暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
異世界側の事情をチラリ回です。主人公は登場しません。影響はめっちゃ出ていますが。
それと明日もう一話投稿予定です。
広い樹海でゴブリンの軍勢との不意の遭遇、アラケネ・マドゥルガを引き連れた闖入者、突如として噴き出した《瘴気》。ここまではいい。主君アウレリアが撤退中、《瘴気》に憑かれ狂乱したゴブリンの一群に襲われたことも可能性としては有りうるだろう。
(アウレリア様にゴブリンが迫った時はヒヤリとしましたが……)
いずれにせよ
誰が、どうして、どうやって。考えるべきことは無数にあるが、いま重要なのはただ一つ。
「あなたはいったい何者です……?」
『…………』
夜闇よりもさらに濃密な漆黒の《瘴気》に染まった黒騎士が無言のまま佇んでいた。
その周囲には乱雑に命を
運よく生き残った兵士達も虫の息で倒れ、ギリギリで命を繋いでいる。この場に立つのは最早黒騎士とヴィキシー、アウレリアの3人だけ。
(格上ですね……絶望的なほどに)
狂乱するゴブリンの群れをなんとか撃退した一行の前に黒騎士が現れた瞬間……風が止み、音が死に、空間が凍った。世界が一秒停止したとすら錯覚するほどの負のオーラ。
この悍ましい気配を撒き散らす妖人をどう退けるか。ヴィキシーの思考はその一点に集約していた。
無言を貫く黒騎士の間合いへ、覚悟を決めたヴィキシーは剣形態の《防人蜈蚣》を構え激烈な勢いで踏み込んだ。
「ハァァッ――!!」
『…………』
瞬きほどの時間に、果たして幾つの火花が散っただろう。
剣と拳。
立ち並ぶ木立の狭間、《防人蜈蚣》と黒騎士が振るう
(魔獣を上回る
抑えきれず、押し込まれた。《防人蜈蚣》を見れば刀身が俄かに腐食し劣化している。
凶悪な攻防性能を両立させる《瘴気》に加え、地力で完璧に負けている。挙句ヴィキシーは本人も武装もボロボロだ。切り札の当てもない。
(確実に
あの《
「こんな辺土に何故あなたのような強者が? その《瘴気》の鎧は一体どんな外法を用いた!? なにより何故我らを狙う……!?」
『…………』
時間稼ぎと探りを兼ねた詰問にも黒騎士は静かに間合いを詰めるだけで答えようとしない。
(《瘴気》……いや、
黒騎士に纏わりつく濃密な《瘴気》。あんなものを纏わりつかせて絶対に正気ではいられない。操る、御すだとかそういう次元にない代物だとヴィキシーは知っている。
故に
「まさか女神ノクティアの《使徒》……”魔王”ですか!?」
『
(狙いは仇敵たる
《使徒》。この世界を統べる八大神に選ばれ、その《紋章》を下賜された神意の代行者。
主君アウレリアは女神ラステルの神託を授かり、西方深淵樹海にまではるばる遠征していた。だがその結末がこれとは……。ヴィキシーは苦いものを噛み締める。
(もし本当に魔王なら……いけない、世界がひっくり返る)
大袈裟ではなくそうなる――否、
”魔王”とは混沌・悪の女神ノクティアの《使徒》の異名。彼らが現れた時代は必ずと言っていいほど世界の天秤がひっくり返る戦乱が訪れる。歴史に血と涙でその名を刻む徒花なのだ。
ましてや目の前の黒騎士は絶対の禁忌である《瘴気》に手を染めた。どれほどの血風惨禍が大陸中を吹き荒れるか想像もつかない。
「たとえ本当に魔王でも――お嬢様を手にかけるなど許さん!」
『――――!』
ヴィキシーの気迫にも黒騎士は声を上げず、代わりに《瘴気》の密度を増した右腕を振り上げた。
瞬間、膨れ上がるように巨大化した《瘴気》の爪がヴィキシーの視界を埋め尽くす。爪が防御のために掲げた《防人蜈蚣》とぶつかり合い、ギシリと刀身を構成する絡繰機構が歪む音を立てた。
「くぅっ……!」
凄まじい衝撃がヴィキシーの腕を痺れさせる。その一撃は《
(いけない、刀身の基礎構造が歪んだ。最早蛇腹剣への変形は無理か……)
ただ一撃で《防人蜈蚣》に修復困難な損傷を与えるとは。ヴィキシーですら桁が違うと戦慄するパワー。
しかも黒騎士は騎士剣と鍔迫り合う右腕をさらに押し込んでくる。ヴィキシーの靴底が地面を削りながら後ろへと押し込まれていった。ヴィキシーが背に庇うアウレリアはもうすぐそこだ。
(だがそれでも負けられない――!)
この一瞬に、全力を。
『――――』
しかしその刹那――黒騎士の左手が伸び、ヴィキシーの肩を掠めた。
「がぁッ!」
掠めただけだというのに、ヴィキシーは焼けるような痛みと激しいめまいを覚える。体内に流れ込んだ《瘴気》が急速に彼女の意識を蝕む。
「ぐっ……ぅぅぅ!」
「ヴィキシー!」
「――大事ありません! 下がって!」
その誘惑を騎士の矜持が、主君の呼び声がなんとか振り払わせる。
(こんなものを纏って正気でいられるというの……!?)
ただ一欠片で発狂寸前まで追い込む《瘴気》のなんという悍ましさか。
しかもさっき無理やり踏ん張ったせいで右の足首を痛めた。もうろくに動けまい。無力感に膝が崩れかけるのをヴィキシーは辛うじて堪えた。
「……お嬢様、お許しを」
これは……無理だ。それこそ神の助けでもなければ主君を守れまい。
だとしても最後まで抗うべく、ヴィキシーは悲壮な覚悟を胸にもう一度剣を構え直した。