暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
第二十九話を元に七割くらい追記修正したエピローグです。
そういえば私、恋愛描写は苦手だった…と、悩んでいるときに別ルートを試してみたら意外とスルスル書けたので投稿します。
なおフィオナのキャラはこれまでより『優しいお姉さん』属性マシマシになっております。第十四話も改稿するかも。
青空の下、ただやることもなくのんびりと街を歩く。こんな時間は久しぶりだなと、元社畜は思った。
――1日で約40万オーラム。それがあの日、常太郎達が稼いだ金である。
ブライと
最後まで
ともかく中々の金額だ。宿の滞在費に食費と諸々の生活費からざっくり計算すると、確かに大分余裕をもって生活ができる。
「月に1度働けばあとは悠々自適の異世界生活……夢のスローライフを実現したな」
(転職成功だな……とでも言えばいいのか?)
「脱・社畜は夢に見てたけど、まさか死んでからようやく夢が叶うとは思わなかった」
『武士』とシニカルに笑い合う。カスタマイズした
とはいえある意味ブラック具合は地球にいた頃より上がっているかもしれない。
(タイムリミットが何時になるのか分からんクレアトールの依頼がなければな)
「……いくら何でも年単位で猶予はあるだろ。まともに探し物をするにはブロセリアンドは広すぎる」
なにせ国を複数飲み込んで余りあるという大樹海だ。武士の指摘をなんとか受け流しつつ、街を歩く。
今日は流石に
流石に武装は担いでいないが、その気になればいつでも手元に生み出せる。
(……いつもより人通りが多い気がするな)
「そうか? こんなもんだろ?」
コロニエ・ノワテッラは広い。おまけに第三層は最も広く、最も整理されていない、混沌とした街並みだ。
発展途上国の路地裏を歩いているような物珍しさと危なっかしさを感じる場所だが、いつもよりいきかう人の数が多い。
(それでどこに向かっている?)
「いや、別に目的地がある訳でもないんだが――って、あ……」
(ギルドか。何か用でもあったか?)
『武士』と小声で雑談を交わしながら適当に足を動かしていると、気が付いた時には冒険者ギルドに辿り着いていた。意識してのことではない。特に目的地がある訳ではないが気晴らしに歩いていたら無意識の内に知っている場所へ足を向けるアレだ。
「……まあ、宿に戻ってもやることはないしなぁ」
元社畜のはしくれとして
「この時間帯ってこんなに人が少ないんだな」
(いつもはもっと混んでいるからな)
初日の猥雑なまでに精力的だった空気はなく、人も少ないガランとした雰囲気だ。
依頼票が掲示板に貼り付けられる朝の喧騒が過ぎ、大半が既に稼ぎに出た時間帯。人が捌けてまばらにしかいないのも当然と言えた。
なんとはなしに掲示板の前に移動し、依頼票を眺める。
水上交易都市までへの護衛、樹海浅層で採れるキノコの採取、下水道に巣食う大鼠と巨大ゴキブリの排除などなど。
人が捌けても残ってるだけあって報酬はしょっぱそうな依頼ばかりだが、ここに来たばかりの常太郎の目には新鮮に映る。
「…………」
思わず依頼票を1枚ずつじっくり読み込んでしまった。日常的に情報洪水を浴びていた現代生活から環境ごと一変し、活字情報に飢え気味だったのもある。
「もしもし……もしもし? あの、よろしいですか?」
「おっと?」
少し抑えた、落ち着きのある声で呼びかけられ、振り向く。そこには。
「……フィオナさん?」
既に馴染みとなった感のある受付嬢の姿があった。
「何か用でも?」
「どちらかというとそれはこっちが聞きたくてですね……依頼を受けるにしてもずいぶん長く眺めていたので。私の上司から話を聞いてこいと」
「言われましたか」
「はい」
困った顔で受付奥の職員スペースへ軽く手のひらを向けたフィオナになるほどと頷きを返す。
隠す理由もないので口を開くが、すぐに言葉に詰まった。
「まあ、そう大した話でもなくて。今日はオフなので依頼を受けるつもりはないんですが……やることがなくて」
自分で言ってて相当に寂しい発言だなと思う。無趣味のボッチそのものだ。
(いやでも冷静に考えれば『武士』と『博士』がいるしな――)
(『
(流石にこう……僕らを友達にカウントするのは違くない? パーソナルスペースバグってるタイプ?)
