「今の君は明らかに普通ではない。本件の捜査から外れてくれ。ついでに休暇でも取ったらどうだ?」
捜査一課長である金本の口ぶりは、昨日から全く電話が繋がらなかったことに加え、さっきの大立ち回りで捜査を混乱させたことへの怒りに溢れていた。だが同時に湊への心配や気遣いも感じられた。
いつだって部下への配慮を欠かさないところが、この人が人望を集める所以だ。
当然、そんな気遣いをかけられたところで、湊の心は晴れなかった…
吉村の件の後の捜査会議…湊は自分の身に起きたことを洗いざらい捜査員たちの前で話した。
イタチの毛、大きな鎌の怪物に変化した男に、バイクで現れ変身した男、病院に現れた「吉村を着た何か」ー
当然、あちこちから失笑が漏れる。
もはや捜査員たちに取って彼は、「部下を殺され気が触れた男」でしかなかった。
「もし俺があいつらの立場なら、俺の話信じるかな…信じねえよなぁ。」
屋上で電子タバコをふかす。
やはり不味い。今日は一段と不味い。
屋上のベンチで足を伸ばし項垂れている湊に、「おい」と誰かが声をかける。
振り返ると、佐々木がいた。
「何だ、来たのか?」
「お前昔から気に入らねえことがあるといつもここだろ」
「さすが同期だな」
「まあな」
佐々木が胸ポケットから紙タバコを差し出す
「吸うか?」
一本失敬し、火をもらい、吸い込む。
ガツンとくる。ニコチンが肺を包む。
「あー、やっぱこっちだわ!」
「だろ?」
2人は顔を見合わせて笑った。
佐々木が深く吸い込んだ煙を吐き出しながら言う。
「本当なのか?」
「あ?」
「さっきの話だよ。」
湊もまた、深く吸い、煙を吐き出す。
「…本当だよ。お前信じるか?」
「だろうな…信じるしかねえだろ。少なくとも俺の知るお前は、あんな話を創作できるほど賢い男ではない。」
「なんだと?(笑)」
「いやそうだろ、お前はいつも直感頼りで考えるより体が先に動く男だ。金本さんだってああは言ったが、本当は分かってるよ。」
佐々木と金本…湊が気を許す2人の存在が燻った心にまた火をつけた。
「ところで…お前、この事故覚えてるか?」
佐々木がスマートフォンを見せてくる。画面には、去年の東城大の爆発事故の記事が映っていた。
「あぁ…確か、次期ノーベル賞候補の教授が行方不明になったやつだろ? えっと…葵川だっけ?」
「あぁ。この事故、妙な話が多くてな…」
「妙?」
「何でも、消防が早々に“ガス爆発”で処理したんだが、そもそもあの研究棟には引火性のあるものはなかったらしい。」
「ほう…それで?」
「それにな…この事故の後、飛山 章という葵川研究室の大学院生が大学に姿を見せなくなっている。」
「なるほど…確かに臭うな。そいつ、今どこに?」
「分からない。アパートも引き払っててな。大家によると“旅に出る”って言ってたらしい。…バイクも新しくなってたそうだ。それにな…」
佐々木が一歩、湊へ近づいた。
「何だ、まだあるのかよ?」
「これは絶対に絶対に秘密だぞ。警察内でも知ってるのはほんの数人だ。」
「何だよ、早く言えって!」
佐々木はタバコの火を靴の裏で消し、声を潜めた。
「この事故…その後、公安が動いてるって話がある。」
「公安っ!? 」
思わず大声を上げた湊の口を、佐々木が慌てて塞ぎ、頭を叩いた。
「声がデカいんだ、馬鹿野郎!!」
「おぉ、悪い……んで、この事故が――」
言いかけた瞬間、湊の目がわずかに見開かれる。それを見て、佐々木が無言で頷いた。
「バイクか!」
「そうだ……お前が見た、“変身”した若い男。この飛山って男じゃねぇか?」
鼓動が早くなる。もうじっとしていられない。
「いつも悪いな、佐々木!!」
湊は屋上から駆け出していく。
その背中を、佐々木はどこか嬉しそうに見送りながら、新しいタバコに火を点けた。