暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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第二十五話 ハイボール・シュート・エンド

 ハイボールという交渉テクニックがある。

 交渉の初めに相手が受け入れられない無茶な要求を出し、相手が断ったら改めて要求を引き下げたように()()()()()本命の要求を出すというテクニックだ。

 これはアンカリング効果という心理現象を利用しており、初めに出した要求が基準(アンカー)になって判断に影響を与えるというもの。普通なら高いと思うはずの要求を、()()()()()()()()()()()のだ。

 

(――つまり、向こうが言ってきた報酬山分け(5:5)の提案がこのハイボールだと?)

(ああ。実地で身に着けたのか、誰かに頭を下げて教わったのかは分からないけどマジで大したもんだよこの人。俺みたいな巨人の肩に乗っただけ(現代知識チート)じゃない。生きた知識だ)

 

 インパクトのある発言で意識を惹きつけておいてハイボールを出してさらに一撃。多分そこから冗談めかした態度で要求ラインを引き下げたように見せかけつつ、相場より高めだが不当ではない程度の報酬をせしめようとしていたのだろう。常太郎が感心するほど鮮やかな交渉の手腕だ。

 知識へのアクセスが容易なら現代ならともかくこの異世界では交渉テクニック一つ会得するのも楽ではないだろうに、だ。少なからず汗と苦労を代償にしたに違いない。

 

(で、あるならば常太郎。何故この理不尽な要求(ハイボール)をそのまま呑んだ?)

(まあな。ちょっと話せば今の5割(50%)から簡単に引き下げられただろうさ。多分向こうの本命は2割5分(25%)から3割(30%)ってとこじゃないか?)

 

 腕利きの解体屋の相場は2割。そこにリスク分を上乗せるとなるとその程度が妥当だろう。あくまで常太郎の感覚だが。

 実際のところその程度の要求なら受け入れてもよかった。今欲しいのは目先の小金より腕利きの解体屋でありその技術だ。何なら実地で観察し()てから技能を模倣(コピ)ってもいいのだし。

 

(では何故――)

(……()()手玉に取られるのは癪だし舐められたくもなかったってことで)

(そんな性格でもないだろうに。まあいい、決めるのはお前だ。常太郎)

 

 素直に乗れば向こうの手のひらの上で踊るのと同義。まあそれはいい。実利に繋がるのなら道化を演じるのもやぶさかではない。

 だからブライのミスを敢えて言うなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かもしれない。

 

「あ、あ~……アサギはん? 報酬の件なんやがよう考えたら5:5は取りすぎ――」

「報酬は5:5。そう言ったのはそちらでは?」

「それは、そうなんやが……」

 

 図太い笑みを保つブライだが、心なしかその顔色は悪い。

 焦る気持ちは分かる。

 ブライ自身が言う通り5:5は明らかに過大な要求だ。言い換えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまりは。

 

(無茶ぶりしていいのは無茶ぶりされる覚悟がある奴だけだ!)

 

 社畜時代はそこら辺が分かっていない上司(ゴミ)顧客(カス)ばかりだった。業務用チャットの着信音を聞いたら勝手に体が震え出す体質にされたのは普通にトラウマだ。

 ブライは悪くはないが機嫌は悪くなったので少々厳しめにいかせてもらうこととする。

 

「とりあえず、ブライさんには是非俺専属の解体屋になってほしいとこですね」

「専属!? いやそんな無茶な――」

 

 ブライが仰天した顔になるのは道理だ。解体屋という名の自営業者が複数の得意先を切って一極集中なんてリスク極大だろう。収入源という名の首輪を嵌められるのに等しい。

 とはいえ今この場に限れば普通なら通らない要求も通る。

 

「無茶? 報酬は山分けなんだからてっきり俺と完全に組んでくれると思ったんですが?」

 

 敢えて不思議そうに首を傾げつつ、分かっているよな? と笑顔の圧もかける。

 なんとか笑みを保とうとするブライの顔にピシリと罅が入った。

 

(でも仕方ないよな! そっちが口にしたことだもんなー! お互い天秤が釣り合うものを出し合わないとなー!)

(我が主人格ながら流石に引くぞ)

(たまに常太郎ってすごいエゲつなくなるよね)

 

 我が別人格ながら失礼な奴らだ、と常太郎は思う。ただちょっと合理性に魂を叩き売っていてこの程度のことは普通にのたまってくる輩が跋扈する界隈に生息していただけである。

 

「そーれはそうなんやがワイにもこれまで世話になってきたお得意様がおりましてですな――」

 

 と、グダグダ言い訳を連ねて逃げようとするブライだがもちろんそれは許さない。

 

「それは仕方ないですね。じゃあ、これからは俺の依頼を優先的に受けてもらうということで」

「え゛っ……」

「え゛っ、とは?」

 

 専属から優先にまでランクを落としたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ……ねっ???

 ブライもやり返されたこと(ハイボール)に気付いたのか、一瞬こちらを睨み……すぐに肩を落とした。なんとなく哀愁が漂う姿だ。とはいえ、同情はしないが。

 

「さ、流石に今受けている依頼が片付いてからでエエでっか……?」

 

 もちろん常太郎は快く頷きつつ、はい1ポイント奪取――と思ったとか思わなかったとか。

 その姿は貧民から血税を搾り取る悪魔。都市の徴税請負人の如き迫力だった、とその場に同席したフィオナは後に語ったという。

 

 ◆

 

 本人達以外の誰もが読み飛ばすだろう契約内容の概略は以下の通りだ。

 雑にまとめると戦闘以外の雑務全般よろしく! あと色々教えてね! でも俺の不利になるようなことしたら許さねえ! って感じ。

 

 ■■■

 

 《契約書》

 本契約は、冒険者アサギ(以下「甲」という)と、解体屋ブライ(以下「乙」という)の間における、冒険者活動および関連業務に関する協力関係を定めるものである。

 双方は以下の条項に誓い、これを遵守するものとする。

 

 第一条 優先受託義務

 乙は、甲からの依頼を原則として最優先で請け負うものとする。

 やむを得ぬ事情により他の依頼を優先する場合、速やかに甲へ報告すること。

 

 第二条 秘密保持

 乙は、甲との活動により知り得た情報──とりわけ《紋章》に関する一切──を、第三者に口外してはならない。

 この義務は、契約終了後も継続する。

 

 第三条 業務範囲

 乙は、解体作業に加え、ギルドへの依頼申請、換金手続き、書類処理などの雑務を遂行する。

 甲は、必要に応じてその内容をいつでも確認できるものとする。

 

 第四条 素材の優先取得

 甲は、自ら狩猟した魔獣から必要な部位を優先的に取得できる。

 取得した部位の価値に等しい金銭は、甲の取り分から差し引くものとする。

 

 第五条 技能指導

 乙は、解体技能を含む冒険者の基礎技能について、可能な範囲で甲に指導を行う。

 

 第六条 機材の用意

 甲および乙は、各自の職掌に必要な装備・機材を自ら用意すること。

 

 第七条 名誉の擁護

 乙は、甲の悪評や不当な噂を払拭するよう努め、可能な範囲でその名誉を守ること。

 

 第八条 契約の変更および見直し

 甲および乙は、双方の合意により本契約の内容を変更できる。

 また、本契約締結より一か月後、改めて内容を協議し必要に応じて更新するものとする。

 

 ――本契約は、冒険者の誓約に基づき、両者が互いに信義をもって遵守することをここに誓う。

 

 ■■■

 

 ひとまず常太郎が求める雑務処理・資機材の負担・秘密保持の一切を押し付けられたのでとりあえず不満はない。これは概略であり、細かい条件はもっと詰める予定だが。

 え、深淵樹海(ブロセリアンド)の最深部まで付いてこい? 自殺志願に付き合わせるには逆にこっちが払う報酬が足りないですね……。

 

(長い。目が滑る。結局俺は何をすれば、あるいはしない方がいいんだ……?)

(そ、そこは必要なら僕が止めるから……。『武士』は普通にしておけばいいよ?)

(『博士』か。すまんが任せた)

 

 後ほど改めて清書して紙にまとめ、2通の写しを作って互いに判を押す方向で話を付けてある。まさか受付嬢(ギルド)の目の前で決まった取り決めを反故にしないよねああん? という脅しも多少は含んでいる。

 もし常太郎とブライが契約で揉めた場合はこの内容が1つの基準として争点になるだろう。

 

(……気付いてるかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 散々異邦人(ストレンジャー)だのリスクだの言われれば常太郎も多少は考える。

 取り決めたことを文書化して契約を交わし遵守する。これはまごうことなき文明人。蛮族とは違うのだよ蛮族とは。という常太郎なりのアピールだ。

 

「「…………」」

 

 なお同じテーブルに座るブライとフィオナはむしろ唖然としている。

 これは絶対に冒険者らしくない。

 現地基準では理性的すぎる行動だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という評価が的を射ていることに当の本人だけが気付いていない。悲しいすれ違いである。

 それに契約自体も気にしているようだ。2人が特に注目しているのは最後の項目か。

 

 ⑧浅葱常太郎とブライ双方の合意に基づき契約内容を変更できる。この契約を交わした1か月後、契約内容を話し合うこと。

 

 要するに今回の契約はお試しです、という一文だ。1ヵ月やり過ごせば逆襲なりオサラバできるとも読める。

 

(あ、あのさ……常太郎? 本当にいいの? 僕から見ても甘すぎるように見えるけど……)

(同意だ)

(人間関係ってさ、長く見ると互いにwin-winじゃないと絶対破綻するんだよ)

 

 どちらか一方が割を食う関係というのは絶対に健全ではない。その関係を搾取と呼び、常太郎自身がよく知るものだ。

 

(あんまり締めつけ過ぎて異世界来てまで同類(シャチク)を作るのは気が進まないしなー……)

 

 軽い苦笑いを添えつつも敢えて軽く、何でもないことのように。

 やりたくないことをやらずに済むのなら極力やらない。それが常太郎のせめてもの我が儘だ。

 

(……もし、悪意を持ってその期待を裏切ったら?)

(報復か手切れ。でもそうはならないんじゃないかと期待はしてる)

(期待、か……)

 

 期待。なんとも味わい深い言葉だ。

 

(ああ、期待だ。でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 信じなければ裏切られることもない。ひたすらに契約で縛って言うことを聞かせるという選択肢もある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……そこまで考えての決断なら俺から言うことは何もない。時間を取らせた)

(いや、必要な時は遠慮なく聞いてくれ。俺がうっかりして凡ミスやらかす可能性も全然あるし)

 

 ひとまず契約(ハナシ)はまとまった。ならば次にすることはただ1つ。

 

(――とりあえずここまで付き合わせたフィオナさんをいい加減解放するか。あとでなにか埋め合わせ考えないとな。高めの)

 

 フィオナを巻き込んだのはブライだが、常太郎も敢えて退室するよう言わずに都合のいいように利用しまくった自覚はある。

 詫びを添えつつ行動もしなければ。誠意とは言葉ではなく金額。少なくとも常太郎はそっちの方が分かりやすい。

 

(女が喜ぶようなプレゼント……いや重いか? 高めの店でランチ……そういうの全然分からん。『武士』、『博士』、なんか意見ないか?)

(あると思うか?)

(あ、あのさ常太郎。よく考えて? 僕達も浅葱常太郎(キミ)なんだよ? もうちょっと自分を知ろ?)

(お前ら……)

 

 あまりに薄情で辛口すぎる別人格達にボコボコにされて愛想笑いがバグったみたいな顔になりつつ、常太郎は口を開いた。

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