暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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第二十七話 発条脚兎の肉と骨髄スープ、香草を添えて

 2時間で28匹のジャッカロープ。

 それが今日の常太郎が挙げた成果である。流石は『圏外領域』。入れ食いであった。なおちょっとしくじれば逆に内臓を踊り食いされる模様。

 もっと大量に狩ることも出来たが、ブライからの提言でこれ以上の狩りは止めた。

 

「あんまり大量に獲りすぎても処理に時間取られて質が悪ぅなりますさかいな。毛皮と肉はしっかりエエもんに仕上げて帰りまひょ。量より質ですわ」

 

 曰く、ジャッカロープは普通の兎よりも体躯が大きい分肉も毛皮も多く取れる。しっかり下処理した上で常設依頼分の賞金3000オーラムも併せれば1匹1万オーラム程度にはなるのだとか。28匹なら約28万オーラム。常太郎とブライが山分けしても14万だ。一見少ないように感じるが、1日の稼ぎと考えれば十分だろう。

 

「数がありますからな。手早くいきまっせ」

 

 そう言ったブライが手頃な棒きれを使って組んだ三脚に吊るしたジャッカロープを次から次に手際よく解体していく。

 身体のあちこちに切れ目を入れ、邪魔な関節を折り、肛門周りに溜まった汚物を除去。切れ目に指を入れてメリメリメリッ……と勢いよく毛皮を剥がし取っていく。上手く剥がれない時は無理に力を込めず、肉と毛皮の接着面にナイフを入れて剥がす。額に汗を滴らせながら滑らかに作業を進めていく手はまさに職人芸だ。

 そして毛皮を剥ぎ取った後は精肉の工程だ。関節に沿ってナイフを入れ、時に力を込めながらも無理はせず、骨格に合わせて綺麗に枝肉を切り出していく。

 見る見るうちに綺麗なピンク色をした枝肉が出来上がり、さらに塩がたっぷりと擦り付けられて風通しのいい場所に並べられていく。

 

(素人目にも無駄がない。腕がいいって評判は確かだったな)

(だな)

 

 獲物を捌く手付きに迷いと無駄がない。慣れていると一目で分かる、熟練者の手だった。

 

「すんまへんけど血抜きとモツ抜きは頼ませてもろてよろしいですやろか……ところでこういう経験はあったりしますんで?」

「今日が初めて、ですかね」

「……ですか! いやーチビりそうなくらい覚えがエエですな。こらワイが教えるようなことなんてあっという間になくなりそうや」

 

 例の教導の件で「試しに実地で」と言われて1匹の血抜きとモツ抜きを任された。それを『武士』と『博士』のアドバイス通りこなしたところブライ基準でも及第点は貰えたらしい。

 微妙に笑っているようであまり笑っていない目だった。

 

(商売道具をあっさり盗まれてはな。良い気はしないだろうさ)

(これだから《紋章(チート)》は……とか思ってそう)

(残念でもなく当然では)

 

 『見て盗め』という言葉を文字通り実行できるのだから《仮想人格換装(ペルソナチェンジ)》は大概インチキだ。尤も技術の教導も契約の内なのだし、遠慮するつもりは全くないが。

 常太郎がまず血とモツを取り除き、ブライが後の細かい下処理を引き継ぐ。そうしてお互いに協力しながら中々の速度で解体処理をこなしていく。

 

「こら思うた以上に早く始末できそうで嬉しい誤算ですわ。毛皮はまだしも肉は鮮度が命やさかいな」

 

 覚えがいいといっても所詮付け焼刃の常太郎の3倍は手際よく解体を進めていくブライが嬉しそうに言う。お世辞かとも想ったがそういう訳ではないようだ。当初の想定よりずっと作業の進みが早いらしい。

 

「それとこの臭いを嫌がらへんのもお見事ですわ。熟練(ベテラン)でも嫌がる奴ぁとことん嫌がりますさかいなぁ」

 

 ニカリと褒めるように笑い、ブライはそう言った。

 川に流しているとはいえ大量に血とハラワタがぶちまけられたベースキャンプは凄まじい悪臭で満ちている。胸が悪くなるような血の臭いと、湿った野犬のような獣臭さ。ハラワタを取り除く時にうっかり中身をぶちまければ、喉の奥から吐き気を催す粘りを帯びた悪臭が鼻腔に叩きつけられる。

 屠殺現場とは中々の地獄だ。

 

(まあ《生態兵装》で嗅覚を麻痺させてるんだけどな)

