暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
――気に入らない
1頭の歳若いギガスオーロックは朝から苛立っていた。
朝露に濡れた草を食みながらのんびりと草原を歩くいつもの日常に、時折“異物”が紛れ込むのだ。
大気を引き裂くパンパンと甲高い音がどこからともなく響く。いつもの草原の空気を破り、踏み躙る。
音が響いても何が起きるという訳ではない。
だが苛立つ。
他の
さらに音だけではなく鼻を突き刺す嫌な
……土の匂い。草の匂い。仲間達の匂い。馴染んだ、草原の匂いに奇妙なニオイが混じる。
焦げ臭いような匂い。焼けた木とは違う。雷が落ちた後の匂いに似ている。けれどもっと乾いていて、吸い込むと奇妙な苦さが舌に残る。
草ではない。血でもない。獣の匂いでもない。嗅ぎ慣れた匂いのどれにも当てはまらない。鼻に残り、喉に鉄の味を運んでくるそれ。
嫌だ。
危ない。
直感が歳若いギガスオーロックに危険を告げていた。
鼻を震わせ蹄で地を掻き、その日はずっと落ち着かないままでいたが――たまたまニンゲンの作る“線”を横切っている時にその発生源を見つけた。
ニンゲンのオスが背負った黒くて長い棒から一等強く漂ってくる。
これまで遠くから風に乗って届いた微かなものではない。身体に染みついた、焦げ臭く苦そうなニオイがたまたまの風に吹かれて鼻に届いた。
故に
血気盛んな若牛である。群れへの忠誠心も強い。身体を張る覚悟も、
「ウ゛モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛――――!!」
脅威の排除に動くのは、至極当然の理だった。
不足しているのは、経験と思慮だった。
◆
爆走するダンプカーさながらの勢いで突っ込むギガスオーロックを見た『武士』は即断した。
(代われ、常太郎)
(了解)
応答は短く、切り替えは素早く。瞬時に肉体を掌握した『武士』は即座に背負った軍用ライフルを構えた。
(この豆鉄砲じゃ効かんだろうが――)
所詮対人想定の軍用ライフルでは己目掛けて驀進する
装弾数30発の1マガジンを2秒で使い切り、その全てが突撃するギガスオーロックの頭部へ向けて撃ち込まれ――
(正面から食らって無傷かよっ!?)
(いや、流石に肉が削がれてはいるぞ?)
牛の額骨は同種とのぶつかり合いに備えて極端に分厚く、傾斜まで付いている。正面からライフル弾を撃ちこんでも硬い骨に阻まれた挙句に外へ向かって弾丸が逸らされてしまうのだ。
結果として猛る若牛から鮮血と激怒を引き出し、激烈な敵意を『武士』
「ウ゛モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛――――!!」
「ふっ――!?」
大地を踏み鳴らし蹂躙するギガスオーロックの突撃を『武士』はほとんどバッタじみた跳躍力で横っ飛びに躱した。
人間離れした身体能力で危なげなく回避。とはいえこれが普通の冒険者なら全身を無残に踏み砕かれ、血肉と糞の詰まった皮袋に変えられていたことだろう。
「アホぉっ!? 手ぇ出しとる暇あったらはよ逃げんかい!! 死ぬで!?」
『武士』とは反対側の方向へ逃げたブライが怒鳴る。取り繕った口調も投げ捨てた本気で焦った口調だ。ブライが言っていた通り、ギガスオーロックは基本的に1人で狩る魔獣ではないのだ。
余裕のないその顔を見て『武士』は逆に苦笑を漏らした。
(そうもいかんだろうよ。
当たり前の話だ。なにせブライは重量100キロ超の背負子を背負ったままなのだから。
実のところギガスオーロックの襲撃を凌ぐだけなら常太郎でもなんとかなる。だが背負子を背負って逃げるブライも守るとなれば常太郎の手に余ると『武士』は判断した。
(常太郎)
(なんだ?)
