海。
それは我々生命が誕生した母なる場所と言われている。
海で生まれた生き物達は進化を重ねていき、ある者は陸や空へと進出していった。
海に残った生き物たちも独自の進化を遂げ、海に特化した人間が誕生した。
彼らは魚のように鰭を持ちながら、姿は人間と変わらない『
水深六千メートル付近にて――。
俺とセイルはポセイドン様の命令に従い、ここ最近頻繁に出没する
「まさか、ポセイドンの爺ちゃんの命令でここまで来るとはねぇ……」
「仕方ないだろ、ここ数年…深淵にいるはずの
「なぁにが真剣な顔で海獸だ!元を辿れば、お前が城の門を壊さなければ俺が巻き込まれずに済んだんだぞ!」
セイルは怒った表情をし、俺の胸元を掴み、力強く揺さぶってきた。
確かに、原因は俺がセイルとの組手で城の門を破壊してしまったことだ。
「巻き込んだつもりなど…。それにあれは…お前との組手が久しぶりで…つい楽しくなって」
「たく、シーラカンス族の馬鹿力は今に始まった事ではないからいいが…ささっと済ませて帰るぞ」
セイルが俺の胸元から手を離し、周囲を見渡そうとしたその瞬間だった。
「!? 伏せろ!セイル!」
暗闇から、セイルを狙う鋭いハサミが突き出てきた。
「なっ!?」
セイルは瞬時に身を低くし、鰭を使い素早くその場から距離を取った。
二人で、ハサミが伸びてきた暗闇の方を凝視すると、そのハサミの持ち主が姿を現した。
身体は巨大で硬い甲羅を持ち、二本の鋭く大きなハサミと複数の脚が、特徴的な生物が現れた。
その全長はおよそ五十メートルで、俺たち二人を見下ろし、獲物を狙うようにじっと見つめている。
「おいおい、あれは俺の見間違いじゃないよな…」
「見間違いであってほしいが、あれはどう見てもウミサソリだ。しかも、一番厄介なやつ」
ウミサソリには多くの種類が存在するが、その中でも特に厄介なイェーケロプテルスが、まさに俺の目の前に立ちはだかっている。
『ギチギチ』
不気味な音を立てながら、イェーケロプテルスは俺たちに向けてハサミを素早く伸ばしてきた。
俺とセイルは瞬時にそれを避け、戦闘態勢に入った。
「まさか、ここでデボン紀の捕食者と戦うことになるとはな!行くぞ、セラ!」
二手に分かれると、イェーケロプテルスは俺よりも素早く動くセイルを狙い、激しく追いかけて攻撃を仕掛けた。
セイルはカジキ特有の俊敏さで、難なくイェーケロプテルスの攻撃をかわしていく。
「さっさと片付けて、調査を再開するぞ。」
「あぁ。」
俺が頷いた瞬間、イェーケロプテルスは標的を俺に変え、俺を目がけて攻撃を放ってきた。
『ギィィシャァ!』
俺に向けられた攻撃は、術式で硬化された腕によって防ぐことができた。
『ギィ!』
「どうした?もう終わりなのか?」
イェーケロプテルスは俺の挑発に苛立ち、再びハサミを素早く振り下ろしてきた。
俺はその攻撃を軽々とかわし、反撃に転じようと拳に魔力を溜めたその瞬間だった。
「ドン!」と、海底に響くような爆発音が鳴り響いた。
「っつ……!?」
「なっ、なんだ!?」
俺とセイルは思わぬ事態に急いで、イェーケロプテルスから距離を取った。
『ギェェァ!』
イェーケロプテルスは、俺たちが爆発を引き起こしたのかと勘違いし、周囲を警戒して見回している。
その時、背後から凄まじい殺気が俺たちを包み込んだ。
「な、なんだこの殺気は?」
「っつ……」
殺気だけで俺とセイルを捕食しようとする異様さ、こんな殺気を感じたことは今までなかった。
それに加えて、この凄まじい魔力…一体何が起こっているのか。
「おいおい、仲間の声が聞こえたから来てみたら、なんだこの状況は?」
イェーケロプテルスの背後から男が現れた。
男は俺たち
ウミサソリ特有の甲殻に、六対の肢。そのうちの一つがハサミとして背中から伸びている。
その姿は、まるで俺たち鰭人が進化する過程を見ているかのようだった。
「深淵付近は、本来人が住める環境ではない。ましてやあの姿…」
「古代の海獣が進化したって言いたいのか?」
進化。
俺たち鰭人も元はただの魚に過ぎなかった。
しかし、歴代のポセイドンの選別を経て、計り知れない長い時をかけて進化し、今の姿になったのだ。
だが、ポセイドンが生まれる前に存在した古代の海獣は、選別の対象には含まれていない。
そんな存在が、ましてやここ深淵で進化したということが信じられない。
イェーケロプテルスは男の姿を見た瞬間、まるでペットのように男の背後に回り、撫でてほしそうな仕草を見せた。
「よしよし、もう大丈夫だ……」
撫で終わると男は、俺たちに視線を移せば、その赤く光る不気味な瞳は俺達を完全に捉えていた。
「そうか、お前たちが…俺たちを殺そうとしている鰭人か」