一瞬思い直したがその思い上がりは当の仮想人格達のコメントで叩き潰されて終わった。常太郎は心の中でこっそり泣いた。
仮想人格達の舌鋒のキレ味が良すぎたが、常太郎の拗らせボッチ気質も大概なので判定が難しい。
「……なるほど? でもそれなら賭場や歓楽街の方に行けばそれなりに楽しめると思いますけど?」
「おお……やっぱりそういうところもあるんだ」
だいたいどんな時代のどんな地域にもある普遍的な娯楽だが、現代っ子の常太郎にはあまり馴染みがない。唯一抵抗のない酒はまあ気の合う友人がいるなら嫌いではない。が、今は飲みに行く相手がいない。
残り2つ(特に後者)は正直興味がある。あるが、怖い。二律背反である。よって選ばれるのは『前進』でも『後退』でもなく『保留』という消極的選択だ。
それに下手に遊び慣れてもいない男が1人悪所へ行っても膨らんだ財布を空っぽにする未来がありありと想像できる。
「真っ昼間からそういうのはちょっと……」
「なんというか……本当に冒険者らしくないんですねぇ」
ほえ〜と珍しいものを見る目を向けるフィオナ。
倫理観の高さを褒められているのか、珍種の生態についてコメントされているのかいまいち分からない嘆声だった。
「でも無理はダメですよ? 独りで遠い異国からやってきて、たくさんの魔獣を倒して、変な視線が向けられて、お休みの日に息抜きもできないなんて――
案じるように眉を寄せて見つめるフィオナの暖かな眼差しがジワリと常太郎の心に沁みた。地球では生ぬるい同情を送る同僚はいれども、まともに心配してくれる良識人はいなかったのだ。
しかし本当に負担は感じていないのだ。取り越し苦労だと伝えるために口を開いた。
「いや、本当に大丈夫で――…………?」
言いかけて、気付く。
(言われてみればそうだな。いくらなんでもここまで何も感じないのはおかしくないか?)
異世界転移からの生死を賭けた大冒険!
聞こえはいい。聞こえだけは。実態は常識レベルで異質な見知らぬ場所で、独り頼るアテもなくサバイバル。割と頻繁に命の危険付き。普通は精神が病んでもおかしくない。
現代で戦場へ赴く状況と比較しても同じ部隊の仲間がいてバックアップがある分普通の戦場の方がまだマシまである。そんな状況で何も感じない?
(…………『武士』。ちょっと《仮想人格換装》と《生態兵装》をオフにするぞ)
(了解)
常太郎の精神に干渉しているとしたらその2つだ。戦闘人格として常時警戒中の『武士』に一言断ってから常時発動している《紋章》を切った。
この考え無しな行動から分かるように、常太郎は常人が異世界で受ける
「…………」
解除後、数秒。何もない。
取り越し苦労だったかとホッと一息――怒涛のように身体に異変が訪れた。
「――――!?」
最初は小さな違和感だった。妙に喉の乾きを覚えた。心臓が早鐘を打ち始める。掌が異様に
その理由を考える間もなく次の波が押し寄せる。
血の流れる音が嫌に大きく耳に木霊した。何も変わっていないはずの空間が急に遠く見えたり近づいたり。胃の奥がぎゅっと縮む。吐き気がせり上がり、背筋を冷たい汗が伝った。
脳裏を過ぎるフラッシュバック。
薄暗い樹海で背後から迫る大蜘蛛が凶悪な牙を打ち鳴らすカチカチという音。手に残る衝撃と轟音とともに弾丸をぶっ放す快感と虚脱感。血の匂い、苦痛を告げる絶叫、その手に握る鋼の塊が発する熱。
「~~~~ッッッ!」
そのまま突如巻き起こった過去の走馬灯に思考が飲み込まれかけるが、
「――あの。大丈夫ですか? さっきから顔色が……その、すごいことに」
本気で心配している様子のフィオナに恐る恐る声をかけられ、意識の焦点が過去から現在に切り替わる。
無意識の内に視線をフィオナに向ける。それ以上は荒れ狂う感情の嵐に何もできず、ただ息を荒げるだけ。
「――!?」
合った視線に何を見たか、フィオナが息を呑み迷うように数秒手を出しかけては彷徨わせ。
「――よし、よし」
ポンポンと、子どもにするように背伸びをしたフィオナが常太郎の頭を撫でた。目にした者が自然と落ち着きを取り戻すような
「大丈夫ですよ、大丈夫」
フィオナは二度、三度と“大丈夫”を繰り返す。
その言葉に根拠はなく、《紋章》のような特異な力は籠っていない。
だがフィオナがかける暖かな
それをキッカケに常太郎は再び《紋章》をオンに入れる。すると不自然なまでに心が平静に傾き、感情の嵐が凪いだ。
「ふ、ぅ……ッ! はぁぁぁぁぁ――――!」
大きく息を吐いて、深呼吸。
一歩も動いていないというのに額にびっしょりと汗が浮かんでいた。精神的なストレスが肉体にも過負荷をかけた結果だ。
そのまましばらく呼吸を整える。感情の流れが嵐から凪へとジェットコースター並みに乱高下しすぎた。《紋章》の力で落ち着いたようでけして平静ではない。
(知らず知らずのうちに大分無理をしてたのか……)
思った以上にストレスを《紋章》で抑え込んでいたらしい。確かに『武士』にストレスを押し付けたり、《生態兵装》で意図的に平静状態を保つ操作はしていたが、これほどとは。