(
方針の決定は主人格の役割である。故に武士は問う。
言い換えれば今の『武士』にはそれを確認するだけの余裕があった。そしてその余裕は常太郎にも伝わる。
(ふむ……)
一方常太郎は『武士』の知覚を通じて周囲を確認。他のギガスオーロックは若牛の激昂に危険を感じ取ったのか、既にこの場を離れている。横殴りされる危険性は低い。
一方、眼前の怒り狂ったギガスオーロックは完全にこちらをロックオンしており、逃がすつもりは欠片もなさそうだ。しきりに蹄で大地を掻き、力を溜めていると一目で分かる。
戦闘は不可避。であるならば――。
(『武士』)
(ああ)
(――討伐で。ただし派手に、分かりやすく、迅速に)
視界の隅で逃げずに怒鳴り続けるブライを見てそう決断する。
こちらの手の内をある程度ブライへ曝すのも悪くはない。それにギガスオーロックの注意をブライへ向けないようにしておく必要があるのだし。
(
常太郎の決断とともに『武士』もまたオーダーに沿った判断を下す。
「《
フリッカー融合閾値、300 Hz超過。時間分解能をオーバークロック。
聴覚定位の左右位相差補正を完了。音源探知能力を高精度化。
交感神経を優位に。心拍数増大、血流加速を確認。
脾臓収縮による赤血球過剰放出。血液中の一時的な酸素輸送能力を上昇。
全身筋群へ酸素供給を最大化。身体能力をフルスロットルへ。
「『
全身の激痛に次ぐ《
常太郎の散大した瞳孔が映す視界にあるもの全てがスローモーションで動いていた。
左右の耳は捉える音の時間差だけでブライの位置を正確に特定。視覚に依らない
加速する血流によって
『博士』とともに人体という小宇宙を紐解きながら構築した、現状可能なフルスペック臨戦モードだ。当然ながら全身を走る激痛に耐え抜く『武士』にしか扱えない。
「これは要らんな」
ひょいと、構えていたライフルを放り捨てる。ギガスオーロック相手では豆鉄砲だ。
完全に人間離れした身体能力を発揮する今の『武士』ならより重く、扱いにくく、反動も甚大だが大威力の銃火器を生身で使用できる。
「デカブツに通用するとなると――アレがいいか」
故に生み出すのは――大口径ロングバレルの
重量約15キロ。全長1.5メートル近い大長物。普通なら三脚を付けての伏射が基本。アサルトライフルのように立射で撃とうとすれば反動で肩の骨にヒビが入る。使い勝手は極悪だ。
だがその分威力は凄まじい。
急所に当たればヒグマを倒す
こんなものを生物に撃ち込めばはたして
「――試し撃ちといくか」
ギガスオーロック、再びの突撃を敢行。
地響きとともに迫る大質量に、『武士』は微塵も怯むことなく
瞬間、
そう錯覚するほどの反動、轟音、衝撃が身体の中で炸裂する。
その全てを強化した肉体で強引に抑え込み、精密正確に打ち込んだ弾丸はギガスオーロックの額へ吸い込まれ――頭部の1/3が崩れた豆腐のように吹き飛んだ。
頭部を貫く衝撃にたたらを踏み、巨躯をぐらりと揺るがせるギガスオーロック。
「なんじゃそりゃ――っ!?」
外野のブライが驚倒する絶叫が聞こえる。
片目が吹き飛び、ピンク色の脳味噌を露出させたギガスオーロックは誰の目から見ても明らかな致命傷を負っていた。
これで終わり――と、そうは問屋が卸さない。
「――――ウ゛モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッッ!!」
ギガスオーロック、致命傷を負ってなお突撃を続行。
