暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
その男が浅葱常太郎に絡んだのは結局のところ“たまたま”だ。
たまたま常太郎がギルドに入る時目に付いて。
たまたま常太郎がお気に入りの
たまたま発動させた自身の紋章、《
(
心の中で吐き捨てる。
自身の足でギルドの出入り口を塞いでの“通せんぼ”。自分より頭一つ小さな
だけど、それでも。
(十年だ、
分厚い首筋の奥で、喉が鳴っている。呑み込もうとして呑み込めずに吐き出した泥のように粘ついた思いが喉の奥にせりあがってくる。
青銅の札が一度も変わらないまま、
何度か大物を《
そんな日々を積み重ねて10年。ベテランという名のうだつが上がらないチンピラが1人できただけ。
その間、伸びる奴はさっさと伸びて
でもよ、そういう奴らは大抵そういうオーラがあった。歯ぎしりながら納得したよ、俺とあいつらは違うんだってな。
だがあいつはどうだ?
見るからに“暴”に不慣れな青瓢箪。見掛け倒しのお綺麗な装備を見に付けた素人。
あんなヒヨコが、初日で
ギルドの受付嬢は冒険者達の
フィオナ・フィオーレ――受付嬢の中じゃあ一番胸がデカくて一番
ただまあ、嫁き遅れ一歩手前の20歳ってのは玉に瑕かもな。
だが俺のような男にはむしろそんな
(笑わせんなよ……なまっちろいガキに媚び売りやがって)
分かってる。
受付嬢は笑顔を売る商売だ。有望な“客”に多くの“
分かっちゃいる。
けどあの小僧が“特別”に見えた瞬間、腹の底のヘドロからぶつぶつと音を立てて泡が噴き出した。
(それだけならまだ我慢できたさ)
《
貴族様のツテだか何だか知らねぇが、青瓢箪が俺の十年に銅貨数枚と紙切れ一枚で並ぶってのか?
(いいさ、
胸糞悪い。
ガキは弱そうだし、腰も引けてる。
叩き潰して身の程を分からせるには丁度いい。
ついでにそのザマをフィオナに見せつけられればもっといい。
切れ切れに頭を過ぎったのはそんな場当たり的な考え。
俺がみっともねぇのは分かってるさ。でも叩かなきゃ終わりだ。
周りの奴らには「新入りに絡んで泣かせるなんざダセェチンピラだ」って噂されるだろうよ。あるいはそのチンピラどもから歓迎されるかもな。冒険者ってのはこうやって身を持ち崩していくのか。
いいさ、それでいい。
そうやって、俺はまだここにいるって刻みつけるしか――
10年経って身体の盛りは過ぎた。これ以上“先”はないと自分が一番分かってる。ならもう……足を引っ張るくらいしか人生の楽しみがねえんだよ。
(油断は、するな……)
弱そうでも、弱いとは限らねえ。
見慣れねえ装備をどう使うのかも分からねえ。
不意打ちだ。
声をかけて来た瞬間にぶん殴れ。
身体なら俺の方がデカい。《
どこぞの近衛騎士みてえな化け物でもなければ俺が勝つ。
“通せんぼ”した足に力を籠める。
フィオナが心配そうな視線を青瓢箪へ向けた。
青瓢箪がこちらの目の前で止まり、口を開こうとする一瞬に――動き出す。
「フ――」
短く、息を吐く。
“通せんぼ”した足を素早く踏み下ろす。
ギルドの床に叩きつけた衝撃が足裏に響いた。
抑え込んでさらに一歩、踏み込んだ左足を軸に腰を切る。
「――死ねやっ!」
骨盤を回す勢いのまま肩甲骨、肘、拳を連動。青瓢箪の顔へ真っすぐに押し出す。
描く軌道は一直線。青瓢箪は反応できていない。
◆
目の前の床には突如として殴り掛かってきた巨漢が
常太郎は不自然なまでに冷静さを保った思考を回しながら至極妥当な呟きを漏らした。
「――なんなんだ、このおっさん」
“通せんぼ”する男へ「どいてくれ」と声をかけた刹那、不意打ちの拳が迫るあの瞬間。
常太郎の意識は切り替わった――
《
スローモーション化した視界の中、常太郎はプリセットされた
瞬間、常太郎の意識を保ったまま
眼前に迫る拳を立てた右前腕でしっかりと
両腕に走る衝撃を他人事のように感じながら手首を内から外側へ半回転。
打撃の芯を外され、タイが
突き出される拳の動作は素人と思えぬほど滑らかに遅滞なく。
踏み込みの勢いを乗せた左のカウンターは巨漢の腹筋を貫通してその奥へ深々と突き刺さり――このザマだ。
(……あーゲロまで吐いて床汚しやがって。これ誰が掃除すんの? 俺じゃないよな?)
