暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

22 / 37
第十五話 たまたま

 その男が浅葱常太郎に絡んだのは結局のところ“たまたま”だ。

 たまたま常太郎がギルドに入る時目に付いて。

 たまたま常太郎がお気に入りの受付嬢(フィオナ)と楽し気に喋っているのが目に入り。

 たまたま発動させた自身の紋章、《聞き耳(スヌープ)》で二人の会話が耳に入り――というのは厳しいか。

 

()()()()()、なまっちろい青瓢箪がよ)

 

 心の中で吐き捨てる。

 自身の足でギルドの出入り口を塞いでの“通せんぼ”。自分より頭一つ小さな新入り(チビ)に絡むチンピラそのものの、みっともない真似だと自分でも分かっている。

 だけど、それでも。

 

(十年だ、青銅級(ブロンズ)で足踏みし続けて十年だぜ)

 

 分厚い首筋の奥で、喉が鳴っている。呑み込もうとして呑み込めずに吐き出した泥のように粘ついた思いが喉の奥にせりあがってくる。

 青銅の札が一度も変わらないまま、深淵樹海(ブロセリアンド)の片隅で剣を振るってきた。亜人どもの剣槍にぶっ刺され、魔獣どもの爪牙でぶっ飛ばされてはそのたびに死にかけながらそれでもギルドの端っこで生き延びた。

 何度か大物を《膂力強化(ストレングス)》と《豪撃(クラッシュ)》を組み合わせた自慢の振り下ろしで仕留めたこともある。まあ、稼いだ金は全部使って懐はいつもすっからかんだが、冒険者はみんなそんなもんだ。なにせ何時死ぬか分からねえし、あの世に金は持っていけねえ。

 そんな日々を積み重ねて10年。ベテランという名のうだつが上がらないチンピラが1人できただけ。

 その間、伸びる奴はさっさと伸びて銀等級(シルバー)へ駆け上がっていった。中にはいきなり青銅級(ブロンズ)スタートの奴もいただろう。

 でもよ、そういう奴らは大抵そういうオーラがあった。歯ぎしりながら納得したよ、俺とあいつらは違うんだってな。

 だがあいつはどうだ?

 見るからに“暴”に不慣れな青瓢箪。見掛け倒しのお綺麗な装備を見に付けた素人。

 あんなヒヨコが、初日で俺のお気に入り(フィオナ)()()()()をさせやがった。

 ギルドの受付嬢は冒険者達の偶像(アイドル)だ。愛想を振りまき、馬鹿な男達のやる気を引き出す高嶺の花。

 フィオナ・フィオーレ――受付嬢の中じゃあ一番胸がデカくて一番()()()身体つき。あの胸元に手を突っ込んでやりてえと何度思ったことか。

 ただまあ、嫁き遅れ一歩手前の20歳ってのは玉に瑕かもな。

 だが俺のような男にはむしろそんな(キズ)が眩しく映る。()()()()()()()()()()()()()。頭の片隅でみっともねえ期待感が鎌首をもたげていて――今日その首をぶった切られた。

 

(笑わせんなよ……なまっちろいガキに媚び売りやがって)

 

 銅貨(チップ)を数枚机に置いただけで? 胸元まで開けて「“サービス”です♪」と楽しそうに。俺には石像みてぇな笑顔しか寄越さねぇのに。

 分かってる。

 受付嬢は笑顔を売る商売だ。有望な“客”に多くの“商品(笑顔)”を売っただけ。

 分かっちゃいる。

 けどあの小僧が“特別”に見えた瞬間、腹の底のヘドロからぶつぶつと音を立てて泡が噴き出した。

 

(それだけならまだ我慢できたさ)

 

 《聞き耳(スヌープ)》で拾ったあの紹介状とやらがトドメだった。

 貴族様のツテだか何だか知らねぇが、青瓢箪が俺の十年に銅貨数枚と紙切れ一枚で並ぶってのか?