このまま気付かないままさらに症状が進行していたらと思うと背筋がゾっとした。どこかで《紋章》で抑え込める限界を超えて心が壊れていたかもしれない。
「大丈夫ですか?」
心配そうに上目遣いで常太郎の顔を覗き込むフィオナ。
もう大丈夫だと返そうとして、まだ頭を撫でられていることに気付く。
「あっ、す、すみません。これはつい癖で……失礼しました」
常太郎の視線に気付き、パッと撫でていた手を引っ込める。
「癖?」
「たまに孤児院に顔を出すので子ども達にもよく――すみませんなんでもないです」
口を滑らせたと露骨に視線を逸らすフィオナに思わず常太郎は笑ってしまった。
大の大人を子ども扱いにしたことへの反発を案じているようだが、今しがた感情の嵐から引き揚げてもらった常太郎としては感謝しかない。洒落抜きにとんでもない醜態を見せるところだった。
笑ったことで気分も切り替わり、朗らかにフィオナへ言葉を返す。
「いえ、こっちこそ声をかけてもらって助かりました。ちょっと…………嫌な記憶が思い浮かんで」
「そうだったんですね……」
それで済ませるには常太郎の様子は大分異様だったが、事情があるのだろうとフィオナは口を衝いて出そうな問いかけを噛み殺した。
だから次いで飛び出した言葉は彼女のお節介で優しさだった。
「あのですね? 客観的に見てアサギ様はすごい冒険者です。最近は冒険者も
何とかして元気づけようというのか。両手を振り上げて大袈裟な身振り手振りで常太郎を褒めるフィオナに目を丸くする常太郎。その反応にもめげず真剣な顔で続けたのは、きっと彼女の純粋な善性だ。
「でも頑張ってばかりじゃどんな人だって疲れちゃいます。だから休みの日くらい
自分を大事にする。
社畜には一番縁遠かった言葉に、妙な感慨を常太郎は覚えた。
(そうだよなぁ……もう社畜じゃないんだし
知らず知らず自分で自分の心を縛っていたか。
あるいは自分自身すら
ともかくちょっとばかり周りを見渡して息を吐く。それくらいの余裕を自分に与えたっていいだろう。
さっき《紋章》を切った時に感じたストレスが示すようにこの世界で過ごしていく日々は過酷だが――悪いことばかりでは絶対にないのだから。
「――ありがとうございます、フィオナさん」
だから、お礼を言う。心から、心を込めて。
「あ……」
込めた
「はいっ! 分かってもらえたら良かったですっ!」
そうして2人は少しの間、互いが互いへ笑いかけ……その時間は業を煮やしたフィオナの上司に呼びかけられるまで続いたのだった。
◆
カウンターの向こう側から笑顔のまま手を振るフィオナに手を振り返し、ギルドを出ようとした丁度その時。
「――お! アサギはんやないか、偶然やな!」
「ブライさん……?」
まさにバッタリと言うべきタイミングでブライに顔を合わせた。意外な遭遇に2人揃って目を見開く。
「いやホンマなんでギルドにおるん……? 今日は休みにしようって言うたやないか。あ、ワイは昨日の後始末でチィとな」
「あー……なんというか手持ち無沙汰で」
「手持ち無沙汰」
ブライは常太郎の言い訳を鸚鵡返しに繰り返し、上から下までジロジロと眺め……うんと頷いた。なんとなく事情は察したらしい。
そのままニカリと嫌味のない笑顔を浮かべ、誘いの言葉を投げかけてくる。
「ほなワイお勧めの店で美味いメシでもどや? 奢るで!」
「や、そういう訳には」
奢られる謂れはないと断りかけるが、それより早くブライが首を振った。
「いや、奢らせてくれや。
ブライの言葉に思わず不意を突かれ、その顔をまじまじと見る。まさか見抜かれているとは。背負子に大荷物を抱えたブライに猛牛の狙いが向かないよう始終立ち回っていたのは事実だ。
「自慢にならんがワイは弱い。せやからまぁ、そのぶん周りを見る目だけは養うてきたつもりや」
そう言ってブライが常太郎を見る目は……心なしか昨日とは“違う”気がした。
「まあ本命は猟果かもしれんけどな! どっちにしても借りは借りや。こういうんは早めに返しとくんが吉っちゅうもんやからな!」
そう言って笑いながらバシバシ遠慮ない力加減で常太郎の背中を叩いてくる。男同士だからこその気楽さ。強引とも言える誘いに乗っかるのはまあ、やぶさかではない。
「あー。それじゃ…………ありがたく奢られようかな?」
「おう、奢られてやっ! あ、すまん。ギルドで手続きを済ませるからちょい外で待っとって」
常太郎の奇妙な返答に笑ってそう言い捨て、ブライはカウンターの方へ向かう。その背中に声をかける。
「いいけど行く店ってどんなとこ?」
「おお、ギルドが魔獣の肉を卸してる店があんねん! ワイらが納めた兎や牛も今ごろはもう並んどるはずや。あれ平らげて、また明日のオシゴト頑張る力つけなアカンな!」
異世界。自分の知るモノが、自分を知るモノが何一つない異邦の大地。
この喰うか喰われるかの世界で生き抜くのは簡単ではないけれど、悪いことばかりでもきっとない。こうやって少しずつ馴染んでいけたのなら、何時かはきっと来れて良かったと言える日も来るだろう。
暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ?