暴力耐性ゼロの社畜ゲーマーが喰うか喰われるかの異世界で生きていける訳ないだろ!   作:土ノ子

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第一話 ファースト・コンバット

 そうして夜空の星に等しい組み合わせを探し続けた常太郎は、ようやく3つの《紋章》を選んだ。

 最強でも無敵でもないが、限りなくベストに近い。そう自信をもって断言できる組み合わせ(コンボ)だ。問題は常太郎自身が使いこなせるか、まだ自信がないことだろうか。

 《紋章(チート)》の選択という最大の難所が済んでしまえばやることと言えば――決断か。

 

「……準備完了、と」

 

 決断を促す赤い光がオベリスクの表面にある文字の上を滑っていく。

 読めはせずとも意味は分かる。

 

『状況:《紋章》の選択が完了しました。全てのスロットが選択されています。《紋章》の使用に必要なプリセットが完了しています。

 報告:肉体・精神の《八極均衡世界コスモ・リブラ》への適応(コンバート)が完了しました。

 確認:《西方深淵樹海ブロセリアンド》への転移を開始しますか?――はい/いいえ』

 

 滑らかな黒い碑石の問いかけに、常太郎は小さく息を吐く。指先が微かに震えていた。

 

「……選択した《紋章》は間違いなし。プリセットも完了していつでも使える。適応(コンバート)で現地の言語や文字にも対応できるんだっけか」

 

 精神安定も兼ねて事前に済ませた最後の声出し確認をさらにもう一度。

 オベリスクから読み取った情報では現地へ持ち込めるのは《紋章》を除けば精々が衣服くらい。ひのきの棒と50Gをもらうのとどっちがマシだろうか。益体もない事を考えつつ、あっという間に最終チェックは終了した。

 

『確認:《西方深淵樹海ブロセリアンド》への転移を開始しますか?――はい/いいえ』

 

 もう一度、オベリスクの表面を赤い光が走る。

 できればもうちょっと足踏みしていたい。それでも引き受けたからにはこなさねばなるまいと最後の一押しは自分の指で。

 

「決まってるだろ。……はい、だ」

 

 震える指先がオベリスクへ触れた瞬間、目もくらむような激しい光が放たれる。全身がまるで天井のないエレベーターで急降下するような浮遊感に襲われ、胃袋が裏返るような錯覚に呻き声を漏らす。

 

「う、ぐ……っ」

 

 ――そして浮遊感と光が収まり、目を開けた瞬間。

 

「ギイ?」

 

 常太郎の鼻先一メートルの至近距離。カチカチと鋭い顎を軋らせる、大型犬ほどもある巨大な蜘蛛と目(?)が合う。

 唐突に目の前に現れた常太郎に巨大蜘蛛も戸惑い、硬直した。

 

「――はっ!」

 

 ()()()()()()()()()()

 間髪容れず常太郎は巨大蜘蛛を渾身の力を込めて蹴飛ばすと同時にバックステップで距離を取る。

 蹴飛ばされ、ひっくり返った巨大蜘蛛にダメージはない。八本足を()()()()()気持ち悪い動きですぐに起き上がった。

 

「ギィィ――」

 

 立ち直った大蜘蛛の複眼が怒りを示す赤に染まる。襲撃者を威嚇するように人の腕でも噛み千切れそうな顎をガチガチと打ち鳴らし――。

 

「死ね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()を突きつけた常太郎は、安全装置が解除された引き金(トリガー)を躊躇なく落とした。

 ドンッ!!

 至近距離で撃ち込まれた弾種は散弾の中でも特に威力が高い00(ダブルオー)バックショット。直径9mmの鉛球9発、大型拳銃9連射に等しい衝撃は大蜘蛛の甲殻を無残に叩き割り、 弾けた躯体から体液がビチャビチャと汚らしく噴き出した。

 だがそれでも不格好に立ち上がり、無機質な殺意を宿した複眼が常太郎を睨みつける。

 そこで気付く。

 

(《紋章》……?)

