■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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トリニティ編③

 翌日、桐藤ナギサのセーフティハウスに呼び出された。

 私は壁に背を預けたまま、ゆっくりと息を吐いた。

 

 この地下の空気はいつも冷たくて、少し湿っぽい。肺に入るたびに、かすかにカビと古い石の匂いが混じる。燭台の炎がぱちぱちと音を立てて揺れるせいで、壁に刻まれたトリニティの紋章が橙色の光に浮かび上がっては消え、また浮かび上がる。

 

 まるで誰かがずっと私を監視しているみたいだ。

 でも、そんなのどうでもいい。

 私はフードを深く被ったまま、ただここに立っている。顔を隠しているわけじゃない。ただ、面倒だから。誰かに見られるのも、見つめられるのも、別に嫌いじゃないけど、今はまだその気分じゃない。

 向こう側にいるのは桐藤ナギサ。

 完璧な姿勢で立っていて、アッシュブロンドの髪が炎の光に淡く溶け込んでいる。金色の瞳は静かで、でも底知れぬ深さを湛えていて、私をまっすぐ射抜いている。

 

 背中の巨大な翼は今は畳まれているけど、それでも存在感が半端ない。純白のドレスがわずかに揺れるたび、羽の先が影を落として、部屋全体に優雅で冷たい気配を広げていく。

 

 彼女の隣、少し離れた位置に——仲正イチカがいる。

 黒髪を後ろで緩く束ねて、青い瞳を細めた糸目。いつもみたいに穏やかそうに見えるけど、今は違う。指先が微かに震えているのがわかる。

 

 爪が掌に食い込んで、血の匂いが微かに漂ってくる。ストレスが溜まると狂暴になるって噂は、どうやら本当らしい。

 だって、私を見る目が——憎しみと、愛情と、諦めと、何もかもがぐちゃぐちゃに混ざって、燃えている。

 

 あの目を見ていると、昔の記憶がよみがえる。地獄まで一緒に行くって言った夜。全部与えて、全部受け止めて、でも次の朝にはもう何も残っていなかった朝。

 イチカは今も、あの朝を引きずっているんだろうな。

 

 ナギサが静かに口を開いた。

 

「元鞘カノ。貴方には特別友好交換留学生の立場を利用してトリニティ総合学園ティーパーティー所属・内部監査委員会になってもらいます」

「内容は?」

「シスターフッドや正義実現委員会、そしてあらゆる派閥に対して、その活動が適切か否かを判断する役職です。……貴方の目で、です。誰にも忖度せず、誰にも遠慮せず、ただ『今、ここで』あるがままを裁く。それが貴方の仕事になります」

 

 私は肩を震わせて笑った。声にならない笑い。

 

「無理あるって。私が受け入れられるはずが無い。ミレニアムで殺人未遂の容疑をかけられた私が、トリニティの内部監査? 笑える提案だね」

 

 ナギサの唇に、優雅で残酷な微笑みが浮かぶ。

 

「それで良いんです。トリニティの最大の弱点は内部争い。シスターフッドの信仰、正義実現委員会の正義、ゲヘナとの確執……すべてが絡み合って、いつ爆発してもおかしくない火薬庫です。でも、外から明確な『敵』が現れれば——憎まれるべき『外敵』が現れれば——一瞬で団結する。それが我々の性です」

 

 私はゆっくりと一歩前に出た。フードの影が揺れて、わずかに輪郭が浮かぶ。

 

「私にヘイトタンクになれと?」

「そのとおりです」

 

 沈黙が落ちる。炎がぱちりと弾ける。部屋の隅で埃が舞うのが見えた。私はもう一歩近づいて、ナギサをまっすぐ見つめた。

 

「あまりにも非人道的かつ負担が大きい。私の負担を考慮してその発言?」

 

 ナギサは迷わず答える。金色の瞳に一瞬の光が宿る。

 

「はい。憎まれてください。貴方はそれが似合う。……貴方は、誰よりも深く愛し、誰よりも簡単に手放せる。だからこそ、憎まれることに耐えられる。いや、耐えるどころか、楽しめる」

