暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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 仕事の方でゴタゴタしており、お待たせしました。更新再開です。


第二十六話 ベースキャンプと行きがけの駄賃

 早朝。朝露に濡れるプレーリア平原、その『圏外領域』を常太郎とブライが行く。

 曲がりなりにも人類圏である街道から外れた草原の危険地帯をそう呼ぶのだと、巨大な背負子を背負いながらゆっくりと歩くブライが教えてくれた。

 

「初っ端から『圏外領域』て……聞いてはいましたが大分飛ばしとりますな」

「ですか?」

「ですな。ちょっと街道から外れただけでアホみたいな数の魔獣と遭遇するんで」

 

 それ以上は言葉にしないが明らかに畏怖(ヤベェ)ドン引き(ヤベェ)が混ざったDQNを見る目だった。

 あの、一応こちらは雇い主なんだが……?

 

(残当)

(だな)

 

 別人格どもまで敵に回って味方がいない。というか反対しなかったお前らが他人事のように……。

 

(だってさ――)

(待て。進行方向に1体。待ち伏せだ)

「ストップ」

 

 『武士』の警告を受けて口に出す。ブライもピタリと足を止めて素早く周囲を見渡すが流石に100メートル先の物陰に隠れた殺人兎(ジャッカロープ)を見つけ出すのは容易ではない。

 涼しい空気に満ちた朝に、熱を捉える《赤外線感知(ピットオーガン)》の組み合わせがあってこそだ。

 

(この距離は……俺じゃ無理だな。『武士』、頼む)

(承知した。一瞬借りるぞ)

 

 立射。距離は100メートル以上。物陰に隠れて視界は悪く、遮蔽物あり。

 条件は悪い。

 だが超人的な身体能力と五感に『武士』の技術が合わせれば何ほどのこともない。

 

「――――」

 

 人格を『武士』へ換装。無機質な殺意に気配が冷たく研ぎ澄まされた。

 背中に担いでいた標準的な軍用ライフルを滑らかに構え、ストックを肩にぴたりと押し当てる。

 地を踏みしめ、重心を低く安定させると片目でスコープを覗き込む。

 微かに揺れる草むらのさらに先へ照準を合わせ、呼吸を半拍止める――乾いた銃声が弾け、弾丸は遮蔽物を抜けて標的の胴体を貫通。赤黒い血飛沫が弾けるのと同時にその体躯を勢いよく吹き飛ばした。

 

「排除完了――お待たせしました」

 

 再びの人格換装で常太郎へ主導権が戻る。ヒヤリとした空気が弛緩した。

 

「いやー、結構なお手前で! フィオナはんから実力派のお墨付きが出るだけのことはありますわ!」

 

 そう言って笑顔のブライが揉み手をせんばかりの勢いでゴマを擦る。

 最初の内は見慣れない銃器(ライフル)と、それ以上に得体が知れない《仮想人格換装(ペルソナチェンジ)》に驚いていたブライだが、今は調子よく太鼓持ちを務めていた。

 どれほど得体が知れなくとも、とりあえず害がなければヨシ! いっそ清々しいまでの割り切りっぷりだ。

 

「おっといかん。仕事を済ませなな」

 

 そう言って背負子を背負った解体屋(ブライ)は倒れたジャッカロープへ軽い足取りで近づく。その後脚を掴み、まだ温もりの残る体を仰向けに転がした。そのまま喉元へ解体用ナイフを差し込むと熱い血が一気に溢れ、草を濡らし鉄臭い匂いが立ち込める。

 続けて腹へナイフを突き立てて縦に皮を裂いていく。広がっていく裂け目から生暖かい熱気を放ちながら臓物(ハラワタ)が腹腔からこぼれ落ちた。

 ブライは血に汚れるのも気にせず素手で臓物(ハラワタ)を掴むと中身まで漏れ出さないよう一息で引き抜き、湿った音とともに草の上へと投げ捨てた。

 空になった腹腔を風に開くと、肉の熱気と獣臭が朝の空気に散っていく。

 狩った獲物の下処理はいかに素早く腐敗する温度帯を越えて温度を下げられるかがキモだとブライは言う。血抜きとモツ抜きはその場でできる()()()()()の下処理なのだとか。

 

「これでよし。ほな、行きましょか」

 

 モツを抜いた殺人兎の足首を縄で縛り、背負子に括りつける。虚ろな瞳が開かれたままブラブラと揺れるジャッカロープは既に3匹目だった。

 『圏外領域』。ただ歩き回るだけで

 

「確かここら辺に――と。あったあった。川や」

 

 記憶と聞き込みを頼りにブライが案内したのは以前に常太郎がジャッカロープを狩った場所からさらに少し東に離れた地点だ。

 何かを探すようにジグザグとした軌跡で北上するとサラサラと流れる水の流れに突き当たった。川というより小川が近い小さなものだが、水の有無は大きい。

 

「ここも悪くはないんやが……もーちょい粘りますか。疲れてまへんか?」

「特に、問題なく。そちらは?」

「歩きやすい草原やからな。この程度で音を上げたら解体屋は務まらへんわ」

「そりゃすごい」

 

 常太郎はそう言って背負子に大量の荷物を載せたブライを見た。

 太い麻縄で縛られた天幕が土台のように底を覆い、その上に木桶が積まれている。中には大量の岩塩が入った袋。これも地味に重い。

 片脇には油壺と水の入った革袋、獲物を縛る麻縄が。反対側には小型の鉄鍋やフライパン、鉈、ナイフがぶら下がっている(流石に刃物は鞘に収まっているが)。その他の小物が詰め込まれた袋がさらに3つほど。

 合計重量はざっくり子ども1人分(約40キロ)。これでも持ち帰る猟果分抑えているというのだから驚きだ。

 

