【書籍化します】暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土野小太郎/土ノ子

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暴ゼロ発売直前のお楽しみ短篇です。
『武士』×ヴィキシーもの。
実は書籍化時空の設定で執筆したので、WEB版との細かい矛盾はスルーして頂けるとありがたく。


レーションを作ろう!

 それは1つの問いかけから始まった。

 

「良い戦闘糧食(レーション)を知らないか、ですか? 何故そんな質問を?」

 

 ヴェスペリア家に逗留する常太郎からの問いかけに、ヴィキシーは小さく首を傾げる。今日は鎧を脱ぎ、深い紺のワンピースに薄手の白いコートを羽織った装いだ。

 普段は隠れている肩の線が柔らかく、長身であるはずなのにどこか控えめに見える。高い身長はやや目立つが、良家の子女という言葉がよく似合っていた。

 

「《生態兵装(セルレギオン)》の燃費が悪すぎてちょっと……」

「ああ……」

 

 ヴィキシーの反問に頭が痛そうに額を揉む常太郎。幾度か戦場をともにしその厄介さを知るヴィキシーも気の毒そうな顔で頷く。カロリー切れは『浅葱常太郎』の弱点なのだ。

 1つ疑問は解消されたが、次の疑問が生まれ、口にする。

 

「心当たりはありますが……何故私に?」

「いや、俺も最初は兵士のみんなに聞いたんだが――全員があなたに聞けと」

 

 それを聞いたヴィキシーの視線が一瞬、僅かに泳ぐ。

 

「なるほど……まったく。彼らと来たら」

 

 彼女は仕方ないとばかりに息を吐きながら誤魔化すようにスカートの裾を整える。とても優しい仕草だった。

 

「コホン。事情は分かりました。であれば私に相談したのは正解です。ヴェスペリア家の騎士として戦場食についても叩き込まれていますので」

 

 訝し気な常太郎を見て、ヴィキシーが空気を変えるように咳払い。常の女騎士らしさを取り戻したキリッとした顔を()()、そう請け負う。

 

「騎士は騎馬の如くあれ。早速向かいましょう。厨房(せんじょう)へ」

(なあ『武士』。いまなにか変な(ルビ)振られなかったか……?)

(お前は何を言っているんだ?)

 

 善は急げとヴィキシーが背を向け、歩き出す。背中で揺れる金髪はいつもよりどこか軽やかに。女騎士は足取り軽く厨房へと常太郎を先導するのだった。

 

 ◆

 

 ヴェスペリア家の厨房は戦場である。これは比喩ではない。

 元々屋敷が兵士達の駐屯地を兼ね、彼らが摂る朝昼夕の食事を作らねばならないのだ。ただでさえ3桁を超える数に、大半が大食漢の兵士。味を考えつつ膨大な量を作り上げねばならない料理人たちの苦労はいかほどか。

 多忙を極める彼らは聖域である厨房に足を踏み入れる余所者には容赦がないのだが。

 

「邪魔をしますよ。みな、気にせず仕事を続けなさい」

 

 ヴィキシーはその例外であるらしい。

 慣れた声音に、料理人たちは自然と道を開ける。ヴィキシーは迷わず厨房の隅へ向かい、空いた調理台を確保した。器具を揃える動きに淀みはない。棚から干し肉と獣脂を取り出す手つきは騎士というよりさながら厨房の女主人だ。

 

「汚れますよ。前掛け(エプロン)をどうぞ」

 

 そう言ってエプロンを常太郎へ渡すと彼女はその長い髪を首の後ろで括る。髪を1つに纏める時覗いたうなじに厨房の目が奪われる。さらに自身もワンピースの上からクリーム色の前掛け(エプロン)を羽織ると、清楚な良家の子女が驚くほど家庭的な印象へ変わった。

 常太郎が慣れない手つきでエプロンを羽織る間に、ヴィキシーが戦闘糧食(レーション)とその原料を調理台の上に広げていく。

 ひとまず常太郎にも見分けが付く原料を眺めた。

 

「干し肉と獣脂、干し漿果(ドライベリー)杏。乾物系か?」

「干し肉と獣脂は《鋼角猛牛(ギガスオーロック)》のものです。脂の質が良いので固まりやすく、保存に向くので」

 

