大天狗令嬢 vs シャーマンスープレックスホールド   作:いぶりがっこ

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第三話「婚約ケツ裂!!」

 かつて、ここビッグフォール皇国には、輝かしい未来を約束され、庶民の羨望を一身浴びる似合いのカップルが存在した。

 

 伝統に満ちた皇国の新たな継承者、ビューリホゥ=イッチヴァーン皇太子。

 気高きクロックアップ学園の徒花、ゴリィ=アントワネット=ギロチンドロップ公爵令嬢。

 

 共に皇国でも最高峰の大貴族の系譜に名を連ね、若くしてその才気を認められし美男美女。

 時には宮廷楽士顔負けの知識で音楽論を交わし合い。

 時には良き好敵手(ライバル)として鍛え上げた拳を交わし合う。

 

 奔放なるゴリィの振る舞いが学園に新風(センセーション)を巻き起こし。

 ビューリ王子の包容力が新たな秩序を優しく包み込む。

 

 見目麗しき男女の並び立つ姿は、栄えある皇国の新たな象徴。

 二人の共に歩む先こそが、最先端の話題の中心、そのものであった。

 

 ほんの半年ほど前、巷に魔王復活の噂が蔓延る中、一人の少女が『奇跡』に目覚める前までは、の話だが……。

 

 

「御機嫌よう、ビューリホゥ殿下」

 

 久方ぶりに姿を見せた似合いの婚約者を前に、ゴリィは敢えて恭しく膝を折って見せた。

 あまりにも()()()()なその態度に、王子の口元に苦笑がこぼれる。

 

「けれど殿下、私はもう、貴方の徒花(レディ)ではありませんの。

 学園のでも、公爵家のでも、無論、ビッグフォール皇国の徒花でもない……。

 今の私は、ただの路傍のゴリィ=アントワネットですわ」

 

「らしいね。

 だが、咲き誇る場所が変われども、君の在り様は変わらないな」

 

「壜のラベルを貼り変えた所で、砂金が砂に還ったりはしませんわ」

 

 あけすけな王子の賛辞に対し、肩を竦めてゴリィが嗤う。

 皇太子と公爵令嬢、同じ大貴族と言えど、そこには主従の格式が存在する筈なのだが、当の本人たちはそんな事をおくびにも出さない。

 二つ年下のじゃじゃ馬を見つめる王子の瞳は、色恋と言うより、男女を超えた友誼にも近い。

 事実、ビューリは初めて出会った頃から、この突飛が服を着て歩いているような少女の振る舞いが大好きであった。

 

 大貴族の家系に生まれ、その系譜に相応しい能力と気品を身に着けながら、伝統も格式も顧みる事なく自由奔放に振る舞う女。

 二年前、学園の後輩だという赤毛の少女を紹介された時も、彼女の瞳は河原で拾ったお気に入りの小石でも見せびらかすかのように、キラキラと輝いていた。 

 

 じっ、と腫れ上がった乙女の頬に視線を移す。

 皇子の愛した自由な女は、これから全てをかなぐり捨てて、世界から寄ってたかって取り上げられた、お気に入りの小石を奪い返しに行くのだ。

 

「ご家族との対話は、既に終わらせてきたようだね」

 

「ええ、見ての通り、派手に送り出されましたわ」

 

 ゴリィがそう答えると、ビューリは無言で一つ頷き、すっ、と表情を改めた。

 

「ギロチンドロップ公爵家当主、ドーリマンが自らの手で愛娘を裁いたと言うのであれば、

 イッチヴァーン王家としてはこれ以上、ゴリィ=アントワネットの非を追求するつもりは無い。

 このビューリホウ=イッチヴァーンがそれを保証しよう」

 

「……ご随意に」

 

「ここから先は、僕個人の私情だ。

 行くなゴリィ。

 君という大輪の花が咲き誇るのは、やはり皇国の中枢こそが相応しい」

 

「お言葉ですが、殿下。

 この世の何処に芽吹こうとも、花の値打ちは変わりませんわ」

 

「ならばこれ以上、言葉は無用!

