足利市を後にし、東京へ向かう。
高速ではなく、国道122号線を南下するルートを選んだ。オートレースの選手である章にとって、バイクに乗る時間は特別だ。
戦う決意はしたが、整理はついていない。絶望感も果てしない。気を紛らす訳ではないが、今は少しでも長くバイクで走っていたかった。
これがただのツーリングならどんなに良かったか…
少しでも気を抜けば闇に落ちそうな章の心を励ますように、エンジンが唸る。
ライトニングから姿を戻したレブル250の調子はいい。
「ありがとうな…」
自分と同じ運命を辿ったこのバイクが今や唯一の相棒に思えた。
夏樹に貫かれた右足と左の掌。
変身が解けた時には傷が塞がり、痛みは消えていた。あり得ない治癒のスピード。それも自身が兵器である力か、あるいは高機能スーツによるものか…
ジーンズの穴から入ってくる風がやけに冷たい。
埼玉県に入る。草加市と川口市の境、廃工場が並ぶ寂れた区画に入ると、交通量が減った。
ギャギャギャッ!!
突然、前方を走る引越しトラックがガードレールに車体を擦りながら方向を180度転換し、スピードを上げてこちらに走って来た。
衝突の直前、章はブレーキを握りながらハンドルを左に切るが体は投げ出され、トラックはバイクの後輪をかすめて道を外れ、廃工場の敷地内で横転した。
章は立ち上がる。やはり怪我はしていない。
横転したトラックに目をやる。
運転席側のドアから2人、荷台からも2人。計4人の男が姿を現した。
その光景を見た瞬間、章の背筋を冷たいものが走る。
全員がトラックにある引越し業者のユニフォームを着ている。それだけならまだ不自然ではないが、4人はまるでコピーされたかのように、背丈、体格、そして顔までもが同じだった。
無表情で特徴のないその顔は、いかにも「平均的な日本人男性」といった印象だ。だが、だからこそ気味が悪い。
彼らは人というより、予め用意された何かを量産して貼りつけたようにしか見えなかった。
章は思わず、一歩後ずさった。
4人の男たちは、光のない目で章を捉えると、まるで録音されていたかのように、抑揚ない声を揃えて言った。
「…power on」
4人の体を、一斉に無数の黒く小さな何かが覆い始める。それはザワザワと音を立てながら皮膚の上を這い、蠢き、やがて体全体を覆い尽くしていく。
まるで体表が生きているように、甲冑のような黒いスーツが形成されていった。
無表情だった顔の目が赤く染まる。口が開き、顎が割れ、昆虫のそれのように尖りだすと、彼らは顔を隠すように仮面を装着した。
【BOOT:FORMICA】
機械的な音声と共に仮面の額にある小さなランプが点灯し、章の前に4体の黒い異形が並んだ。
彼らは一気に章に迫り、取り囲む。
逃げ場を失った章の腹に、4人のうちの1人が強烈なパンチを入れる。痛みと衝撃。口から溢れる血と共に吹き飛んだ章の先には別の1人。背中を蹴られ骨が軋む。
脳内に夏樹との会話が浮かぶ…
(「コツを掴めば、自分で変身のコントロールもできるわ。」、「変身を覚えて…支配されずに…変身…できれば…人間…ままで…戦える…わ…」)
「まずい!!変身しないと…でもどうやって?どうやって変身するんだ!?」
その間に次の1人、その次の1人から重い攻撃を受ける。意識が遠のく。
最初の1人から再びパンチを受け、章はバイクの側に転がった。
「とりあえず逃げよう…」
章はバイクにまたがる。クラッチを開き、スロットルグリップをまるで怒りをぶつけるかのように目一杯回すと、レブル250は光を放ちながらライトニングへと変形した。
スイッチ!?章が気づく。
「コイツに変形のスイッチがあるってことは…俺にも!?」
グリップを回す…回す…
俺の変身装置の名前はTornado…トルネード…
章はハッとする。頭に夏樹との戦いで変身した直前、彼女の触手を手で振り払った事を思い出す。
点と線が繋がる。
「そうか!」
章はライトニングから降り、頭に浮かんだイメージの通り体を動かす。
右腕を左前方に伸ばし、掌を開く。
左腕は畳んで体に付け、拳は腰に。そして強く握る。
右腕を振り払うように回転させ、元の位置に戻す。
キュィィィィン…
腰にTornadoが現れた。
章は左の拳を緩め、そっとそれに触れ、叫んだ
「変身!!」
Tornadoが唸りながら光り、その光は章を包んだ。
熱く苦しい…だが力が湧く。
体をスーツが包み、手にはヘルメット。
章は自分の顔が異形に変わり始める感覚を感じ、急いでヘルメットを被った。
「人間」として戦うためにーー
カシャン!キィィィン!!