 と、少しだけ早口で解説するヴィキシー。

 続いて今回の本命である油紙に包まれた棒状の戦闘糧食(レーション)を取り出した。

 

肉餅(ミートバー)です。肉菓子、肉玉とも。開拓前線都市(コロニエ・ノワテッラ)で昔から作られてきた伝統食ですね」

 

 油紙を開き、中から覗いた完成品の見かけはいわゆるシリアルバーに良く似ていた。ビジネスマン御用達。片手で手軽に栄養補給できる現代携帯食の代表格だ。

 ただし工業的に成形されたシリアルバーよりも表面はデコボコしており、乾いた肉と脂の匂いが強い。包装用の油紙を外して手に取るとじっとりと指に脂が滲んだ。穀物(シリアル)バーとは明らかに原料が違う。

 

(あぶらっけが強いな……そうか。砕いた干し肉を獣脂(ラード)で閉じ込めて水と空気を遮断してるのか。しかも脂の塊だから超高栄養価(ハイカロリー)

 

 空気と水は保存の大敵。現代で習った知識を思い返しつつ、常太郎は工夫が凝らされた生活の知恵に唸った。

 携帯しやすく、食べやすく、保存性が高い上に高栄養価。常太郎が求める条件にぴったりと合う。

 原料の肉と獣脂も魔獣狩人達がたむろする開拓前線都市(コロニエ・ノワテッラ)なら簡単に手に入るのもポイントが高い。

 

「そのまま齧ってもいいですし、鍋に放り込んで煮込めばスープになります。味をどうぞ」

 

 パキリと割った肉餅(ミートバー)の小片をヴィキシーが差し出す。

 促されるまま口に入れると乾いた肉の匂いとスモーキーな残り香が鼻腔に広がった。最初のひと噛みはとにかく硬い。歯が繊維を噛み切るほどに凝縮された赤身の旨味がじわりと滲み出す。溶け出した獣脂がもたらす重く厚いコクを、僅かに混ざる果肉の酸味が快い後味に変えていく。

 なんというか、食い応えのあるどっしりとした美味さだ。こればかりだと辟易しそうだが、携帯食としては文句なしである。

 

「いいな。誂えたみたいにピッタリだ」

 

 ナイスチョイスと親指を立てれば、ヴィキシーがそうでしょうと頷いた。自慢のレシピを褒められた彼女は心なしかいつもより幼く見える。

 

「家庭によって混ぜ込む食材が結構分かれるのですが、今回は私が考案した干し漿果(ドライベリー)を混ぜる製法をお伝えしましょう。手間はかかりますが、難しいことはありません」

「というと?」

「結局干し肉と干し漿果(ドライベリー)を砕いてから溶かした獣脂と1:1で混ぜ合わせ、あとは冷えて固まったものを切り分けるだけですからね。単純な製法だからこそこれだけ広まった訳で……」

 

 と、手慣れた様子で解説しながら取り出したのは《鋼角猛牛(ギガスオーロック)》の干し肉。ビーフジャーキーとそっくりの乾ききった焦げ茶色の塊をパキリと割るとカラカラに水分が飛んだ断面が現れる。

 

「これらを細かく裂いてから磨り潰して肉粉にしていきます。かなり手間なのですが、今日は2人がかりですからね」

 

 まな板に置いた干し肉に包丁を当て、繊維に沿って切ると固い干し肉も案外サクサクと切れていく。ある程度細かくなったら今度は大きめのすり鉢に纏めて放り込み、乳棒でゴリゴリと磨り潰し始めた。

 

「それで……」

 

 干し肉を砕く乳棒の動きがほんの少しだけゆっくりになった。

 

「量も多いので手伝って頂けますか? 力のいる作業なのでできればそれを苦にしない方がいいのですが……」

 

 言い切ったあと、ほんの僅かに咳払い。

 常太郎は数秒だけ沈黙し、苦笑。

 同じ肉体だ、スペックは変わらない。だがこの場で()()()()()()()()()()、察せない程鈍くもない。

 

(――ご指名だ。任せた)

 

 ただ一言のオーダーを下す。

 

「――承知した。擦り潰せばいいのか?」

「ん〝ん〝っ……そうですね。お願いします」

 