「「!?」」
男の目はまさに捕食者そのものだった。
そして、先ほど感じた膨大な魔力が解放され、男はその魔力を俺たちに向けて放ってきた。
「まずい!」
俺はその圧倒的な魔力が俺たちを殺しかねないと直感し、素早く術式を展開して防御壁を形成した。
間一髪でその攻撃を防ぐことができた。
「この魔力で倒れないとは…面白い!」
「!?」
男は愉悦の表情を浮かべ、凄まじい魔力と殺気を放ちながら、じわじわと俺たちの方へ迫ってきた。
非常にまずい、この殺意と桁違いの魔力量……俺の防御壁が崩れそうで、このままでは二人ともやられてしまう。
「っつ…!セイル、お前だけでも逃げろ!」
「はぁ!?この状況で何を言ってるんだよ!一緒に戦……」
「馬鹿野郎!この状況を考えろ!このままだと、俺の防御陣が奴の魔力で破られる!今ここで二人ともやられたら、ポセイドン様に報告できなくなる」
そう、この状況を切り抜ける可能性を持つのはセイルだけだ。
セイルの速さならこの場から逃げ出し、いち早くポセイドン様に報告できる。
「早く行け!俺が時間を稼ぐ!」
「っ……分かった!」
セイルは足に術式を展開し、素早くその場から撤退していった。
「ほう?仲間を逃がして、一人で戦うつもりか」
「あたりまえだ。双璧と呼ばれている以上。仲間を守るためなら、戦う覚悟はできている」
俺は深呼吸し、両腕に魔力を溜めて術式を展開した。展開された術式は腕に纏った。
「その術式……そうか、お前が……ふはは!面白い!来い!」
不敵な笑みを浮かべた男は拳をかまえ素早くこちらに詰め寄り、俺もまた素早く拳をぶつければ衝撃波があたりに走った。
「はっ!この拳を受け止められるか!流石、あの男の弟子だな」
「あの男?何のことだ!」
「アトランティスの絶対的防御、前双璧の名を持つ男……」
「!?」
アトランティスの絶対的防御、前双璧の二つ名を持つ男。そして、俺の師匠……。
「まさか!?おまっ……」
「そこまでだ」
「なっ!?」
男に問いただそうとしたその瞬間、聞き覚えのある声と共に、俺の右頬に拳が叩き込まれた。
素早くも重たく、今なお身体に沁みついているこの痛み。
そして、20年以上行方不明だった男が俺の目の前に現れたのだ……。
その師匠の拳によって吹き飛ばされ、岩にぶつかり、そのまま倒れ込んでしまった。
「しっ、師匠……なんで……っつ、身体が」
「脳を揺らしたからな。しばらく動けなくなるだろう」
「弟子に拳を入れるなんて、相変わらず恐ろしい男だな」
男の言葉に対し、師匠は表情を変えず、冷酷に答えた。
「弟子であろうと、こいつは俺たちの計画を妨げる敵だ。敵に加減など必要ない。それに、俺たちはまだ戦う時ではないと言われている。このまま戦えば、あの男の怒りを買うことになるぞ」
師匠の言葉に、男は溜息をついた。
「仕方ない。ただ、このままあいつを放置するのはまずいのでは?」
「……俺があいつを処分する。お前は先に行け」
「…分かった」
男は師匠の元から姿を消した。そして、師匠はこちらに視線を向け、静かに近寄ってきた。その表情は冷たく、ただ殺気だけが漂っていた。
「答えろ、師匠!なんであなたが海獣なんかと――!」
「……」
師匠はゆっくりと膝をつき、俺の胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。
「師匠」
「セラ、よく聞け……」
そして、俺の耳元で囁いた言葉を聞いた瞬間、俺の視界が暗くなった。
その後、沖縄県
一台の赤い車が一軒の家の前に停車し、中から二人の女性が降りてきた。
「いやぁ、久しぶりに帰ってきたけど、相変わらず暑いね」
沖縄特有の熱さに溜息をつくような表情を見せた女性。
「そりゃあ、内地に比べたらこっちは冬なんてないようなものだしね」
「確かに……」
荷物をトランクから降ろし、家の中に入ろうとしたその時だった。
「魚のねーねー!!」
「ん?おー!久しぶり!」
ランドセルを背負った小学生たちが、その女性に駆け寄ってきた。
小学生たちは何かに急いているのか、少し慌ただしく女性の腕を掴んだ。
「ちょ!?どうしたの急に!?」
「早くこっち来て!」
「なに!?なに!?」
「見せたいものがあるの!」
女性は小学生に引っ張られる形で、海辺の方へと向かって行った。
小学生に連れてこられた女性は、少し立ち止まり、呼吸を整えようとした。
「ねーね!これを見てよ!」
小学生たちに手招きされ、ゆっくり近づくと、そこには見たことのない生物が倒れていた。
その生物の姿に女性は目を丸くし、興奮しながら生物を観察した。
「…見たことがない…でも、耳?
