暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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幕間 夜の酒場の片隅で

 開拓前線都市コロニエ・ノワテッラは血の気の荒い冒険者が国中から集まるだけあってとにかく野蛮でエネルギッシュだ。

 最外周の第一層。その中でも眩く、騒がしく、薄暗い闇が佇む歓楽街は冒険者達の生気と金を吸い込んでひと時の快楽に換える。

 (飲む)博打(打つ)(買う)。古今東西どこにでもあって無くならない娯楽を楽しめる場所だ。あるいはそれくらいしか娯楽がないともいう。

 

「おーぃ、店主殿。酒が足らんぞ酒がー。お代わり!」

「ジルヴェの旦那ぁ、この店の1番いい酒全部腹に詰め込んどいてそりゃあないでしょ」

「ンじゃ2番目にいい酒全部!」

「あんたほんとウワバミだなぁ……奥から取ってくるんでちょっと待っててくださいよ」

 

 黄金級のジルヴェもまた歓楽街を愉しむ客の1人だ。今日も小さな酒場をハシゴしては店主に絡んでは楽しんでいた。

 財布に突っ込んだ金は使い切るまで酒とたまに女へ注ぎ込み、足りなくなれば他所から調達する。

 幸か不幸か、力の有り余った冒険者達が集う歓楽街に揉め事は絶えない。そんなところに喧嘩両成敗の名目で首を突っ込んで無理矢理シバキ倒しては懐の財布を強奪。

 もちろん違法行為なのだが、そも単純な武力で咎め立てできる者がまずいない。有り体に言って逮捕できない。そのくせカタギの衆には手を出さないしタチの悪い輩を狙って襲いかかるから歓楽街の住人からはむしろ慕われてすらいた。

 まるで自警団扱いだが、実際ジルヴェが出没した区画にいる冒険者は露骨に大人しくなるので歓楽街の顔役も盛大に顔を顰めつつ黙認しているのが現状だった。

 そんな訳で今日もフラフラととある酒場のカウンターに座ってくだを巻くジルヴェだったが、

 

「どーも、おばんですぅ」

 

 その隣に腰掛ける者がいた。

 

「ん? おお。先日ぶりじゃなぁ――()()()

 

 解体屋(ブッチャー)、ブライだった。この2人、実はコロニエ・ノワテッラに来る前からの知己なのだ。正確にはジルヴェがブライをこの都市へと導いたと言うべきか。

 

「どうよ。まずは1杯」

「おおきに! ゴチになりまぁす!」

「調子のいいやっちゃなぁ。別に構わんがね」

 

 ブライの無暗に明るく押しの強い笑みとおねだりへ苦笑を一つ。

 元々今夜で使い切るつもりの泡銭。冒険者仲間へ一杯奢るのなら使い道としては上等だろう。

 

「ほな、気前のいい大将に」

「んじゃ儂はお前さんの仕事に」

 

 互いに杯を掲げ。

 

「「乾杯」」

 

 カンと杯を打ち鳴らし、どちらも一息に飲み干した。

 

「ッカー! 冷えたのど越しがたまらんですなぁ! こりゃ上等なエールですわ」

 

 おっさん臭い叫びとともに喉を潤す甘露を飲み干し、垂れた口元を拭うブライ。

 井戸水で冷やしているか、《冷却》の《紋章器》でも使っているのか。冷えたエールはスッと鼻先を撫でて喉を通り越し、疲れた体に染み込んでいく。ジルヴェが通うだけはあり、質の良い酒を置いていた。

 

「ヌホホッ。噂にゃ聞いとるよ。大分色々あったみたいだのぅ」

 

 話題に上がったのは言うまでもなく、都市外から冒険者ギルドの前までギガスオーロックを担いで運んだ怪力の持ち主。歓楽街のそこかしこでも噂になるほど“アサギ”の名前は広がっていた。

 その当事者としてからかうように話を振られ、ブライは凄まじく微妙な顔をした。よりにもよってあんたがそれを言うのか。その顔に浮かべた感情を翻訳すれば概ねそんな感じだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう言い合って目も合わせないまま互いに杯を傾け――“間”。

 探るように横目で見たブライの視線が千枚張りしたジルヴェの面の皮に弾かれ……すぐに弛緩した。

 

「……ま。美味そうな話にホイホイ釣られたワイがアホやったっちゅーことにしときますわ」

 

 ある日の雑談でジルヴェが漏らした『面白い奴がいる』というこぼれ話。それがブライに常太郎との仲介(マッチング)に乗らせた要因だった。

 そして結果から言えば当初ブライが抱いた予想と期待より大分斜め上に飛んでいきつつあった。一見まともそうに見えて無茶苦茶なのだ、あの男は。その上で悪い気分ではなかったが。

 

「でも儲かったんじゃろ?」

「そりゃあんないい獲物を預けてもろて下手な交渉はできませんわ! 儲けた分だけワイの懐に入るゼニも増えるんやからそりゃあ気合も入るってもんや!」

 

 とはいえそれはそれ。これはこれ。儲けは儲け。最近では一番重くなった財布を服の上から撫でながらニヤケ顔で話すブライにそれでこそとジルヴェは笑った。

 

「相変わらずの銭ゲバだの。変わっとらんようで安心したぜぃ?」

「ナッハッハッ! 金はエエでぇ、ジルヴェの旦那。なにせ金があるっちゅーのは人を動かせるっちゅーことやからな」

「ほーん?」

 

 金に対する独特の価値観を聞いて続きを促せば、杯を傾けながら滔々とブライが語る。

 

「ワイに冒険者の才能はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ま、他の手管もあるけど金が一番簡単で手っ取り早いからなぁ」

 

 ブライは浅葱常太郎を異質と評するが、彼もまたこの荒っぽく物騒な異世界にあって異質な価値観の持ち主だ。“金”という誰もが使いながらその本質をよく知らない化生を突き放した目で見つめている。

 解体屋(ブッチャー)・ブライに冒険者の才能はない。西方最強(ジルヴェ)がお墨付きを押す程にない。極所で刺さる《紋章》を1つ持ってはいるが、成り上がりとは無縁だ。

 ()()()()()()()

 

「言うなぁオイ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。“死神”ブライ」

 

 繰り返す、解体屋(ブッチャー)・ブライに冒険者の才能はない。

 だが事実として西方最強の兵法者と斬り合った上で生き延びた奇運の持ち主――“死神”でもあった。その事実はけして軽視していいものではない。

 

「絶対に、永遠に、もう二度とあんな真似はでけへんさかいノーカンで頼んますわ」

 

 が、当のブライは断固たる決意でもってその事実を軽視する。

 限りなくスンとした真顔のブライによるマジレスに、思わずジルヴェが吹き出した。当人は一切遊びのない真剣(シリアス)な空気が、どうにも笑いが堪えきれなかったのだ。

 

「カカカッ! ちったぁ誇れよ。儂の立つ瀬がないだろ。一応西方最強の名前で売剣してるんだぜぃ?」

「アホな噂で脳筋どもに目ぇ付けられて喧嘩売られた時点でワイは死んでまうんやが? お願いやからクソザコナメクジのブライくんをこれ以上イジメんといてくれます???」

 

 韜晦しているのではなく純度100%の苦情だ。心底から嫌そうな顔をしたブライにジルヴェはもう一度呵呵大笑した。

 

「その程度で死ぬならとっくに儂が殺しとるっつーの」

 

 物騒な冗談のオマケ付きで。

 ブライの凄味は強い弱いとは全く別の所にあった。

 

「ヌホホッ♪ いややっぱお前さんにあの(ボン)を紹介したのは成功だわ。こりゃ面白くなりそうだぜぃ」

「ああ。丁度そこを聞きたかったんですわ。アサギはんについて、旦那はどこまで知ってはったんで?」

 

 丁度よく話が噂の当人へ飛んだところでブライが尋ねる。軽い探りに似た問いかけへジルヴェはくらくらと酔った頭を揺らして答える。

 

「いや、マジでなんも知らんよ? むしろ儂の方が知りたいくらいでな?」

 

 1人の武人としての嗅覚があの一見平凡な優男に潜むとんでもない脅威を嗅ぎ付けていた。

 無理に喧嘩を売るつもりはない。が、機会が来たらきっと喜び勇んで飛びついてしまうだろう。その程度には物騒な興味を抱いている。ジルヴェの手がそっと腰に差した大小を撫でた。

 

()()()()()()()()()()

「あん?」

「契約でガッチガチに縛られとりましてな。あの人のことは迂闊に口に出されへんのですわ」

 

 恨みを買わない程度に儲けさせてもらおうとしたら見事にやり返されてカタに嵌められた挙句、情けまでかけられ……ブライのプライドはそこそこ傷ついていた。尤も金のためなら叩き売れる程度のプライドだが。

 

「ほーん? 交渉もできんのかい、あの(ボン)は。お前さんを相手に大したもんだ」

「……ワイを“草”にするつもりならアテが外れましたな」

「構わんよ? きっと面白いことになる。儂がお前さんにあの(ボン)を教えたのはそれで全部だ」

 

 興味深げに耳を傾けながらもカパカパと景気よくエールを空けていくジルヴェ。

 軽く一刺しするも全く調子が変わらない。ブライの漏らす情報を酒の肴程度にしか考えていないらしい。

 

「面白い、ちゅーのは?」

「分っかんね! でもまあ、()()()()()()()()()。じゃろ?」

「相変わらず粋人っつーか狂人っつーか。読めん人やなぁ」

 

 ニィと悪童めいた稚気溢れる笑みを向けられたブライは両の掌を天に向け、匙を投げた。念のためこの男の腹を探りに来たが、どうやら良くも悪くも空振りに終わりそうだ。

 

「……ほんまにアサギはんのこと知りとうないんで?」

「面白そうな(ボン)だ。興味はある。が、無理に探ろうとは思わんねぇ」

 

 貪欲さと潔さ。ジルヴェは奇妙な二面性を併せ持つ。今回はそれが潔い方向に発揮されたようだった。

 ブライもそれを悟りつつ探るためにさらに一刺し、突く。

 

「まあ契約っつってもぶっちゃけ旦那が黙っててくれるなら漏らしても実害はないんですわ」

 

 契約書も交わしたし罰則も明記した。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう意味ではあの契約書の実効性は弱い。幾らでも抜け道がある。

 ジルヴェはそこらの阿呆と違って口が堅い。口止めをすれば十中八九バレることはないだろう。

 

「ほお? ンじゃ儂に色々歌ってくれるんかい? ああ、《紋章》あたりの情報があれば手間賃は弾むぜ?」

 

 チャリン、と懐から取り出した硬貨をカウンターの上に積み上げる。チラリと横目で見ればまあ金貨が何枚も……。

 このおっさんまさかこの大金を一晩で使い尽くすつもりだったのかと軽くヒイた目で見つめるブライ。時にパーッと遊ぶのも大事だがいくらなんでも限度があるだろ……。

 とはいえ情報料としては破格も破格。ジルヴェが常太郎(『武士』)に抱いた興味の強さが窺い知れた。

 

「んー、どないしましょかなぁ……」

 

 ジルヴェには借りがある。散々振り回してくれた(アサギ)へ軽い意趣返しをしてやりたいという気持ちもなくはない。

 ブライは考える()()()腕を組み。

 

「――まあ、止めときますわ!」

 

 ニッカリと笑い、断った。常太郎との契約の遵守を選んだのだ。

 

「ほっほう?」

 

 ()()てからの()()だ。気の短い冒険者なら堪忍袋が爆発しただろうが、粋人のジルヴェはむしろ面白そうに頬を歪めた。

 ブライが単純な義理堅さや倫理観とはまた別の理由で口を噤んだのだと察したのだ。

 

「どういう奴だい、あの(ボン)は。話せる部分だけでいい。聞かせてくれや」

 

 契約は結んだが、流石に一切の情報を出してはダメとまでは書いていない。大体人柄すら話せないのでは、他の冒険者に紹介するのが途端に難しくなってしまう。

 その程度でいいとジルヴェはカウンターに積んだ金貨をブライの方へ押しやりながら頼んだ。

 