(こちらは100%被害者だぞ。こいつにやらせろ)
なにせイチャモンすらなくノータイムで殴りかかってきたのだから。誰に何を言われようと断固無罪を主張する所存である。
色んな意味で助けを求めて周囲を見回す常太郎だが声をかける者も近づく者はいない。みなザワザワと遠巻きにザワめくばかりだ。
(だが丁度良く《
(今聞くことかそれ? まあ『武士』に代わらず俺の意識のまま戦えるのは便利だな)
《
イメージ的にはコントローラ越しにキャラクターを操る感覚に近いだろうか。決められた
「テ、メェ……! トドメを刺さなかったことを後悔させてやるッ……!」
追撃せずに見ていた十数秒ほどの時間でのたうち回っていたはずの巨漢は多少なり回復したらしい。
足をふらつかせながらも目に危険な光を宿して立ち上がった姿に常太郎は素直に驚いた。凄まじい回復力だ。
(しぶとい。いや、冗談抜きでタフだな!?)
(……代われ、常太郎。この男を殺さず鎮圧するのはお前にはまだ難しい)
巨漢を難敵と見て取った『武士』が交代を指示する。
《
そしてギルド内部で武器を抜くのはご法度。であれば素手で鎮圧する以外に手はない。
(そうだな。『武士』、あとは任せた)
(承知した)
自分の手に余ると判断した常太郎は素直に『武士』へ肉体の主導権を預けた。
瞬間、
「なっ、あぁ……!?」
あまりに劇的な変貌に巨漢が驚愕で目を見開く。
チワワと思って仕掛けたら毒蛇だった……どころかさらにドラゴンへと変身した。そんなイメージだ。
こんなタチの悪いビックリ箱じみた怪生物は巨漢の十年というキャリアでも見たことがない。魔獣を含めてもだ。
「さて、やるか」
武士が動く。と、同時に対応方針を決定。
(死なない程度に殴り倒す)
《
「しばらくベッドの上で寝てろ――」
激烈な踏み込み。
獣めいた身体能力を精密機械にも似た
結果、文字通り
だが『武士』にとってはあくまで牽制、繋ぎの拳。タフな巨漢を確実にオトす第二撃のための崩しに過ぎない。
(――死んだ。ああ、
が、実際のところ『武士』も巨漢を過大評価していた。
巨漢が立ち上がったのは不意打ちまで仕掛けながら無様にやられたままでいられないというやせ我慢。なけなしの意地と気合を搾りだしての崖っぷち。吹けば斃れる藁の壁だ。
そんなところに魔獣を一撃で撲殺する拳を叩き込めば
迅雷の拳は吸い込まれるように巨漢の鳩尾へ向けて走り――
軽く、高く、弾けるような音が鳴り響いた。
衝撃が突き抜ける。ビリビリと『武士』の拳に痺れが奔った。
「ヌホホ♪ こりゃあ大分イカレた
『武士』の拳が、二回りは大きな掌に
フッと『武士』の鼻腔に煙の匂いが香る。
「こんな
香りを追って視線を上げれば巨漢よりさらに高い上背に
咥えたキセルと片目の眼帯が『粋』と『野蛮』を両立させる。いかにも流れの武辺者めいた空気を醸し出す――“強者”。
(――常太郎、全力だ。構わんな?)
(構うに決まってんだろ。いきなりどうした?)
ノータイムで全力戦闘を即断した『武士』に常太郎が突っ込む。
が、『武士』に言わせればその反応は呑気に過ぎた。
(
戦うために生み出された『武士』の本能が獣人の男を見た瞬間から最大音量でレッドアラートを鳴らしていた。
『武士』の額からジワリと垂れる汗と、研ぎ澄まされていく戦意。そのどちらも如実に見て取った獣人はむしろ楽し気に笑った。