前を走る夏樹の車を追う。
山の中を走る。こんな時でも、紅葉は美しい。
山の中腹に差し掛かったあたりで、夏樹の車がハザードを焚き、路肩に停車した。
「飛山君、ここからは歩きよ。」
車から降りた夏樹が指差す先には獣道があった。
夏樹の車の後ろにライトニングを停め、歩き始める。足場が悪い。途中、小川を越え、さらに歩く。1キロは歩いただろうか…距離にすれば歩けない距離ではない。しかし山道でこの足場、しかも登りとなるとかなりきついものがある。
女性の夏樹にはかなり堪えるようで途中から歩みが遅れ始めた。
「飛山君、気にせず前歩いて。そのまま真っ直ぐだから。」
章はというと、息切れひとつない。そう言えば空腹感も疲れもないことに気づく。
「そうか…兵器だからか…」
実感することがひとつ増え、心がざわついた。
歩くうちに、開けた場所に出た。
夏樹はついてきてはいるが、目はうつろで、しばらく声を聞いてない。かなり疲れているようだ。
よし、少し休憩しよう。
「先輩!少し休みましょう!」
章が振り返ろうとしたその刹那ー…
グサリ…
右足に激痛が走り、視線を落とす。
半透明の鋭利なものが章の右足を貫いている。
地面に膝をつく…
「な…」
苦悶の表情を浮かべ、章が振り返る。
夏樹の口が耳まで裂け、下顎は二股に割れている。割れた顎は半透明で触手のように伸び、先端は槍のように尖り、その片方が章の右足を貫いている。
「先…輩…?」
夏樹の両目が一つにつながり、赤く発光する。
頭頂部が四つに割れ、やはりそれぞれが半透明で触手のように伸び、槍のように尖る。
夏樹の頭部は計6本の触手を携えた不気味な異形に変化した。
「飛山君、騙してごめんね」
夏樹はどこか悲しげな表情でそう言いながら、目元を覆うような仮面をつけた。赤い光が、さらに光る。
体はウエットスーツにプロテクターが付いたようなもので覆われ、やはり半透明になった。
【BOOT:BUCCAL CONE】
「私はクリオネ型生物兵器、バッカルコーン。任務は逃走した実験体の抹殺、つまりお前を殺すことだ。」
絶望が章を襲う。鼓動が早くなる。
右足に走る激痛が、現実を否応なく突きつける。
「先輩…なんで?」
「脳改造の済んでいない貴様を野放しにしておくことは我々にとって都合が悪い。悪いが死んでもらうぞ。」
「そんな…」
「偉大なるなる葵川博士、引いては崇高なるB.O.R.Nのためだ。」
「B.O.R.N計画…?」
「計画ではない、我々の組織名だ。この国を無にし、再び「生み出す」ためのな。」
「うわあああああああ!!」
章は叫んだ。何故か?分からない。
怒りか、悲しみか、絶望か、喪失感か…分からない。
ただただ感情が昂る。
迫る相手の触手を腕で振り払うと、Tornadoが腹部に現れ唸りながら眩しく光った。
体をスーツが包む。手にはヘルメット。
顔が…異形に変わり始める。
このままではダメだ…あの姿にはなりたくない…その前に…俺が兵器に変わってしまうその前に…
章がヘルメットを被ると、それは仮面へと変化した。
【BOOT:CAELIFERA】
一気に視覚と聴覚が強化された。
しかし、右足が重い。動きが鈍い。
相手は容赦なく触手をしならせる。
早い。攻撃に転じることができない。
触手が風を切り、章に迫る。避けるたびに右足が疼く。
だめだ、このままでは…
せめて少しでも隙があれば…
躱わすだけで精一杯な章に彼女は言う。
「脚をもがれたバッタに何ができる?」
触手のひとつが章の左の掌を貫く。
激痛。しかし、閃めく。
章は左手に力を込め、貫かれたまま触手を握りしめた。
一瞬、相手の動きが止まる…
右の掌を握り力を込める。
<RIDER PUNCH:CHARGE>
右手が光り、相手の腹部に突き刺す。
拳はバッカルコーンの体を貫き、上半身と下半身が裂けた。
…はぁ、はぁ、
章はバッカルコーンの上半身に歩み寄る。
彼女は震える手で目元の仮面を外すと、そこには夏樹の顔があった。
「先輩!!」
「飛山…君…強いね…」
「先輩、しっかりしてください!!なんとか…なんとかしますから!!」
「いいの…これでいいのよ…最後に兵器じゃなく人間に戻れた…ありがとう…」
章は彼女を抱きかかえた。
「飛山君は…人間のままでいて…変身を覚えて…支配されずに…変身…できれば…人間…ままで…戦える…わ…」
夏樹が息絶えると、その体は泡に包まれ消滅した。まるで存在そのものがなかったかのように。
雨が降り始めた。
元の姿に戻った、章の涙を隠す。
章の中で決意が固まる。
兵器になった体と心を蝕む絶望、夏樹を殺めてしまった事実。
これから先も、B.O.R.Nは自分を消しに来るだろう。いや、夏樹は「日本を根っこからひっくり返そうとしている人間」と言っていた。それならば、自分以外も標的になるかも知れない。
「こんな思いをするのは、俺一人で十分だ…B.O.R.Nを潰す。」
ライトニングに戻ると、電子メーターの画面にに"unplug"の文字とボタンが表示されていた。
章がボタンを押す。
シュー…ガコッガコッガコ…
放出される蒸気とともに、ライトニングはホンダのレブル250へと変化した。
「ははっ、そうかお前も変身してたのか。」
章はバイクを優しく撫でる。
ずいぶん久しぶりに笑った気がする。
夏樹の車を一瞥し、章は走り出した。