暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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第十二話 楽しいお話

 静かに涙を流すアウレリアをヴィキシーが慰める姿を沈黙して見守ること、しばし。

 

「――お恥ずかしいところをお見せしました。それに私事(わたくしごと)ばかりお話しして……。ここからはアサギ様にも楽しいお話しをいたしましょう」

 

 時間を置いて立ち直ったアウレリアは涙の跡を滲ませながら却って明るく笑った。

 

「……楽しい話とは?」

「私を助けて頂いたお礼、つまり報酬のお話です。ご安心を。我がオクシダリス辺境伯家は吝嗇とは無縁ですので!」

 

 自信満々に胸を張ったアウレリアのそれが空元気だとしても、出せる分だけ立ち直ったのだろう。常太郎はひとまずほっとした。

 

「とはいえ私も細かい勘定や冒険者方の流儀には疎いので――ヴィキシー、後はお願いしますね?」

「はっ。後はお任せを」

 

 ここでアウレリアから実務担当のヴィキシーにパスが渡る。慣れているのだろう、淀みなく会話が続く。

 

「まず私からも改めて感謝を。勇士殿がいなければ私は主人の危機に間に合いませんでした。本当に、ありがとう」

 

 正面から『武士』の目をしっかりと見つめながらの感謝には確かな心情が籠っていた。

 『武士』が躊躇なく殿を務めなければ、ヴィキシーよりも先に黒騎士がアウレリアを手にかけていただろう。全てがギリギリであり、だからこそ起点となった常太郎(『武士』)への感謝は深い。

 

「これから提示する報酬はあくまで最小限、最低でもこれだけは……と考えて下さい。要望があれば可能な限り応えましょう。よろしい?」

「承知した」

 

 前提を確認し合う2人。

 

「まず金銭を。200万オーラム用意しました。開拓前線都市(コロニエ・ノワテッラ)の物価なら1年程度は暮らせるでしょう。これは後ほど私から手渡しします。我が隊に欲に目が眩む者はいないはずですが、それなりに大金ですからね」

 

 最も分かりやすく使いやすい報酬に『武士』も大きく頷く。生活基盤が一切ない現状、当座の資金はいくらあってもいいものだ。

 1年もニートができる金銭的余裕があれば相当自由に動き回れるはずだ。

 とはいえ200万オーラムと言われてもどの程度の金額か直感的に把握し辛いのは困った。

 

(200万オーラム……大金なんだろうが現代日本だとどれくらいになるんだ?)

(1年間の生活費と言っていたな。日本なら200万円あれば同じく1年は余裕で過ごせる。なら1オーラム=1円と考えられるか?)

(いや、物価が全く違うだろうからな……まあ参考値くらいにはなるか?)

 

 極めて大雑把ながら頭の中の物差しに「1オーラム=1円(ただし異世界特有のズレあり)」と書き込みながらも、報酬そのものはありがたく頂く2人である。

 

「頂戴する。できれば持ち運びがしやすいようにしてもらえるとありがたい」

「では金貨を少し多めにしておきましょう。都市に着いたら当座の活動資金以外は預け入れることを勧めます」

「預け入れ? まさか銀行があるのか?」

「ギンコウ? いえ、冒険者ギルドでそうしたサービスを取り扱っているだけですが。毎月の使用料は取られますし、死亡認定時に遺産分配の遺言書がなければ全額ギルドの取り分となりますがそれでも有用でしょう?」

 

 実際にこの制度の評判はいいのです、とどこか誇らしげな語調で語るヴィキシー。統治者側に立つ騎士の立場が出ている。

 確かに資金を安全かつ信用できる機関に預けられるメリットは大きい。というより常に全財産を持ち歩かねばならない生活など不便すぎる。

 

「……預けた資金を持ち逃げされるリスクは?」

「その場合は辺境伯家が全額補償し、その後に愚か者へ然るべき罰を与えます」

 

 『武士』の懸念をアウレリアが()()()()と曇りのない笑みで払拭する。

 深淵樹海(ブロセリアンド)に最も近い開拓前線都市コロニエ・ノワテッラを統治するオクシダリス辺境伯家は冒険者ギルドの後ろ盾(バック)でもある。その誇りと威圧が滲み出ていた。

 

「納得した。素晴らしい制度だ」

 

 大きく頷いて感心した様子の『武士』にアウレリアも嬉しそうに頷く。

 深淵樹海(ブロセリアンド)を狩場に生計を立て、時にその脅威に立ち向かう冒険者は生き死にが激しい。彼らの生活を立てやすくし、都市に定着してもらうための施策だった。

 

