元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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トリニティ編①

 特殊拘束室の中で、私は言った。

 

「さて、そろそろ逃げようか。逃亡生活の始まりだ」

「いいえ、カノ。貴方一人で行って」

「え? 何故? 君も逃げなければ自由はないよ」

「これで満足よ。Keyという世界を滅ぼす存在は封印された。貴方という理解者もいる。他に望むものはないわ。それに私はミレニアムサイレンススクールの生徒会長なのよ。責任は負わなければならない」

「そっか。なら私も一緒に罰を受けよう」

「いいえ、貴方は自由であるべきよ。前言撤回するわ、望むものがある。貴方の自由と幸福」

「リオ……」

 

 私はリオの言葉に言葉を失う。そして呆れと、驚きと、尊敬と、愛情をリオに向けた。

 

「まったく、良い女だよ。君は。わかった。精一杯、幸せになるさ」

「そうして」

「リオ。またね」

「また別の駅で会いましょう」

 

 私はミレニアムの最下層から地表までジャンプしてぶち抜いて、ミレニアムを脱出した。リオを連れて行くつもりだったが、彼女はミレニアムサイレンススクールの長として責任を果たすべく残った。

 

 

 私はキヴォトスの街を歩いていた。

正確に言うなら、歩いているというより、ただ前に進むだけの機械のような動きだった。

 

 足が地面を叩くたび、膝の関節が軋む音が自分の耳にだけ聞こえる。ブーツの底が石畳に擦れる音は、まるで古いレコードの針が溝をなぞるような、乾いたリズムを刻んでいた。

 

 弾薬はもう何日も前になくなっていた。ショットガンの空の薬莢は、ポケットの中でカチャカチャと小さな乾いた音を立てるだけだ。

 

「きついな、流石に」

 

 時折、指先で触れると冷たくて、金属の感触が妙に現実味を帯びてくる。食事は三日前に最後の缶詰を空にした。

 

 あの缶詰は、底に残った豆の汁を指で掬って舐め取った。最後の味は、塩気と鉄の混じった、どこか懐かしいような、でも決して心地よくはないものだった。

 

 仲間はいない。

 

 最初から一人で選んだ道だった。いや、選んだというより、選ばざるを得なかったのかもしれない。どちらにせよ、今は同じことだ。街の空気はいつもより重く感じた。

 

 陽光は容赦なく降り注ぎ、アスファルトの熱がブーツの底を通して足の裏に染み込んでくる。

 

 汗が額を伝い、目に入って視界を滲ませる。時折、路地裏から風が吹き抜けると、埃と硝煙の残り香が鼻腔をくすぐる。

 

 遠くで銃声が響くことは、もう珍しくない。キヴォトスでは、銃声はBGMのようなものだ。

 

 ただ今日は、その音が少しだけ遠く、少しだけ静かに聞こえる。まるで、私の耳が徐々に世界から遠ざかっているかのように。

 

 銀行の自動ドアは、私の顔を見ると静かに閉まった。ガラスの向こう側で、行員の少女が一瞬だけこちらを見た。彼女の瞳に浮かんだのは、驚きでもなく、恐怖でもなく、ただの「知らない人」に対する無関心だった。

 

 戸籍がないということは、存在しないに等しい。賞金首のリストに載っているということは、存在が金になる。

 

 企業勢力の傭兵たちは、私の「毒」を欲しがった。人を惑わす神秘。誰かの心を静かに溶かすような、あの力。

 

 

 彼らはそれを科学的に解析して、兵器にしたいのだろう。あるいは、もっと個人的な用途で。恋人を縛りつけるため、敵を操るため、あるいは単に、自分自身を慰めるため。

 

 どちらにせよ、私は商品だ。

 生きている商品。

 

 自動ドアのガラスに映った自分の顔は、知らない誰かのようだった。頬はこけ、目は落ちくぼみ、唇は乾いてひび割れている。

 

「酷い顔。あー、流石に怠い感じだ。何か手回しされてる感じあるだよねぇ。メタられる」

 

 血の跡が乾いて黒ずんだ頰は、まるで古い写真のシミのようだ。路地を抜けると、トリニティ自治区の中央広場に出た。

 

 石畳は陽光を反射して白く輝き、噴水の水音だけが、静かに空気を震わせている。広場の中央で水が弧を描いて落ちる様子は、どこか無意味に美しかった。

 

 まるで、この街がまだ普通の日常を装っている証拠のように。広場の周りには生徒たちが立っていた。誰もが私を見ていた。

 