 

 大蜘蛛の腹に血のような赤色に輝くそれ。渦巻状に編まれた八本の細い脚が中心の赤い”眼”に集束する意匠の《紋章》があった。この世界で魔力を宿す生き物はみな《紋章》を持つのだ。

 

「──まだ生きているか。しぶとい」

 

 《紋章》を使われる前に安全に処理すべきだろう。

 距離を保ったまま銃を引き、手動でレバーをガシャリと引き戻す。中から空の薬莢が飛び出して足元に転がった。装弾完了だ。

 

「…………」

 

 揺れる足取りでなおも機を窺う巨大蜘蛛へ常太郎は狙いを定め、静かに2発目の引き金を落とした。

 バンッッ!

 跳ね上がった肉塊と体液の飛沫が再び地面に落ちる。蜘蛛はそれきり動かなくなった。

 

「……………………悪足掻きはなし。残敵もか。運が良かったな」

 

 しばらくの間残心を続けるその右手の甲には剣、弓、槍、盾……あらゆる武器の意匠を統合し、稠密させた様式の《紋章》が輝いていた。

 《武装錬金(マルチウェポン)》。所有者が知る限りの武装を虚空から生み出す《紋章》。今もその手の中で鈍く光るショットガンの出所がこれだ。

 

「念じただけでショットガンが現れた……これが《武装錬金(マルチウェポン)》か」

 

 《紋章》の刻まれた手の甲を見ながら呟く。

 生み出せる武装は歩兵携行サイズまで、さらに知らない武器は作り出せないなどの制限はあるが、銃という手っ取り早く強力な火力は心強い。

 特にショットガンは射程こそ短いものの、素人でも取り回しやすく制圧力(ストッピングパワー)が高い。弾種も幅広く、対人制圧から猛獣の狩猟まで対応可能という魅力からメインウェポンに選ばれた。

 異世界ファンタジーに銃器(ミリタリー)の取り合わせはアンバランスだが、保守的な合理主義者からすれば知ったことではない。生存確率を0.1%でも上げることが全てだった。

 

「……息が荒い。少し休むか」

 

 自覚的に声を出して状況を確認。

 改めて周囲を見渡せばそこはクラリと来るほど緑の匂いが濃い原生林だった。薄暗く湿った空気が肌を撫で、見上げても木々が密集して太陽の光を遮り葉の隙間から微かに光が零れるのみ。

 幸いにして他に獣の気配はない。休息する程度の時間はありそうだ。

 ショットガンのストックは肩に乗せ、いつでも引き金が絞れるよう指を置いたまま近くにあった一際太い大木に背を預ける。意識して深呼吸しながら常太郎は独り言ちた。

 警戒と休息を同時に兼ねる慣れた振る舞い。荒らげた息もすぐに整う。大蜘蛛を倒した時、さして激しく動いてないとはいえこれは異様だ。

 初めての怪物に実戦、挙句に殺しだ。一般人ならもっと取り乱して当たり前のはず。

 

「ひとまずもらった《紋章》は使いこなせている……これならなんとかなるか?」

 

 それが冷静に戦闘を振り返り、評価している。

 自他ともに一般人と認める常太郎(ヲタク)にそんな強メンタルがあるはずがない。

 

(――助かったよ、『武士(タケシ)』。やっぱり身体って咄嗟には動かないもんだな)

「礼は無用だ。常太郎(オレ)を助けるのが『武士(オレ)』の役目だからな」

 

 一人大木に背を預ける常太郎の脳裏に声が響く。 ありえないはずの声に『武士(タケシ)』と呼びかけられながら、驚く様子もなく平然と答えた。

 右の側頭部。それも髪の下の地肌に刻まれた、仮面を思わせる意匠の紋章が淡く輝く。その瞬きと合わせて、一人二役の奇妙な会話が脳内で繰り広げられていた。

 

「戦うために生み出された俺が役立たずでは沽券に関わる。繰り返すが感謝は不要だ」

(……うーん、お堅い。性格(キャラ)を生真面目に設定しすぎたか?)