 

(いいさ、()っちまえ――)

 

 胸糞悪い。

 ガキは弱そうだし、腰も引けてる。

 叩き潰して身の程を分からせるには丁度いい。

 ついでにそのザマをフィオナに見せつけられればもっといい。

 

 切れ切れに頭を過ぎったのはそんな場当たり的な考え。

 俺がみっともねぇのは分かってるさ。でも叩かなきゃ終わりだ。

 周りの奴らには「新入りに絡んで泣かせるなんざダセェチンピラだ」って噂されるだろうよ。あるいはそのチンピラどもから歓迎されるかもな。冒険者ってのはこうやって身を持ち崩していくのか。

 いいさ、それでいい。

 そうやって、俺はまだここにいるって刻みつけるしか――()()()()()()()()()()()()()()

 10年経って身体の盛りは過ぎた。これ以上“先”はないと自分が一番分かってる。ならもう……足を引っ張るくらいしか人生の楽しみがねえんだよ。

 

(油断は、するな……)

 

 弱そうでも、弱いとは限らねえ。

 見慣れねえ装備をどう使うのかも分からねえ。

 不意打ちだ。

 声をかけて来た瞬間にぶん殴れ。

 身体なら俺の方がデカい。《膂力強化(ストレングス)》もある。

 どこぞの近衛騎士みてえな化け物でもなければ俺が勝つ。

 

 “通せんぼ”した足に力を籠める。

 フィオナが心配そうな視線を青瓢箪へ向けた。

 青瓢箪がこちらの目の前で止まり、口を開こうとする一瞬に――動き出す。

 

「フ――」

 

 短く、息を吐く。

 “通せんぼ”した足を素早く踏み下ろす。

 ギルドの床に叩きつけた衝撃が足裏に響いた。

 抑え込んでさらに一歩、踏み込んだ左足を軸に腰を切る。

 

「――死ねやっ!」

 

 骨盤を回す勢いのまま肩甲骨、肘、拳を連動。青瓢箪の顔へ真っすぐに押し出す。

 描く軌道は一直線。青瓢箪は反応できていない。

 ()った――そう思った。

 

 ◆

 

 目の前の床には突如として殴り掛かってきた巨漢が()()()()()()()()()

 常太郎は不自然なまでに冷静さを保った思考を回しながら至極妥当な呟きを漏らした。

 

「――なんなんだ、このおっさん」

 

 “通せんぼ”する男へ「どいてくれ」と声をかけた刹那、不意打ちの拳が迫るあの瞬間。

 常太郎の意識は切り替わった――()()()()()()()

 《生態兵装(セルレギオン)》が自動励起。『巡行(クルーズ)』から『戦闘(コンバット)』へ移行。副作用の激痛が生じない範囲で精神の平静化と肉体強化が自動発動。

 スローモーション化した視界の中、常太郎はプリセットされた肉体指令(コマンド)、『受け流し』を選択。

 瞬間、常太郎の意識を保ったまま肉体(カラダ)が勝手に動き出す。

 眼前に迫る拳を立てた右前腕でしっかりと防御(ガード)

 両腕に走る衝撃を他人事のように感じながら手首を内から外側へ半回転。()()を回すようにして打撃を外側へ逸らしさらに一歩、踏み込む。

 打撃の芯を外され、タイが()()()巨漢が無防備な脇腹を晒している。反射で肉体指令(コマンド)、『直突き』を選択。

 突き出される拳の動作は素人と思えぬほど滑らかに遅滞なく。

 踏み込みの勢いを乗せた左のカウンターは巨漢の腹筋を貫通してその奥へ深々と突き刺さり――このザマだ。

 

(……あーゲロまで吐いて床汚しやがって。これ誰が掃除すんの? 俺じゃないよな?)

(こちらは100%被害者だぞ。こいつにやらせろ)

 

 なにせイチャモンすらなくノータイムで殴りかかってきたのだから。誰に何を言われようと断固無罪を主張する所存である。

 色んな意味で助けを求めて周囲を見回す常太郎だが声をかける者も近づく者はいない。みなザワザワと遠巻きにザワめくばかりだ。

 

(だが丁度良く《半自動換装(セミオートマチック)》の試運転ができたのは幸運だったな。常太郎、使い心地は?)

(今聞くことかそれ? まあ『武士』に代わらず俺の意識のまま戦えるのは便利だな)

 

 《半自動換装(セミオートマチック)》。《仮想人格換装(ペルソナチェンジ)》の応用能力。『武士』と『博士』が共同開発した戦闘動作(モーションパターン)を常太郎が呼び出す(コールする)ことで肉体が自動再現(リプレイ)する。

 イメージ的にはコントローラ越しにキャラクターを操る感覚に近いだろうか。決められた動作(パターン)しか選択できないが、数日を習熟に費やしたお陰で巨漢の奇襲に対応できるだけの練度は確保できている。

 

「テ、メェ……! トドメを刺さなかったことを後悔させてやるッ……!」

 

 追撃せずに見ていた十数秒ほどの時間でのたうち回っていたはずの巨漢は多少なり回復したらしい。

 足をふらつかせながらも目に危険な光を宿して立ち上がった姿に常太郎は素直に驚いた。凄まじい回復力だ。

 

(しぶとい。いや、冗談抜きでタフだな!?)