 好奇心、憎悪、恐怖。

 

 それらが混じり合って、熱い視線になる。誰かが小さな悲鳴を上げ、誰かがスマホを取り出して写真を撮ろうとした。

 誰かが「本当にあいつか」と呟き、誰かが「賞金いくらだっけ」と笑った。

 と、私の後頭部に痛みが発生した。

 

「うッがぁァッ!?」

 

 普通の弾丸では傷つけられない。これは違法弾丸!? 脳の中に弾丸が入るレベルの威力は大丈夫。一秒経たずにすぐ治るから問題にならない。けど弾丸の内部に薬物が入っている。

 その薬物の性質が、やばい。脳が溶かされた。およそ30秒くらい動けなくなる。更に内臓に着弾。こちらもダメージがデカい。

 

「こッッッなもん人に使うな」

 

 ウタハの概念麻痺弾丸のマイナーチェンジ版、脳天直撃弾や内臓破壊弾だ。それは神に、神を喰らう者達が使うものだろう。

 追加で30秒で行動不能。

 神殺し用の決戦兵器……こんなものを人に使うなんて正気か!?

 

「ごふっ、がはッッ」

 

 私は膝をついた。膝が石畳にぶつかる衝撃が、骨まで響く。

 瞬間、正義実現委員会の生徒たちが、私の腕を後ろ手に拘束し、髪を掴んで顔を上げさせた。

 

 指が頭皮に食い込み、痛みが鋭く走る。頬に乾いた血が張りつき、唇の端が裂けて鉄の味がした。

 

 血の味は、いつものように少しだけ甘く感じる。人間の体は、痛みと甘さを同時に味わうようにできているのかもしれない。

 

「正義実現委員会。つまりトリニティ……? あー、ミレニアムとトリニティは仲良いから。脳天と内臓はレプリカか」

 

 トリニティ自治区の中央広場は、午後の陽光に晒されながらも、異様な静けさに包まれていた。

 

 石畳の地面は血と埃で汚れ、散らばった弾殻が陽に反射してキラキラと光る。広場の周囲を囲む生徒たちのざわめきが、波のように広がり、すぐに押し寄せては引いていく。

 

 誰もが息を潜め、好奇心と憎悪と恐怖が入り混じった視線を、私に向けていた。私は膝をつき、両腕を後ろ手に拘束されていた。

 

 正義実現委員会の生徒二人が、私の肩を押さえつけ、髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。頬に付いた乾いた血が、ひび割れた唇に染みて鉄の味がした。

 

 連日の戦闘で体は限界を超え、視界が時折白く霞む。弾薬はとうに尽き、食事も睡眠も取れていない。

 それでも、まだ息はある。

 それが、今の私に残された唯一の事実だった。

 

「お、きたっすね。作戦通りっす」

 

 目の前に立っていたのは仲正イチカだった。

 

 糸目の整った顔立ちの黒髪の少女。制服のスカートが風に軽く揺れ、ブーツの先が私の鼻先をかすめる。彼女は静かに私を見下ろしていた。

 

 瞳の奥に、冷たいものが沈んでいる。それは、かつての温かさを思い起こさせるほどに冷たく、だからこそ痛い。

 

 彼女の髪から、かすかなシャンプーの香りがした。甘いフローラル系の匂い。昔、二人で過ごした夜にいつも漂っていた匂いだ。

 

 今は、それが遠い記憶のように感じる。イチカは、ゆっくりと口を開いた。声は低く、しかしはっきりと広場に響く。

 

「……やっと見つけたっすよ。元鞘カノ」

「ああ、イチカちゃん。君か。なるほど。私の弱点をよく理解している。物量と飽和攻撃よる持久戦。私みたいなタイプは滅法弱い」

 

 私は掠れた声で呟いた。風が、再び吹き抜けた。噴水の水音が、遠くで静かに続く。

 広場のざわめきが、少しだけ遠のく。

 この瞬間、世界は私とイチカの二人だけになったような気がした。

 もちろん、そんなことはない。周囲の視線は、まだ熱く、私たちを刺している。喉が乾ききって、言葉が砂のように擦れる。

 イチカは小さく鼻で笑った。

 

「粘った方だとは思うっすけど、これで詰みっす。殺人犯」

「未遂だよ」

「同じことっすよ。問題は殺意と方法を用意していたことなんすから。まートリニティとミレニアムは仲が良いっすからね、ティーパーティーの外交担当様が教えてくれたんすよ。何の罪もない女の子を殺そうとして、しかも共犯者を置き去りにして逃げた、と」