その間はいわば無敵モード。あるいはゾンビか。なにせ数十秒後には死ぬのだから傷も痛みも気にせず滅茶苦茶に暴れ回る。手負いの獣ほど怖いものはないとは、まさにこれを指す。
「どこに矛先が向くか分からんな……仕方ない」
むしろ危険度を増した猛牛の悪足掻きに『武士』がボヤく。猛り狂う若牛は敵味方の区別すらなく目に付いたモノに片っ端から襲い掛かるだろう。
「ちょっ、おいっ!? モタモタせんとはよ逃げぇや!! 放っといてもすぐ死ぬやろがい!!?」
ブライの血相を変えた忠告を聞き流しながら恐ろしい勢いで双角を突きこむ猛牛の正面に立ち続ける。
惨劇を予感したブライが思わず目を背けかけた。
「ウ゛モ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッッ!!」
絶対に避け切れない距離に入ったその時、ギガスオーロックは断末魔の悲鳴とも勝利宣言ともつかない雄叫びを挙げた。
そして『武士』は――
重量15キロ、全長1.5メートルの
「~~~~~~~~~ッッッ!?!!?!?!?」
頑強極まりない鋼鉄の塊がグニャグニャにへし曲がるのと引き換えにギガスオーロックの巨躯が
ただでさえ人間離れした身体能力に、《
ギガスオーロックの巨体を突き抜ける物理的・精神的衝撃はどれほどのものだったか。横倒しになり、立ち上がろうとして立ち上がれない様で多少は察することができるだろう。
「終わりだ」
再びの反動、轟音、衝撃。
『武士』が再度生み出した二本目のアンチマテリアルライフルを構え、淡々とした宣言とともに引き金を引いたことでギガスオーロックの躍動するほど満ちていた生命力は絶たれた。
さしもの猛牛も頭部が原型を留めないレベルで破壊されてまで暴れ回ることはできなかったのだ。
「……脅威の排除を完了。警戒態勢をワンランク落とすぞ」
(ああ。見た感じお代わりはなさそうだ。お疲れ様、『武士』)
残心。ギガスオーロックを仕留めてなお油断なく警戒を続ける。
今のところ脅威はない、と周囲を見渡すと丁度ブライが近づいてくるところだった。
「うっひゃー!? まさかまさかとは思うてましたけど……まさかホンマに仕留めてまうとは夢にも思いまへんでしたわ!?」
そう言って小走りに駆けてくるブライの顔は驚愕と呆れの色が強い。
まさかここまで。そんな本音が顔に浮かんでいた。
そして近寄ってギガスオーロックの死骸を一瞥するとさらなる驚きの色が走る。
「うおっ……!? ギガスオーロックの頭がこんなけったいな傷を――いや、なにはともあれアサギはんが無事でなによりや! ソロであっさりギガスオーロックをぶち殺したなんぞこりゃあドえらい箔が付きまっせ!」
ギガスオーロックを二発で撃ち殺す見慣れぬ武器に、正体不明の《紋章》。
自分よりもはるかに強く得体の知れない化け物を前に、冷や汗を垂らしながらも笑ってそう気遣い労ったブライは流石の度胸だった。並みの冒険者なら腰が引けるところをむしろ好機とばかりに持ち上げて褒め倒す。
(世渡り上手もここまで徹底すれば一流だな)
(だろ?)
『武士』が思わず感心する度胸に何故か常太郎が得意げに相槌を打った。
「……しっかし惜しいこっちゃ。もうちぃと街に近かったらなぁ」
「というと?」
「傷は頭だけで毛皮は上物。肉もぎょうさん取れるし、この1頭で50万オーラムは堅いやろな。せやけど……流石にこの場で捌いて街まで持って帰るっちゅうんは――な?」
「…………」
分かるだろうとばかりに苦笑し、この巨大な獲物を打ち捨てていくしかないと嘆くブライに、『武士』と常太郎は沈黙を返した。
(どうする、常太郎?)