 爆 肉 魔 闘 礼 法(グリコローゲン・スタイル)にて、我が意を押し通させてもらうっ!」

 

「それでこそビューリホゥ=イッチヴァーン!!」

 

 言うが早いか、双方がたちまち鮮やかに衣服を脱ぎ捨てた。

 立ちどころに暗雲が惑ろい、風雲急を告げ、闘気と闘気が、闘衣(ビキニ)闘衣(レオタード)が剥き出しとなる。

 

「――幼い頃から、僕たちはこうして幾度となく拳を交わし合った。

 だが君の業に対し、僕が遅れを取った事は、ただの一度たりとも無かった」

 

「全て覚えておりますわ、殿下。

 けれど七百五十三度に及ぶ試合の中に、実戦(セメント)は一度たりともございませんでした」

 

「然りだ。

 ゆえに君は今日、イッチヴァーン王家の真の闘争術(シュート)を知るだろう」 

 

 静かに舌戈を交えながら、両者が互いの構えを油断なく探り合う。

 ピョンピョンと、その場で跳ねるように体を揺すり始めたビューリの周りを、半身に構えたゴリィが静かに回る。

 闘衣(ビキニ)一枚となった皇子の肉体。

 父や兄のようなボリュームのある筋肉では無いが、均整のとれた肉体は、黄金時代の宮廷彫刻のようなしなやかさを想起させる。

 あのしなやかな筋肉から、拳、蹴、魔、瞬きする間に自由自在に飛んでくる。

 まさしく現代の万能なる探究者。

 調和を尊ぶ宮廷魔武闘(パンクラス)を体現する完全なる肉体が、今、ゴリィの目の前にあった。

 

 ……ただ一点の違和感を除いては。

 

(裸足で……?)

 

 トントンとステップを踏む軽やかな爪先に、ちらりと疑問が走る。

 爆肉魔闘礼法(グリコローゲン・スタイル)とは、原則として実践武術である。

 得物を持たず闘衣一枚となって戦いに臨むのは、結果的にそれが、魔術と筋肉を融合する最善の戦形(スタイル)だったからに他ならない。

 今、敢えて足元を保護する鱗具蹴跿(リングシューズ)をも脱ぎ捨てたビューリの戦形(スタイル)には、一体どのような意図あるというのか……?

 

「ヒョウ!」

 

 まるで怪鳥の雄叫びような詠唱と共に、ビューリが一段高く飛び上がった。

 その瞬間、皇子の両足の爪先を中心に、大気中の水分が一斉に凝結し始めた。

 

「はっ!?」

 

 叩き付けられた両脚から、たちまち地表を冷気が走り、春光の平原が銀盤と化した。

 愕然とゴリィが目を見張る。

 本来掌から放たれるべき魔素(ヴィスコ)を、今、ビューリは()()から放出したのだ。

 

 その為の裸足。

 魔闘礼法の使用に際し、術者が革手袋(グローブ)を脱ぎ捨てるように、皇子は蹴跿(シューズ)を掃き捨てていたのだ。

 

「ひゅるるるるる――」

「クッ」

 

 驚いている暇も無かった。

 氷結は既にゴリィの足元までをも脅かし始めている。

 この見渡す限りの銀盤全てが、今や皇子の領域(フィールド)だ。

 

 爪先立ちで前傾を取り、文字通り、滑るように風を巻いてビューリが迫る。

 通常の立ち合いではありえない、超低空の弾丸タックル。

 対し、返し技のセオリーであるゴリィの膝は、ガッチリと銀盤に縫い付けられてしまっている。

 やむなく、高らかと右腕を掲げ、打ち下ろしの手刀へと切り替える。

 

「ジョイヤッ!」

「サルコゥ!」

 

 撃灼の瞬間、ビューリが爪先に新たな魔素(ヴィスコ)を篭めた。

 直線的な荒々しいタックルから一転、皇子の身体は胡蝶のようにふわりと優雅なターンを決め、ゴリィの放った縦の一撃が虚しく空を切る。

 円の動きは尚も止まらず、ビューリはゴリィの身体を軸に、半円を描くような軌道で鮮やかにバックをとった。

 

「……ッ!」

 

 背後から腰元に回されたしなやかな両腕に、ゴリィは思わず戦慄した。

 ビューリの見せたイッチヴァーン流闘争術、その真価に。

 爆肉魔闘礼法(グリコローゲン・スタイル)において、この体勢から入る技は一つしかない。

 

 巫女の黄金橋(シャーマン・スープレックス)

