暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
そこはなんとも
明るいとも暗いともいえないぼんやりとした明度。床と壁と空の境界があいまいな真っ白な空間。何もかもがあやふやなスペースに正三角形のテーブルが1つ。テーブルの各辺に3人の人物……常太郎と『武士』ともう一人が
「……フィオナさんに思いっきり怒られたなー」
と、
黒髪黒目。いつも通り特徴の薄いモブ顔の主人格だ。
「? 始終笑顔だったろう? 確かに何か妙なプレッシャーは感じたが」
と、『
常太郎の顔をベースに目付きと雰囲気を鋭くした顔立ちである。
「た、『武士』って時々僕以上にアレだよね。へ、へへっ」
と、『
猫背で姿勢が悪く、前髪で目が隠れ気味。微妙な愛想笑いを浮かべてボソボソと呟くように話す。その陰に籠った空気はまさにナードそのもの。
性格は見た目通りの陰キャで引き篭もり。『武士』とは別ベクトルで対人能力の欠陥を抱えた社会不適合者だ。彼が顔を合わせてまともに話せるのは別の自分……つまり常太郎と『武士』くらいしかいない。というかその2人とも極力話したがらない。
その代わり自身の興味が向いた事柄に一人で没頭した集中力は凄まじい。そういう能力を期待され生み出された性格だ。
「不本意な評価だ。ならば俺にも分かるよう解説してくれ」
「お、お願いだから顔を近づけないで? いや、僕ほんと距離詰められるのが苦手で……」
「そろそろコント止めろ。これ一応今日の反省会だからな?」
コンコンと机を叩き、個性的な仮想人格達に苦言を呈する常太郎。
局所的に極めて有能なのだが放っておくと勝手に独自方向へ向かっていくあたり頭が痛い。やはり全体的な統制と決断は主人格である常太郎が担うべきなのだろう。
「は、反省会って言っても議題は決まってるよね?」
「ああ。
「フィオナさんから怒られたし前向きに検討しますってとこだな」
あの後、コロニエ・ノワテッラの冒険者ギルドへ戻り精算を済ませた際にちょっとしたトラブルが起きたのだ。
常太郎が危惧していたジャッカロープの生首ゴロリはまあ許された。ギリ。ちょっと笑顔が引き攣っていたがセーフだ。
が、首から下を放置したのは許せなかったらしい。
討伐証明部位の頭角は確かにジャッカロープから採れる素材で最も価値が高いのだが、それだけだと常設依頼で支払う料金とはまあトントン。人件費の分ギルドは赤字とのこと。
《
なので頭角以外の高価値な部位もセットで持ち帰るのが普通であり当然なのだとか。それはそう。
いやだって流石にあの量は持ち帰れないし……腐って嫌な臭いし始めてたし……と言い訳はしたのだが、それはあなたの準備不足ですよねとフィオナから笑顔のまま詰められた。怖い。
周囲から向けられる
「――
尤も怒りの笑顔を見せたのも短時間。すぐに『仕方ないなあ』と言いたげにため息を吐いたフィオナから提案されたのが『解体専門の冒険者を雇う』という選択肢だった。
考えてみれば『狩猟』と『解体』は大きく括れば『狩り』の一工程だが何も同じ人間がやる必要はない。
分業化した方が効率的で、需要があるなら解体専門の冒険者という業態も成立するのだ。
ちなみにこの解体専門の冒険者だが、解体以外にも物資の運搬やベースキャンプの設営など……身も蓋もなく言えば下働き全般を担うことも多いらしい。
駆け出し冒険者はこういう形でベテランパーティに潜り込み、少しずつ技を盗んで一人前になっていくルートもあるのだとか。
そういう立ち位置なものだからまあ
「俺は賛成だ。良く提案してくれたとフィオナ嬢には礼を言っておいてくれ」
「じゃ、じゃあ僕も賛成で」
「……よし。じゃあ3人賛成でこの提案は可決ってことで」
『武士』が言っているし、と自分には関係ないし、という2つの感情を滲ませる『博士』。
常太郎は微妙に言いたいことを胸の奥へ押し込めつつとりあえず話を進めた。
「で、この雇う冒険者の人選だが……」
「フィオナ嬢に紹介を頼めばいいのでは?」
「僕らにそ、そういうの相談するとか……控えめに言ってセンスないよね」
