広背筋が、天空へ向けて弓なりに反り返る! 

 カルラの魂が、ゴリィの肉体を加速させる!

 ゴリィの魂が、カルラの肉体を加速させる!

 カルラの魂が、ゴリィの肉体を加速させる!

 ゴリィの魂が、カルラの肉体を加速させる!

 カルラの魂が、ゴリィの肉体を加速させる!

 ゴリィの魂が、カルラの肉体を加速させる!

 カルラの魂が、ゴリィの肉体を加速させる!

 ゴリィの魂が、カルラの肉体を加速させる!

 カルラの魂が、ゴリィの肉体を加速させる!

 ゴリィの魂が、カルラの肉体を加速させる!

 

 二人の筋肉が、覚悟が、魂が、因果が交じり合い、ふたつの肉体を際限なく加速させていく。

 螺旋を描き急速に絡み始めた運命は、遂に地上の全てを置き去りにした!

 

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」

 

 

 瞬間、二人の肉体は遥か虚空の彼方まで吹き飛んだ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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