暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
拳が阻まれたと悟った瞬間、『武士』は大きく後ろへ飛びのいていた。
狼面の男の介入に、ギルドにどよめきが走った。
『“一刀一尾”のジルヴェ――西方最強の兵法者か』
『ソロで
『こいつは面白くなってきたぁ!』
周囲からは驚き、疑問、感嘆。
そのざわめきは乱入者がとびきりの有名人であると察するに十二分。だが対峙する『武士』の耳には入らない。それほどに目の前の男へ意識を集中させていた。
(殺す気でかかってギリギリか――)
なりふり構わぬ
であれば死中に活を求める他に道はない。
ピクリ。
『武士』の指が動く。《
(――ストップ。そこまでだ、『武士』)
ピタリ。
指が止まり、『武士』の戦意が凪いだ。
(……何故止める?)
(俺が
常太郎の指示に『武士』は眉を顰めた。
(何を言っている。こいつは危険だ)
(
(……勝てないとは言っていない。ただ危険だと言っているだけだ)
眼前の獣人と戦う理由はない、むしろ戦うべきでないと常太郎は当たり前のことを指摘した。その指摘に『武士』は無表情のまま気まずそうに言葉を返す。
(危険って理由で喧嘩吹っ掛けるの止めようぜ。いや、リスクを制御したいのは分かるよ? でもそれで余計なトラブル引き寄せてちゃ本末転倒だろ)
そう言いながら常太郎は『武士』の融通の利かなさに頭を痛めていた。
戦闘に特化させた弊害か、問題解決手段が暴力に偏り過ぎている。ここで交渉という選択肢が出ないあたりに『武士』へ対人交渉を任せられない理由が滲み出ていた。
もちろん『武士』にも言い分はある。*1あるが、対応に柔軟性が欠けるのも事実だった。
(とにかく代わるぞ、いいな)
(……承知した)
元より主導権は常太郎にある。『武士』は不承不承にだが頷き、心の奥に引っ込んだ。
「……ふぅ」
「――ヌホホ♪ おんもしれー。なんじゃいね、
ドラゴンからチワワへ威圧感がランクダウンした常太郎を見る狼面の男の目は好奇心で輝いていた。見る者が見れば人格の切り替えは外見が変わらないだけでほとんど変身に近い。
邪気のない顔でジロジロと無遠慮な視線を送る獣人から一歩身を引きつつ、常太郎は視線を切らさず軽く頭を下げた。
「どーも、
「おう、こりゃどーも。儂はジルヴェ。売剣稼業で食いつなぐ流れ者やっとる。ここらじゃ人より獣を狩る方が多いがね」
(傭兵もやる冒険者、と言ったところか。ここより東は戦乱が激しいと聞くからな)
屈託のない笑みを浮かべながら
この世界やっぱ現代基準じゃヤベー奴らしかいないなと呆れながらも感心する常太郎。尤もそれだけで済んでいるあたり常太郎自身この物騒な世界にも適応してきているのかもしれない。
「何の用でしょう? あなたと揉めたつもりはないんですが」
と、ジルヴェの背後にいる巨漢へ不機嫌
周囲から舐められないよう態度と言葉で精一杯突っ張っているが、内心では
「流石に見知った顔がハラワタぶち撒けるのは気が咎めてなぁ。七割善意で手ぇ出したから言うがね、ギルドは
が、懇々と諭すように返ってきたジルヴェの言葉に常太郎は返す言葉がなかった。あまりにも正論過ぎる。というか知らぬ間に巨漢を殺しかけていた事実に驚かざるを得ない。
(……あの、『武士』さん? ちょっと???)
(知らん。あのタフさだぞ? 俺の拳程度きっと耐える、はずだ……)
(こっち見て言えよ)
精神世界でジト目を送れば全力で目を逸らしている気配を感じる。
あの《
「……お手間を取らせました」
「ヌホホ♪ 久しぶりに生きのイイ拳を味わえたでな。礼を言いたいのはこっちの方よ」
素直に頭を下げればジルヴェはかんらかんらと笑い飛ばした。見た目の通りある種の面倒見がいい性格らしい。
が、ここで蚊帳の外に追い出されていた巨漢がジルヴェに噛みついた。
「待てよジルヴェの旦那! 俺はまだ――」
「
振り向きざま、恐ろしく
糸が切れた人形のように力を喪った巨漢の身体が足から崩れ落ち、床にだらしなく転がり落ちる。顎先僅か1㎝に
脳震盪によるノックダウン。プロの格闘技者による試合ではしばしば起こる現象だが、狙って起こしたのなら神技だ。
「見苦しいわ。テメェも
厳冬期の三日月を思わせる凍てついた視線が自身の吐いたゲロの海に沈んだ巨漢を見下していた。達人が撒き散らす殺気で周囲に蔓延していた面白がるような空気が一気に消し飛んだ。
誰もが視線を逸らしたり息を潜めるようにジルヴェの様子を窺う中、常太郎はむしろその気遣いに感じ入っていた。
(
(…………常太郎。それはどういう意味だ?)