「それお前自身にも突き刺さるブーメランだぞ『博士』。いや、分かって言ってるのか……?」
陰キャで引き篭もりな癖に辛辣な自虐を呟く『博士』。どうやら内弁慶属性もあったらしい。無駄にキャラが濃い。
「……つまり、相談したいのはな? 紹介してもらった冒険者との面接や対応は――」
『狩猟』と『解体』では危険が大きい分前者に携わる方が立場は強く、猟果のほとんどを『狩猟』側が持っていくらしい。だがそれでも解体専門の冒険者が成立しているあたりにこの街の闇をそこはかとなく感じる常太郎である。
ともかくこの解体専門の冒険者は『仲間になる・する』というより『雇う』方がニュアンス的には近い。
常太郎達に選択権があるのだ。
それは有利な点だが、同時に人柄の確認や取り分の取り決めなどトラブルになりやすい対人調整が発生する訳で……。
「悪いが任せた」
「む、無理! 僕は絶対無理だから!」
「だよなっ! 分かってたよ!」
ダメ元での相談だったが、やはりノーを突きつけられる。『武士』は指示すれば否とは言わないだろうが十中八九言葉が足りないか一言多いせいでトラブルを巻き起こすので却下だ。
それでもせめて相談くらいは……と思ったのだが、対人能力の欠如からむしろ彼らの意見はノイズになると真顔で言い切られた。そうだな、否定できないよ。クソが。
「……じゃあ反省会は終了。雇う冒険者の対応は俺がなんとかするってことで」
「異議はない」
「よ、よろ。僕らそういうの無理だし」
机に顔を突っ伏したまま掌をひらひらと振ってお開きを宣言する。仮想人格の2人もそれぞれの言葉で承認した。
常太郎も2人ほどではないが『仲間や友達を作る』のが苦手だ。実はかなり憂鬱だった。
(いい方に考えよう。今回は本格的な
無理目に自分を奮い立たせようとして無事失敗。最後のあたりで本音が漏れる。
そんな常太郎を慮ってでは全くないが、『武士』が常太郎の鬱々とした気分を変える言葉を告げた。
「さて。では
そう言って『武士』が、次いで残る2人も椅子から立ち上がる。
それをキッカケに机と椅子が消え失せる。真っ白な空間は一瞬にして
否、思わせるではない。
記憶をもとに再現された
◆
ここは夢だ。
正確にはヴィキシーから紹介された高級宿のベッドで横になっている常太郎の脳内である。
個人差もあるが基本的に人間は1日6~10時間程度の睡眠時間を必要とする。
一部のショートスリーパーなどの例外はあるが、基本的に十分な睡眠時間を確保しなければそのパフォーマンスは確実に下がる。睡眠不足が続けば泥酔状態と変わらない程に思考力が下がるという研究もある。
ここは基本的に習慣化や努力で変えられるようなものではなく生来の体質に依存する――
「いつもどおり3時間は睡眠に充てる。残りの5時間は俺と『博士』が半分ずつマンツーマンで訓練だ。異存はないな?」
ベッドの上で横たわる8時間の割り当てが『武士』の口から宣告される。その手には虚空から現れたショットガンが握られていた。《武装錬金》ともまた違う、夢の中でだけ再現された仮想の武器だ。
毎夜の夢で行われる仮想訓練。これから常太郎達が始めようとしている日課だった。
僅か3時間の睡眠で通常の8時間相当の休息を得られる回復効果、夢を
浅葱常太郎が過ごす1日は普通の冒険者よりも密度が濃く、長い。
「俺は《
「ぼ、僕はコロニエ・ノワテッラ周辺に生息する魔獣の生態と《紋章》を講義するよ」
戦闘面と知識面、双方で2人からの助言は得られる。だがそれを理解し、判断を下すのは主人格の常太郎だ。
であれば専門分野で2人に及ばずとも最低限の練度に達していることが常太郎には求められる。
問題はその“最低限”の足切りラインが現地基準で見ても相当な上澄みだということだろう。
「『武士』、前みたく《復讐の女王蜘蛛》をけしかけるのは止めろよマジで。
『博士』、後で《武装錬金》で作る《紋章器》の検討に付き合え」
だが意外なことにこの毎夜の訓練は常太郎にとって苦ではなかった。
文字通り
好きなことにはとことん打ち込む。苦労を苦労と思わない。趣味人の例に漏れず、常太郎もまたそういうタチだった。