「またか…」
警視庁捜査一課の刑事、湊洋介は項垂れるように呟いた。
この1ヶ月、東京では奇妙な殺人事件が続いている。
今回の被害者は都内に住む会社役員の男。
今朝、ベンチに座ったまま動かない彼を不審に思った清掃中の女性が、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
応答がない。彼女はもう一度声をかけ、肩に軽く触れた——その瞬間、男の体は崩れ落ちた。
首、胸、腰で分断され、バラバラに。血液や内臓もその時一気に流れ出し、飛び散る。
この手の事件は今月に入って3件目だ。
1人目は若い女性。道端に立ったまま、スマートフォンを耳に当てた姿で動かなかった。
2人目は初老の男性。駅構内で路線図を見たままやはり動かない。
いずれも第三者が触れた瞬間にバラバラに崩れ落ちる。
第一発見者、つまり最初に被害者に触れた者は、口を揃えて「まるで生きているようだった。被害者に触れるまで傷や血は見えなかった」と語った。
人間業とは思えない犯行。
鑑識はもちろん、捜査協力を仰いだ専門家たちさえ口を揃える。「不可能」だと。
手がかりはないかと思われたが、湊はひとつ掴んでいた。被害者の周りには毎回、何か動物の毛らしきものが落ちている。茶色く短い毛。
今朝の男も含め、被害者はいずれも動物は飼っていない。
捜査会議の後、部下の吉村が湊近づいてきた。
手には封筒。頼んでいた分析の結果が届いたようだ。
「湊さん、例の動物の毛、分析結果が出ました。」
「何の毛だ?」
「それが…イタチのそれに近いようです。」
「東京にもイタチがいるんだなぁ…あれがカマイタチの仕業ってか。はぁ…馬鹿馬鹿しい。」
自嘲気味に冗談を言い放ち、呆れた顔でため息をつく。
「悪い、今日はもう上がるわ。」
家路に着く途中、湊は近道をした。
1人になりたい時たまに通る暗い裏路地。
若い女性ならまず通らないだろうが、中年男性で、しかも刑事の自分は気にすることもない。
電子タバコをふかしながら歩く。
最近紙タバコから変えたが、鼻と喉にぼんやり残る感じがまだ慣れない。
「やっぱ紙のほうがいいな」
そう呟きながらも、頭の中は事件のことで一杯だった。
ふと、自分の足音に別の足音が重なっていることに気づく。気のせいか…?いや、違う。
自分の革靴のコツコツとした足音の後を、何かズリっズリっ…とした足音が追う。
何か金属?を引きずるようなガラガラという音も聞こえる。
そしてそれは、だんだん近づく。
ブッ、ブッ、ブー…ブッ、ブッ、ブー…
緊張を裂くように、ポケットの中でスマートフォンが震える。
画面には同じ捜査一課の佐々木の名前。
「おい…みな……どこに…例の事け…」
電波が悪い。声が聞き取れない。
それに——後ろが、やけに騒がしい。
ぞわっ…
凍りつく様な寒気が全身に走り、スマートフォンを耳に当てたまま湊は振り返った。
さっきの足音の主だろうか…そこには「人の形をしている何か」がいた。暗がりの中で、その輪郭だけが月明かりに浮かぶ。
異様に長い腕、その先に光を反射する大きな鎌のようなもの。
顔はフードに隠れて見えないが、ただならぬ“視線”だけは、湊を射抜いていた。
息を呑む。
動悸が早まる。
「こいつが……犯人か」
足が震えだす。
刑事生活25年。
様々な恐怖を見てきた。
そのたびに、立ち向かってきた。
だが、今は違う。
何もできない。
ただただ……怖い。
今が刑事人生のなかで…いや、生きてきた中で、最も恐ろしい。
「もうダメか…」
その時背後からバイクのエンジン音がした。
ブオォォォオオン!!
全速力で現れたバイクが湊の体をかすめ、その「何か」に正面から体当たりをかます。
「何か」は弾かれ、路地の壁に叩きつけられた。
ガランガラン!
手から離れた大きな鎌がそれの手から離れる。
だが即座に、信じられないほど滑らかに、鎌を拾い立ち上がる。
バイクから降り立った男。
体つきから分かる。若い。身長は175センチ前後だろうか…顔はヘルメットで見えない。
何も言わず、静かに右腕を大きく円を描くように動かすと、彼の腹部は光を放ち始める。
そして左手でその光に触れた瞬間、彼は叫んだ。
「変身!!」
腹部から機械の回転音が鳴り、一層眩しく光る。そしてその光は彼の体全体を
次の瞬間——
そこに立っていたのは、もう“人間”ではなかった。
頭部を覆う仮面。額から2つのアンテナ、そして赤く光る複眼。黒いスーツ、胸から腹部にかけて装甲で覆われ、背中には羽の様な模様、腹部には光を発しながら回転するバックルのベルト、緑がかったグローブとブーツ。
彼の光によって大きな鎌のそれの姿も見えた。
その姿がゆっくりと変貌する。
それはぶるっと身震いすると、全身を毛が覆い始めた。長い腕は太くなり、そして…顔に何か獣を模した様な、歪な仮面を着けた。
——カマイタチ?
湊の脳裏をよぎるのは、自分が口にした言葉。
「カマイタチなんて、馬鹿馬鹿しい……」
だが、それは現実にいた。
湊は、腰を抜かしたようにその場にへたり込む。
ふたつの異形が対峙し、そして、戦いが始まろうとしていた。
湊の意識は恐怖と衝撃に包まれながら、闇の底へと沈んでいく…バイクの男がカマイタチの太い腕にパンチを見舞ったところで、湊は意識を失なった。