 

 とはいえちょっとしたズルをした上でのこと。若干後ろめたいが、能力の有効活用ということで見逃してほしい。

 そんなこんなで働くこと数時間。解体作業に一区切りが付いたところで。

 ぎゅるるる……。

 盛大に音が鳴った。腹の虫だ。無論、常太郎の。《生態兵装》はとにかく燃費が悪いのだ。

 

「なっはっはっ! 大分働きましたからなぁ。そろそろメシにしましょか」

 

 派手に空腹を告げる音を聞いたブライは笑いながら額の汗を拭い、丁寧に川辺で手を洗って血と汚れを落としていく。それから解体作業の合間にちょいちょい様子を見ていた鍋の蓋を開いた。

 途端、ぶわりと熱気が。それに強い香ばしい匂いが広がっていく。常太郎の記憶で近いモノを辿れば鶏ガラスープが自慢のラーメン屋の暖簾を潜ったあの瞬間に似ていた。

 ぐらぐらと泡が立つ鍋の中で、折られ砕かれた真っ白な骨が踊っている。その割れ目から溶け出す白い(アク)がこの香ばしい匂いの源だ。

 ジャッカロープの骨を焚火で軽く焙ってから荒く叩き割り、骨髄の旨味を煮出して作る骨髄スープだ。2人が働いている間にじっくりと炊き続けただけはあり、既にスープに滋養と旨味がたっぷりと溶けだしている。

 

「へへっ。エエ感じに煮立っとるわ。後は仕上げやな!」

 

 そう言ってそれまで鍋の脇に置いていた2種類の食材を投下する。

 1つは精肉の過程で大量に出た肉の端切れ。個々の肉片は小さいが、2人分の胃袋を満たすには十分な量だ。

 もう1つはベースキャンプ付近で自生していた香草(ハーブ)

 湯気にはむわりとした野趣の強い獣の匂いが混ざり、鼻の奥をつんと刺す。だがそこに枝ごと切り取った香草を投げ込むと、獣臭さが収まっていく。むしろ腹が鳴るような芳ばしさに変わった。

 適当にそれらしく名付けるなら『発条脚兎(ジャッカロープ)の肉と骨髄スープ、香草を添えて』といった感じだろうか。

 

「こんな所で拵えてるのに普通に美味そう……!?」

 

 ロクな設備もない草原だというのに、胃袋を刺激してやまない食欲をそそる香りが鍋から沸き立っている。

 自身とは比較するのもおこがましい野外調理スキルに常太郎は脱帽するしかない。大量の食事(カロリー)が必要な常太郎にとって調理系スキルは割と切実に必要な技能なのだ。

 

「そう褒められれば悪い気はせんですな! 実際美味い、こりゃ美味い。ワッハッハ!」

 

 働きっぱなしで乾いた口内をジュワリと溢れ出る涎が潤していく。

 少なくとも常太郎が量産したマズ肉焼きよりは100倍上等だろう。解体屋ブライ、戦えない冒険者を自称するが戦う以外のスキルがあまりにも充実しまくっていた。超欲しい。常太郎は改めてそう思った。

 

「ほい、どーぞ。足りなきゃ言ってくれれば肉を追加しますんで」

 

 端切れ肉たっぷりのスープをなみなみと取り分けられた大きめの木の椀を差し出され、受け取る。視線を椀へ落とすと小さく真っ白な肉が幾つも幾つも踊っていた。

 もう辛抱が溜まらない。たっぷりと肉片の入ったスープを匙に掬い、ゆっくりと口にした。

 

「――――」

 

 スープに馴染む強い旨味と塩気が舌をガツンと殴りつけてくる。塩と髄。ただそれだけの組み合わせが至福の味わいだった。 匙で掬った繊維質の肉を噛み締めれば口の中で柔らかくホロホロ溶けて、ゆっくり飲み込めば快い熱が臓腑へ滴り落ちていく。身体に沁み込んでいく優しい味に心がホッとした。

 普段は極力節約して野菜くずと雑穀多めの麦粥で済ませていたから舌の喜びもひとしおだ。

 

「……美味(グッジョブ)

 

 ブライへ向けて親指を立ててのサムズアップ。素晴らしい仕事への称賛を済ませた後は、もうひたすら匙で肉とスープを掻きこむことに夢中だった。

 とりあえず1杯掻きこみ、続けて2杯目のお代わりを注ごうとしたところでブライに止められた。

 