(……代われ、常太郎。この男を殺さず鎮圧するのはお前にはまだ難しい)

 

 巨漢を難敵と見て取った『武士』が交代を指示する。

 《半自動換装(セミオートマチック)》で武装してもやはりまだ『武士』の方がずっと強い。

 そしてギルド内部で武器を抜くのはご法度。であれば素手で鎮圧する以外に手はない。

 

(そうだな。『武士』、あとは任せた)

(承知した)

 

 自分の手に余ると判断した常太郎は素直に『武士』へ肉体の主導権を預けた。

 瞬間、()()()()()()。先ほどまでとはまるで違う、研ぎ澄まされた“暴”の気配が静かに溢れ出した。

 

「なっ、あぁ……!?」

 

 あまりに劇的な変貌に巨漢が驚愕で目を見開く。

 チワワと思って仕掛けたら毒蛇だった……どころかさらにドラゴンへと変身した。そんなイメージだ。

 こんなタチの悪いビックリ箱じみた怪生物は巨漢の十年というキャリアでも見たことがない。魔獣を含めてもだ。

 

「さて、やるか」

 

 武士が動く。と、同時に対応方針を決定。

 

(死なない程度に殴り倒す)

 

 ()()()。握った拳から乾いた音が鳴った。

 《生態兵装(セルレギオン)》を本格稼働。激痛を代償に肉体のギアがトップに入る。分かりやすく言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「しばらくベッドの上で寝てろ――」

 

 激烈な踏み込み。

 獣めいた身体能力を精密機械にも似た技術(ワザ)が使いこなす。

 結果、文字通り()()()()()()()稲妻めいた速度の直突きが放たれた。

 だが『武士』にとってはあくまで牽制、繋ぎの拳。タフな巨漢を確実にオトす第二撃のための崩しに過ぎない。

 

(――死んだ。ああ、俺らしい(クソみてぇな)最期だな)

 

 が、実際のところ『武士』も巨漢を過大評価していた。

 巨漢が立ち上がったのは不意打ちまで仕掛けながら無様にやられたままでいられないというやせ我慢。なけなしの意地と気合を搾りだしての崖っぷち。吹けば斃れる藁の壁だ。

 そんなところに魔獣を一撃で撲殺する拳を叩き込めば()()()()()――想像は、お勧めしない。

 迅雷の拳は吸い込まれるように巨漢の鳩尾へ向けて走り――

 

 反撥(パン)ッ。

 

 軽く、高く、弾けるような音が鳴り響いた。

 衝撃が突き抜ける。ビリビリと『武士』の拳に痺れが奔った。()()()()()()()。そう、直感する。

 

「ヌホホ♪ こりゃあ大分イカレた膂力(チカラ)よなぁ」

 

 『武士』の拳が、二回りは大きな掌に()()()と掴まえられていた。

 フッと『武士』の鼻腔に煙の匂いが香る。

 

「こんな(モン)軽々しく振るっちゃあいかんよ、坊主。死人が出るぜ? いやマジで」

 

 香りを追って視線を上げれば巨漢よりさらに高い上背に(オオカミ)の顔が乗った獣人(ワービースト)が牙を剥き出しにして笑っていた。

 咥えたキセルと片目の眼帯が『粋』と『野蛮』を両立させる。いかにも流れの武辺者めいた空気を醸し出す――“強者”。

 

(――常太郎、全力だ。構わんな?)

(構うに決まってんだろ。いきなりどうした?)

 

 ノータイムで全力戦闘を即断した『武士』に常太郎が突っ込む。 

 が、『武士』に言わせればその反応は呑気に過ぎた。

 

()()()()()()()()()。戦うなら、全力だ)

 

 戦うために生み出された『武士』の本能が獣人の男を見た瞬間から最大音量でレッドアラートを鳴らしていた。

 『武士』の額からジワリと垂れる汗と、研ぎ澄まされていく戦意。そのどちらも如実に見て取った獣人はむしろ楽し気に笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。