海のアドリブ作品集〜転生者コンビの紡ぐ物語〜 作:月日は花客
寺山修司が好きです。
みんなもガラスペンとインク沼に落ちよう!
きみ、知ってるかい?
海の起源は、たった一しずくの女の子の涙だったんだ。
その涙がどうして止まらなくなって地球を水びたしにしてしまったかは、どんな科学の本にも出ていないが、ぼくだけは知っているんだよ。
これは私が好きな詩人の作品の一つである。
私は海の見える家の一室で、ぼんやりと水平線を眺めていた。
私の家は小さな島の村にあり、総人口30人にも満たないここで自給自足の生活をしている。
穏やかだけど娯楽は無く、また幼い頃に両親を亡くした私は村では腫れ物扱いで、居心地がいいとははっきり言えない。
欠伸をひとつすれば、生理的な涙が頬を伝って溢れる。
しかしそれは、液体として床に落ちず透明なガラス玉となって転がった。
私は転生者である。
こんな事を村で言ったらついに気を違えたと思われるだろうが、私は紛れもない転生者で、日本からこの世界に輪廻を渡った存在だった。
そして私は能力者だった。転生した先がワンピースの世界だったのである。
なんてこったいと思ったが、更に私は幼児期健忘で忘れるほどの昔に悪魔の実を食べてしまったらしい。
そうして海に嫌われることとなった私は、この村から安易に出れなくなってしまった。なんてこったい。
食べた実はおそらくガラガラの実という。私はガラスの身体にガラスを生み出せる力というガラス人間になったのである。自然系なのか超人系なのかはわからない。この身体はガラスのように脆くなり、衝撃で割れるようになってしまった。
しかし破片を集めて意識すればパーツがつながり元通りになるので、たぶん自然系なんじゃないかとは思っている。パーツを無くしても他のガラス製品を身体に替えることもできた。
体が割れる時も痛みは無く、ただ欠損感を感じるのみである。長い爪を久々に切った時みたいな、どこか体の一部がスースーする感覚。あれに似ている。
しかし痛覚がほぼ消えたせいでたまに知らないうちにどこかが割れているのは困りものだ。
あとは念じればガラスを生み出すことができ、操ることができる。本来熱することで形を変えるガラスが透明のまま柔らかにその形状を変える光景はなかなかに美しい。硬度や色なんかもある程度自由なため、なかなか遊べる能力だ。
体が脆くなり欠損しやすいことを除けば、まぁ当たりの実なんじゃないか。戦闘では向かなそうだが。
一般的な食器や窓用ガラスの硬度は種類によれどモース硬度でおおよそ5〜7と言われている。鉄が6あたりらしいので、割と硬い。しかし人間の歯と同等かそれ以下と言われるとなんだか頼りない。そんな数値だ。
髪の毛なんかは細くて更に折れやすいので、私は基本ボブカットの髪をしている。ロングヘアにするといつの間にか折れているのだ。そしてその破片が床に散らばって危ない。
こんな身体になった私は幼い時から村の子どもたちに混ざれなかった。なんせボールがちょっと強くガツンと腕に当たっただけでヒビが入るのである。不気味に思っただろうし、これじゃあチャンバラごっこもできない。
おまけに大人しい性格だったから、積極的に輪に混ざると言うこともしなかった。村で唯一対等に接してくれる大人であるおじいちゃんに引っ付いていた記憶がある。
そんな私が幼少期に絶望せずに済んだのは、ひとえに親友のおかげだった。
なんせこの親友も転生者だ。しかも前世からの知り合いである。
なんの因果か同時期に死んだらしい私たちは、同じ村に生まれて同じ時期に能力者になったらしい。
それが判明してからは長年の友情がより深くなったのを感じた。
親友はスミスミの実のインク人間だ。身体をインクみたいに液体状にできるし、さまざまな色のインクを生み出すことができる。
私のように身体が脆くなることもなく、むしろ液体状にできるから傷ができにくい。
気を抜くと指先からインクが垂れるのが難点と言っていたが、確かに彼女の服にはインクが滲んだらしい斑点が色とりどりにあった。一見するとただのデザインに見えるが、これは彼女の能力だ。
島で能力者は二人しかおらず、そのどちらも転生者と言うこともあって私たちはいつも二人で遊ぶか、おじいちゃんを挟んで遊んでいた。
二人ともオタクだったので、本を読んだり絵を描いたりが多かった。
前世、私は二次創作系の字書きで親友は一次創作系の絵描きだった。
死んでもオタク気質は治らないらしく、私たちは自分の能力も使って創作活動に打ち込んでいた。
私は二次創作系作家だったが、この世界には私が愛したあの作品達は無い。それは悲しかったが、親友の描く漫画やイラストの二次創作をする事にした。
行間を読み、もしもを妄想し、字を書いていく。
原作者という名の親友はそれを笑って読んでくれたし、なんなら私が勝手に考えた設定を逆輸入することもあった。もう殆ど共同制作のような感じで、創作は発展していった。