「ねーねー、これ知ってる?」
小学生たちは興味津々で女性に質問した。
「ん~、これは初めて見る……ねぇ、この生物……いや、ヒトは誰かに見られたりした?」
「僕たちが先に見つけたから……たぶん見られてないと思う」
「そっかぁ……」
女性は少し考え込み、口を開いた。
「このこと、秘密にできる?」
「……」
女性の言葉に、小学生たちは何か企んだ表情を浮かべ、彼女は何かを察したのか、小学生たちに千円を渡した。
「はぁ……ほら、これでアイスでも食べていいから」
「やったぁー!秘密にするね!」
そう言って、小学生たちは嬉しそうにその場から走り去っていった。
そして、女性は倒れているヒトを引きずるように自宅へと運んで行った。
数時間後――自宅にて。
「……やはり、解剖したほうが……いや、見た目はヒトだぞ!変なことはやめよう……それにしても調べてみたい」
---誰だ?子どものような好奇心旺盛な声が、やけに俺の耳に響く。
確か…俺は…師匠に殴られて……。
重たい瞼をゆっくり開けると、目の前に映るのは黒い短髪で綺麗な青い瞳を持つ女だった。
「やっと目が覚めた!」
「…っ!?」
俺は師匠とあの男との戦闘を思い出し、急いで女から距離をとった。腹部には包帯が巻かれている。
「ここはどこだ!俺に何をしたんだ!」
「お、落ち着いて!ここは私の家だよ。君は海辺で倒れていたの。傷だらけだったから、応急処置をしたんだ」
海辺?どういうことだ?俺は深淵にいたはずなのに……それに、この女には鰭がない。
女は心配そうな表情でこちらを見つめている。
俺は敵意がないと感じ構えていた拳を下ろせば、その瞬間、この状況を変えるかのように腹の音が鳴り響いた。
「……った」
「へ?」
「……腹減った」
女は俺の言葉を聞いて、少し安堵した様子を見せた。
「腹が減っていたら話もできない!よし、何か作るから、作り終えるまで少し休んでいて」
女は自分に任せろと言わんばかりに、そう伝えてその場を去っていった。
部屋に残された俺は辺りを見渡した。
建物の作りや窓から見える風景からして、ここは俺がいた世界ではないと確信した。
「……オーシャンではないな。まさか……陸にいるのか?」
陸の事は多少聞いていたが実感が沸かない。
「しかし何故俺が陸に……まさか師匠」
可能性の一つとして一番大きいのは、師匠が俺を陸に運んだ。
意識が飛ぶ瞬間に言われた言葉が何を意味するのかは分からない。
しかし、師匠がここまでするのなら、なにかしら理由があるとみていいだろう。
「とりあえず、今の状況を理解しないと……それにしても、なんだこの本の数は」
女は何かの研究者らしく、周囲にはたくさんの本が積まれており、壁には地図や様々な魚の絵が貼られていた。
俺は一冊の本を手に取り軽く内容を確認すると、奇妙な文字と絵で魚の事がびっしりと描かれていた。
「魚?なんで魚なんか調べているんだ?」
本の冊数から、彼女が相当な研究をしていることがわかる。しかし、この冊数は異常だ。
図書館のような部屋と、俺を家に上げてくれた様子からして、どうやら彼女は少し変わっているらしい。
ベットに座りしばらく本を何冊か読んでいると、女が戻ってきた。
「おー!君、魚に興味があるの?」
「……いや、ただこんなに魚を調べているのが珍しくて」
「まぁ、私みたいに研究している人はなかなかいないからね。珍しがられても仕方ないか」
女は、俺が魚の本を読んでいるのを珍しく思ったのか、少し興味を持った笑顔を見せた。
「まぁ、本は後にしてご飯を食べよう!」
女に言われてベッドから立ち上がると、彼女は少し驚いた表情を見せた。
「…大きいね、君の身長はいくつ?」
「……百九十センチメートルだ」
「ほへー、二メートル近くある人間を見たのは初めてだ」
女は不思議そうな顔をして俺を見上げ、じっと見つめている。
その様子は、まるで研究者が観察しているかのようだ。
それにしても、この女は小さいな……俺との身長差は大体四十センチくらいか?陸の女性がこんなにも子どもみたいに小さいとは思わなかった。
