元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
トリニティ総合学園の自治区——校舎から離れた、灰色の廃墟が広がる区画。
ここはもう完全に戦場だった。
崩れたビルが無残に傾き、ひび割れたアスファルトの隙間から雑草が無秩序に伸び、遠くで爆発の余韻が低く地響きのように響いている。
空は厚い雲に覆われて灰色に淀み、煙と硝煙と血の匂いが混じり合って鼻腔を刺す。銃声が断続的に鳴り響き、時折、誰かの怒号や断末魔の叫びが風に運ばれてくる。
正義実現委員会の生徒たちが散開し、外部からの侵入者——あるいは内部の反乱勢力——と激しく交戦している。
私は少し後ろの、半壊したビルの二階の窓枠に身を寄せ、スナイパーライフルを構えていた。
スコープ越しに戦場を覗くと、イチカの姿がすぐに捉えられた。
黒髪が風に乱れ、青い瞳を細めた糸目が、苛立ちと集中を同時に宿している。イチカは小さく、しかしはっきりとため息をついた。
『はぁ、最悪っすね。ここで戦うなんて』
私は無線越しに、軽く返した。
「何か問題あるのん?」
『ここは前から色々あって複雑なんすよ。色々な戦力が混ざって、何が政治的な問題になるか分からない。火薬庫っすね』
「うわ、それは嫌だねぇ。困るね。イチカの方針は?」
イチカは一瞬、銃を握る手を強く握りしめた。肩がわずかに上がるのが、スコープ越しに見えた。
『前と同じ。私が前、カノが後ろで支援』
「いいの? 後ろから撃つかもよ?」
『それをやったら居場所を失うからやらないっすよ、カノは。まぁこっちからは誤射が飛んで行くかもしれないっすけど』
私は小さく笑った。スコープの十字線を敵の頭に合わせながら。
「信用あるね。憎んでるんじゃないの?」『それは後。今は仕事優先』
「オーライ。久しぶりのツーマンセル。頑張っていこうか」
イチカは無言で頷き、すぐに前線へ飛び出した。
彼女の背中が、煙の向こうに消える。
私は淡々と引き金を引き続ける。
敵の一人がイチカの死角から狙おうとした瞬間、弾丸が飛んで肩を貫く。
倒れる。
イチカは振り返らず、ただ前へ前へ。その動きは、まるで計算されたように正確で、でもどこか獣じみている。
理性の枷で抑え込まれた狂気が、わずかに漏れ出しているのがわかる。
イチカは強い。
戦術ではなく戦略的に戦える。勝てなくても負けない——それが彼女の戦い方だ。
でも、今の彼女は違う。敵を倒すたび、拳に力がこもりすぎて骨が軋む音が聞こえそうになる。
彼女の銃を構える手が、わずかに震える。
それは疲労じゃない。抑え込んでいるものが、表面を破ろうとしている。周囲を破壊することに、純粋な快楽を感じる本来の破綻者。
それを心底嫌悪し、必死に制御して、万能型の優等生を演じ続けている。
ストレスは溜まる一方だろう。
恋人だった頃、私はその発散相手だった。
彼女が暴走しそうになると、私が受け止めて、傷つけて、壊して——それで彼女は少しだけ息をつけた。でも、最後には耐えられなくなったんだ。
「もう、カノにストレスをぶつけることに耐えられそうにないっす。関係を絶ちたい」
そう言って、彼女は私を突き放した。でも、私は知っている。本心はきっと違う。私が去ってから、初めて気づいたんだろう。
本当の自分を曝け出せる相手がいなくなったことの、虚無を。
それが、彼女の心を蝕んでいる。戦闘が激しさを増す。銃弾が飛び交い、爆発が地面を揺らす。
私はスコープを覗きながら、イチカの背中を追う。
彼女は敵の群れに突っ込んでいく。
一人が背後から迫る。
私は即座に引き金を引く。弾丸が敵の膝を砕く。
イチカは振り返りもせず、ただ前へ。
次の敵を吹き飛ばす。
その力は、理性で抑え込まれているはずなのに、喜びに震えているように見えた。でも、彼女は止まらない。
止まらないように、自分を律している。敵を倒すたび、彼女の肩がわずかに落ちる。
自分自身を抑え込むための、静かな戦い。狂気を理性で制御し続ける、孤独な闘争。
その姿が、痛いほどに立派だと私は思う。
イチカは、自分の中の悪性を知り尽くしている。それでも、己の信じる善良さを信じて、そうあろうとする。
壊したい衝動を、必死に押し殺して、人を助けようとする。
人を守ろうとする。
そんな精神性が、すごく好ましい。
尊敬している。
今も、変わらず。いや、離れてからこそ、余計に強く思うようになった。私は淡々と援護を続ける。
イチカの背後を守り、敵の動きを封じ、隙を作らせる。
彼女は前へ前へ。
時折、敵を殴り倒す音が響く。
理性の枷が、少しずつ緩んでいる。でも、まだ崩れていない。彼女は、まだ制御できている。その一瞬一瞬が、彼女の強さの証明だ。
気付けば、敵は殲滅完了していた。
戦場に静けさが戻る。煙が立ち込め、倒れた生徒たちの呻き声だけが残る。
イチカがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
制服は血と埃と汗でボロボロ。
銃を肩に担ぎ、息を荒げながら。でも、その目はまだ燃えていた。
狂気を抑え込んだ後の、静かな炎。
私はスコープから目を離し、ゆっくり立ち上がった。
「ボロボロだね」
イチカは小さく頷く。声が少し掠れている。
「そうっすね。このままじゃアレなんで、一旦、うちに戻って着替えるっす」
「私は学園に戻るとしようかな」
イチカの足が止まる。
青い瞳が、私をまっすぐ捉える。
そこには抑えきれない感情が混ざっている。
「カノも来るんっすよ」
「なんで?」
「何でも。拒否権は、無いっすよ」
カチャリ。
イチカが銃口を私に向けた。
銃身がわずかに震えている。
疲労か、感情か。でも、その目は揺るがない。憎しみと、愛情と、諦めと、何かが混ざった目。
私はゆっくりと笑った。
口元が吊り上がる。
「……ふふ。相変わらず、強引だね、イチカ」
銃口は私に向けられたまま。でも、引き金は引かれない。
イチカの瞳に、複雑な光が揺れる。
私はただ、静かに彼女を見つめ返す。戦場に、冷たい風が吹いた。でも、今はこの瞬間が、心地良かった。
自由で、危なくて、歪んでいて——それが、私たちらしい。イチカの指が、ゆっくりと銃を下ろした。でも、目は離さない。
「……行くっすよ、カノ」
私は肩をすくめて、歩き出す。
「はいはい。ついてくよ」
背後で、イチカの足音が続く。
銃を握った手が、まだ震えている。でも、私は振り返らない。ただ、前を向いて歩く。この火薬庫みたいな場所で。
この、壊れそうな関係のなかで。
私たちは、まだ終わっていない。
きっと、まだ。
イチカの立派な姿を、もう少し見ていたいから。
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