『……記譜再生──。本記譜は、宮廷技術局の副局長──ラチェット=クランカによる、“革新的装備品”の試験運用……と称した悪ふざけについて記したものである』
──近界。
その果てなき"夜の暗闇"に浮かぶ星々の、あらゆる歴史、文化、そして生活は──"トリオン工学"を基盤に形作られている。
この双星ピュロンにおいても、それは例外ではない。
トリオン工学なくして文明なし。
騎士にはより鋭い剣と頑強な鎧を、市井の皆々様には快適な毎日を──。
……そんな思いがあるかどうかはさておき。
双星におけるトリオン工学の最先端──"宮廷技術局"の工房では、今日も徹夜が常態化した技師達による開発が進められていた。
──────────
✦ピュロン王宮 "宮廷技術局"工房──
──衝撃音が、何度も響いた。
この工房においては、その程度の騒音は日常の一部でしかない、のだが──。
「──何をしとんかおんどりゃあっ!!」
……音の大小よりも、むしろその原因が問題で。
工房の扉を開いた技術局長──ソロモン=バミューダが、その光景を見るなり金切り声を張り上げた。
──さながら、爆心地である。
工房は風穴と窪みに埋め尽くされ、至る所から煙が立ち上っている。
「──おお、局長! 良いところに!」
その叫びを無視して、副局長──ラチェット=クランカは、子供のようにキラキラと目を輝かせた。
「良かないわァ!! 何をしとんのかて!!」
「──革新的な装備品が完成したんですよ!」
全く会話になっていないが、気にする様子もなく副局長が言葉を続ける。
「机の上を御覧下さい! ──"反射鎧"です!」
工房の机にぽつりと佇む、綺羅びやかな鎧。
会話を諦めたソロモンが、じろりとそれを睨む。
「……む──」
歩み寄ったソロモンが、まじまじと鎧を凝視した。
一瞥でもそれと分かる、高度かつ繊細なトリオン回路群が編み込まれている。
ソロモン=バミューダは、星の外まで名が轟く程の超一流技師だが──そのソロモンをもってしても、このラチェットと言う男は息を巻く程の才覚を有していた。
「……どんな機能があるんじゃ、コイツは」
振り返ってソロモンが訊ねる。
「──お見せしましょう!」
待ってましたとばかりに、ラチェットが"自作のトリオン銃"を構えた。
「──!?」
いち早く展開を察したソロモンが、机の下に身を隠す。
直後、ラチェットが躊躇いなく鎧を撃ちまくった。
鎧は傷一つなく、迫るトリオン弾を尽く乱反射し──荒れ狂った弾が、工房の壁を更に破壊する。
「見てください! ──完全反射です!!」
「──殺す気か阿呆がぁ!!」
工房の机の下から、また金切り声が響いた。
──────────
✦ピュロン王宮 宮廷騎士集会所──
「……と言う事があってね〜」
「いや、あってね〜じゃねぇんすよ。なにしてんすか」
「そりゃ局長もボコりますわ」
顔面をボコボコに腫らしたラチェットの回想。
机に突っ伏した騎士──ロレンスと、その隣に立つ相棒のマービンが呆れた表情を浮かべた。
「もはやピュロンで一番危ないだろこの人」
「いやぁ、確かに試し方がまずかった。けどね──」
不意に、キリリと表情を締めたラチェットが人差し指を立てる。
「これはまさに革新的な装備だよ、ロレンス」
「ボコられ具合が気になって話が入ってこねぇ」
「それはそう」
「──なんとこの鎧、物質化したトリオンも反射するんだ!」
「おお、毎度技術自体はすげぇ。──とりあえず医務室行ったらどうすか?」
「よし! 修練場で実践してみよう!」
「結構血ぃ出てますよ。痛くないんすかそれ」
「会話しようって気が見受けられない、双方に」
わちゃわちゃと騒ぎ立てるラチェットとロレンスに、受付嬢のペネロペ=パンナコッタが溜息をついた。
……うたた寝もできやしない──。
──────────
✦ピュロン王宮 騎士修練場──
「……で、なんだそのふざけた鎧は?」
たまたま廊下ですれ違ったと言う理由で巻き込まれた騎士──セイル=ランページが、眉間に皺を寄せて言う。
目の前には、明らかにサイズを間違えた鎧を纏うロレンスの姿があった。
「お前、そもそも遊撃手だろう」
騎士の主要流派の内ひとつ──遊撃手は、盾さえ持たぬ軽装による機動戦を主体とする。
全くもって概念に反する装備品を纏った同僚に、セイルは首を傾げる。
「──分かってねぇなぁ。この鎧はな、なんかトリオン物質を反射するんだぜ。無敵だ無敵」
「……反射?」
私物かの如く自慢するロレンスの言葉に、セイルがぴくりと眉を動かす。
……トリオン物質同士が衝突した場合には、通常、破壊反応が発生する。