そう考えていると、女は急かすように声をかけた。
「あ、チャーハンが冷めちゃう!ほら、こっちへ」
女に案内されて階段を降りると、リビングらしき場所に入った。
リビングは部屋とは違って落ち着いており、机の上には料理らしきものが置いてあった。
「今日、研究から帰ってきたばかりだから買い出しとかしてなくて……具材が少ないチャーハンだけど……食べないよりはマシかな?」
「………」
女から匙を渡され受け取ったが、少し警戒してしまう。
なんせ、陸の料理なんて初めて食べる上、もし毒が入っていたらと考えてしまい、匙を動かすことができなかった。
その様子を見た女は、俺が警戒していると思ったのか、もう一本の匙を持ってきて、目の前でチャーハンを口に運んだ。
「大丈夫だよ!ほら、食べてみて」
女に促され、匙でチャーハンをひとすくいすると、その湯気が立つチャーハンは美味しそうで、俺の食欲をそそった。腹を括り、ゆっくりとチャーハンを口に運んだ。
「ん!?」
「お?美味しい?」
なんだ、この美味さは!初めて食べる味だ!陸にはこんな料理があるのか!口に広がるパラパラした穀物と、何かしらの香辛料が美味しさをさらに引き立てている。
俺はチャーハンで腹を満たすために、流し込むかのように匙を動かした。
「はは!そんなに慌てなくても、チャーハンは逃げないよ」
そんな様子を見たアオは嬉しそうに微笑み、再び食べ始めた。
「お前が作ったこのチャーハン、絶品だな」
「美味しくてよかった!あ、まだ自己紹介してなかったね。私は深海アオ。アオって呼んで!」
アオは幼い顔立ちをしながらも、優しく笑顔で自己紹介をした。
「俺はセラ・クロッソ・シーラカンス」
「シーラカンス!?やっぱりシーラカンスだったんだ!」
アオの表情は、まるで「やっぱりそうか」と言わんばかりに納得した様子だった。
「知っているのか?」
「私は海洋生物学者だからね!特にシーラカンスに関しては研究しているんだ。君の耳鰭や尾鰭を見た時、気になっていたんだけど、君は人間なの?それとも魚?」
アオは興味津々で質問を続けた。
「俺は、魚じゃなくて人間だ」
「本当に人間!?あっ、ちょっと待って!記録を取りたいから、ノートを取ってくるね!」
アオは急いで自室に向かい、両手に本などを抱えて戻ってきた。
「人間の姿をしたシーラカンスなんて初めてだ!名前が長いから、セラって呼ぶね!いやぁ、新たな発見に心が躍るよ!それで、どうして人間の姿なの?教えて!」
アオは次々と本とノートを広げ、俺の名前をすぐにノートに書き始めた。
ノートには俺の本来の姿が描かれており、彼女はスケッチが得意なのか、綺麗な絵も添えられていた。
アオの俺に対する興味や、すぐに記録したがる様子から、学者を名乗るのは伊達ではないと感じた。
「お前はどうして魚を研究している?」
「好きだからだよ」
「好き?それだけで、ここまで調べることができるのか?」
俺の問いにアオは少し考え込み、ゆっくりと話し始めた。
「私のお母さんが学者だったの。それも、世界的に有名なほどにね……。お父さんは漁師で、お母さんがいない時はよくお父さんから海の話を聞いていたの」
「海の話?」
アオは自分の父親から聞いた海の話を続けた。
「おとぎ話みたいなものだけど、昔々、海の中に島がありました。その島の名前はアトランティス。アトランティスの人々は陸の人間とは違い、鰭や殻を持つ人間で、高度な技術を使って豊かな生活を営んでいました。彼らは海神ポセイドンを主神とし、母なる海の世界をオーシャンと呼んでいました。オーシャンには太古の生物や未知の生物が生息しており、陸の人間はそれを発見するために海へ旅立つが、誰もオーシャンにたどり着くことはできなかった……」
「ま、まてアオ。どうしてお前がオーシャンの名前を知っている!?」
まさかアオの口から自分の世界の名前が出てくるとは思わず、つい彼女に食い気味で質問してしまった。
「どうしてって……私も分からない。小さい頃によくお父さんから聞いていた話だから……」