 

 この必殺技(フェイバリット・ホールド)の特異性は、太陽神(ゴッチ)の巫女が宿す奇跡の光のみではない。

 爆肉魔闘礼法(グリコローゲン・スタイル)での攻防において、ひとたびこの体勢に陥った時、受け手には明確な返し技が存在しないのだ。

 もしも未熟な魔闘家(メイジ)が頭から大地に叩き付けられたならば、掛け手にその気が無かったとしても、死に至る事も珍しくない。

 ゆえに模擬戦においては、この体勢になった時点で勝負ありとするのが通例となっている。

 ゴリィとビューリの明確な実力差が証明されたといってよいだろう。

 

(僕がこの必殺技を選んだ理由……、分かるだろう、ゴリィ!!)

 

 祈るように、捕らえた腰元にぐっ、と力を籠める。

 ゴリィ=アントワネットは、現在の大貴族の中でも一際群を抜いた才女である。

 こと戦闘術に関しては当代一流と言って過言では無い。

 だからこそ、拭いきれぬ未練が残るのであろう。

 

 この世の全てを思うがままに謳歌してきた人間だからこそ、その自分が本気で人生を賭ければ、などという身の程知らずな夢を見る。

 次の一撃は、彼女の未練と驕りを断ち切る為にある。

 神の一撃ならばいざ知らず、同じ貴族の後塵を拝したならば、もはや言い訳のしようが――

 

「ブボッファッ!」

 

 勝利を確信した皇太子が、場違いな感傷に想いを過らせた一瞬、ゴリィが奇天烈なる詠唱を叫んでいた。

 瞬間、足元に高熱が沸き立ち、ドジュゥ、と銀盤が溶解し、たちまち高温の蒸気が両者を包み込んだ。

 

(灼熱魔術――!?)

 

 思いもよらぬ急変に、ビューリが慌てて眼前のゴリィを凝視する。

 だが、その両掌から魔素(ヴィスコ)の反応は一切感じられない。

 だとしたらこの高熱の蒸気は、一体いかなる現象によるものなのか?

 

美 尻(ヒップ)ッ!?)

 

 尻だッ!!

 

 今度こそビューリは驚愕した!

 ビューリのリフトに身を預け、浮いた乙女の双の桃尻が今、暴れ猿(ブロディアン・モンキー)の如く真っ赤に染まり、高熱を放ち続けていたのだ!

 

(その為のハイレグ……!)  

 

 ぞくぞくと戦慄が駆け抜ける。

 ビューリが足先から魔素(ヴィスコ)を放つ術を研鑽していたように、ゴリィもまた、()()から魔素を放つ術を体得していたのだ。

 高貴な桃尻が零れ落ちんばかりの過激な闘衣(レオタード)も、全てはこの瞬間の為。

 断じて伊達や酔狂でこのような格好をしていたワケでは無かったのだ。

 

 

 ――刹那、ゴリィの尻が火を噴いた!!

 

 

「うおおおおおおおおおおッッ!!」

 

 凄まじいケツブースターの反動で、ゴリィの身体はビューリ諸共、勢いよく真後ろにぶっ飛んだ。

 衝撃で腰のクラッチがスッポ抜け、中空で仰向けとなったビューリの鼻先を、麗しき乙女の美尻が通過していく。 

 

「イヤアアアァアアァァ――ッ!!」

 

 だけでは終わらない!

 不意にガチリ、と顎下を蹴跿(シューズ)の爪先でロックされた。

 恐るべき事に、強かなる反逆の乙女は、この中空で更なる必殺技(フェイバリット・ホールド)を狙っていたのだ。

 

 裂帛の気合と共に、乙女の身体が弓なりに反り、掲げた諸手でビューリの両脚をガシリと掴み取った。

 丁度、背中合わせに反り返った両者の身体が、一本の車輪となった形である。

 ベクトルが下方に逸れ、人間車輪が勢いのまま大地に叩き付けられる。

 尚もケツブースターの勢いは止まず、車輪は派手にバウンドし、廻り、廻り、廻り、続け――

 

 遂に回転が静止した時、皇太子の頭は、大地と美尻の狭間にガシリと咥え込まれていた。

 

「~~~~~~ッッ」

 

 