(……んー。
(お前が必要と判断するなら、俺はそれを遂行するだけだ)
(なら決まりだ。精々ビックリさせてやろうぜ)
精神世界で悪戯小僧じみた笑顔を浮かべる常太郎の言葉通り、この日の
◆
開拓前線都市コロニエ・ノワテッラは野蛮人の聖地である。
故にその大通りを歩く者達も気の荒い冒険者ばかり。道を譲った、譲らないだの肩がぶつかっただのつまらない揉め事の絶えない大通りの人混みが……
それは城門を潜ってから冒険者ギルドに辿り着くまで続いた。
「「「「「「「――――――――…………」」」」」」」
そしてギルドの前についてもまだ無言だった。 しわぶき一つ立てることなく誰もが息を潜めていた。
それはブライによって受付から外へと引っ張り出されたフィオナが困惑の声を上げるまで続いた。
「ちょっ、ブライさん? なんでわざわざ外にま、で――?」
「まあまあ百聞は一見に如かずって言いますやろ? 見りゃあ分かります。うん、誰でも」
案の定と言うべきか、それを目にしたフィオナがフリーズする。
モツを抜いて多少目方が軽くなったとはいえ2トンを優に超える巨体を、身長170センチそこそこの人間が肩に担いでいるのだ。控えめに言ってかなりイカレた光景だった。
体勢的にはファイヤーマンズキャリーと呼ばれるものに近いが、なにせ担ぐモノが
「――帰り道で仕留めたせいで下処理がまだでしてな。ギルドの解体処理班の方でなんとかしてほしいんやけど……」
冒険者自身が獲物を解体するのが基本だが、ギルドにも解体や検品、値段交渉を担当する部署はある。そこを頼りたいとブライは言うが……。
「フィオナはん? おーい、聞こえとりますかー?」
「…………。……???」
ブライの声も耳に入らない様子で完全にフリーズしたフィオナはさっきからしきりにはてなマークを浮かべていた。
ギガスオーロックそのものは戦果として珍しいものではないが、流石に目の前の光景は常識の外だった。普通はバラバラに解体され、荷馬車で運ばれてくるものだ。
目の前の光景を現実だと処理するために十数秒を必要とし――、
「――! ギ、ギガスオーロックの解体ですね。承知しました! ここではなく裏の搬入口へ運んで――」
ハッと我に帰った。
そして気付く。ギガスオーロックを担ぐ男の正体に。
「――え、アサギ様? まさかこれはアサギ様が……?」
「どーも。向こうから突っかかってきたのでやむなく――」
呑気な会話を交わす男の名前が群衆に周知されていく。
アサギ。
聞き慣れない異国の響きが、盛んに呟かれる。遠慮のない不躾な視線も時間とともに数を増していった。
(常太郎、目立ちすぎではないか……?)
(分かる。でも
(まあな)
(ならいっそのこと思いっきり派手にぶちかました方があのチンピラの時みたいな揉め事が避けられると思ったんだが……マズかったかな?)
今更ながらに不安そうに問いかける主人格へ、武士は少し考えてから首を振った。
(いや、示威行為による威圧は有効だ。反対するほどの理由はない)
ただ少しばかり派手すぎるのでは、と武士は思ったが感情の機微に疎い自覚はあるので黙っていた。
一方交渉担当のブライとフィオナは丁々発止とやり合っていた。
「頭部を割って仕留めたんで身体は無傷。美品でっせ。検品はしっかり頼んますわ!」
「頭部を!? どうやって――いえ、ともかく解体です! そこの人、解体班の班長さん呼んできて! 大急ぎ!」
ギガスオーロックを仕留めるなら比較的柔い腹を狙って何十本も投槍を撃ち込むのが常道だ。だがその分毛皮に傷が付いて値段が落ちる。
ただの毛皮ではなく完璧な美品ともなれば声を張り上げて急かすだけの価値があった。
「ニヒヒ、値段交渉は楽しみにしてまっせぇ!」
見るからに欲の皮を突っ張らせた笑みを浮かべるブライだが、頑張れば頑張るだけ稼ぎに直結するので存分にやってほしい。顔を引き攣らせたフィオナが少しばかり気の毒だったが、常太郎は見ないふりをした。
かくして、この日を境に開拓前線都市で冒険者、アサギの名前が急速に広まっていくこととなる――。