「お前の父親は今どこに?」
アオは俺の問いに少し躊躇いながらも、答えてくれた。
「お父さんとお母さんは船の事故で行方不明なの……」
「行方不明?」
「うん、私も一緒にいたみたいだけど、幼かったからか覚えていないの」
「…そうか、すまなかった」
アオは申し訳なさそうな表情を浮かべた。その様子を見た俺は、食い気味に聞いたことを少し後悔してしまった。
「まぁ、こんな話は置いといて、君のことをもっと聞かせてよ!」
アオはスイッチの切り替えのように、すぐに表情を変えて俺に話を振ってきた。その様子には少し驚いたが、先程のこともあったので俺はアオに答えた。
「……まぁ、先程のこともあったし、話せる範囲でなら話そう」
俺がなぜ人間の姿なのかを説明した。
「俺たち鰭人は元々魚だったが、ポセイドンの選別によって誕生した。この耳鰭や尾鰭は先祖の特徴なんだ」
俺はアオに耳鰭が見えるようにし、耳を動かした。
「すごい!動いている!」
「お前たちは動かせないのか?」
「動かせる人もいるみたいだけど、私は動かせないなぁ」
アオは自身の両耳を両手で掴んで動かす真似をした。その様子が少し子どもっぽくて可愛らしく、思わず笑ってしまった。
初めて会ったばかりなのに何故か彼女との会話が弾み、オーシャンの神話に沿って先程の海の話が本当だったことをアオに告げた。
「まぁ、俺から話せるのはこれくらいだな」
「す、すごい……お父さんの話は本当だった!海の中にはまだ見ぬ世界がある!ん~~!アトランティス、行ってみたいな!」
アオは俺が話したことを丁寧にノートにまとめる姿は、まるで子どもが夢中になってお絵描きをしているようだった。
「他には?もっと聞かせて!」
「……たくさん話したいのは山々だが、オーシャンの人間ではないお前には話せない」
「……そっか、それなら仕方ない」
アオは残念そうな表情をし、あっさりとひいた。
「やけにあっさりだな」
「まぁ、学者の性ってやつだよ。無理に君たちの文化やその世界の生態系を聞いて、君たちを傷つけるようなことが起きたら学者の恥。それに、学者ってのは自分で調べるのが好きな人間。何でもかんでも人に聞くのではなく、自分の脚で現地に行き、自分の目と知識で確かめた方が面白いじゃん?」
俺はアオのその言葉に、学者としての信念が込められていると感じた。
「本当にお前は海が好きなんだな」
「まぁね!それに私には夢があるんだ」
「夢?どんな……っ!?」
アオに夢のことを聞こうとしたその瞬間、俺の頭に聞き覚えのある声が響いた。
「セラ!おい!応えろ!」
エコーロケーションが繋がった。『エコロケーション』とは、オーシャンで仲間と遠距離でのやり取りができる能力だ。まさか陸の上でもできるとは思わなかったが……ちょうど良かった。
俺はその声にすぐに応えた。
「その声はセイルか?」
「反応した!無事だったんだな!数時間も繋がらなかった……お前今、どこにいるんだよ!」
「陸だ」
「陸!?…まぁ、丁度良かった」
俺の返事にセイルは驚いたが、すぐに本題に入った。
「さっき、深淵の奴らが宣戦布告をしてきた」
「宣戦布告?戦争になるのか?」
「いや、俺たち七戦士と向こうの戦士が海をかけて戦う……オーシャンバトルだ」
「オーシャンバトルだと?」
オーシャンバトル……それは次のポセイドンを決める戦いだ。
向こうが何を考えているのかは分からないが、奴らがオーシャンバトルで宣戦布告するほど、何が大きいことを考えているのは確かだ。
それに向こうには師匠がいる……今回の宣戦布告も、恐らくは師匠の策だと考えるべきだろう。
「ポセイドン様は何て?」
「オーシャンバトルが行われるとなれば、俺たちは奴らと戦うために陸の人間を番にしなければならない。ポセイドン様は俺たち七戦士に、陸の人間との番になるようにと命じられた」
「……番」
まさかの番。
オーシャンバトル時のみだけ許される番……それは陸の人間だ。
陸の人間と鰭人が番になった時、鰭人は新たな力を得る。