「魔極・【 二 股 蠍 固 め(ツインテール・デスロック) 】ッ!!」

 

 

 高らかと必殺を謳いながら、ゴリィが皇子の踵を両肩に乗せて搾り上げた。

 たちまち天地逆転した皇子の身体が中空に反り返る。

 その姿はまさしく、アブドーラザ砂漠に棲まうという伝説の大怪獣・二股蠍(ツインテール)のようであった

 

「があああああああっ」

 

 腰部、背骨、踵部に激痛が走り、同時に華麗なる桃尻制御により気道を塞がれた。

 文句の付けようの無い決着であった。

 

「……ギブ、アップだ」

 

 ビューリが呻くように呟くと、たちまち両者の心にゴングが鳴った。

 ゴリィはゆるりと技を解き、ほつれた巻き毛を整え直すと、いまだ地に伏したままのビューリに右手を差し出した。

 

「ふふっ、図らずも、とんだ婚約尻裂(ピーチ・ボンバー)になってしまいましたわね」 

 

 そう言って朗らかに咲いた笑顔を見上げ、皇子の口元にも苦笑が浮かんだ。

 

 今は三百年ほど昔、北方フランケンシュタイナー連邦公国の伝説的王妃、プリンセス・ダイナマイトには、大国アックスボンバーの恫喝的婚姻交渉(マイクパフォーマンス)を、その持ち前の御美尻鉄砲(ヒップアタック)で文字通り物理的に跳ね除けたという逸話が残る。

 ならばあるいは、ゴリィ=アントワネットがその美尻を活かした必殺技を研鑽し始めたその時点から、運命の女神はこのケッ着を定めていたのかもしれない。

 

「正直、見違えたよゴリィ。

 君は一体いつの間に、これほどの爆肉魔術を会得していたんだい?」

 

 ビューリがそうポツリと問うと、ゴリィはこの女にしては珍しく、どこか寂しげに視線を外して笑った。

 

「ビューリ殿下は私の……、いえ、

 ギロチンドロップ公爵家の武名に、常々敬意を払っておられるようでしたので。

 私もイッチヴァーン王家の伝統に対し、同様に配慮いたしました」

 

「……!」

 

 望外の言葉に、皇子の頬が思わず紅潮した。

 確かにビューリは今日に至るまで、ゴリィに対し本気の手合わせを臨んだ事は皆無であった。

 それは、単に公爵家との関係を慮ったのみならず、二歳年下の奔放な婚約者(フィアンセ)のプライドを、自らの手で手折る事を忌避したためでもあった。

 

 だが、傍若無人な子供に思われていた乙女は、外面よりも遥かに洗練されて思慮深く。

 当の皇子自身もまた、彼女の掌の上で転がされていただけに過ぎなかった事を、ようやく理解するに至ったのだった。

 あるいはビューリは、ついにゴリィの魂を本気にさせるほどの器を持ち得なかった、という事なのかもしれない。

 

「だ、だが、ゴリィ!

 君はこれだけの腕前を誇りながら、なぜ……」

 

 なぜ、太陽神(ゴッチ)の巫女に対して、先の必殺技(フェイバリット)を使わなかったのか……?

 そう口を突きかけた言葉を、ビューリは苦虫と共に呑み込んだ。

 そのような戯言、敢えて問うまでも無い。

 使わなかったのではなく、使えなかったのだ。

 

 先ほど皇子相手に極めて見せた二股蠍固め(ツインテール・デス・ロック)は、一朝一夕に身に付く技ではない。

 ケツブースターからの一連のセットアップを含め、全てのムーブが巫女の黄金橋(シャーマン・スープレックス)への対策として培われた技術であったハズだ。

 

 国一番の天才魔闘家(メイジ)が、微に入り細を穿つような入念な対策を練り、血の滲むような努力の果て、黄金橋の伝説の前に立ちはだかった。

 その上で、歯牙にもかけられなかった。

 太陽神の奇跡がゴリィの反撃を阻んだのか?

 あるいはゴリィほどの力量を以てなお、対応できないほどの高速回転であったのか?

 いずれにせよ天才は、何の一つも爪痕を残す事が出来ぬままに敗北を喫した。

 

(何という事だ……!)