「まぁまぁまぁ、お待ちなはれ。肉ならナンボでもありまっけど、スープは飲み干してしもたらそれっきりですさかいな。追加した肉に火ぃ通るまで、ちぃと待っといておくんなはれ」

 

 幾らでもある端切れ肉より確かに骨髄からじっくり旨味を煮出したスープの方が用意に手間がかかるだろう。

 理解した常太郎は椀を持つ手を下げたが、若干テンションが下がってしょんぼりした。

 

「そんな顔をせんといてください、気ぃ抜けてまいますわ。アサギはんはほんま普段と戦う時とで別人ですなぁ」

 

 苦笑とともに差し出されたのは焼き鳥めいた1本の長い串だった。砕いた岩塩の粒を擦り込まれた同じ形の小さな肉片が幾つも纏めて串刺しにされ、焚火に焙られたもの。脂の滴る肉が食欲のそそる匂いを振り撒いている。

 スープに投入した肉の端切れとも違うその正体は。

 

「ジャッカロープの耳焼きでっせ。意外な珍味やと評判なんやわ! いやぁ、ほんま酒あらへんのが残念でしゃあないわ……」

 

 なんとウサ耳である。沖縄のミミガーと似たようなものか。

 体毛を削がれ焙られたジャッカロープの耳の見かけは小さく平べったい焼き煎餅に似ていた。

 

「……耳?」

「耳。食わず嫌いはせずまあ一口。味は保証しまっせ」

 

 物珍しさにしげしげと眺め……やがて思い切って串焼きに齧り付く。途端に紙のように薄い軟骨がパリッと砕け、ゼラチンと脂が舌に甘く纏わりついた。パリパリとした感触に飽きて付け根の肉をしゃぶると地鶏の腿肉のような濃厚な旨味がジンワリと舌の上に滲んだ。

 

「……意外とイケる」

「せやろ? 中々ジャッカロープに手を出す冒険者がおらんせいで街では食えんのがちょいと残念やわ」

 

 量は物足りないが、口寂しさを紛らわせるには十分すぎる。

 もぐもぐと口内の耳焼きをしゃぶるように味わいながら、常太郎は追加の端切れ肉が炊きあがるのを待った。

 こうして食事時は和やかに進んでいく……。

 

 ◆

 

 日が高く昇った中天。

 充実した食事を終え、残った解体作業も腹が満ちて力の入った2人があっという間にやっつけた。

 

「よぉし、帰りますか!」

 

 意気揚々とブライが宣言し、2人は文字通り積み上げるほどの戦果を背にしてコロニエ・ノワテッラへの帰路に就いた。

 モツやその他諸々の余分を抜いて軽くしたとはいえ28匹……いや、往路の3匹を加えて31匹分のジャッカロープから採った猟果だ。元から持ちこんだ機材と合わせて重量は優に100キロを超えようか。

 流石に幾らかは自身が引き受けると提案した常太郎だったが。

 

「予想以上の稼ぎやでぇ……! このペースなら5倍……いや、上手いこと回せたら10倍だって稼いだるわ!」

 

 ゲヘヘと欲の皮を突っ張らせた顔で胸算用するブライは多少重たげに背負子を背負いながらも元気いっぱいだった。

 やはりというか1日、1人当たりの稼ぎとしては破格のようだ。もっとたくさんの猟果を得るパーティもいるらしいが、大体は大人数のマンパワー頼みなので1人当たりの稼ぎは減るという。解体屋への報酬も相対的に減るというから中々に厳しい現実だ。

 そう考えるとブライの目に金貨が埋まっているように見えるのもまあ分かる。

 ただし銀級(シルバー)以上の腕利きで組んだパーティは狙う獲物が高級志向へシフトし、稼ぎの桁が違うことになるらしいが。

 

「どないでっか!? アサギはんも、もっと大物狩る予定ありまっか? 今日の調子やったら、アサギはんも物足りんのとちゃいます?」

 

 怪し気な銭ゲバオーラ浮かべたブライにそう話を持ち掛けられるが、苦笑を浮かべた常太郎は手を振って断る。

 この世界の“大物”は極めて物理的にデカくて危険なのだ。迂闊に頷いてはどんな代物をけしかけられるか分かったものではない。

 

「いきなり大物はちょっと……。もう少し段階を踏んでいきたいところですね」

「……ふむ、慎重派でっか。そらエエことですわ。ほな、今よりもうちぃとリスク高めやけど、そのぶん割のええ獲物を見繕うっちゅう線ではどないです? もちろん、決定権はアサギはんのもんですけどな」

