暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
ジャラリ。カウンターに置かれた革袋の中で貨幣が擦れ合う音が鳴った。
「――それじゃあこれで。ご迷惑をおかけしました」
「はーい、確かに頂戴しました……この度はご愁傷様です。ギルド長にはよくよく伝えておきますね?」
同情がこもったフィオナの言葉に苦笑を返して去っていく青年……アサギの背中を笑顔で見送りながらついと視線を下げた。
カウンターには迷惑料として置かれた巨漢の懐から出た財布が丸ごとそのままに。今日冒険者登録をしたばかりとは思えない気前の良さだ。
なお財布の出どころであるゲロの海に沈んだ巨漢は既に荒っぽい同業者達の足で外へ蹴り転がされている。巨漢はフィオナともそれなりに顔馴染みだったが同情はない。露骨に獣欲を込めた視線を向けてくるし、ノータイムアンブッシュからの返り討ちノックアウトの醜態は軽蔑の視線を向けるには十分だ。
(お金に困っていないのかな? やっぱり
第一印象も見かけもやってることも何もかもが
弱そうと思ったら巨漢の
(あんまり冒険者っぽくない人だったなぁ……ああいう人がもうちょっと危なくない定職に就いてくれれば結構狙い目なんだけど――)
こうした
明日の命も知れぬ身である冒険者は大概刹那的だ。金遣いは荒いし暴力を振るうハードルが低い。一夜の遊び相手ならまだしも、伴侶としては落第点もいいところ。
かなり処女性が重視される文化圏なのでみな本格的な交際・婚姻には慎重だ。よって受付嬢に配属される女は大なり小なり
逆に冒険者の野蛮なまでの男らしさ・荒々しさが好みという受付嬢も少数いるがフィオナはそうではない。あるいは
(……っと。いけない、いけない。これ以上は考えても仕方がない、かな)
昔の傷が微かに疼く。思い返せば軽く疼く程度の、心に負った古傷だ。
その痛みを忘れるようにフィオナの意識はつい先ほど起きた一幕を辿っていた。
(すごかったなー。あの人が“一刀一尾”のジルヴェかー)
ソロの
見かけと言動はちゃらんぽらんの風来坊。一方で単騎で一部隊を斬殺した、魔獣の
しっかりとした
(まだいるかなー)
有名人に対するミーハーな興味と好奇心でついと視線を見渡せば――いた。
そして奇しくもジルヴェの方も誰かを探していたのが周囲に視線を向けており……。
「……あ」
「お」
そのジルヴェと、不意に視線が合った。ちょっと気まずい。
とはいえそれだけだ。軽く目礼してすぐに視線を外し――外し?
「おーいお嬢ちゃん。ちょいとおじさんの茶飲み話に付き合ってくれんかねー?」
「ひょぇっ!? わ、私ですか? ……お、お茶は出せないですけど」
外したそばから当のジルヴェがぶんぶんと手を振りながら大声を上げてフィオナへ近づいてくる。
周囲から向けられる視線で顔から火が出るような恥ずかしさに襲われながら、動転した声で何とか返事を搾りだした。
「あ、そう? じゃあ世間話じゃな。どっこいしょ」
結局居座るのか。
そんな視線を向けられながら年寄り臭い掛け声とともにフィオナの前にある椅子へ腰掛けるジルヴェ。
とはいえ一介の受付嬢が
「あのー。それで、何の御用でしょうか?」
用事を済ませて早めに帰ってもらおう。そう決めてやや引き攣った営業スマイルを浮かべたフィオナは恐る恐る問いかける。
「おう、アサギの坊主について知ってることをちょいと話してくれんかね? こっそりな、こっそり」
「え、えー……」
「内緒だ」とばかりに口元に立てた指をあてるという稚気に溢れた仕草だ。だが言っていることはまあまあグレーゾーンだった。
一応の職業倫理とカウンターに置かれた貨幣袋の重みがフィオナの口を重くさせる。
「まーまーまー、タダでは言わんからのぅ。な?」
そう言ってジルヴェがカウンターの上に出したのは――金貨!?
1枚で約10万オーラムの価値を持つ高額貨幣だ。大口の商取引の決済あたりに使われるものであり、どう考えてもチップに渡す代物ではない。というかチップから癒着にまで一気に汚職度合いがランクアップしてしまうので色んな意味で危険だった。
「う、ううう、受け取れませんよこんな大金!?」
「いやいや、受け取ってくれんとこっちが困るでな。修理代も兼ねてるからの」
「……修理代?」
慌てふためくフィオナとは対照的にのんびりとした口調だった。が、一部意味不明な言葉にフィオナはきょとんとした顔のまま聞き返す。
「おう、さっき
床、踏み抜く、入り口。
聡明な受付嬢の脳内で連想ゲームが組み上がる。なにせさっきまでギルド中の視線をさらった一幕の舞台なのだ。
「……あの、まさかさっきの?」
ジルヴェは答えず、無言のまま右手を差し出した。まだプルプルと震えが走る、『武士』の拳を受け止めた右手を。
「威力を流しきれずに
ニィィィ、と犬歯を剥き出しにして楽しげに、酷薄に
気のいい風来坊で剣の達人。だが剣の高みを目指すために躊躇なく無茶をやってのける求道者でもある。
(すご……こんな
静かに猛り荒ぶる獣人が撒き散らす狂気にフィオナの背筋をゾクリとした寒気と……
目の前の獣人は控えめに言って化け物だ。実績と実感がそれを証明している。その
なんとも、度し難いフィオナのサガだ。
「カカッ! どうした、お嬢ちゃん。また随分と濡れた瞳だの? 毛皮付きなら儂も放っておかんところだぜ?」
「え……あっ」
揶揄うように言われ、気が付く。
ドキドキと心臓が五月蠅い。下腹部がじわじわと焙られるように熱かった。首筋のあたりが妙に敏感で、さっきから髪が汗で張り付くたびにゾクッとして、背中がじんわり汗ばむ。
ハァ――と、フィオナは火照りを冷ますように大きく熱の籠った息を吐いた。
「……何でも、ありません」
「そうかい、そうかい。そりゃあ悪かったのう」
口ではそう言いつつも、次に“彼”がギルドに来た時……つい、視線で追ってしまうかもしれない。どこか笑みを含んだジルヴェの相槌はその度し難さを見通しているようだった。
分かっていても手に負えない。もう懲り懲りだと思っていてもつい手を伸ばしてしまう自分の愚かしさに頭がくらくらとしてしまう。
幾ら理性で押し留めようと――女とは、強い男に惹かれるものだ。良かれ、悪しかれ。