 

 端正なビューリの表情が我が事のようにみるみる曇り、皇子はそのまま足元の砂を力一杯に握り締めた。

 

 爆肉魔闘礼法(グリコローゲン・スタイル)トーナメント第三十四代統一王者の自分に勝利した以上、魔闘家(メイジ)としてゴリィの実力は皇国随一と言って差し支えない。

 それは同時に人類の上限、その限界を意味している。

 今の彼女に、新たな天啓を与えられる『師』など、もはやこの世の何処にも存在しない。

 それならば彼女は、何のために故郷を捨て、家族を、恋人を、未来と栄光をかなぐり捨てて、明日無き旅路を求めるというのだ。

 

「勝算は……、君の戦いに勝算はあるのか、ゴリィ?」

 

「…………」

 

「何たる無謀……。

 これではまるで、剣も盾持たず、身一つで極東の大天狗(レイヴン)に挑むようなものではないか……」 

 

()()()()……?」

 

 ビューリの零した落胆を、オウム返しにポツリと呟く。

 次の瞬間、ゴリィはカッと両目を開き、皇子の両肩を力一杯に叩きながら叫んだ。

 

「【 極 真 の 魔 拳(カイザーナックル) 】ッ!!」

 

「えっ!?」

 

巨人山脈(アンドレ)の大鴉! 天魔傲鼻(フライングドリル)! 十全老人(マスターエイジャ)! 巨竜殺し(ドラゴンスレイヤー)!!」

 

 呆然とするビューリの前で、ゴリィがまるで熱病にでも浮かされたかのように、次々と脳裏に浮かんだ言葉を捲し立てていく。

 今、ゴリィが口にしている数々の異名。

 それらの異名に纏わる噂は数多あれど、それらの異名が意味する主は、ただ一つであった。

 

「ここビッグフォール皇国より遥か東。

 東西の世界を遮る巨人山脈(アンドレ)の中央に、東洋の神秘を極めし大天狗(レイブン)の棲まう、

 【極真大山(ファイナルチェンジ‼ダイナミックウォール)】がそびえ立つという。

 その漆黒の翼は天を貫き、その魔拳は巨竜を屠り、天魔狂乱、心赴くままに悪逆を振るう」

 

「お、おい、待つんだゴリィ……」

 

「ああ! なぜに今まで、この可能性に気が付かなかったのかしら?

 西洋の魔闘技(スタイル)をどれほど極め尽くした所で、格闘神話の頂点に太刀打ち出来ようハズが無い。

 神話の主を殺せる者があるとすれば、それは西洋の常識、神話の埒外にある存在のみ!

 東洋の魔拳の中にこそ、活路を見出すべきだったのですわ」

 

「僕の話を聞き給え!

 大天狗(レイブン)の伝承など、黴の生えた御伽噺に過ぎないと言うのは、君も知っているだろう。

 第一、極真大山などと、生きて仔細を確かめた者の無い人跡未踏の地。

 みすみす命を捨てに行くようなものだ!」

 

 暴走するゴリィの姿を前に、ビューリは自らの失言を悔やんだ。

 幻の山域に棲まう大天狗の存在など、今どき純真無垢な子供であっても信じはしないだろう。

 だが、目の前に居るのは、たった一つの目的の為に、今日まで築き上げた半生の全てを捨てた女だ。

 一縷の望みがあるならば、それがどれほど愚かな妄想であったとしても、迷わず自らの命まで的に掛けるに違いない。

 

 果たして、狼狽するビューリを窘めるように、ゴリィはくすりと一つ余裕を見せて笑った。

 

「お言葉ですが殿下。

 太陽神(ゴッチ)の巫女の伝承もまた、かつては皇国の民の誰もが忘れた、古い御伽話の類でしたわ。

 ……ほんの半年ほど前、カルラ=クラウザーが『奇跡』を顕現するまでは」

 

「うっ」

 

()()、が存在するのでしょうね。

 神代の巨人(アンドレ)にも喩えられる峻厳なる霊峰の奥深くに。

 人々の巷説に、天魔外道とまで畏れられるほどの、何かしらの驚異、が……」

 

「ゴリィ……」

 

 返すべき言葉を失い、ゴクリ、と思わずビューリは息を吞み込んだ。

 炯炯と燃える婚約者(フィアンセ)の瞳は、麗しき皇国での日々を、既に過去の光へと変えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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