 

 ひと呼吸ほどの間を空けて出してきた提案は堅実で妥当なものだった。

 構わないと頷こうとした時――常太郎の少し前を歩いていたブライの足が止まった。

 

「アレは――」

 

 視線の先には街道を横切る十数頭もの群れ。巨大な牛を彷彿とさせる巨影(シルエット)だ。

 その圧倒的な大きさに反して、影の動きは驚くほどのんびりしていた。

 太い脚は一本一本が杭のようで、地を踏みしめるたびに大地がわずかに軋む。角を傾けたまま草を噛みちぎり、尾を振るだけで虫を追い払いながら群れはゆったりとした歩調で淡々と進んでいく。

 

「……うげっ。《鋼角猛牛(ギガスオーロック)》の群れやないかい。ちぃと足止めされまっせ。ご勘弁を」

 

 ブライがやため息を吐いてやむなしとばかりにそう言った。

 ()()2メートルを優に超える巨牛。見上げる程の高さにある頭部もそうだが、横幅と奥行きを見ればさらに大きい。約3トンに近い巨体はキャンピングカーと衝突してもケロリとしていそうだ。

 大型トラック級のアラケネ・マドゥルガよりは控えめなサイズだが、ギガスオーロックは群れだ。

 街道を行き交う人間など、彼らにとっては石ころと同じなのだろう。こちらを視界に捉えているはずだが、気に留めた様子はない。

 

「ここらじゃ敵なしの魔獣ですわ。無闇に刺激せぇへんかったらまず安全やねんけど……ワイら人間のことなんぞ、ちぃーっとも気に留めとらんさかい、しょっちゅう街道を横切って通せんぼしよるんが玉に瑕っちゅうか、困った奴らでしてな」

 

 足止めされている間の時間潰しか、ブライが眼前のギガスオーロックについて話を振ってくる。

 

「追い払ったり、狩ったりはしないんですか?」

「狩ろ思たら狩れんことはあらしまへんで? 十数人で徒党組んで、小さい群れの中でも弱い個体狙うて、山ほど《投槍器(アトラトル)》撃ち込んだら、まずまずの確率で仕留められますわ。――まぁ、上手いこと立ち回らんと、あの角でハラワタ掻き出されてまうんやが」

 

 最大の特徴である金属めいた輝きを宿す巨大な双角を示しながら話を続ける。

 

「肉に毛皮に角。権威付けの剥製にまで使える、捨てるとこなしのエエ獲物なんやけどな……大人数で群れを狙う以上、乱戦になって“事故”が起きやすいんですわ。報酬も頭割りにすると中々シブぅなりますし」

 

 なるほどと感心して頷いていたのだが、その時不意に()()()()()()()()。文字通りの意味で。

 ギガスオーロックから常太郎達へと草原をそよがせていた風の流れが逆転する。常太郎の鼻腔に獣臭に代わって少し青臭い草の香りが届いた。

 

「――ブォォオオオ……ッ!」

 

 不意に、群れを構成する1頭のギガスオーロックが雄叫びを挙げる。その尾はピンと逆立ち、首は激しく左右に振られている。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……。うん? 俺?」

 

 荒ぶる巨牛の視線が()()()へ向いたのは、果たして気のせいだったろうか。

 危機感が薄いまま首を傾げる常太郎を他所に、ブライの顔に俄かに緊張が走った。

 

「マズい。よう分からんが苛立っとる。もーちょっと距離を――」

 

 そう言って手振りで下がるようにブライが指示を出すが、遅い。

 視線が常太郎達を捉え、金属的な質感の双角が向けられる。ガッガッと巨大な蹄が草原を荒く踏み躙り、不意にその右肩が“沈む”。前傾姿勢をとって重心が傾いたのだ。

 

「横に走って逃げぇっ! 絶対に正面には立ったらあかんぞ!」

 

 長年の経験と観察眼で突撃を示す初動を見て取ったブライが血相を変えた。

 

「ウ”モ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォ”ォ”ォ”――――!!」

 

 総重量1トンに迫る《鋼角猛牛(ギガスオーロック)》が、驀進するダンプカーさながらの勢いで常太郎目掛けて突撃を敢行した。




 参考にキャンプ飯の動画を見まくってたら大分長文になりました、すみません…。
 ちなみにウサ耳焼きは動画で仕入れた実在する料理ネタです。
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