インクとペンには困らなかった。
インクは親友が無尽蔵に出せるし、色も自由自在。速乾性のものや発色がいいものと特色も様々。
ペンは私がガラスペンを作り出せばいい。太さや硬さを調節して、丁寧に細工を施せば書き心地の良いペンは簡単に作れた。デザインに凝ってみたり、ガラス製のコンパスや
私と親友は文房具オタクの部分で繋がったので、そういったものを作り出してはきゃっきゃと試し書きして楽しんでいた。
ワンピースの世界というのは海賊やら海軍やらがドンパチやってる世界だけれど、この島はそんな物と一切縁がないレベルで穏やかだった。
有名な航路の筋道に無いのか、定期的に小さな商船は来るもののそれ以外の船は見た事ないし、ひたすらに辺鄙な所にある島なんだろうなと思った。
外部からの刺激がないから、商船が多少積んでくる本は私と親友にとって垂涎ものだった。
図鑑であれ小説であれ学術書であれ話のネタになる。創作オタクはありとあらゆるものを創作に昇華するのだ。
子どもの頃はおじいちゃんに買ってもらったものを読んで、ある程度自由にできるお金が手に入る年齢になってからは二人で貯金しては本を買った。
そうして創作意欲を高めて、私と親友が13歳になったある日のことだった。
「お前たち、本を出さないか?」
おじいちゃんがそう言ってきたのである。
私と親友が創作をする場所は決まっておじいちゃんの家の使われていない一室で、そこは大量の本と紙とインクが置かれた私たち二人のアトリエとなっていた。
そんなアトリエで私たちはいつも通り物語を作っていたわけだが、その原稿を読んだらしいおじいちゃんはそう切り出したのである。
「ケイ、スミ、お前たちの物語は商品として足ると判断した。どうじゃ、薄い文庫本でもいいから一冊出してみないか」
ケイは私、スミは親友の名前だ。おじいちゃんの名前はテキンと言う。
「テキンおじいちゃん、そんな突然言われても……そもそも、出版とかどうするの?」
「自費出版なんてできる金無いしな。紙代でお小遣いは消えてるし」
「そこは大丈夫じゃ。わしに伝手がある。で、どうじゃ、短編集でいいから書いてみないか」
私とスミは顔を見合わせた。
前世でも本は出していた。しかしそれはあくまでも同人誌であって、まぁ、そこそこ売れてはいたし通販なんかもしていたけれど、結局は素人の物語だ。
特に私は二次創作系作家だったから表立って活動してはいなかったし、スミは美大を出ていたけれど本格的なイラストレーターとして仕事をしていたわけでもなかった。
つまり、二人ともいざ本を出そう! となると尻込みしてしまう。
私らが書いていたのは趣味の、それもまだ13歳の小娘が書いたもので、とても商品にできるとは思わなかったのだ。
しかしいつもは穏やかなテキンおじいちゃんがやけに熱心に話をするから、これも一つの祖父孝行かと了承する事にした。
孤児である私とスミを引き取って育ててお小遣いまでくれるテキンおじいちゃんに頭は上がらないのだ。
「わかった。でも流石にこの原稿をそのまま出すのはアレだから、一から練り直させてくれる?」
「アタシたちもほら、商品化するからにはしっかり書き込みたいしさ」
「ああ、わかっておる。楽しみにしておるぞ」
そうしてテキンおじいちゃんはいつも通りリビングの前に戻っていった。
アトリエに取り残された私は欠伸で零れたガラス玉を拾い、木箱の中にしまう。割れた時の補修用に貯めているのだ。
スミもインク瓶にインクを補充しながら、考え込んでいる。
「取り敢えずテーマから決めよ。テキンおじいちゃんの期待に下手なもの出せないよ」
「最悪じーちゃんの顔に泥塗っちまうもんな。新しい紙とってくる」
私たちは会議を始める事にした。
床に散らばった原稿を片付け、新品の大きめの紙を持ってくる。
二人で何か作るときは、ここにひたすら要素や設定を書き込んでいくのが常となっていた。
「長編じゃなくて短編集にしよう。一つのテーマにたくさんの作品が集まってる感じ」
「アンソロジー的な? そっちのが文字数的には楽か。アタシもいろんな絵描けるし」
「ワンピース世界だし、気をつけて書かないと発禁とかになりそう。あんまり暗い話にはしないように」
「ワンピース世界って表現規制とかあるの?」
私はワンピースは読んでいたしなんなら二次創作をしていたけれど、一次創作界隈にいたスミはワンピースを読んでなかった。
「奴隷とか、海賊が貴族を打ち倒す系とか活躍する話はダメだと思う。最悪私たちが奴隷にされるよ」
「やば、じゃあ平和な話?」
「日常の話ばっかり書いても波がないから、恋の話とか勧善懲悪的な童話とかを入れるのも良さそう」
そうして組み上がっていく話の基礎。
私たちは結局テキンおじいちゃんに強制的にベッドに放り込まれるまで会議を続けていた。
その時の私たちは知らなかったのだ。
まさか初出版の短編集が、ワンピース界で歴史的なベストセラーになるなんて。