 

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かがぱちんと弾けた。ずっと待っていたものが、ようやく動き出した。

 自由が、笑いながら這い上がってくる。

 

「……だから、気に入った! その任務、責任を持って遂行しよう」

 

 声が弾む。明るくて、でも底知れぬ闇を孕んでいる。自分でもわかる。この瞬間、私は本当に自由だ。誰にも縛られず、誰にも縛らせず。ただ、ここにいて、ただ笑っている。

 その時、イチカが動いた。一歩、前に出る。足音が静寂に響く。

 

「元鞘カノ」

 

 呼びかけは小さくて、でも部屋中に深く刺さる。私は振り返る。ゆっくり、イチカの方へ。

 距離が縮まる。二人の視線が絡み合う。かつての恋人。終わったはずの関係。でもイチカの瞳には、今も消えない炎がある。憎しみみたいな、執着みたいな、深い愛情。

 いや、憎悪に似た愛情。

 

「相棒は……私でいいっすかね?」

 

 声が震えている。

 普段の穏やかなイチカじゃない。

 剥き出しの感情。

 息が浅くなって、肩がわずかに上下している。私は静かに笑った。優しくて、残酷で。

 

「いいんじゃない? 私を憎むイチカが監視役なら他の人も納得するでしょ」

 

 イチカの拳がぎゅっと握られる。爪が掌に食い込む音が、静寂の中で小さく響く。血の匂いが強くなる。

 

「……アンタは、いつもそうっすね。深く入ってきて、全部与えて、全部捨てる。地獄まで一緒に行くって言ったくせに、次の瞬間にはもういない。まるで最初からいなかったみたいに」

「都合の良い記憶だね。別れ話をしたのはそっちでしょ? 試し行為は推奨できない理由だよね。相手があっさり身を引いたら何もできない」

 

 私はさらに近づく。イチカは動かない。ただ、瞳が揺れる。息が浅くなる。私は手を伸ばして、イチカの頬に指を滑らせた。冷たい指先。イチカは目を閉じる。震えが伝わる。かつての温もりを思い出すように。でも、もう届かない。

 

 指先で感じるのは、ただの肌の感触だけ。もう、そこにあった熱は、どこにもない。ナギサが静かに言う。

 

「これから、トリニティは貴方を『ミレニアムの殺人未遂犯』として恐れ、憎むでしょう。噂はすでに広がり始めています。シスターフッドのシスターたちは貴方の破滅を祈り、正義実現委員会のメンバーは武器の手入れを始めている。……それでいい」

 

 私はナギサを振り返って、にやりと笑う。

 

「最高の舞台だね。ありがとう、ナギサ。……私、こういうの好きなんだよね。みんなが私を憎んで、私を追い詰めて、それでも私は自由でいられるっていうの。みんなが私を必要として、でも私を殺したくて、でも私なしじゃいられないっていうの」

 

 ナギサは優雅に頭を下げる。翼が静かに広がって、部屋に大きな影を落とす。

 

「こちらこそ。……貴方のが、トリニティを救うことを祈っています。たとえそれが、誰もが貴方を憎むという代償を払ってでも」

 

 燭台の炎が、再びぱちりと音を立てて揺れた。三人の影が壁に長く伸びて、絡み合い、引き裂かれながら。私は思う。

 これから始まるのは、憎悪と愛情がぐちゃぐちゃに混ざった、歪んだ日々。

 イチカは私を憎みながら、そばに立ち続けるだろう。

 ナギサはすべてを見届けながら、次の手を考えるだろう。そして私は——ただ、自由に笑い続ける。だって、それが私だから。

 

 地下の冷たい風が、頬を撫でた。

 心地いい。

 本当に、心地いい。

 この風が、私をどこまでも連れて行ってくれる気がする。

 誰も追いつけない場所まで。

 誰も縛れない場所まで。

 私はゆっくりと目を細めた。

 笑みが、深くなる。

 さあ、始めようか。

 この、最高に楽しいゲームを。

 

 

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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