 人格(ペルソナ)が切り替わり、口調が謹厳実直なものへと変わる。

 不自然な咳払いのあと、ヴィキシーは背筋を伸ばす。声音は真面目な騎士のそれ。だが何故かすり鉢の位置を自分でわずかに整え直してから頷いた。整えた位置は先ほどよりほんの僅かに『武士』の手元に近い。

 

「量が多いな。ここに干し漿果(ドライベリー)も入れるのだろう?」

 

 すり鉢と乳棒を手に取った『武士』の何気ない言葉に彼女の指先がほんの少し止まる。彼女の脳裏に断片的な記憶が過ぎり、身体が強張った。

 

「……単調な味は士気を落とします。多少なり甘味を加えた方が……その、良いかと」

 

 再び手を動かし始め、干し肉を擦る音が強まった。ゴリ、と一度だけ力が入りすぎた音が響く。その反応を見た『武士』がそうかと頷いた。

 

「なるほど、あなたは甘味が好みなのか」

「――――」

 

 僅か0.5秒、ギシリとヴィキシーの動作が停止した。

 

「……いえ、その」

 

 視線が泳ぐ。乳棒が、必要以上に強く干し肉を擦り潰した。

 

「甘味は士気の維持に有効です。これは騎士として合理的判断で――」

「俺は的確だと思う」

 

 そのどこか言い訳じみた言葉を、『武士』があっさりと肯定する。心から真面目腐った顔つきで、ヴィキシーの常識を易々と越えていく。

 

「肉にドライフルーツを加えれば果糖とビタミンが補える。栄養バランスも整うし士気も上がる。理に叶った手法だ」

 

 甘味など所詮女子供が食すもの。

 それが男社会である騎士に蔓延する根強い()()だ。その優れた才で常に家族から“騎士”として扱われ続けてきたヴィキシーにとって、()()()()()()()()()()()()でもあった。

 

「私、は……」

 

 ほんの一瞬、言い淀み。

 

「――甘味が嫌いではありません。多分、好きなのだと思います」

 

 『武士』にだけ聞こえる小さな声で、それを認める。今までとは少しだけ違う自分を。

 

「変でしょうか……? 私は騎士なのですが」

「? 食糧は士気の維持に重要と思うが……違うのか?」

 

 彼女なりの()()に沿って問いかければ、無表情のまま疑問符を幾つも浮かべた『武士』が首を傾げる。

 乳鉢を脇に置いた『武士』が調理台の隅の肉餅(ミートバー)の完成品に手を伸ばす。確かめるように砕いた一片を口へと放り込み、ゆっくりと咀嚼する。

 

「うん、美味い。やはりあなたを頼って正解だった」

 

 表裏が一切ない、元よりそんな機能を持たない『武士』の言葉にヴィキシーの手が一瞬だけ止まる。

 

「――そうですか。助けになれたのなら嬉しく思います」

 

 何事もなかったように残りの干し肉を磨り潰す作業が再開。そこからのヴィキシーの手付きは迷いのない滑らかなものだった。

 

 ◆

 

 その日の夜、乙女の秘密が記された日記帳に一行だけ記述が増えた――踊るような筆致で、今日はとても良い1日だったと。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

書籍版『暴ゼロ』が、いよいよ7月20日(月)発売です。

WEB版を読んでくださっていた方に、発売前にもう一度『暴ゼロ』の面白さを
思い出して頂ければと思い、今日と明日1話ずつ短篇を更新いたします!

書籍版は、WEB版をそのまま整えたものではありません。
面白いと思ったところは残し、もっと掘り下げられるところ、足りないと思ったところは、
かなりゴリゴリと組み直しております。

ストーリーも、キャラクターも、戦闘も、大きく変わっています。
WEB版を読んでくださった方ほど、

「ここは残したのか」
「ここはそう変えたのか」

と楽しんでいただける内容になったと思っています。

書影やキャラクター情報、特設サイトなど、発売前に公開された情報は以下に。
最新情報はXの方で出しております。
チェック頂けると嬉しいです!

■オーバーラップ 作品サイト
※Amazon、楽天ブックスなどの取り扱いサイトへのリンクはこちらから

■作者 Xアカウント

■特設サイト

明日ももう1本短編を投稿します。

発売まで、あと少しです。
もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです。
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