暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
キチキチキチキチキチキチキチキチ――!
《復讐の女王蜘蛛》アラケネ・マドゥルガがその巨体を宙に躍らせ、重力に任せて『武士』に襲いかかった。驚くべき機動力と瞬発力。どうやらアシダカグモに似て運動能力を生かして自ら動いて獲物を狩るタイプの蜘蛛らしい。
「――速い」
『武士』に動揺はなくとも驚きはある。淡々と感嘆の呟きを漏らしつつ、咄嗟に横へと飛び退いて巨体によるボディプレスを紙一重で躱した。
が。
――ドォンッッッ!
ビリビリと大地を揺らす衝撃。恐らくはトンに達する質量が大地に叩きつけられたのだ。立っていられない程の衝撃に逃げようとした足を取られ、転ぶ。
ゴロン、グルグル。咄嗟に身体を丸めて転がるように前進。
『
「やはり巻き込むしかないか。悪く思うなよ」
と、少し離れた位置にある戦場を見ながら悪く思うに決まっている台詞を図太く呟く。そのままショットガンを握り直すと人間とゴブリンが睨み合っている戦場へと一目散に駆け出した。
キチキチキチキチキチキチキチキチ――!
その背後から樹木を容易く薙ぎ倒しながら女王蜘蛛が追い縋る。速さは明らかに女王蜘蛛が上だ。
「だが小回りなら俺の方が利く」
どれほどの膂力と速度を誇ろうと、ここは無数の大樹が立ち並ぶ大樹海。ぶつかった大木を物ともせずにへし折りながら直進しているが、その度に速度が落ちて辛うじてデッドチェイスの均衡が保たれていた。
その均衡を己へ傾けるため、『武士』はできるだけ狭い木々の隙間を狙って縫うように駆け抜ける。それを繰り返すこと幾たびか。
ドガァ、と鈍い轟音が響く。ひと際太く、巨大な樹木に女王蜘蛛の巨体がぶつかるも跳ね返されたのだ。
「脚が止まった――」
素早く振り向きざまにショットガンを構えると引き金を引き絞り、木々の隙間から覗く赤黒い眼光が宿る複眼を狙って
1発、2発、3発。
最初の散弾は外れたが、弾道修正した2発目と3発目は女王蜘蛛の巨躯に直撃した。しかしそれは強靭な外骨格に弾かれ、僅かに怯ませたのみ。昆虫の外骨格がスケールアップした女王蜘蛛の耐久力はほとんど戦車に近い。
(難易度調整ミスってるよ
と、
「では
3発撃って弾切れ。ならばと新しい
その威力はコンクリートブロックを粉砕し、急所に当たればヒグマを仕留め、人体なら接触個所は肉片に変わる。小型の砲弾に譬えられることすらあった。
――ドンッッッ!
00バックショットが霞む重い反動を堪えて体勢を保持。
秒速500mの単体弾が吸い込まれるようにアラケネ・マドゥルガの八つ脚の関節部分へ撃ち込まれた。
ガキィンッ、と硬質な音が響き厚い外骨格に鈍色のヒビが走ったが──砕けぬまま弾丸は明後日の方向へ弾き飛ばされた。急所に当たればヒグマすら即死させるほどの威力を秘めた弾丸は女王の
「化け物が」
戦闘用人格として生み出された特性上、常に平静を保つはずの『武士』が吐き捨てる。スラッグ弾は現状『武士』が扱える最大威力だ。それが意味するのはこの目の前で聳え立つ獰猛な“質量”を倒す術がほぼ存在しないことと同義。
「キチ、キチ、キチ、キチ…………」
それでも予想外の反撃を受けた《アラケネ・マドゥルガ》は機を窺うように動きを鈍らせた。大樹を盾とするような立ち回りへ露骨に切り替えたのだ。
その一瞬の躊躇を生かし、『武士』は背を向けて再び逃げだした。全速力が多少の距離を生み、安堵したのも束の間――攻撃態勢を解除したと察した女王蜘蛛に、あっという間に再び追いつかれた。
「速すぎる……!」
「ギィィィィ――」
振り返る暇もなく巨大な脚が横薙ぎに振るわれた。後方6本を移動に、前方2本を攻撃と補助に回しているアラケネ・マドゥルガは移動しながらの追撃も当然可能だ。
勘と肌に感じる空気の流れで危険を感知した『武士』はガードするようにショットガンを咄嗟に構えた。が、僅かに歩脚に引っかかった程度の接触であっさりと手からショットガンはもぎ取られ、金属と木材の破片が無残に飛び散る。
あの歩脚を食らうのは巨人が振り回す丸太に思い切り殴りつけられることに等しい。
だがその事実とメインウェポンの喪失にも『武士』に動揺はない。
「次だ」
即座に《武装錬金》の紋章が光を放ち、新たな装弾済みショットガンがその手に現れた。再び銃を構え、『武士』は低く呟く。
「スラッグ弾は効力なし。なら、『
引き金を引くと撃ち出された
「ギィィィィィィィ――!」
遭遇後、初めて悲鳴らしき鳴き声を上げるアラケネ・マドゥルガ。
このド派手なマズルフラッシュが由来のドラゴンブレス弾だが……マグネシウムは瞬間的に燃え尽きるため、はっきり言って殺傷力はない。
高い運動能力を持つアラケネ・マドゥルガが頼りとする視覚、嗅覚、触覚を一時的に麻痺させたのだ。
いかな巨体でも感覚を失った状態ではロクに行動できない。
(好機!)