反応の軽重はトリオン物質の硬度と"配分"にも依るが──一体、どう言う理屈で。
「厳密には反射ではないんだけどね」
更に自慢げなボコボコの表情で、ラチェットが割り込んだ。
「いや、顔どうされたんですか」
「ここの特殊繊維が、トリオン反応を分散した後に再収束して同じ力で反発するんだ」
「おい、マービン。この人全く話を聞かないぞ」
「気付くの今?」
「量産すればあらゆる敵対勢力が震えて眠ることになるよ」
──閑話休題。
「──本当に、破壊する気で突いて良いんですね?」
反射鎧に包まれたロレンスを前に──戦闘体に換装し、刺突剣を構えたセイルが問う。
ラチェットが、勢い良く親指を立てた。
「いいよ! ──無理だから!」
セイルが、その言葉で眉間に皺を寄せる。
……ボクの刺突は、まともに直撃すれば副団長の鎧すら貫くんだぞ。
──宮廷騎士の威信に賭けて、絶対に貫いてやる。
セイルの目に、炎が宿った。
「うおお、これなんか怖えぇ!」
椅子に座ったまま、足をバタつかせるロレンス。
それを見守っていたマービンは、その時──ある、ひとつの重大な事実に気付いたが、あえて口を閉ざした。
「──よーい……はじめっ!」
振り下ろされたラチェットの手が降り切るよりも早く──全体重を乗せて加速したセイルの刺突が、ロレンスの鎧に突き刺さった。
……いや──。
マービンが目を見開く。
──甲高い、衝突音が修練場に残響して。
突進したそのままの勢いで、セイルが後方に弾かれた。
「……っ──!!」
……本当に、物質化したトリオンを反射した──!!
よろめいたセイルもまた、目を見開く。
硬度や威力に関わらず反射が可能なら……この鎧は"無敵"──!!
「──よし! 大成功!」
「うおぉっ!! すげぇええっ!」
「……く……!! 今のは手が滑った、もう一度だロレンス!!」
「何発でも来いや!! 全然痛くも痒くも──ん……?」
ふと、全員の動きが止まる。
耳鳴りのするような、静寂──。
……いや──耳鳴りに似た残響が止まらない。
むしろ、段々と大きくなっている様な──。
「お? ちょっ……待っ……これれれ……うぅぅぅ……あばばばばばばっ!?」
徐々に強まる強烈な振動が、ロレンスの全身を襲う。
ロレンスの視界が凄まじい速度でシェイクされた。
「……な……なんですかこれは!?」
「──なるほど! 戦闘体も"トリオン物質"だから──刺突の衝撃でぶつかった戦闘体を、内部で"反射"し続けているんだ!」
ぽん、と手を叩いて、ラチェットが叫ぶ。
「とめめめめめ」
「……なるほどなるほど……内側のことまでは考えてなかったな……」
「メモ取る前に鎧止めてやってくれません?」
「いや、オンオフとかはなくて」
「──オンオフとかはないらしいわ、ロレンス」
「あばばばばばばば──」
「──うん、実用化はまだまだ遠いな!」
──ロレンスの戦闘体に亀裂が入り、青白いトリオン光を撒き散らして爆散する。
内圧に耐え切らなくなった反射鎧もまた、同時に弾け飛んだ。
……パラパラと、砂埃が舞う。
全員が呆気に取られていた。
「……これは、ボクの勝ちで良いのか?」
「ロレンスの負けではある」
「お前らまずは俺の心配しろよ。──おろろろろ」
三人が、それぞれに困惑と吐き気に襲われる中。
「……裏面だけ別回路を組むか……いや、そうすると……」
自分の世界に入り込んでぶつぶつと呟いていたラチェットが──ふと、顔を上げた。
「──良い参考になったよ。ありがとうロレンス!」
満足気に叫んで、ラチェットが走り去る。
──それから、数分。
「……なんだったんだこの時間は……」
戦闘体を解除したセイルが、顔をしかめて言う。
「俺が聞きたいわ!! 被害者俺だけじゃねーか!」
ロレンスが叫ぶ。
その様子を見ていたマービンが──。
不意に、神妙な面持ちで静かに口を開いた。
「……ひとつ、伝えておかなきゃいけない事がある」
ロレンスとセイルが、同時にマービンを見た。
ロレンスが、ごくりと生唾を飲み込む。
「……なんだよ、勿体振んな」
「何か気付いたのか?」
マービンが、小さく首を振って──冷や汗をかくロレンスを見つめる。
「……耐久テストするだけなら──別に、お前が着る必要はなかったくね?」
……沈黙。
「──やる前に言えや!!」
修練場に、ロレンスの叫びが響いた。
★ロレンス、戦闘体再生成間に合わず。謹慎二日──!
『止まらない振動の余韻と理不尽さに──その日、ロレンス=テレジアは震えて眠ったと言う。……以上、記譜再生終わり』