海のアドリブ作品集〜転生者コンビの紡ぐ物語〜 作:月日は花客
私たちの作品が津潮賞を受賞したらしい。なんてこったい。
津潮賞は私やスミでも知ってるド級の有名な賞で、前世でいうところの本屋大賞とか芥川賞、直木賞のようなものだ。売れた本、評価された本が選ばれる名誉ある賞である。
そんなものに13歳の少女たちが書いた本が選出されちった。どうするんだ。
「やはり獲ったか。まぁわかっていたが」
「テキンおじいちゃん、その……授賞式は……」
「わかっておる、わしが代理で出よう」
私たちが出版するにあたって、いくつかテキンおじいちゃんに求めたことがあった。
・かく内容を強制しないこと。
・私たちの素性を隠すこと。
・インタビュー等は全て断ること。
これらは自分たちが自由に内容を創り、匿名で活動する宣言だった。
なんせこの世界、海賊も海軍も天竜人も革命軍もドンパチ飽きずにやっている世界。どれか一つにでも目をつけられたら一巻の終わり。
しかも私らには後ろ盾がテキンおじいちゃんしかないのだ。なにやら出版業界に伝手があるらしいがそれまでである。天竜人が「自分が求めるものを書くえ!」とか言ってきたら断れないのだ。
奴隷にだけはなりたくないよう。
それに書くものを決められると単純にやる気が失せる。リクエストとかお題なら別にいいけど、プロパガンダや思想操作に使われるのはごめんだ。
私たちは“海のアドリブ”というペンネームで一人の作家を装って活動することにした。海のアドリブとは私とスミが好きな寺山修司の詩のひとつで、今回の短編集にも書き出しとして採用している。自分の描いた海の絵に投身自殺をしようとする男の話だ。
自分たちは、前世はかきたいものを好きなだけかいて死んだから今世も自分の作品に投身自殺するような気持ちでかこうという意気込みを込めている。
もし奴隷になることになったら作品と一緒に死のうという意味でもあるのだが。
そんな感情によってわずか数ヶ月で書かれた短編集。文字数は原稿用紙248枚分。
そこに挿絵と装丁が加わり、「わたしの海」は完成した。
献本は私とスミとテキンおじいちゃんの分しか貰っていない。
この世界の印刷技術はどんなものかなと思ってみたら結構しっかりした作りになっていて、イラストの発色もスミ大満足の出来だった。文字組もほとんど日本にある文庫本と変わらないし、インクこそ少し滲んでいるがそれも味だと思いそうな程度だ。
津潮社はかならず本にスピンという栞をつけているのだが、この色も選べたので深い青にしてもらった。海の色だ。
献本が届いた頃は売れるかな、売れても重版はされないだろうとスミと話し合っていたのに、いつのまにか重版出来、重版出来と版が重ねられ、震えるほどの冊数が刷られる事態になっていた。
それをテキンおじいちゃんは当然という視線で見ていたけれど、私たちは積み上がる本に恐怖するしかない。
壁サーだったスミだって、個人でやる分には冊数の程度なんてたかが知れてる。
大手出版社である津潮社が何度も重版をかけるレベル、というのは私たちには未知すぎて、そして入ってくる印税の額に眠れなくなりそうだった。実際スミは目の下に隈を作っている。
印税は信頼できる銀行に預けられているのだけれど、その明細を見るだけで倒れそうだ。13歳の女の子が持ってていい金額ではない。
「お前たちの実力相当の値じゃ。自由に使うといい」
「え……こ、こんな大金そうそう使えないです」
「そ、そうだ! アタシたちまだ13だぜ? 大人でも荷が重い金額だよこれ」
テキンおじいちゃんは当然とばかりに通帳を投げてよこしたので、思わず突き返してしまった。
それにテキンおじいちゃんが伝手で色々な面倒くさい手続きなんかをやってくれたのだから、テキンおじいちゃんが半分持っていってくれてもいいほどなのだ。
しかしテキンおじいちゃんはそれを断って、私たちの作品の力だと頑なに受け取ってくれなかった。
「わしに孝行したいと言うなら、新作を書いてくれ。『わたしの海』は素晴らしかった。文も、絵も。わしはお前たちの新作が読みたい」