しかし力には代償が付き物、強大な力はオーシャンと陸の均衡が崩れかねない恐れがあるため、オーシャンバトル時以外で陸の人間を番にするのは禁忌とされている。
そんな番を探さなければならない……。
「セラ?大丈夫かい?」
「っ……」
アオの呼びかけに一瞬…俺は頭の中でアオを番にと考えたが、恩人に過酷な運命を辿らせるのは酷だ…しかし…。
俺の中の何かが、アオを番にした方がいいと言っている。
「アオ…オレは」
俺はアオに言いかけたその時だ、ただならぬ殺気と魔力を背後から感じた。
「っ!?伏せろアオ!」
「へっ…?」
咄嗟にアオを護るように前に出た瞬間、炎の矢が窓を突き破ってきため、俺は直ぐに防御壁を展開した。
辺りは炎に包まれる中、外から男の声が聞こえた。
「強い生命力と魔力の匂いがしたから来てみれば、懐かしい奴がいるじゃねーか!」
「お前は…」
炎の向こう側には見覚えのある姿があった。
赤い髪、頬にはサメ特有のエラ…しかも古代ザメ特有の5本エラ。
そして、サメにしてはしなる
アイツは…。
「最悪だな、よりによってエンヴィー…」
「え、ちょ、セラ!?なに!?何が起きたの、あのラブカみたいな男はなに!?てか、家がぁ!」
アオは何が起きているのかは状況を把握できず、彼女の焦った声が聞こえた。
無理もないはずだ、目の前で陸の人間じゃ分からないような事が起きてるのだから。
「まぁ、今回はお前には要はねぇ……おい!そこの女!」
エンヴィーは鋭い目つきでアオに指を指した。
「は、はぁ?」
「お前だよ、お前!お前、陸の人間にしてはやけに高い生命力をもっているな。お前なら俺の力を最大限に引き出せるかもししれねぇ」
サメ族特有の能力『
捕食する生物やターゲットの魔力と生命力を感知し、位置まで特定する能力。
範囲は能力者の力によって様々だが、まさか陸でもその能力が使えるとは…ましてや、アオの生命力がエンヴィーの言った通りなら、尚更アオを護らないといけない。
「はぁ? 力? 何言ってるか分からない!」
「はぁ… 説明するのが面倒くせぇなぁ」
エンヴィーはアオに向けて炎の矢の先を向けた。その矢の炎は奴の魔力に反応して、みるみる大きくなっていく。
「まぁ、多少手足が無くなっても、身体と頭さえあれば問題はねぇ」
「まずい! 伏せろ、アオ!」
ドゴォォン!と爆音と共に、 エンヴィーから凄まじい魔力の一撃が放たれ、俺は再びアオを護った。
「…相変わらず、魔力だけは凄まじいな… 大丈夫か、アオ?」
「っ…ん…だ、大丈夫…」
なんとかギリギリで護ることはできたが、今の俺の力だとアオを護りながら戦うのは難しい。どうにかアオだけでも、この場から逃がさないと! もし、エンヴィーが無理やりアオと番になれば、俺でも敵わなくなる。
「……エンヴィー」
「やはり、双璧って謳われてるだけはあって、
しかしこの状況をどう切り抜けれるか…エンヴィーから感じるこの魔力の強さ、間違いなく昔の時よりも強くなっているのは確かだ。
俺は頭の中で策を考えようとするが、陸と海の中の環境が違いすぎて策が思いつかない。
だが、このままだと二人してエンヴィーにやられてしまう。
「どうすれば……」
エンヴィーはそんな俺の様子をみて、厭らしく笑い始めた。
「くくくっ……それにしても、お前は本当に馬鹿だよなぁ…女さえ見捨てれば、楽に戦えるのによぉ」
あぁ……エンヴィーの言うとおりだ、今ここでアオを見捨てれば俺は奴と戦える。
だが、俺は性からなのか、どうやらアオを見捨てるこは出来ない……いや、見捨てたら後悔してしまう。
もう、あの時みたいに俺の前で死なせるものか。
「生憎、俺はお前と違って簡単に人を見捨てたりはしない。俺が生きている限り目の前の人を護ってみせる!」
「そうかよぉ!なら死ねぇ!」
エンヴィーは一斉に炎の矢をこちらに放ってきた。
「アオ!俺の後ろに……なっ!?」
俺はアオを確認する為に振り向いたが、そこにはアオの姿がなかった。
「ははは!まさか逃げ出すとか正気かあの女!馬鹿にもほどが……」
エンヴィーが笑いながら俺に愉悦な笑みを向けようとしたその時だった。