ヘルメットが仮面へと変化する。
【BOOT:CAELIFERA】
音声と共に複眼が赤く光り、章はケリフラへ変身した。
視界が広がる。体が軽い。
これまでの変身よりずっと軽い。
「…よし!」
4人が再び章を取り囲み、1人が飛びかかる。
遅い。まるでスローだ。
章は迫る敵の胸に拳を叩き込み、敵の黒い体は真っ二つに裂けた。
中から溢れるのは血ではなく、赤みがかった半透明な液体。やはりこいつらは人間ではない。
泡になり跡形もなく消える。
後ろから2人が一斉に飛びかかるーー
複眼が光る。見えている。
振り返り様にキックを見舞う。
吹き飛ばされた2人は立ち上がる事なく、やはり泡になって消える。
あと1人。
章が構えると、敵は腰のスイッチに手をやった。
ピピピッ
短い音がする。瞬間、敵の動きが変わる。
速い——背後を取られる。
「な…っ!?」
反応が遅れた。首元に腕がまわり、羽交い締めにされる。動けない…!
ピーーーーー!!
警告音。耳元で鳴り響く。
「やばい!!」
ドンッ!!!
咄嗟に力を込めて振り払う。
その瞬間、爆発。
敵の体が四散し、赤い閃光が視界を焼く。
章の体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられた。
痛みを感じながらも、立ち上がる。
どうやら大丈夫だ。
足元に転がる黒いスーツの欠片……
差し違えてでも自分を葬ろうとする敵組織の冷酷さが、章の背筋に再び冷たいものを走らせた。
4人が乗っていた車を調べると、液晶の割れたタブレットのようなものがあった。
消えかけた画面には地図。現在地と10メートルほど離れた場所で赤いマークが点滅している。
「俺とバイクの場所か…くそっ!」
章はベルトの後ろ、腰の部分に小さな装置があることに気づく。タブレットを手にライトニングに戻ると、タンクの横に同じものがあった。
取り外して握りつぶすと、地図上のマークが消え、「Error」と表示された。これでもう、組織に位置が把握されることはない。
タブレットを投げ捨てると、遠くから複数のサイレンが聞こえた。
さっきの爆発音と黒煙で、誰かが消防車を呼んだようだ。
章は自らとライトニングの変身を解き、煙の中を足早にその場を去った。
正午前、東京・文京区。
灰色の空の下、章は静かにアパートへと戻ってきた——つい2日前まで前まで、「日常」だった場所へ。
いつものワンルームのアパート。
何も変わらない。
——自分の体を失ったこと以外は。
テレビを点けると、ワイドショーにさっきの廃工場が映っていた。
「今日、午前10時半頃、埼玉県の廃工場で小規模の爆発が発生し、消防が出動しました。現場には今朝未明、引越し業者の営業所から盗難されたトラックが横転した状態で見つかっており、警察は爆発との関連を調べています……」
テレビを消し、考える。
組織はおそらくこの部屋も把握しているだろう。追手が来る前に身を隠そう…
この部屋は出来るだけ片付けて行こう。大学入学時から住んだ思い出の部屋だし、大家さんもいい人だ。迷惑はかけたくない。
幸い、研究に明け暮れていたこともあり、部屋に荷物は少なく、夕方には片付いた。
ゴミをまとめてゴミ捨て場に置く。集荷日ではないゴミを捨てることに申し訳なさを感じるが、仕方ない。
大家を訪ね、退去を伝える。
驚くと同時に訝しむ様子もあった。流石に理由を「旅に出る」にしたのは無理があったか…
バイクのエンジンをかける。
「…お世話になりました。」
章は小さく呟き、夜の闇に消えた。