『武士』は黄金よりも貴重な猶予を躊躇なく全力疾走のために使い切った。追いつかれる前にと、人間とゴブリンの混戦が起こる戦場を目指して駆け抜ける。
全力疾走続きでひ弱な体が悲鳴を上げる。喉が裂けて、胸が潰れるように痛い。だがその苦痛の全てを
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ――!
感覚器が復活した女王蜘蛛が追跡を再開。心なしか顎を打ち鳴らす音の禍々しさが増している。開けたはずの距離があっという間に潰されていく、文字通りのデッドレース。全力疾走で綱渡りを渡り切るような時間が過ぎ去り――、
(タッチダウンだ)
流石に声にする余力はないが、冷静さを保ったまま胸の内だけで『武士』は呟いた。
僅かな差で『武士』が先んじ、鍔迫り合いを繰り広げていた人間とゴブリンの群れのただ中へ突入した。それから『武士』に僅かに遅れてアラケネ・マドゥルガが森の中にポッカリと開けた戦場へ乱入する。
「なんだっ!?」
「ギ? ギィ、ガッ? 馬、鹿ナ! 何故、アレがこコにいル――!?」
女王蜘蛛の巨体を見た女騎士の澄んだ声と、ゴブリン指揮官のダミ声が同時に驚愕を叫んだ。それほどの
2つの集団をまとめて薙ぎ払えそうな圧倒的質量の暴力が乱入してきたのだ。一時、両者が交えていた剣と矢が止まった。
混乱が頂点に達し、悲鳴と罵声が入り混じる。
「アれ、怖いッ。アれ、殺スッ!!」
「待テ、止まレ――!!」
乱入してきたアラケネ・マドゥルガに対し、ゴブリンの群れが最も近い。人間側より深刻な狂乱に陥った一部のゴブリンが指揮官の制止も聞かず、渾身の投げ槍と弓矢をアラケネ・マドゥルガへ向けた。
ドスドス、ザク。黒い毛が
だがもちろんスラッグ弾をも弾いたアラケネ・マドゥルガにこの程度の質量攻撃が効くはずがない。体毛に阻まれ、外骨格にかすり傷すら付けられなかった投げ槍と矢がポロポロと崩れ落ちた。
「――――。ギイイイイイィィィィィィィィッ!!」
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ――。
アラケネ・マドゥルガの高度な知性はこの状況を”罠”と捉えた。誘い出され、待ち伏せを食らったのだと。
大顎を打ち鳴らす響きが5割増しで攻撃色を強めたものへと変わる。復讐の女王蜘蛛の抱いた認識が不届き者の”侵入”から小さな2つ足どもによる”侵略”へと変わったのだ。
侵略者は徹底的に打ちのめさねばならない。
恐怖と裏返しである怒りの矛先がゴブリン達へ向かい、アラケネ・マドゥルガがもたらす殺戮の標的が切り替わった。
ゴブリンの悲鳴が樹海のただ中で連続して響き渡った。
「今のうちに逃げるぞ! 逃げ道はあるのかっ!?」
混乱に乗じて円陣を組む兵士達へと駆け寄り、撤退を呼び掛ける。
さも味方面をした言い草だが実際は悪質なMPKにかこつけ、助けたという体で撤退に同乗し、あわよくばコネを作ろうという心算である。ゴブリン側が知れば悪鬼羅刹の外道と口を極めて罵るだろう悪党っぷりだった。
「――何者か!? 姓名を名乗れ、怪しい奴め!」
が、円陣の外周に立つ女騎士は剣を向け、鋭い声で誰何した。現代的な装備を纏った『武士』は彼らから見てひどく異質に映ったのだ。
だが『武士』は敵意に似た警戒にも一切怯まず堂々と宣言する。
「見ての通り人間だ。
背後で暴れる
「援、軍……だと?」
面の皮を千枚張りした台詞に女騎士はポカン、と絶句した。