 

 2つ目の《紋章》、《仮想人格換装(ペルソナチェンジ)》。

 自我を分割し、作成コンセプトに最適化した仮想人格を作り出す。いわばなりきり演技の究極を実現する《紋章》である。

 『武士(タケシ)』は名前の通り武士、軍人をイメージして設定された仮想人格(ペルソナ)だ。思考は常に平静を保ち、苦痛と恐怖が鈍化し、自分の意志で『火事場の馬鹿力』すら引き出せる。さらに戦闘になれば自動で『武士』と交代するようプリセット済み。

 《紋章》を含め、浅葱常太郎という人間が持つ能力(リソース)をフルに使いこなすために選択した《紋章》と言える。

 

「雑談はここまでだ。戦闘は終了した。問題なければこのまま肉体の主導権を返すが?」

(……いや、このまま任せる。しばらくサバイバルと遭遇戦が続きそうだ。人格交代の隙を突かれたくない)

「了解した」

 

 主人格が一拍を挟んで下した決断に頷く『武士』。意見は上げても異は唱えない。それが『武士』だからだ。

 

「では今のうちに装備を整える。《武装錬金》がどこまで使えるかも試しておきたい」

(ああ。確かに)

 

 今の格好はシャツにジーパン、ジャケットと街中にいる時と大差ない。このまま人跡未踏の秘境で徘徊するのは自殺行為だ。

 そして《武装錬金》で生み出せるのは名の通り”武装”。単純な武器に限らない。だがどの範囲まで適用されるのかは実際に使ってみないと分からない。

 右手の甲に刻まれた《紋章》が輝いた。

 

 ◆

 

 大木の陰に身を潜めたまま、常太郎(『武士』)は素早く錬成した武装を身に着けた。

 街用のスニーカーは耐久性と悪路走破性に優れた軍用ブーツへ履き替え。

 無防備な素手には防刃グローブ、前腕と膝下には軽量高強度のプロテクターを。

 ジャケットは脱ぎ捨て、シャツの上から動きやすい防刃ベストを。

 メインウェポンはショットガンのまま、サブウェポン兼藪払い用の大鉈(マチェット)と鞘を腰に差す。

 試してみたところマガジンポーチや水筒まで錬金できた。まあすぐに使わないものはすぐに魔力へ返したが……。

 根本的な体力不足を考慮してできるだけ身軽に動きやすいことを優先した結果、身に着けている装備は最低限だ。

 

(武器・防具は期待通りとして……ダメ元だったがやはり機械類はダメか……サイレンサーは有りでドットサイトが無しなのは基準が分からん……)

「恐らくだが使用条件は単目的かつ電子部品を使わず、構造も比較的単純なもの……といったところか? 異物混入を気にしていないようでギリギリの一線で弾いているようだな」

 

 と、色々と生み出した異世界産の”異物”を前に2人で話し合う。

 ”武装”という言葉は非常に幅広く解釈できる。特殊部隊の装備に情報機器は必須だし、極端な話をすれば持ち込んだスマホを情報戦に活用しているのが現代の戦争だ。通信できずともスマホ単体だけでもできることは飛躍的に拡張される。

 なのでワンチャン狙いで色々試してみたのだが、どうも世界観(ファンタジー)にそぐわない器物は生み出せないようだ。

 

「アテにしていた訳ではないから構わんだろう。それよりも次の行動方針を決めるのが先決だ。悠長にしている時間はないぞ、常太郎」

(まあダメで元々だし。それで、行動プランだったな)

 

 あくまで自分を戦闘用人格、ツールと割り切り感情を乱さない『武士』から方針を求められ、意識を切り替える。

 転移前に決めていた規定プランを口に出した。

 

(ひとまず人里に辿り着きたい。樹海で単独サバイバルをずっとはいくらなんでも無理だ)

 

 心底からの本音だった。《紋章(チート)》こそ与えられたものの、そもそも現代日本人が逞しくサバイバルするには状況が無理ゲーすぎる。周囲が肉食性の魔獣に囲まれながら……なんてどんな地獄だ。もっとほのぼのとした世界観(ジャンル)でやらせて頂きたい。

 一刻も早く人里に辿り着いてこの世界での基盤を確保するのが結局は一番の早道というのが常太郎の結論だ。

 

「同意する。しかし現在地が分からないのは痛いな」

(それな。とはいえ向かう方角は決まってる。東だ)