ふた呼吸ほど思考した上で理解不能と結論を下した『武士』は素直に疑問をぶつけた。問われた常太郎は何でもないことのように言葉を返す。
(アレ結局顎に拳引っ掛けただけだし派手な倒れ方の割にダメージはないだろ)
医学的には一度の脳震盪でも後遺症が残ることはある。とはいえジルヴェに取れる手段の中で最も穏当なオトし方だったのは確かだ。
(それに
地味にそちらの方がデカいと常太郎は言う。
周囲でこの一幕を見ていた者達の間でこの後話題に上るのは誰か……まあ、ジルヴェだろう。
結果としていきなり喧嘩を吹っかけた挙句返り討ちにされた巨漢の悪評は相対的に抑えられる。しばらく周囲から白い目で見られる程度のペナルティはあるだろうが。
(変に目立っても面倒だしな。素直にこの流れに乗ろうぜ)
(元から降りかかる火の粉を払っただけだ。異存はない)
そしてそれは悪戯に周りの興味を惹きたくない常太郎の利害とも一致する。常太郎は周囲を見渡しつつ沈黙を保った。
「――ヌホホ♪」
それを見たジルヴェは「スマンな」とばかりに軽く手刀を切る。
貸し一つ、預けた。そんな風に読み取れる仕草だ。
「見ての通りアホには仕置きをしたでな。これで腹立ちは収めちゃくれんかい? アサギの
そう頼み込んでくるジルヴェを拒む理由はない。頷きつつも懸念を一点口にする常太郎。
「分かりました、ジルヴェさん。ただ、こいつがまた性懲りもなく絡んできたら――」
「そん時は遠慮なくヤっちまいねぇ! 儂が許す!」
かんらかんらと大笑いしながら
「それとさん付けは要らんよ? 儂、見ての通りちょいと剣を齧っただけのおっさんだからの?」
(なにが剣を齧ってるだけだ、
(まあいいじゃん。なんかいい感じに顔を覚えてもらえたみたいだし)
腰のベルトに佩いた大小二振りの剣を叩いてそう韜晦するジルヴェに『武士』が毒づいた。相当に強烈な印象を刻み込まれたらしい。
が、武士と異なり強さにこだわりがない常太郎は
「おっと、それとギルドに迷惑料を忘れずにな。ここで揉め事起こしたのは事実だからのう」
「うおぉ、そうなるのかぁ……分かりました、ご忠告ありがとうございます」
何故喧嘩を売られた側なのにこちらが金を出すのだろう。
理不尽に頭を抱える常太郎だがギルドに迷惑をかけたのは事実である。礼を告げつつため息を吐いて懐の貨幣袋を探った。
「うん? 違う違う。こういう時の小銭はな、普通
と、不思議そうな顔をしたままうつ伏せに倒れた巨漢を蹴り転がし、ゴソゴソと懐を探る。その仕草は妙に手慣れていた。まるで何度も繰り返しているかのように。
剣の達人で
「ほい、財布。好きな額取って後はギルドに渡しちまいねぇ」
「……うっす、どうも」
投げ渡された財布を受け取りつつも中身を開くことはしない常太郎。このまま懐に収めるのがどうにも腑に落ちないので丸ごとギルドへシュートするつもりだった。
「そんじゃ達者でな。ここらの獣は手強いぞ、喉首噛み千切られんようにな」
そんな忠告を投げると常太郎に背を向けてカウンターへ向かうジルヴェ。その背中に常太郎は声をかけた。
「あ、ジルヴェの旦那。最後に一ついいっスか?」
「ん? 構わんよ。答えられることなら答えちゃる」
言質は取った。常太郎は遠慮なく問いかけた。
「さっき、手を出したのは善意が七割って言ってましたよね。なら
ジルヴェ自身が言っていた言葉だ。よくよく聞けば裏があると自白するも同然の。
「耳聡いやっちゃのぅ。つい口が滑ったわぃ」
迂闊、迂闊と呟きながら――ニィと、ジルヴェは口元を歪めた。
「
返ってきたのはその一言と、一瞥。
獲物を見つけた狼がその牙をチラリと覗かせたような、物騒な興味を込めた視線を送るのだった。
侠気と狂気を矛盾なく併せ持つ兵法者。それが“一刀一尾”のジルヴェという武人である。
A.先手を取られては対処は困難。初手で持ちうる全戦力を叩きつけて戦力差を埋め、無力化する。
⇒『武士』なりに戦況判断した上で出した『戦闘面での』最適解。