「いい加減にしろよぉこのやろぉぉぉぉ!」
「!?」
アオはエンヴィーの真横から勢いよく飛び出してきた。
そして、彼女はその勢いのまま、奴の頬にドロップキックを入れた。
「んぐぅ!?」
奴の情けない声が聞こえる中、俺の目に映る彼女の姿は勇ましく、その光景に思わず見惚れてしまった。
「お前!よくも人の家を燃やしたな!おかげで私の大事な資料が……」
アオの怒いはごもっともで、こんなことにさせてしまった俺にも非があるわけで、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
だが、少しだけおかしい……アオはどうやって奴の
少しだけ疑問が浮かぶものの、そんなことエンヴィーは気にしておらず、アオに拳を向けた。
「ま、まずい!逃げろ!アオ!」
「この…よくも…番なんか関係ねぇ!お前から殺してやる!」
「っ!?」
エンヴィーは怒りのあまりに、アオの腹部に素早く拳を入れた。
肉と骨が低くめり込む音と共に、彼女は勢いよく外へ高く飛ばされてしまった。
「しまった!クソ!」
「ち、しま」
俺はアオを助ける為に、咄嗟に閃光術をエンヴィーの真正面に使い、隙をついて素早く彼女の後を追った。
「アオ!」
まずい、エンヴィーの一撃で気を失っている!このまま、地面にぶつかれば確実に死ぬ!
俺は、加速術を使い建物伝いでアオに追いつき、素早くアオを護るように抱え、無理やり建物を勢いよく蹴りその場から離れた。
「絶対に死なすものか!」
無茶な着地に備えて背中に防壁術を出せば、凄まじい音と同時に地面に叩きつけられた。
「っ…アオ…大丈夫か!」
腕の中にいるアオを確かめるものの、彼女は痛みからか苦しい表情をみせた。
俺は直ぐに治癒術を彼女に掛けた。
「くっ…つ…ガハッ」
「まずい…内臓が破裂している」
エンヴィーの一撃が軽かったのか運が良かったのかは分からないが、陸の人間がこの程度の傷で済んだのは幸いかもしれない。
しかし、それは俺たちの場合の話で、アオの様子からみて陸の人間にとっては致命的だ。
「…くそ!」
残った魔力をすべて治癒術に使うもののアオの傷が癒えず、彼女は徐々に血の気引き口からは予想以上に吐血をしている。
先程の戦闘のせいか、俺の魔力が足りない……。
治療すれば助かる命が目の前にあるのに、このままだとアオが死んでしまう。
俺は彼女を助ける為に腹を括った。
「…強引だが、助けるためだ」
俺は血で紅く染まったアオの唇に、自身の唇を重ねて離れ、詠唱をした。
「汝の肉体と魂を礎に陸と海への導き、祖は我がシーラカンスの元へ。 汝の魂を7つの海が導き、我が母なる海へと至り循環せよ。 汝の身は我が下に、我が運命は汝の双璧に。神の誓い従い、この意、この理に従うならば応えよ、誓いを此処に 我は天海の双璧と成る者として契約を結ぶ」
アオの身体が光輝き、身体全体に契約の呪文が刻まれていき、アオの右腕に契約の印が刻まれた。
「契約は成功した…これで治癒術が掛けやすくなる」
そう、彼女を助ける唯一の方法。
それは俺と番になり、俺の力を覚醒させ治癒術を掛ける。
俺は再びアオに治癒術を掛けた。
損傷した内臓に自身の魔力を流し込むようなイメージで術を掛けるが、コントロールしている筈の魔力がやけに放出されている。
その上に、断片的に見覚えのない記憶が頭の中に流れてきたのだ。
「…なんだ…この感覚…やけに魔力の放出が……契約したばかりだからか?それに、この記憶は……アオの記憶か?そんなことどうでもいい、とりあえず早く治すぞ」
俺はアオの傷を治すために、集中し少しずつアオの傷を治していった。
損傷した内臓は無事に完治し、彼女の表情は先ほどよりも和らいだ様子になった。
俺はアオの手を優しく握りしめると、それに応えるかのように彼女は目を覚ました。
「……ん…ここは?」
「近くの山だ」
「セラ…私一体…ここは?」
アオはゆっくりと身体を起こす。
「お前は、エンヴィーに一撃食らわされて死にかけた…。お前の命を助けるためだったが、無理やり契りをして俺の魔法で治した」
