【書籍化します】暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ! 作:土ノ子
――始まりは冒険者ギルドを通して届けられた一通の依頼状だった。
冒険者アサギ宛の指名依頼。詳細は依頼人から直接説明するので指定の屋敷まで赴くこと。依頼人は――と、その名前が目に入った瞬間常太郎は依頼を受けることに決めた。
◆
開拓前線都市コロニエ・ノワテッラは三層構造の城壁都市だ。
都市行政の中心部である第一層の居城はもちろん、第二層に当たる部分も騎士や貴族、富裕の商人などの
「――通行証を確認するのでご提示を」
「こちらです。確認を」
故に第二城壁を潜る門の衛兵が通行人の誰何を行うのも至極当然。
「……冒険者とお見受けしますが、行き先はどちらに?」
見たところ許可証の類は本物。だからこそ解せない。
オメーこの先に行ける身分じゃねえだろ、という副音声を乗せて冒険者……浅葱常太郎を見る衛兵。警戒と侮りを等量浮かべた視線に常太郎は軽く肩をすくめ、端的に答える。
「冒険者として指名依頼を受け、ヴェスペリア騎士家まで」
「!? し、失礼しました!」
その返事を聞いた兵士の背筋がピンと伸び、答礼する。
女騎士ヴィキシーの生家、ヴェスペリア騎士家は彼ら末端兵士にとって指揮系統の最上位。勘気に触れれば左遷間違いなしの雲上人である。
常太郎の背後にその影を見た兵士はそのまま視界から消えるまで直立不動であった。
◆
都市の
その中でもヴィキシーの生家、ヴェスペリア騎士家の屋敷は最も第一層に近く周囲のそれと比べても一際立派なものだった。
正門には分厚い一枚板の鉄板を使った門扉。中央には家門の紋章が刻まれているが、ところどころに過去に付けられたらしい傷跡や錆びている部分もあり、歴史の重厚さと現役の防衛拠点である無骨さが同居している。
(見事な屋敷だな。流石はヴェスペリア騎士家、と言うべきか? まさかこの都市の統治を預かる代官とはな)
(ヴィキシーって想像以上にイイ所のお嬢様だったんだな)
(確か屋敷の主人はヴィキシーの父である現当主。フィオナ嬢の話では辺境伯家でも有数の戦上手らしいが)
ヴェスペリア家当主は日本人にも分かりやすく例えると、織田信長にとっての森可成。または徳川家康にとっての本多忠勝みたいなものか。
アウレリアの存在で目立たないが、ヴィキシーもまた名家に生まれたお嬢様なのだ。
(ここは最前線の城塞都市。抜かれれば後方が魔獣に蹂躙される重要拠点だ。俺が辺境伯家の当主なら絶対に無能は据えんな)
それだけ主人である辺境伯家からの信頼が厚い譜代の家臣なのだろうと『武士』が頷く。
(とりあえず声をかけるか。このままずっと突っ立てる訳にはいかないしな)
(ああ)
(ここからは『武士』に交代する。分かってるだろうが――)
(交渉や判断は任せる。俺はスピーカーの役目を果たすだけだ)
(よし)
と、確認を済ませた後屋敷の門扉を警護する兵士へ声をかけた。最初は怪し気に見られたものの、ギルドで預かった紹介状を渡せばすぐに態度が変わって速やかに屋敷の内へ通される。
そのまま落ち着いた物腰の年かさのメイドに応接間まで案内された。やけに貫禄があったのでもしかしたら役職付きの家臣だったのかもしれない。
そうして応接間にてメイドからもてなしを受けることしばし。
「主がおいでになられます」
メイドが応接間のドアを開けると、女騎士ヴィキシーが現れた。その背に1人の若い
「――お待たせしました、アサギ殿。今日は我が屋敷までご足労いただき感謝します」
ヴィキシーと久しぶりの対面だった。