()()()()()()()()()()()()。いや、本人はとことん真面目なのかもしらんけど」

 

 と、押しやられた金貨を押し戻しながらブライが言葉を返す。

 著しく常軌を逸した者をキチガイと呼ぶのなら、その評は正しい。浅葱常太郎という男は異世界(コスモ・リブラ)側の視点から見ると異質に過ぎるのだ。

 

「言葉、行動。よく考えた上で選んでますぅ。なのに結果は予想外の出目ばっかや。いくらなんでもこんなに早く名前が売れるとは思っとりませんでしたわ。もーちょい時間をかけて評判をイイ方に固めてく予定やったんやが……」

 

 現時点では“アサギ”の名前ばかりが独り歩きし、人となりが分からない。良しにも悪しにも揺れるとブライは額に手を当てて悩んだ。

 その様をゲラゲラと笑いながらジルヴェは飲み干したエールを注ぐよう店主に目配せ。すぐにやってきたお代わりを豪快に傾け、一気に半分ほど飲み干す。ジルヴェの機嫌がいい証拠だ。

 

「あの(ボン)に付き合うのは面白いかい?」

「……面白いですな。契約のことといい、()()()()()()()()()()()。そんな、慎重で大胆な御仁ですわ。腕もとびきりや。“エエ”ですな」

「ハッハァッ! いいねぇ、思い切りがいい。そういう奴は大抵喧嘩(チャンバラ)してて楽しいからワシ大好き(はーと)

「その大好きって魔獣がお肉大好きってのと同じですやろ。あとサブいぼが立つんでその(はーと)ヤメてくれますぅ?」

 

 わざわざ「(はーと)」の部分を口に出すジルヴェ。お茶目とキモいの境界線上を千鳥足でふらついていた。洒落を知る粋人だが飛ばすジョークはサムいのが珠に瑕だ。

 慣れたブライもげんなりとした様子で苦情を飛ばすが、当の本人は呵々と笑い飛ばすのみ。このオッサン、面の皮が厚すぎる。

 

「ところでよぉ……」

 

 カパリとエールを一息に空け、見事なげっぷ。冒険者同士でも大分下品な仕草にブライが嫌そうに顔をしかめた。

 その顔にジルヴェはまたカラカラと笑い。

 

「――お前さんの“夢”に役立ちそうかい、アサギの(ボン)は?」

 

 その緩んだ空気を突く蜂のように鋭い一刺しを送った。

 対し、ブライはしかめっ面のまま徹頭徹尾平静な声で答えた。

 

「うーん、“夢”とはちょいとちゃいますなぁ。他にやることがないからやっとるだけで」

「ク、ハ――――ハハハッ! 深淵樹海(ブロセリアンド)最深部の大神殿、《深淵揺籃(アビスクレイド)》の踏破を()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 イカレてる、とは口にしないがゲラゲラと腹を抱えての大哄笑が言わずとも物語っていた。心底から愉快げに、嘲笑(わら)うのではなく大笑(わら)っていた。

 

「せやろか? 歴史に名を残したい。男なら1度や2度は考えますやろ?」

「腹の底からどうでもよさげな顔じゃなけりゃあ、その戯言も信じてやっても良かったがなぁ」

 

 一見もっともらしく語るブライの瞳には奇妙に()()()()()虚無が潜んでいる。上辺だけの朗らかな笑みとの対比で、より一層その凄惨さが際立っていた。

 解体屋、ブライ。陽気で世知に長けた銭ゲバ冒険者。その顔は嘘ではないが、()()()()()()()()と物語るような心の闇だ。

 

「ま、いいさ。好きにしな。欲を言えば面白い方が好みだがね」

「おー、やれたらやりますわ。もし楽しめたその時は見料頂戴するってことでオナシャス!」

 

 発破をかけるジルヴェに頭を下げてちゃっかりとそう答えるブライ。覗いた闇はとうに消え、いつもの銭ゲバの笑みが戻ってきていた。

 果てさて、そんな日は来るのか。来たとして、どんな見料を要求されるのか。見知らぬ未来の種を蒔いたジルヴェはまた機嫌よく笑い、杯を干した。

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