「契り…契り!?」
顔を赤らめながら、警戒するようにばっと身を守るような動作をするアオ。
「会ったばかりなのに契り!?ちょっと、セラ!」
「ん?お前なんか勘違いしてないか…?」
「だって、契りって!」
その様子からして、アオはどうやら勘違いをしている。
「あー……そうか、そっちだとそう捉えられるよな…別にお前と交尾した訳では無い。右腕を見てみろ」
「証……?」
アオが右腕をゆっくりと確認すると、そこには契りの証である俺のシーラカンス族の印が刻まれていた。
「アオ、俺はお前に謝らないといけない。戦いに巻き込んですまなかった。俺のせいでお前の大事の資料が」
俺の謝罪を聞いたアオはやれやれと言わんばかりな様子を見せ、俺に優しく応えてくれた。
「まぁ、資料や本が燃えたのはちょっと残念だったけど、まぁ……本や資料は私が生きてればなんとかなるから、あんまり気にしないで」
「……しかし、これからお前はオーシャンバトルに参加しないといけなくなる」
アオを助けるためだとはいえ彼女をオーシャンバトルに無理やり参加させたことが、俺の罪悪感を沸かさせる。
しかし、彼女は俺のその気持ちはつい知らず、再び好奇心旺盛な表情で俺に質問してきた。
「オーシャンバトル!?なにそれ!?ねぇ、聞かせてよ!」
「……」
さっきまで身の危険があったばかりなのに、彼女は気にしないらしい。
「はぁ……」
彼女のその様子に呆れてつい溜息が出てしまい、俺はアオを強く抱き寄せた。
「セラ?……んっ!?」
不思議そうな様子を見せる彼女の唇に自身の唇を重ね、ゆっくりと唇から離れた。
「ちょ、セラ!?な、なにを!」
急な出来事にアオは顔を赤面し、あたふたした様子を見せた。
「何をそんなに慌ててる?番になった以上、お前は俺の大事な妻だ」
「え?……妻?」
オーシャンバトルの番は力を覚醒には必要な役割があるが、それとは別の役割がある。
それは『番になった種の存続のために、その者と結ばれなければならない』
「嘘でしょ……」
「嘘ではない。それに安心しろ…お前を巻き込んだ以上、俺は死ぬまでお前を護る」
アオの手を優しく握るものの、彼女は勢いよく振りほどいた。
「安心出来るかぁ!てか、なんだよこれ!190cmのシーラカンス男助けたら、ラブカ男にいきなり奇襲されて死にかけるし!助けるためにファーストキスを奪われて契約されて、シーラカンス男の妻!?」
「嬉しくないのか?お前、生まれてきて異性関係なかったろ?」
「なんで彼氏歴も知ってだよ!」
知っているもなにも、契り時の時に彼女の記憶が流れてきたのを見たからな。
「契り時にお前の記憶が流れてきて……」
「あぁープライバシーが皆無!」
1人ツッコミしてるアオを俺は呆れながらもゆっくりと抱き上げ、腕の中に収まるアオは少し動揺が隠せれない表情になった。
「1人ツッコミしてる所で水を差す様なこと言うが、お前俺の事好きだろ?」
「っ!?はぁ!?」
アオの顔はさらに茹でタコの様に真っ赤になり、腕の中でアタフタする。
「これは聞いただけだったから確証はなかったが、契りには相性があるらしい。それは友情を超える好意。その相性がよくなければ成功せず番は死んでしまう」
「なに、その仕組み……」
「まぁ、成功したってことは……そうゆうことだな」
俺の言葉にアオは恥ずかしさからか、顔を背けてしまった。
「なんで私を……?」
「確かにお前を助ける為に契ったが……それ以上にお前がエンヴィーの顔にドロップキックを入れた、あの勇ましい姿に惹かれてしまった…あとチャーハンが美味いのもある」
「……っ…恥ずかしいからあんまり言わないでくれ」
彼女は耳まで赤くし応える。
あぁ、俺より小さくて可愛らしい俺の番…。
「大丈夫だ、番になった以上俺はお前を絶対に守り抜くから、これからもよろしくなアオ…」
「まぁ、助けてもらったし……何かの縁だろうね。これからもよろしく、セラ」
こうして、俺はアオと出会い番になった。
そしてこれから続くオーシャンバトルに俺とアオは挑むのであった。