屋敷内なので流石に鎧は着込んでいない。だが青みを帯びた色合いの軍服に似たカッチリとした衣裳を身に纏っていた。肩章と金糸の刺繍が差し込む光を反射し、女騎士の凛々しい出で立ちを一層輝かせている。
シルエットをスッキリと細く見せるタイプの服装だが、なにせ着込んでいるのがヴィキシーだ。露出の一切ない衣服にも関わらず、男の欲望を煽る
「お久しぶりです、ヴィキシー殿。こちらこそお招きにあずかり光栄です」
対し、『武士』が無表情に畏まった台詞を返答する。貴族と冒険者という立場を考えればこうならざるを得ない。
ヴィキシーは少し残念そうな顔をしたが、すぐに真面目な空気に切り替えて『武士』へ椅子をすすめるとそのまま自分も座った。そしてホストであるヴィキシーから会話の口火を切る。
「お待たせしている間、何か不便はかけていなければいいのですが……」
「いえ、過分なもてなしありがたく」
固い口調での予定調和的なやり取りが続く。
「そうですか、それはよかった。ところでこのところアサギ殿もお変わりなく? ご活躍は私の耳に届いていましたが、その分無理を重ねていないかと案じていたのです」
「……見ての通りだ。お気遣い、感謝する」
言葉通り気遣わし気に『武士』を見るヴィキシーと視線を交わしながら健在を示すようにしっかりと頷く。ぶっきらぼうながらも確かに情が通った仕草だ。
今の台詞に虚飾はなく、常太郎からの指示でもない。『武士』自身の言葉だ。
『武士』も
それが分かったのかヴィキシーも微笑み、そっと頷く。
そんな主に背後のメイドと執事は内心はさておき静かな表情のままその場に佇んでいる。いや、メイドの方はこめかみが若干
「それは何よりです。お嬢様も喜ぶでしょう。実はお嬢様もアサギ殿にお会いしたがっていたのですが公務があり……」
残念そうに首を振る
「そういえば彼女のそばを離れても?」
「一時護衛の任を離れるお許しは頂いています……ユウキもそばに付いていますからね」
「なるほど。そちらも変わりがないようで何より……です」
「フフッ。ええ、何事もないのが一番ですね?」
そう穏やかに返すヴィキシーだが一呼吸だけ言葉を継ぐのが遅れたことに気付く。不和というほどではないが、ユウキに対して複雑な感情を抱いているらしい。
とはいえ『武士』はそうした機微に気付かず、むしろ慣れない敬語を使うのに手一杯。無表情ながら額に汗を浮かべ、四苦八苦している様子が読み取れる。そんな『武士』にかえって肩の力が抜けたのかヴィキシーはリラックスした様子で笑みを返した。
「ところでそちらの近況はどう……ですか?」
「そうですね。少し前までお嬢様、ユウキとともに伯都である水上交易都市ラクスポリスへ事態の報告のため一時帰還していました。いまは再びこの都市に戻ってきていますが」
「《水上交易都市ラクスポリス》。確かオクシダリス辺境伯家の本拠地で、大陸西方最大の交易都市……でしたか?」
「ええ。ここも大きな都市ですが、人の賑わいでは比べ物になりません。いい都市ですよ、機会があればご案内しましょう」
水運の一大拠点であり大陸中から人・物・金が集まるオクシダリス辺境伯家の富の源泉とも言える。
とはいえ『武士』にとってはどうでもいい情報だ。気になるのは1つだけ。他聞をはばかるように常太郎は椅子に腰掛けたまま身を乗り出し、声を潜めて囁いた。
「……ラクスポリスにいる間、
「特に何も。網にかかることもなく騒動の兆候もない。静かなものですが、不気味でもある」
ヴィキシーもそれに合わせて顔を寄せ、互いにヒソリと囁き合う。睦言のように互いを見つめ合う2人は気付かないが、後ろに控えるメイドの目尻が無言のまま吊り上がった。一方若い執事はポーカーフェイスを保ちながらどこか笑いをこらえている気配がある。
「今日俺を呼んだのはその件で?」
アレ、つまりは《瘴気》纏う黒騎士。アウレリアの命を狙う暗殺者であり、現状出くわせば十中八九負ける強敵だ。あんな化け物が陰に潜み暗躍しているのだから辺境伯家にとってとんでもない脅威と言える。
だがヴィキシーはその問いに首を横に振った。
「いえ、無関係とは言いませんがどちらかと言えば例の調査隊の方です。お嬢様と交わされた約束は覚えていますか?」
「もちろん。とはいえまだ
即座に頷く『武士』。
「アサギ殿ならそう遠からぬ内に銀級へも昇格するでしょう。しかしそれでは困るのです」
「困る?」
本来なら銀級昇格が見えているだけでかなりのハイペースだが、それでも遅いとヴィキシーは言う。
「次の深淵樹海調査隊は本来なら2年後の予定……
「でした?」
「いまはできるだけ早く……になっています。深淵樹海からの魔獣・亜人被害が右肩上がりです。これを
過去深淵樹海から進出した魔獣や亜人の群れによる人類圏への大規模侵攻をまとめて
「調査隊の発足は具体的には何時頃?」
「戦力を小出しにしても意味がない。故に総力を挙げるために半年後――というのが冒険者ギルドの見立てです。アサギ殿にはそれまでに
「……無茶を言う。確か
猶予期間は半年。それを聞いた『武士』は盛大に眉をひそめた。最早敬語を取り繕う余裕もなく反論する。
元々2年でも無茶だったのにさらに早まるとは。それを聞いた常太郎は精神世界で頭を抱えて転げ回っていた。
「3年ですね。
ヴィキシーも困った顔で相槌を打ちながらも諦めた様子はない。
「無茶は承知の上。アサギ殿に負担をかけるのは心苦しいですが、私達も出来る限りバックアップします」
「……具体的には」
「信用と実績の内、信用は辺境伯家の推薦で担保します。横車を押すことになりますが、止むを得ません」
「なるほど……それなら後は実績があればなんとかなる、か?」
単純な実力以上に信用を積み上げる時間こそが
(戦闘担当の意見を聞きたいんだが、俺達の実力って実際どの程度なんだ?)
(さて、サンプルがヴィキシーとジルヴェだけだからな……単純に考えるなら
ヴィキシーは厳密には冒険者ではなく
『武士』の見立てではヴィキシー相手なら十分戦えるが、ジルヴェが相手ならワンチャン狙いの死闘になるだろう。加えて
(もうちょっと比較対象が欲しいな。今のままだと目標がボヤけて実績収集マシンになりそうだ)
(分からんでもないな)
実績はもちろん必要だが、目指すべき
そう悩んでいるところにヴィキシーがある意味丁度いい助け船を出した。
「それとこちらも。都市冒険者二大派閥への紹介状です。
お役立てくださいと続けながら懐から取り出し、2通の書類を机に並べる。ヴェスペリア家の家紋付きなあたり完全にガチだった。冒険者アサギに全ベッドしてきている。
(都市冒険者二大派閥……確か《
(どちらのトップも
それぞれ神殿と歓楽街を拠点にする大型の冒険者徒党だ。
数人の冒険者が組む
どちらの派閥も積極的に人を集めており、入団した冒険者は多大な援助を受けられるという。ヴィキシーが言う通り、入団するかはさておき顔合わせをして損はない。対人交渉時にはブライを引っ張り出すという奥の手もあることだし。
「最後に、ある意味今日お呼びした本題である指名依頼ですね。深淵樹海への侵入ルートを騒がす《
とヴィキシーは語り、妥当であると『武士』も頷いた。そしてこの場合問題になるのは討伐対象だ。
「スラストホーネット。それが今回の指名依頼の?」
「そう。討伐対象であり、最低でも巣と女王蜂の駆除が達成目標になります」
それを聞いた常太郎が精神世界でこっそりと顔をしかめる。彼は過去にその害虫について聞いたことがあった。
「確か人肉を好む巨大蜂の群れだったか」
「ええ。これまで挑んだ
いつだったかフィオナからも聞いた第二級危険生物。兵隊蜂で体長約1m、女王蜂は約3mを超すという。極めて攻撃的な性質で、縄張りで獲物を見かければ執念深く追い回す害虫である。運が悪いと麻痺毒を食らった挙句に意識を保ったまま身体を千切られ肉団子にされるという。
1匹程度なら危険度は低いが、時に数十数百も群れになって襲い掛かってくるのだから洒落にならないレベルで危険な相手だった。常太郎などは精神世界で今にも逃げたそうな顔をしている。
「ですがアラケネ・マドゥルガを退けたアサギ殿ならば何ほどのこともないでしょう。吉報を期待します」
どこまでも真っすぐな信頼を乗せた視線が重い。
とはいえ実績として見るならば文句なしに美味しい相手だ。難易度を考慮していないだけで。
常太郎の意を受けた『武士』は迷いなく是と答え、多少の質疑応答後に早速依頼へ取り掛かるべく屋敷を去ったのだった。
◆
そうして会談は終わり、退室する『冒険者アサギ』を見送り、さらに門番が完全に屋敷からも退去したことを告げた。
その時まで悠然と椅子に座っていたヴィキシーが素早く立ち上がり、振り返った先にいる
騎士の礼を取りながらヴィキシーが恭しく告げる。
「お役目とは言え御身を従僕の如く扱ったこと、深くお詫びいたします――
「私が命じたことだ。君に非はないよ。それよりもよく役目を果たしてくれた。ありがとう、ヴィキシー」
そして執事の青年もまたその礼を当然のように受け取り、鷹揚な言葉を言葉を返した。
オクシダリス辺境伯家当主、アルトル・オクシダリス。それが執事と装っていた青年の名前だった。
「光栄の至り。ですが臣下を労わって下さるのならどうか二度とこのような真似はお慎みくださいませ」
ヴィキシーが彼へ向ける忠義に裏表はなく、故に返す言葉はやや諫言を含んでいた。
「当主ともあろう方がこのような最前線にまで……御身に何かあればどうすると言うのですかっ!?」
「ハハ。その時はアウレリアが当主に立つさ。存外、私よりも向いているかもしれない」
「アルトル様……」
本気か冗談か分からない調子でクスクスと笑われ、困った表情を返すヴィキシー。
昔は線の細い優等生といったイメージの生真面目で冗談が通じない人柄だったのだが、当主として立ってからいつの間にか風に舞う木の葉のような捉えどころのなさを備えていた。当主でありながら最前線であるコロニエ・ノワテッラへ出向く無謀もその一つだ。
それが当主としての成長なのか、まだヴィキシーには分からない。
「それにアウレリアの言葉が正しければ彼は
それは当主である自らが動くに足る重大事だとアルトルは言う。
「それは、そうかもしれませんが……」
「流石に伯都まで招待するのは不自然すぎるしね? やむを得ないと理解してほしい」
「…………」
当主にそう言われればそれ以上の諫言は難しい。ヴィキシーは賛同せずとも、沈黙を以てアルトルへ恭順を示した。
「それで、当主様はアサギ殿をどう見られましたか?」
さりげなくかなり重要な問いを投げる。当主の言葉はそのまま辺境伯家の方針そのもの。その彼が冒険者アサギをどう見たか……。
ヴィキシーが胸に懸念を呑みながら投げかけた問いに、アルトルは思慮深げに考え込みながら答える。
「そうだね。私には多少変わっているけど話の通じる普通の青年に見えた。強いて言うなら仕事が早そうだ。好ましいね」
「それは良うございました」
対面のアルトルへ悟られぬようヴィキシーは静かに安堵の息を吐く。だが続く言葉は完全にヴィキシーの期待を裏切っていた。
「だからこそ最大限の警戒が必要だ――
その目に宿る光は言葉通り油断なく、鋭いものだった。