「なっはっはっ! そう言われれば悪い気はしませんな!」

 

 そうカラリと笑ったブライが川沿いに沿って北側へと歩き出し……しばらく経つと設営に丁度いいポイントを見つけ出した。

 小川沿いの緩やかな丘の中腹、南向きで朝日が差し込み、風下側に低木林が広がっている。

 穏やかな朝の風が軽く火照った額を涼しく撫でてくれる。

 

「おー、こらいい場所でんな! 獲物も期待できまっせ! ……むしろ多すぎないか心配した方がエエかなこら」

 

 最後だけ真顔になってそう評するブライである。

 低木林と草地の境界は特にジャッカロープの生息密度が高いという。

 丘の上からは視界に横一線で引かれた街道がうっすらと見渡せる。獲物を背負って街へ帰る時も迷うことはあるまい。

 良い立地だった。

 

「ここにしましょか」

 

 そうブライが言って、手際よくベースキャンプを築き始めたのも納得だった。

 ブライがキョロキョロと周囲を見渡す。探していたのは十分に広い空間を取れるだけの間隔に並んだ小さな低木を4つ。その四か所を起点に膝ほどの高さに張られたロープが歪な四角形の陣地を作り上げる。

 カラカラカラ、と甲高い音。見れば張られたロープのあちこちに穴の空いた木の板が吊り下げられていた。

 

「あれは……」

「鳴子ですわ。まあ頭がいい魔獣相手じゃ気休めなんやが――」

 

 と、言葉を切って取り出したのはしっかりと封のされた陶器の壺。振るとチャプ、チャプと液体が揺れる音がする。

 

「こいつと合わせれば、多少はマシですやろ」

 

 キュポン。ブライがゆっくりと捻ると固く閉められた封が開いた。

 途端に漂ってくるツンと鼻に来る刺激臭。

 焼け焦げた木の匂いと、温泉街の裏手に放置された便壺のような……。吸い込んだ喉の奥が刺激され、ほんのりと吐き気が立つ。涙腺が刺激されてジワリと涙が滲んだ。

 

「……それは?」

「魔獣除けの忌避剤(オクスリ)。お高いが効きまっせ。ご安心を。これはワイの自腹ですわ」

「ちなみに中身は?」

「メインは木炭を作る時に出る木乾溜液(タール)。この匂いを嫌がるんか、小型の奴ほどよお効きますな。後は秘密の隠し味をチョチョイのチョイってとこで」

「なるほど……」

 

 好奇心を働かせてると意外とあっさり答えてくれる。

 ロープを張る起点にしている四隅の低木へバチャバチャと、ロープで区切った線の近くのあちこちにピチャピチャと忌避剤を振りかけて回った。

 そういえば現代でも害獣除けにタールを使うと聞いたことがある。木の焦げる臭いが火事を思い起こさせ本能を刺激するとかなんとか。

 その強烈な匂いに混じる腐臭はアンモニアか……? そしてタール以外で対害獣の忌避剤と言えば。

 

「……隠し味ってまさかデカい魔獣の糞か小便?」

 

 某恐竜映画でティラノサウルスの小便を小型恐竜除けに使っていたシーンが脳裏を過ぎる。

 現実でも狼の尿(ウルフピー)という名前の害獣忌避剤が地球にもあったはずだ。

 多くの獣は尿を撒くことで縄張りをマーキングする。中でも狼は多くの哺乳類の天敵。尿を撒くことで狼の気配が周囲に伝わり、怯えて逃げる訳だ。

 

「……よぉご存知で。《影狼》ニトカルドの小便が染み付いた土をちょいと混ぜてますねん。ギガスオーロックも《影狼》の群れにはビビり散らかしますからな。ちなみに採取場所は流石に企業秘密ですわ」

「ははー。よく考えられた工夫だ。ブライさんは博識だな」

 

 顎のあたりに手を当て頷きながらそう言うとなんか「それをお前が言うんか」みたいな顔をされた。

 なんでや!?

 

(常太郎。俺は人の機微はよく分からんが、素人に一目で工夫のタネを見抜かれたら多少は思うところがあるのではないか?)

(山に慣れた狩人あたりしか知らない知識なんじゃないかな、普通に考えたら)

(どうも冒険者は腕力偏重のケがあるしな)

 

 魔獣には化け物じみた体躯の大型獣が多い。そうでなくても体力仕事だ。腕力至上主義になるのもむべなるかなというところ。

 

「普段はここまでせえへんがここは『圏外領域』ですからな。ワイみたいなのは一瞬早く気付くかで命を拾うか決まりますんで」

「なるほど……あ、指示くれれば手伝います」

 

 そう言い終えると同時に忌避剤をまき終え、今度は下ろした荷物から天幕を取り出して張り始めた。常太郎はすかさず横に並び、その手伝いを申し出る。

 

「いや、これはワイの――」

「色々実地で見て覚えたいんで。頼みます」

「……ほな、お仕事しますかぁ」

 

 困惑している様子のブライを押し切り、常太郎も天幕の端を握った。

 手際よく、スムーズに進んでいく仕事を手伝いながら胸の内で別人格達と言葉を交わし合う。

 

(好適な設営地の発見、ベースキャンプ設営の手際。学ぶことは多いな)

(と、とりあえずよく観察し()て。記憶があれば後はこっちで解析して再現するから)

 

 単純な型に嵌まったやり方(モーションパターン)なら一目見れば後で再現できる『博士』はやはり反則的である。

 今もブライの動きから最終的な完成図を推測し、汲み取り、求めているであろう動きを常太郎へ指示する。

 それはややぎこちないながらもブライが驚くほどに早い飲み込みの良さだった。

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