暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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第十九話 間抜け

 ガサガサ、ガサガサ。

 草原の中を冒険者(ニンゲン)が1匹のんびりと歩いている。足音は周りを気にしていないように高く。手に持った(カラ)が草と擦れあって大きな音を立てている。

 間抜けだ。それとも若いのか。どちらも同じことだが。

 兎というより狩猟犬に近い大きさ。短剣(ダガー)の如き鋭さの角を備えるジャッカロープは草むらの中でジッとその様子を見守っていた。これまで何度も冒険者(ニンゲン)を突き殺しては好物の内臓を生きたまま貪ってきた歳経た個体だ。

 

「…………」

 

 呼気すら殺して無音を保つ。だがその頭蓋の奥では狩猟本能と経験が目まぐるしく巡り巡っていた。

 あのすぐに剥がれる(カラ)は大きくて重そうだ。だけどきっと見かけ倒しだろうな。そんなことをジャッカロープは考える。

 自分より小さな同類(ジャッカロープ)が似たような(カラ)を貫くのを何度も見てきた。この冒険者(ニンゲン)(カラ)を付けているだけで安心しているつもりなのだろうか。

 さっさと殺して食ってしまおう。塩気の強い血潮と、甘い脂身の味が舌に蘇る。

 歳を重ねて体躯も大きくなった分、たくさんの獲物がジャッカロープには必要だった。

 サッ、サッ、サッ。土砂と擦れ合うほんの僅かな足音だけを代償に、向かってくる冒険者(ニンゲン)を待ち伏せできる位置に陣取る。

 丈長の草藪に体を低くして身を隠し、自慢の脚に力を溜めた。

 そして。

 

「ふぃぃ、そろそろか――」

 

 ジッ、と動かない。我慢だ。

 自身が隠れている草むらのそばを獲物(ニンゲン)が行き過ぎるのを待つ。

 狙うのは背中、腰より少し上。背骨から少し外れたところにある左右どちらかの内臓(ハラワタ)。ここを抉れば大概の獲物はたくさん血を出して死ぬ。それに体を丸めて転がるから追い打ちをかけやすいのもいい。

 ガサガサ、ガサガサ。冒険者(ニンゲン)が草を揺らす音が響く。

 もう少し、もう少し――今。

 

 《跳躍(ジャンプ)》!

 

 バネ脚に溜めた力を解き放つ。脚が燃えるように熱くなり、弾けるような勢いで地面を蹴った。

 その肢体は解放されたバネのように真っすぐ、力強く伸びていく。

 丈長の草を押しのけ、空気を切り裂くように加速。

 獲物が見えた、目の前の獲物が動く暇もなく、一瞬で距離を詰める。

 角で風を切る感覚が好きだった。塩気たっぷりな赤い血潮の味わいも。2つは強く結びついていた。

 

「キィィィィィ――――!」

 

 獲物の無防備な背を狙う。分厚そうな皮に覆われているが、自分の角なら貫ける。

 気付いてももう遅いと、ジャッカロープはほくそ笑み。

 

 ()()()()

 

 衝撃。

 浮遊感。

 硬いモノが肉と骨を()()()()鈍く湿った音。

 

 ダァンッ!!

 

 弾けるような甲高い音と、目から頭蓋を貫く衝撃がジャッカロープの意識を飛ばす。

 急速に薄れていくその視界は歪んで赤く染まっていた。

 間抜けはどちらだったのか。答えを出す暇はなく、歳経たジャッカロープは絶命した。

 

 ◆

 

 立派な角が無残にへし折れ、片方の目玉から脳天にかけてキレイに孔が空いた《発条脚兎(ジャッカロープ)》の死骸を見下ろしながら冒険者……浅葱常太郎が独り言ちる。

 

「うお、デッカ……いやマジでデカいな」

 

 兎どころか狩猟犬ほどもありそうなデカさ。全体的に細身のシルエットだが脚の太さが半端ではない。筋肉の塊だ。しかも額には研げばそのままナイフに使えそうな鋭い角という殺意に満ちた造形。さらに待ち伏せからの大ジャンプで十数メートルの距離を一瞬で潰してみせた跳躍力。

 現地の駆け出し冒険者がよく使う木盾に厚さ数ミリの鉄板を貼り付けた鉄楯(アイアンシールド)も容易く貫くだろう。殺し屋と忌み嫌われるのも納得だ。

 

間抜け(ジャッカス)め。自分から飛び込んでくるとはいいカモだ)

 

 とはいえ拳銃弾も弾く防弾盾(バリスティックシールド)に正面衝突すれば結果は明らかだ。

 流石の殺し屋も重量15キロの鈍器(シールド)で振り返り様に野球ボールよろしく打ち返された挙句に大型拳銃(リボルバー)の追撃を食らってはひとたまりもなかったらしい。全身の肉と骨をぐしゃぐしゃにされ、脳天を貫かれてあのザマだ。

 

(いい反応だったぞ。まずはワンキルだ、この調子で行け)

「『武士』も合図を出してくれて助かったよ。《赤外線感知(ピットオーガン)》も凄い便利だな」

(同意する。対生物の索敵に極めて優秀だ。使い方に工夫はいるがな)

 

 常太郎達は繰り返し《生態兵装(セルレギオン)》を使う中、少しずつ使いこなしつつあった。

 具体的には副作用の激痛が起きない使用範囲の見極めだ。身体強化・高速再生・組織変性など直接戦闘向けの応用は負担がかかる一方で感覚系の強化はそこまででもない。

 その成果の一つが《赤外線感知(ピットオーガン)》。発動中は眼球周辺の血管が異様に盛り上がる副作用はあるが極めて有用な能力だ。

 人類の可視光範囲は約400–700 nm。赤外線はその範囲外の700 nm-1000 µm。本来なら蛇や蝙蝠しか持たない赤外線感知能力を今の常太郎は備えていた。

 尤も太陽が照らす昼間にそのまま使うと視界が焼け付いてしまうため受光する波長帯を絞ったり比較的涼しい時間帯を狙ったりと工夫も必要なのだが……。

 

(次に行くぞ。幸い練習相手には事欠かん)

 

 ジャッカロープを仕留めるだけなら適当にライフルでも生み出して遠くから草むらに撃ち込むだけでいい。

 そうしないのは常太郎達の将来の成長も見据えてのことだ。

 常太郎の戦闘能力は決定的に『武士』に劣る。だがそれでも常太郎自身戦えた方が色々と都合がいいのだ。

 

「確かに()()()()()()いるな。街道から少し外れるだけで入れ食いか」

 

 視界に映る草むらのそこかしこに小さな熱源が隠れているのが“視”える。街道から少し外れただけだというのに明らかにその数は跳ね上がっていた。

 赤外線=熱を感知する《赤外線感知(ピットオーガン)》は対生物の探索に極めて強い。

 加えて人間離れした基礎性能に、《生態兵装》による精神の鎮静化。『武士』の助言も付いている。常太郎(シロウト)でもこれだけ下駄を履かせれば十分見込みはある。

 

(奴らの狩りは典型的な待ち伏せ型だ。隠れ場所に近づけば十中八九不意を突いてくる。

 襲ってきたら盾で防御。拳銃で追撃。やることはそれだけだ。落ち着いて、まずは盾の扱いに慣れろ)

「ああ」

 

 左腕には引き続き防弾盾を、右手には近距離での取り回しがいい大型拳銃(リボルバー)を持つ。

 息を全て吐いてから、ゆっくりと吸う。数度繰り返し、落ち着いたと確信できてから顔を上げて一歩草むらに向けて踏み出した。

 

「――ハッ!」

(まず1体。先は長いな)

 

「ホッ!」

(悪くない。コツが掴めてきたか?)

 

「おらっ!」

(よし、真芯に捉えたな。盾を信じて正面からガードしろ)

 

「いでっ!?」

(油断のしすぎだ馬鹿者がっ! 罰としてその場で腕立て100回2分以内!)

 

 盾で受け、拳銃で撃つ。ただそれだけをひたすら繰り返し、前後左右の攻撃から盾で身を守る扱いに少しずつ慣れていく。良くも悪くも安全地帯で本領発揮するのが浅葱常太郎という人間の性質だ。となればまず防御の技術を叩き込むのが合理的。

 とにかく場数だと言わんばかりにジャッカロープの待ち伏せポイントに近づきまくっては迎撃し……の誘い受け戦術を繰り返して数時間。

 

(……そろそろいいか)

 

 そして頃合いと見た『武士』が声をかけた。

 常太郎もそれなりに慣れてきたようだし、『武士』も確かめたいことがあった。

 

()()()()()。代わるぞ)

 

 人格を『武士』へと交代。両手に何も持たないまま無防備に草むらの奥へと分け入り――。

 

 ()()()()

 

 硬質な音が一度響いた後、ゆっくりと首をへし折られて脱力したジャッカロープの耳を掴んだ『武士』が草むらから現れた。

 太陽が高く上り気温と太陽光が強まることで《赤外線感知(ピットオーガン)》は使えなくなる。

 

「ここまでだな」

 

 『武士』はともかく常太郎に《赤外線感知(ピットオーガン)》無しの狩りは難度が高い。

 その一言を最後に、この日の狩りは終了した。

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