「その心は?」

 

 唯一明確で具体的な指針に『武士』が合の手を入れた。

 

(ここは《西()()深淵樹海ブロセリアンド》。素直に読めば()()()()()()()()()()()

「なるほどな。だがオベリスクの情報によるとこの樹海は相当に広いぞ。闇雲に東へ進んでも埒が明かない可能性はあるが?」

 

 《西方深淵樹海ブロセリアンド》は国を幾つも飲み込めそうな規模の大森林だ。地球で言えばコンゴ盆地熱帯雨林よりずっと小さいが、日本列島よりははるかに広大だろう。

 太陽の位置から方角を判断するにしてもあまりにも頼りない指針だ。当然の指摘に常太郎もまた脳内で頷いた。

 

(流石にここが樹海のど真ん中ってことはない……多分な。クレアトールだって俺に死んでほしい訳じゃないだろう。だから人里近くにスポーンさせてるはずだ)

「希望的観測だな。だが異論はない。東へ向かおう」

 

 『武士』は頷き、一拍の間を置いてから身も蓋もない現実を告げた。

 

「外れていればどのみち死ぬだけだ」

(それを言うなよ……)

 

 なんとも状況があやふやすぎて許されるなら常太郎だって頭を抱えたいところだ。それでも動くしかないのが現状だった。

 暫定目標として『東へ移動し、人里を見つける』ミッションを設定。ここが固まれば『武士』がより具体的な行動プランを立てるのは早い。

 

「まず樹上や岩場を探して、高い位置から人工物や煙、川筋を探す。途中で水音があればそちらを優先だ。人の集落は古から水場に栄えるものだからな。異論はあるか?」

(ない、任せる。しかし的確だな、『武士』。お前本当に俺の別人格?)

 

 サバイバルの専門家ばりに的確な言動の『武士』に思わず疑問を漏らす。

 『武士』は別人のように見えてあくまで『浅葱常太郎』という人格から派生したもの。持っている能力や知識は常太郎と同じで、あくまで戦闘に最適化したという()()。常時平常心でも判断ミスはするし、常太郎が知らないことは未知のままだ。

 そして浅葱常太郎に実戦やサバイバルの経験はない。

 

「それだけ現代には情報が溢れているということだ。それに俺達『仮想人格(ペルソナ)』は常太郎の記憶を自由に閲覧できるらしい。一時期ミリタリーやサバイバル系の動画にハマっていただろう? ショットガンの使用法(How to use)もそこからだぞ」

(え。俺自身は全然思い出せないんだけど? 《紋章》ってヤバ……)

 

 数分ぶり2回目の戦慄を覚えながら常太郎は確かにハマっていたFPSゲームの影響で集中的に視聴しまくった時期があったと思い出す。とはいえ思い出せる知識は微妙だし実戦に応用できるかと問われれば自信は皆無だ。

 

「現在ショットガンと《武装錬金》を組み合わせた応用(パターン)を脳内で構築中だ。他の武器種については追々だな」

(すごいな……つまり知識だけでショットガンを使いこなしてあの蜘蛛をぶっ殺したってことだろ?)

「あの時は奇襲効果もあったからな。お前が言うほど大したことではない」

(いや、普通にスゲーだろ。頼もし怖いわ)

「初めて聞く造語だな。余裕があるようで結構だ、本体」

 

 未経験者が知識だけで具体的な使用動作(モーション)を推測・構築して実戦で手慣れたかのように行動するなどありえない。本を読んだら一流の競技者(プレイヤー)になっていたとほぼ同意義だ。

 改めて《紋章》のチートっぷりに驚きつつも、頼もしさを感じる常太郎だった。普通のガチ一般人は樹海に放りだされれば途方に暮れるしかないので、全く妥当な感想だった。

 

「準備完了。ではあとは行動あるのみだな。夜に怪物からケツに喰い付かれるのは避けたいところだ」

(掘られるのは俺もゴメンだよ。悪いが実戦は任せた)

「了解だ」

 

 常太郎と『武士』は頷き合い、人里へ続くはずの一歩を踏み出した。

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