 

 私は静かに息を吐いた。

 

「くくっ、間違ってない」

 

 イチカの眉がわずかに動く。

 彼女は一歩近づき、私の顔を覗き込むように屈んだ。

 

「人の心とかないんすか?」

「私は常に、人の心に殉じているよ」

 

 イチカの唇が歪んだ。嘲笑とも、怒りともつかない表情。

 

「それは性欲っすよね。私を捨てたあの時から何も変わってない。人の心を汚染する嫌な気配。最悪」

「ひどいな。大気汚染みたいに。しいていえば酸性雨かな。心の壁を溶かす毒の雨。それに恋人関係の解消はイチカからの提案だったと思うけど」

 

 次の瞬間、彼女のブーツが私の顔面に押しつけられた。鼻骨が軋む音が響き、温かい血が鼻腔を伝って口の中に流れ込む。

 視界が赤く染まり、痛みが脳髄を突き抜ける。

 

「さようなら、元鞘カノ。私の人生の汚点」

 

 彼女の声は低く、しかしはっきりと響いた。私は血まみれの口元で、かすかに笑った。

 

「そこまで憎悪するってことは、一人になって私が惜しくなったね? 私が忘れられないんだ」

 

 イチカの瞳が一瞬だけ揺れた。しかし、すぐに冷たく固まる。彼女は腰のホルスターから銃を引き抜き、銃口を私の左眼球にぴたりと押しつけた。

 

「随分と口が回る。ミレニアムに差し出す前に、少しお仕置きが必要っすかね」

 

 冷たい金属の感触が、瞼に食い込む。引き金に指がかかる。

 その瞬間——「そこまでです」と凛とした、透き通るような声が広場全体に響き渡った。

 

 全員の視線が、一斉に声の主へ向く。トリニティのティーパーティー、現ホスト——桐藤ナギサ。

 

「……桐藤ナギサ様」

 

 クリーム色の髪を優雅に揺らし、白い征服に身を包んだ彼女が、ゆっくりと広場の中央へ歩み出てきた。

 

 その背後には、ティーパーティーの護衛生徒たちが控え、静かに銃を構えている。ナギサは穏やかな微笑みを浮かべながら、しかし声に確固たる意志を込めて続けた。

 

「私刑は許されていません。この場はトリニティのティーパーティー、現ホストの桐藤ナギサが預かります。皆、従いなさい」

 

 イチカの指が、引き金から離れる。彼女は銃口をゆっくりと下げ、ナギサを睨みつけた。

 

「……ホスト様。これは正義実現委員会の管轄です」

 

 ナギサは優しく首を振った。

 

「いえ。この生徒——元鞘カノは、キヴォトス全体に関わる重大な事件の容疑者です。トリニティ単独で裁くことはできません。それに……」

 

 彼女の視線が、私に移る。穏やかで、しかし底知れぬ深さのある瞳。

 

「……彼女の罪は、未遂に終わった。少なくとも罰を与えるならば、それは止めた者たちが罰を与える。それ以上の私刑は、トリニティの名に懸けて、許しません」

 

 広場の空気が、一瞬だけ凍りついた。イチカは唇を噛み、拳を握りしめる。しかし、ナギサの言葉に逆らうことはできなかった。

 彼女はゆっくりと銃をホルスターに戻し、一歩後退した。

 

「……わかりました。その判断に従います」

 

 ナギサは小さく頷き、私の方へ視線を戻した。

 

「元鞘カノ。あなたは今、トリニティの保護下に置かれます。これ以上の危害は加えさせません」

 

 私は血まみれの顔を上げ、彼女を見た。

 

「……感謝するよ、ナギサ。ありがとう」

 

 ナギサは静かに微笑んだ。

 

「感謝は必要ありません。ただ……キヴォトスの悪意はまだ終わっていません。ですから、まずはトリニティへ避難してください」

 

 広場のざわめきが、再びゆっくりと広がり始める。陽光が、私の血に濡れた頰を照らす。

 私は目を閉じた。まだ、終わるわけにはいかない。

 

「安心してください。貴方は、この桐藤ナギサが守ります」

「ありがとう。その善意に感謝する」

 

 リオの覚悟も、私の罪も、この過酷な道も。すべてが、まだ続いている。そして、私はまだ、息をしている。ならば、歩み続ける。

 未来への電車を、降りるわけにはいかない。

 

 

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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