「それと最近遠方から来たと言っていましたね? 良ければ当家からも紹介状を幾つか用意できますが」

「紹介状?」

「ええ。たとえば冒険者ギルドならランク昇格推薦と請け負える依頼制限の緩和。教会ならお布施さえ払えば治療を優先して受けられるでしょう。あとは鍛冶屋や薬屋、宿屋に商会あたりでしょうか。どこも金払いを惜しまず不誠実な真似さえしなければ相応に役立つはずです」

 

 ここは異世界。現代日本的な品質基準を守る法律があるとも思えない。店舗の質も玉石混淆だろう。

 そんな中で最初から“玉”を選りすぐって利用できるとなれば否やはない。費用は嵩みそうだが高品質なサービスを求めるなら当然のことだ。幸い懐は温かいのだし。

 

「ありがたい。誠実な対応を心掛ける」

「ちなみにこれらの紹介状は辺境伯家ではなくヴィキシーからのものです。まさに内助の功ですね!」

「ん゛ん゛ん゛っ――! お嬢様、お戯れを……」

 

 常太郎(『武士』)は重ねて礼を伝えると即座にアウレリアが妙な茶々を入れ、ヴィキシーがやけにしかつめらしい顔で咳払いをする。()()()()()()()()()()その頬は赤かった。

 

(使う言葉が間違っているぞ。お嬢様のお守り役も苦労するな)

(んん……? いやまっさかなぁ……? ナイナイ)

 

 『武士』が呆れる横で常太郎だけが訝しんでいたがすぐに否定する。いやだっていつそんなタイミングがあったよ、とあまりに尤もなことを考えながら。とはいえ世の中には不思議なことはいくらだって転がっているものだ。

 

「それよりも――お嬢様、本当によろしいのですね?」

 

 そんな一幕を挟みつつ、空気を締め直したヴィキシーが確認し、アウレリアがコクリと頷くことで答えた。随分と慎重だが、慎重なだけはある報酬だった。

 

「コロニエ・ノワテッラの第二陣までの入場許可証を授けます。ただし流石にこの場で発行できるものではないので、正式な授与は都市へ帰還してからとなりますが……」

 

 深淵樹海(ブロセリアンド)の魔獣災害への”壁”である開拓前線都市コロニエ・ノワテッラは三重の城壁に囲まれた城塞都市だ。

 ほとんど誰でも入場できる第一陣と違い、第二陣は騎士家の屋敷や都市運営上の重要施設が集中している重要区画。これより上は城主の住居兼行政機関である第三陣しかない。

 いかに大きな功績があるとはいえ流れの傭兵にはあまりに過ぎた厚遇であった。

 

「それまでの間、私の徽章を預けます。城門の出入りは叶いませんが、身元の保証には十分でしょう」

 

 そう言って馬車の中立ち上がったヴィキシーが失礼、と呟いて立ちあがる。そのままサーコートの胸元に着けていた徽章を外して『武士』へ近づいた。

 徽章。身分・職業などを表すために衣服につける印、要するにバッジである。

 刻まれた意匠は縦に真っすぐ突き立ったロングソードと、それを取り巻く一対の蜈蚣(ムカデ)。家宝である防人蜈蚣(サキモリムカデ)を受け継いだヴェスペリア家最高の騎士のみが使える意匠であり、今はヴィキシー個人を指し示す。

 

「……どうぞ、お受け取りを」

「ん……ああ」

 

 そう言って常太郎(『武士』)の傍へ近寄り、徽章をそっと差し出すヴィキシーは……これまでで一番頬を真っ赤に染め、あからさまに視線を逸らしていた。

 感情の機微に疎い『武士』も流石におかしいと気付き、主人格に判断を仰ぐ。

 

(常太郎?)

(んん……? うーん? これ、まさか……)

(どうした?)

(……いや、何でもない。これが異世界の常識って可能性もあるし断る方が角が立ちそうだしな)

 

 数秒の躊躇の末に受け入れる方向に傾きかけたところでヴィキシーが蚊の鳴くように小さな声で呟く。

 

「――どうか、恥を掻かせないで下さいませ」

 

 やけに()()()()としたその呟きが結果的にダメ押しとなった。

 差し出された両の掌に乗った徽章をけして落とさないよう、『武士』は不器用な程に慎重に受け取る。

 色々な機微に疎い『武士』だが徽章が彼女の厚意であることは流石に分かる。であれば礼の一つも述べるべきであろう。そしてコミュニケーションは視線を合わせて言葉は短くもしっかり感情を込めることが大事なのだ。

 

「確かに預かった。丁重に扱わせて頂く」

「……はい」

 

 『武士』が受け取り、左胸に付けた徽章をヴィキシーは熱を帯びた眼差しで見つめると、最後には嬉しそうに頷くのだった。

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