「飛山君?急だったわねぇ…そう、あの爆発事故の後ね、2日後くらいだったかしら?事故の後姿が見えないから心配してたんだけど、昼前に帰ってきたみたいで、夕方ウチに来たのよ」
大家の話に頷きながら、湊は手帳にペンを走らせる。
「急に「今日で退去させてください」なんて言うもんだから…私、びっくりして聞いたのよ?ちょっとどうしたのよって。そしたら「旅に出ることにした」って言い出して…彼の後ろに見たことのないバイクがあったから、まあ若い子だし、そういうのもあるのかしらねぇ。」
「それ以来帰ってこないんですか?荷物とかは…」
「ええ、荷物は大方片付けてあったわね、まとめてゴミ捨て場に捨ててあるのも見たわ。あ、家具と家電は置いていったのよ。「寄付します。家具家電付き物件にでもしてください」って言うから、どれも綺麗だったしそうさせてもらったわ。」
「彼の部屋…少し見せていただいても?」
「もう次の子が住んでるから…私はいいけど、その子に聞いてちょうだい。」
ドアをノックする。
「はい」と返答があり、中から若い女性がドアチェーン越しに顔を見せた。
「すみません、私こういう者です。」
湊が警察手帳を提示する。
「以前こちらに住んでいた男性の件でーー」
「本当ですか?」
女性が食い気味に問う。
「え?」
「刑事さんって基本二人組で動くんでしょ?」
困ったものだ…近年、犯罪を未然に防ぐために、警察は二人組で動くことを公にしている。
単独捜査がしにくくなったことへ、湊は以前から憤りを感じていた。
「今、別行動をしておりまして…そうですね、署の方に佐々木というバディがおります。彼に連絡をとりましょうか?何ならあなたから今ここで、警視庁捜査一課、佐々木宛にお電話いただいても構いません。」
具体的な所属部署、佐々木という個人名、「バディ」というそれっぽい言葉に説得力があったのか、女性はドアを開け、部屋に通してくれた。
女性から入居時からあった家具、家電を確認し、調べる。しかし、目ぼしいものは特になかった。
「それにしても、ドアチェーンだったり、刑事が二人組で動くのを知っていたり…お姉さん防犯意識が高いですね」
湊の問いに女性は答えた。
「ここに越してきたばかりの時に、二人組の刑事さんが来ました。貴方と同じように最初からあった家具と家電を調べていったんです。」
「なるほど…」
湊は目を細める。家具と家電を調べた二人組の刑事——恐らく、佐々木の話にあった公安か…
女性が続ける。
「その時の刑事さんが帰り際に言ったんです。「この辺りは不審者が多いので、気をつけて下さい」って。そうしたら、その夜来たんです。変な人が」
「変な人?」
「はい…夜チャイムが鳴って、ドアスコープで確認すると、フードを目深に被った男の人が立っていたんです。…気味が悪かったです、本当に。ただ立ってるだけなのに、ゾワッとしました。私怖くて、ドアを開けずに「どちら様ですか?」って聞いたんです。その人「…違う」と言って帰っていきました。」
フード!?もしかして…湊の体に鳥肌が走る。
カマイタチか…?飛山の部屋に来た?公安も…?「違う」ーーその言葉が、まるで“確認に来たが対象ではなかった”かのように感じる。何を探していた?飛山?それとも…。線が繋がる感覚がある。
「…あ!」
湊の思考を女性の声が遮る。
「何か?」
「これは前来た刑事さんには言ってないんですけど…本棚に学術書が残っていて。高そうだし、来年の授業でも使いそうだったので、なんとなく取っておいたんです。」
「見せてください!」
女性は押し入れから本を3冊取り出した。湊がページをめくる。そのうちの1冊、葵川博士の著書からメモが出てきた。
【B.O.R.N 会議 16時〜】
「ボーン?」
“. ”で区切ってあると言うことは何かの頭文字だろうか…?
軽妙な響きとの割に、胸の奥がざわついた。ただの会議ではない…直感と共にそのメモを手帳に挟み、湊は部屋を後にした。