「……やるしかないよ、スミ」
「ケイちゃん、プレッシャーハンパないよ」
テキンおじいちゃんの言葉に、私たちは新作の構想を練ることとなった。あれだけ処女作が売れてしまうと次作のプレッシャーが猛烈だ。ここで二作目でポシャってしまったら目も当てられない。
なればこそ今回も前作を超えるか同等のレベルのものを創り出さねばならない。
「次も寺山修司から案を貰うか?」
「そうだね、縋ろう、寺山修司氏に」
「前回短編集だったし、今回は長編にしないか? ファンタジーが描きたいなぁ」
「ほう、詳しく」
今回は過去作を引っ張ってくるのではなく、スミの創作力に私が乗っかる形になる。
「題材は『猫』だ。寺山修司って猫の詩もたくさんあるだろ? そこから取ってきて……主人公は少年」
「ふむふむ」
「『不思議の国のアリス』みたいな不可思議冒険ファンタジーにしよう。猫の国に少年は迷い込むのさ」
スミがサラサラと紙に少年のキャラクターデザインを描いた。案の定片目が隠れていたけれど、「わたしの海」の1話目に悲恋をぶち込んだ私は何も言えないので黙っておく。
「不思議の国のアリスって、途中でいろんな詩が出てくるだろ? それと同じように途中で猫の詩と挿絵を挟むんだ。そうすればボリュームが出せるんじゃないかな」
「なるほど、長編だけど引用する詩歌は複数になるわけだ」
「んで、少年は猫の国で冒険する。恋もする。キスが大きな猫になってるから悲恋も書けるぞ」
「……配慮どーも」
寺山修司の詩の中にはキスが猫になる詩がある。
しかし童話風にするなら恋は実らせたい。今度こそ、悲恋からの脱却。うむ。
そこからさらに構想は進む。
キャラクターデザインに夢中になったスミの描く登場人物は皆ファンタジックだが、海賊や海兵のような荒々しさではなく中世ドレスちっくなフリルやクリノリンがデザインされている。全体的にどこかスチームパンクな雰囲気も感じる。
少年は猫を追って海の大渦に呑み込まれる。その先は猫の国。海猫が鳴き山猫が鳴き家猫が鳴く。注文が多い料理店もあるし、長靴を履いた猫もいる。キスが猫になるし、ハサミで切ると増える猫もいる。
そんな猫の国に迷い込んだ少年の大冒険。
それが次のお話。
「童話っつっても、児童書っていうか……子ども向け小説のレベルにしたいよな」
「ハリー・ポッターとかそのレベル?」
「そうだな、そのレベルだ。フリガナも振ってもらおう、小さな子でも読めるように」
「それはいいね」
短編集は中学校〜大人向けだったが、今回は小学校〜高校あたりをメイン層に考えるわけだ。
「となると、フォントとか文字サイズで遊びたくない? ほら、ハリー・ポッターでは呪文が大きく違うフォントで書かれてたりしたじゃない」
「それは良いとは思うけどよー、そうなると編集と細かく打ち合わせしないとなんじゃないか?」
「そこはメモとかになんとか細かく指示して……さ」
「最悪テキンじーちゃんに頼むか。新作のためなら喜んでやってくれるよ」
テキンおじいちゃんに負担を増やすのは申し訳ないが、こだわるところはこだわりたい。
児童文学なんて遊び心があってナンボじゃないか。この世界にも古印体とか創英角ポップ体とかあるんだろうか。フォント一覧とかぜひ見たい。テキンおじいちゃんに頼んだらそういう本を取り寄せてくれないかしら。
「みんな大好き機械彫刻用標準書体とか、ピグモとか、廻想体とかあるのかなぁ」
「出た、ケイちゃんのフォントオタク」
「私はまだまだフォントオタク名乗れないよ。有名なやつしか知らないもの」
「一般人からすれば機械彫刻用標準書体なんて出てこないけどね」
同人誌を作る際になにかとフォント選びにはお世話になった。表紙であれ本文であれ私は割と色んなフォントを試したいタイプだった。
一番使ってたのは源暎ちくご明朝かな?
スミがキャラデザをせっせこ作っている間に、私はどんなフォントをどう使おうだとかを妄想していた。
次の日、私がテキンおじいちゃんにフォント一覧表を求めたのは言うまでもない。
作者は装甲明朝が好きです。